第百三十八話 形が似ているからのネーミング

 俺たちが壇上のカムイさん、いや『小夢魔リトルサキュバス』へ構えを取ると彼女は露骨に目を輝かせ……魔王っぽく片手を振り上げた。


「残念だが交渉は決裂である! 我が生涯において最高の友と……我は戦わねばならない運命にあるようだ!! く……何という悲劇的な展開であろうか……」


 悲し気な声色を作って見せても目が笑っている。

 この期に及んでも彼女から感じるのは享楽の感情、達人であればあるほど俺らの発する雰囲気と魔力で緊張感を持つはずなのに。

 事実集められた経緯や外見とかはともかく、近衛兵として控えているエルドワの連中は俺たちに対して最大限の警戒心を露にして……最悪“身を挺して”くらいの覚悟すら感じると言うのに……ある意味この場において一番危機感も警戒心も、殺気も恐怖も持ち合わせていないのが丸分かりなのだ。

 その理由は二つ……一つは相手が俺たちだった事への安心感。

 元々俺たちが日本人であると確信した時から警戒心は薄かった気はするが、正体が『神崎天音』と『天地夢次』だと知ってからは希薄だった警戒心は0となっている。

 ……別にその辺はこの際どうでも良い。

 悲壮なダークファンタジーじゃあるまいし、俺たちに彼女をどうこうするつもりが無い事など当然の事実だから……。

 問題となる理由はもう一つの方……殺気とまでは言わずとも、ラスボス気取っている割には勝負しようという覇気が全く感じられないのだ。


「アマネ……これは五分五分どころじゃないよな……」

「そうね……魔王っぽく振舞っているクセして、欠片も戦うつもりが感じられないわ」


 親友にして三女神が長女からも確信した言葉が漏れた。

 間違いなく『小夢魔』カムイさんが今しようとしているのはラストバトルじゃない……既にこの場からの逃走を画策している。


「いい加減にしなさいよカムちょん! これ以上の介入は本当に大事になるって自分でも分かっているんでしょ!?」 

「いいやまだだ……まだ我は、我々はこの世界に『大洞穴』が誇る技術を世界に知らしめていない!! ドワーフの技術とエルフの魔術、そしてあらゆる不思議技術の粋を集めまくった『魔動軍』の旗艦、巨大戦艦ブラックベースのお披露目だってまだなのに……」


 そしてそのネーミングセンスよ……白く無ければオッケーってワケでも無かろうに。


「それに……既に乗組員の選出も済んでいる。最初の艦長は無論我だが、我は途中でリタイヤする予定でね……次の艦長にはエルドワの紅一点、男装エルフのファルさんになる展開まで用意している。艦長である私であるが突如負傷、意識不明となるが残された乗組員たちが奮闘……しかしその間にエースパイロットと操舵士ドワーフが艦長をめぐっての三角関係へと発展!! 最終決戦前に艦長はどちらを選ぶのか……という展開も考えている最中である……」


