第百四十話 『夢の本』を手に入れなかった未来の設定

 ……重要…………ユメジ……根本的には現実的…………特にアマネに対して……。

 設定の倫理観…………未成年は不適当…………。

 対してアマネ…………ユメジへ耐性……皆無。


『……つまり理性的に考えるブレーキが多いと踏み留まってしまう……。ブレーキを“踏まなくても良い都合のイイ”状況が有効という事でしょうか? 師匠!』


 ……流石…………分かってる。

 両者の同意…………責任能力…………そこさえクリアすれば…………。


『過ちを犯しても良い立場と年齢、その上で過ちを犯してしまうシチュエーションを夢次さんに用意すれば、天音さんは勝手に流されて……』


 ……上出来…………さすがは……一番弟子…………。


                  *



 タタンタタン……タタンタタン……


「……あれ? ここは…………」


 目を覚ました時、普段とは違う場所であると一瞬自分がどこにいるのか分からなくなってしまう感覚……そんな感じ。

 座席に座る俺は高速で流れて行く景色を見て、自分が今新幹線に乗っている事、そして数年ぶりに故郷へと向かっている事を“思い出した”。

 その景色の中にもうすぐ終点である事を示す山や建物が見え始め……俺は若干憂鬱な気分になった。


「そう言えば高卒から一度も帰ってなかったんだよな……」


 すっかりスーツ姿でいる自分にも慣れてしまった俺だが、高卒と同時に東京に出てとある企業で働いていた。

 大学に行こうとかは考えず、とにかく余計な事を考えないように早いうちから社会にもまれて仕事に没頭しようと思ったからだ。

 幸いと言えば良いのか分からないが、そんな姿勢がたたき上げの社長や役員たちに印象が良かったようで……俺は20代前半にして色々重要な仕事を任されるようにすらなっていたのは複雑である。


 高校の時“疎遠状態で嫌われている幼馴染”神崎天音に彼氏が出来たと言ううわさが流れて以来……元より少なかった接点は更に皆無となった。

 それで“忘れる”とか“次の恋を探す”なんて前向きになれる人間だったら良かったのだけど……俺はそんなまともでは無かった。

 嫌われてるとか彼氏が出来たとか、そんな認めたく無い情報しかない中悶々とした日々を過ごし……気が付いた時にノート一杯に『天音の拉致計画』を見知らぬ地での住居購入のローン計画まで具体的に記入していた自分に心の底から恐怖した。

 このままでは自分は確実に犯罪を犯してしまう…………俺はそんな自分の危険性に戦慄し……故郷から、なにより天音から逃げたのだった。


 今回の帰郷は仕事の為……東京本社から地元だからと支店への出張を命じられたワケだが、自己本位かつ自己保身の為に逃げ出した気でいた地元に向かうのは何だか後ろめたい気分である。

 それでも……終点に付いた新幹線から降り立った時、久々の故郷に戻って来た事を自覚するとホッとしてしまうのは現金なもの。


「へへ……相変わらず改札は一つしか無いんだな~」


 東京と違って自家用車での移動が主の地方だからこその変わらない光景、そんな事に一々感慨深くなってしまう。


「さ~て……向こうさんは分かりやすいよう看板の所にいるって言ってたけど…………あ、もしかしてあの人かな?」


 ホームの地元銘菓の看板前で待っていると先に聞いていたが……そこには紺色のスーツをビシっと着たいわゆる“出来る女”風の女性が時計を見ながら立っていた。


「すみません○○本社の者ですが、×□社さんの方でしょうか?」

「あ、はいそうです、お待ちしておりました。私今回サポートをさせていただきます×□社の神崎と…………」


 互いに初顔合わせ、そのつもりだったのに……その顔を見た瞬間俺は驚愕のあまり息が止まりそうになった。


「あ、天音!?」

「え!? 夢次……君!?」


                 ・

                 ・

                 ・


「驚いちゃったな、まさか今回の取引相手が貴方の会社だったなんて……」

「そ、そうですね……」

「何で敬語……ってあ~そうか……仕事では公私を分けるのが基本だものね。喩え幼馴染でもこういうのはしっかりするべきよね……」

「いや……そこまで堅苦しく考える事は無い……けど……」


 地方での移動手段は車が基本、そんなのは重々分かっているけど今回に関しては例外的な何かがあっても良かったんじゃないかと思ってしまう。

 予想外過ぎる取引の相手に天音が現れて、そんな実に数年ぶりの再会の後彼女が運転する車の助手席に座っている状況に……俺は全身を硬直させて景色を見るフリをしつつ彼女の横顔をチラチラ見ていた。

 何で天音が~とか、どうしてここに~とか疑問は色々と浮かんでくるものの、久々に再会した彼女を視界に入れるだけでモロモロの思考が木っ端微塵に霧散する。


 な、なんなのだ……この美人過ぎる生き物は!?