 サラッと口走った計画にズッコケそうになった。

 色々と使命感的なものも無くはないようだが……やはりどうしても“せっかく作ったのに!”という感情が見え隠れするんだよな……。

 結構面白そうに思えるのが悔しいところだけど。


「さあ行くぞ勇者たち。我が『夢魔の女王』より賜りし深淵の奥義……御大に捧ぐ圧倒的な美技を!!」


 何やら戦争ドラマの裏側で生々しい人間模様までも再現しようとしていた……中々にアレな計画を披露されて、呆れた俺たちの隙を突いたように、カムイさんは動いた。

 首から下がる緑の宝石『夢魔の女王の欠片』を包み込むように両掌を胸の前に構えると、徐々に眩い緑色の光が輝き始め、同時に周囲に濃密な霧が立ち込め始めた。


「こ、これって霧!? コロシアムで上映会の時スクリーンにしていた……」


 という事は裏方に回ったエルドワの連中の仕業なのだろうけど、コロシアムと違う点を挙げるとすればここは広い空間だが室内。

 意図的にスクリーンとして一部に留めていたコロシアムの時とは違って360度、濃密な霧に囲まれて数センチ隣りのアマネの姿すら目視できなくなって行く。

 俺たちは咄嗟に背中合わせになって周囲を警戒、そして互いが近くにいる事を視覚以外の方法で確認し合う。


「上映会の方はただのスクリーン代わりだったみたいだけど、この霧は少し勝手が違うみたいね……幻影を投影する魔術への融和性、強化を感じる」

「それはもしかしなくても、五感の情報のみで幻覚を作り出す類の方の……」

「ええ……最初から精神支配での魅了をするつもりが無かったって事みたいね。サキュバスの名を冠しているクセして」


 アマネは何かの確信があるかのように呟いた。

 精神支配、サキュバスが一番得意とするのは性欲で人を幻惑するタイプの魅了魔法の類なのだが……仮にその手の魔法を使えないじゃなく“使わない”のだとすると……。


「理由は分からない……まあ多分『夢魔の女王の欠片』が何かの情報源だと思うけど、私たちに対して下手な魅了魔法が禁忌である事を知っているのかも……」

「まさか……砕け散ったはずの“夢魔の女王”にまだ意志が残っている!?」

「…………可能性は否定できない。入手経路は分からないけど、たまたまカムちょんが持っていた欠片が女神の“召喚チート魔力”の影響で活性化して復活していたとしても不思議じゃないもの」


 それは……想像よりもはるかにマズイのでは?

 現代日本の高校生モードだったとはいえ、俺たちは一度その“夢魔の女王”に完敗しているのだ。

 下手な魅了魔法、特に“本物のパートナー以外”で誘惑するタイプの幻覚などを仕向けた日には狂暴化する危険が高い俺たちの性質を完璧に読み切って、その性質も自らの肉体すらも犠牲にする覚悟で勝ち逃げした唯一の存在……。

 そんなモノが意志を持って『神威愛梨もんだいじ』と手を組んでいたとするなら。

 俺たちの心配を肯定するように、周囲が眼前に白く染められた巨大格納庫にカムイさんの高笑いが響き渡る。


「あはははは! 何故か分かりませんがアマネさんたちにはこっちの幻覚を使った方が良い気がするんですよね~。それではお楽しみいただきましょう……我々の世界では表現できない五感を刺激する新感覚空間……マジック・アトラクション!!」


 その瞬間ブワっと特殊な魔力が広がったと思うと、唐突に俺たちの眼前に広がっていた真っ白い空間が何も見えない闇に閉ざされる。

 それが現在は夜だから照明を消しただけ、と考えるのは間違い……その意味を知る俺たちは背中越しに互いの体温を“確実な感覚”として認識しあう。


「魔力の霧を媒体にした完全に五感を刺激する精神支配を伴わない幻覚!? まさか闇まで再現するとか……」

「ユメジ、マズイよ……背中以外全ての感覚に疑ってかからないと」


 すでに自分が“立っている”のさえ怪しく感じてしまう事に緊張感が高まる。

 スクリーンに光を投影するタイプの映像技術は、日本中どこの映画館でも行けば必ずお目に掛かれる代物だが『魔力のスクリーンに魔力の幻覚をを投影する』というこの技法はただ光を投影する物とはワケが違う。

 魔力の霧に投影されるのは視覚情報だけではない、白い霧は聴覚や嗅覚などあらゆる五感を刺激する事で4Dすら及ばないリアリティーを対象に見せてしまうのだ。

 そしてそれは光では絶対に再現できない映像も魔力で再現するという事で……現状俺たちが包み込まれている闇すらも“魔力を投影した幻覚の一つ”という事になる。

 ……映像関係者が見たら狂喜乱舞しそうな技術だけど、唐突にそんな空間に放り込まれたこっちとしては溜まったものじゃない。

 そして閉ざされた闇の中、少しづつ何かが見えて来たかと思えば……平面だけじゃなく上も下もあらゆる方向で輝く星々が見え始め……足が地面をとらえている感覚がなくなり、フワフワした状態に陥ってしまった。

 そして気が付くと何故か二人そろって宇宙服を着ている……。


「こ、これって宇宙空間!? まさか転移!?」

「そう疑いたくなるけど……違うわね。空間も星も宇宙服も、そしてこの浮遊感すら全部幻覚の類…………でも」


 ヴァアアアアアア!!


「!? 危ない!!」

「うわっち!?」


 唐突に見えた眩い光と“空気を切り裂く音”に俺は慌てて後ろ手にアマネを引っ張って避けると、今まで俺たちがいた場所にビームのような光が通過していた。

 ……と言うかビームのような、ではない……ビームだった。

 御大の美技とまで豪語したカムイさんの言葉を思い出した俺は、嫌な予感全開でビームの出所に視線を投げると……そこに存在するナニかに言葉を失った。

 白い機体のそれはスーツの方なのか、それともアーマーの方なのかは分からないけどシャープと言う言葉を真っ向から否定しまくる程武骨で……しいて言うなれば魔王カスタムのキュ〇レイとでも言えば良いのだろうか?

 多分カムイさんが自分の専用機として想像した物の幻覚を見せられているのだろうけど……この娘があえてこの機体を選択しているとするなら、意味が無いワケも無く……。


「カムイさん……なんぞ御大の美技とか口走っていたけどさ……まさか、だよね?」

『ふふふ……宇宙空間、そしてこの機体を目にして私がこれから何をお見せしようとしているのか瞬時に察するとは……さすがですね夢次さん。伊達にリアル派を名乗ってませんね~』


 褒められても全く嬉しくない!!

 既に五感を駆使する幻覚の術中にハマっている最中だと言うのに……バトリングの最中『ホーネット』の連中がビームライフルを再現している辺りでこの手は予想するべきだったか!?


『やはり御大の御業としてはコレは外せませんからね。宇宙空間で360度あらゆる方向から攻撃する全方位多角攻撃オールレンジアタック…………ゆけ、ジョウゴ!!』

「そのネーミングで配慮したつもりかコラ!!」


 ノリノリで叫んだカムイさんの声に呼応して、白い機体から射出された大量の三角錐……本人曰く“ジョウゴ”だという決してファで始まる名前を言ってはいけない気がする何かが宇宙空間を縦横無尽に飛び回り始めて……そして一つ一つに意志があるかのように俺たちに向かってビームを放ち始めた!


「わ、た、た!?」

「ちょ、ちょっとカムちょん!?」 


 それは幻覚のハズなのは分かっているのに、妙にリアリティがあって戦い慣れてそんな攻撃を何度も実際に体験した事がある俺たちの経験則が逆に足を引っ張る。

 見えるから、かわせるから取り合えずかわす事が身についてしまっているのだ。

 足場のしっかりしていない幻覚の中であるのに、俺たちは互いを庇いあう動きというのが刷り込まれているせいで“相手を守る為”にどうしても合わせてしまう……。

 こんな事で勇者経験が邪魔をするとは……。


「リアリティを考えるなら宇宙で音が聞こえる事って時点でおかしいでしょうに……きゃ!?」

「アマネ!? それは全宇宙ものに対する最大タブーだぞ!!」


 と口では言ってみるものの、今はその現実的ではない演出が厄介極まりない。

 放たれるビームの射出音、機体の駆動音、カムイさんの声、爆発の振動……全てが聞えるからこそ体が勝手に反応してしまう。

 特に普段は魔力を極力抑えて五感から周辺情報を感じ取る俺にとっては相性が最悪、足場がおぼつかない幻覚もより如実に感じ取ってしまうから始末が悪い。


 しかし……これはあくまで幻覚のビーム。

 見えるから、聞こえるからと言っても一度ワザと喰らって“攻撃ではない”と俺自身が認識できれば……そう考えて俺は次に放たれたビームに対して反応しそうな体を押さえつけて、あえて当たる事にした。

 だが…………


「ゴ!?」


 ビーム衝突の瞬間に俺の視界が“衝撃で”揺らいだ。

 衝撃……つまりそれは実際にダメージがあったという事で、つまりそれは!?