 昔から知ってはいた、神崎天音は可愛らしく美少女であり才色兼備を体現したような女性であった事は……。

 しかし……二十歳を超え社会人となった彼女はそこから更に大人っぽさと、高校生時から更なる成長というか成熟を遂げたようで……端的にキモイ感想を言えばメチャメチャエロくなっていた。

 ただ……。


「まあ社会人としては余り良くないかもだけど、地主さんとの交渉までは仕事外って事にして貰ってもいいかな? 久しぶりなんだし」

「あ、ああ……こっちもその方が気楽だけど……」


 妙なもので互いが社会人になった今、あれ程会話の切っ掛けも無く疎遠になってしまっていた彼女なのに、まるで学生時代の素っ気ない態度とは打って変わった……それこそ友人と話すかのように気さくに話して来る。

 あんなに嫌われていたのに、そんな事実は無かったかのように……。


「え!? マジで神楽さん結婚したの!?」

「そうよ~。今ではスッカリ2児の母なんだから」


「この車……自家用なの?」

「一応ね、中古だけど私の初マイカーよ! 頑張って相当値切ったから元値の半額で購入したけど」

「……それは、大丈夫なのか?」


 再会時には車内に二人きりは気まずくて仕方が無いかと思いきや、意外にも互いの近況や卒業してからの出来事、家族の情報などで盛り上がる事になった。

 結局どちらも精神的に未熟だった……という事なのだろうか?


               ・

               ・

               ・


 今回の仕事はありていに言えば山の土地買収。

 語感だけでは何とも悪い事のようにも聞こえるけど、ようは会社での新規事業の為に土地を使わせてくれないか、という交渉なのだ。

 約2時間は山道を車で走り、ようやく到着した山の所有者との交渉は“先祖代々の山を勝手に使う事は許さん”とか怒り狂う頑固おやじが出てくることも無く……お茶と漬物でもてなしてくれる老夫婦と和やかに契約して貰えた。


 だが……トラブルは帰り道、山の道を一時間くらい走った辺りで唐突に発生した。

 それまでは快調に飛ばしていた天音の愛車が唐突に煙を吹いて動かなくなり、そこからは何度エンジンを回してもかかる事は無かった。


「あ、あれ? おかしいな……この前車検出したばかりなのに」

「やっぱ値切り過ぎたのが祟ったんじゃ。連絡は……あ~駄目だキッチリ圏外だわ」


 車が止まったのは道路はあるものの相当な山奥だからな……連絡を入れて業者に来てもらおう事も出来ない。


「マズいかも……夢次君、ここに来るまで、もしくは戻ってくるまでにすれ違った対向車ってあった?」

「いや、そういや無かったな。この道ってもしかして地主さんの家しか使わないんじゃ?」


 俺たちは言葉にしながらその予測が外れていない確率が高い事にゲンナリする。

 コレがもう少し前に車が止まったなら、さっきの地主さんの家に引き返すって手もあったけど、もう一時間は走った後だからな……。

 電波が入る場所まで歩くしかない……それが双方の結論であった。


「街灯もロクに無いから日が落ちる前には麓まで着ければ良いけど……」

「こんな事なら革靴じゃなくスニーカーで来ればよかったかな?」

「私は下手にヒール履かないで良かったよ……」


 そんな経緯があって、それ以降も車が通る事もない道を麓を目指して歩く事一時間……一向に町の明かりが見えて来る事は無く、心配していた通りに徐々に辺りが暗くなり始めた辺りで……俺たちに更なるトラブルが訪れた。


ドザアアアアアアアアアア…………ゴロゴロゴロ…………


 まさにバケツをひっくり返したという表現がふさわしい急激な雷雨が、滝の如く俺たちの頭上から降り注いできたのだ。


「イダダダダダ! 雨が強すぎて痛い!!」

「なんなのよ~天気予報じゃこんな雨、予報して無かったのに!!」


 雨が降るどころか外を歩く事すら想定していなかったのだから、雨具なんて持っているワケも無い俺たちは一瞬にして池に落ちた如くの濡れネズミ状態……。

 何とか重要書類だけは守ろうとカバンを抱えて道路わきの雑木林へと移動するが、強烈な雨と風は上からでなく真横から吹き付けてきて大して豪雨から守ってくれない。


「最悪だわ……こうなるなら車の中で待機していた方が良かったね」

「どうせなら仕事上がりに晩飯にでも誘おうと思ってたのに……晩飯どころか軽く遭難しかけてないか?」

「あ、あら……そうだったの?」


 最早頭からずぶ濡れの貞子状態な天音が今更な事を言い出すが……言いたくなる気持ちも良く分かる。

 激しい雨に当たり過ぎて段々と体温が奪われて行く現状に、ふと浮かんだ『遭難』の言葉があながち冗談に思えなくなってくる。


「せめて何か雨風を遮蔽してくれる物置みたいな建物でもあれば…………」

「そんな都合の良い物がこんなところに…………え?」


 益々強くなる雨脚に目も開けていられなくなって来る中、そんな都合の良い物がこんな山の中にあるワケが無い……そう思って自暴自棄に呟いたのだが、突然天音が驚いた様子で俺の肩を叩いた。

 

「夢次君、夢次君!? あれ……アレ!!」

「何だよ一体…………うぇ!?」


 天音が指し示したその先にあったのは……古ぼけた一つのスチール製の物置。

 最早闇に閉ざされた山中……明かりも碌にない状況なので詳細は見えないけど、その物置には何やら見覚えがあった。

 ここは俺たちが知っている場所とは全く違う場所のはずなのに……こんな場所にあるはずは無いのに……。

 俺は成人してからも“天音との最後の繋がり”と思って未練がましくも未だに後生大事に持ち歩いていた南京錠のカギに触れて……息を飲んだ。


「俺たちの……秘密基地?」

「ウソでしょ……何でこんな場所に?」


               *


 久しぶりの再会…………予期せぬトラブル…………そして二人だけの想い出に危機的状況………………さあ二人とも……そのままでは。


『風邪ひきますよ…………』


 フフフフ……。

 クククク…………。


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