「な!? まさかこの見えている攻撃は幻覚ではなく本物!?」

「違うユメジ、見えているのは紛れも無く幻覚よ! ただ幻覚の攻撃に紛れて本当の攻撃が仕込まれているのよ」


 俺の呟きにアマネから速攻で訂正が入った。  

 ただその訂正内容はあまり宜しくない内容で……。


「しかも私の魔力感知に反応が無かった」

「う……それってつまり……」

「幻覚の全方位多角攻撃オールレンジアタックに紛れて物理攻撃を仕掛けられているって事に……きゃ!?」

「アマネ!?」


 今度はアマネが攻撃をくらったみたいだけど、今は幻覚の映像に紛れてのものでは無かった。これって……。


「映像で幻惑しつつも時には映像に合わせて、時にはそうじゃない時に……目隠し状態で一方的に攻撃されるって事なのか!?」


 ただの目隠しならまだマジ、攻撃映像を強制的に見せられ足場の不確かな宇宙空間にい ると錯覚させられている状態での目隠しだから余計に質が悪い。

 そして最大の難点はこの攻撃に……殺意や悪意が全くない事だった。

 俺もアマネも異世界の殺伐とした世界を体験した事で色々な荒事をこなしてきたが……基本的に“パートナーに危害が無いなら”という物凄い自分勝手な勇者だった。

 そんな気質が影響してか、自分達に殺気や悪意が向けられていない攻撃には鈍感になりやすい致命的な欠点があった。

 それすら見抜かれている事実にアマネも気が付いたようで苦笑を漏らす。


「逆鱗に触れる“精神魅了”は使わない、ユメジの五感察知を逆手にする幻惑、私の魔力感知にかからない物理攻撃、そして殺意を伴わないあくまでも時間稼ぎに主観を置いた攻撃……か。随分と『夢葬』と『無忘却』のクセを理解していると思わない?」

「これはもう決定的だな…………ガグ!?」


 またも反射的によけてしまったビーム映像の先で、俺は何かに“殴られた”。

 水人形の俺たちは痛みを感じないし最悪即死攻撃を受けても死ぬ事は無いけど、足止めを目的にされてしまえば手間取るのは同じ事。


「もう少し御大の世界を体験したい気もするけど、『小夢魔リトルサキュバスと夢魔の女王サキュバスの騒乱コンビをこのまま逃がすワケには行かないからな!」


 俺は意を決して『夢想のナイトメアブック』を開き、普段なら敵に対して使う『夢操作』をあえて自分へと仕掛ける。


「夢操作極意『五感休眠』……一部だけを残して……」


 開かれた本を手の平で叩いた瞬間、俺の感覚は一つだけ残して一時的に失われた。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚……そしてあえて残した場所以外の触覚…………。

 現実に絶対存在する唯一……それ以外を遮断しそれだけに集中する事にする。


 背中越しに伝わる自分にとって唯一の感触……その温もりの主……。

 その唯一の存在……唯一の女性が今現実にはどういう状態でいるのか…………その事だけに集中して行く。


 宇宙服など……着ていない……。

 幻覚に惑わされてふら付いているが……地に足は付いている。

 俺の背後を守ろうと……見えざる敵に対して構え続けている…………。


 そして自分の感覚全てを『アマネを感じる』事のみに集中させた……言葉にしてみると実に気持ちの悪い俺にしか分かりようのない感覚だからこそ、現実的にアマネに襲い掛かる何者かの姿が……ようやく感知できた!


「…………そこだ! エルドワの紅一点、エルフのファルさんとやら!!」

「ウグ!?」


 何も無いはずの宇宙空間……だと言うのに俺の放った蹴りは空を切ることなく何かにぶち当たり、吹っ飛んだ気がした。


 

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