第百三十五話 魔王がしたいお年頃

 そしてワザワザ濁声作ってその答えを伝えると……門番のドワーフは感心したように「おお! ワザとらしく濁声を作っていたらパーフェクトだって客人から聞いておったが……」と感心されてしまった。

 こっちとしては何とも微妙な気分で……。


「こんな分かりやすい暗号を用意しているって事は……少なくとも俺たちが同郷である事はバレているよな?」

「その辺は最初から隠すつもりも無かったんだから良いんじゃない?」


 バトリングの最中に若干はっちゃけていた自覚はあるけど、実は多少“匂わせておくのは三女神長女アマネの発案だった。

 ある程度俺たちに対する興味を持たせておくって目的だったのだが……。


「逃走の名人って聞いて若干不安になって来たんだが……」


 同郷の人間に対して少しでも危険と判断されたら、その時点で逃走されてしまう可能性もある気がする。

 だがアマネはある確信を持っているようで、自信満々に答える。


「いいえ、むしろ見せる必要があったのよ。忘れてるかもしれないけど、あの娘は面白いと思ったら最後、全てを巻き込み盛り上がるトラブルメーカーよ。ギリギリの一線を越えないって事は逆に言えば“ギリギリまで楽しもうとする”って事にもなるの」

「お……おお、さすが良く分かってらっしゃる……」

「ただ……そのギリギリで逃げられた事も何度もあったけど」

「あかんやろ、それ……」

「だから言ってるでしょ……五分五分だってね」


 性格は分かっているだけに予想は出来るが、操縦出来るワケじゃないらしい。

 以前に共に魔導師として戦っていた頃のアマネは戦略を立てる上では参謀を務めていたと言うのに……“その時”のアマネをしてそこまで言わせてしまうとは……。

 段々眼鏡のあの娘に会うのが怖くなって来たな……。

 それからしばらく門番ドワーフについて敷地内を歩くが、最初の印象は変わることなく何というか城というよりはどこかの工場の敷地内でも歩いているかのような感覚。

 たまに業務用タンデム式機体が荷物を運んでいる連中もいて、ますますそれっぽく見えてしまうのが不思議である。

 そんな中でも巨大、というよりは『広い』と表現できそうな建物の前に辿り着くとドワーフは歩みを止めて振り返った。


「さて……この建物がドワーフ大洞穴でも最大の敷地を誇るドック、いや『秘密研究所』だ! そしてこっからはお前さんら二人だけで進んでもらう事になる」

「「はあ?」」


 俺たちは思わず同時に“門番としてそれで良いのか?”的なニュアンスを含んだ声を漏らしてしまった。


「それで良いのか? 案内役~ってのは置いといても俺たちはつい先日この国に入国した余所者、客人で現在の大洞穴にとって重要人物と合わせるのに離れても……」


 そんな雰囲気を感じ取ったのか門番ドワーフは不服そうな顔で溜息を吐いた。


「しゃ~ね~んだよ……お前さんらがさっきの合言葉を言えた時点でこっからは本人たちだけで来させてくれって厳命されちまったからな……」


 仕事に忠実な門番ドワーフとしては個人的にどう思おうともそれ以上の介入は出来ないという事らしい。

 

「あの暗号が答えられる者であれば自分の“同類”だから心配ないってな……まあ言うまでもない事だがこの先で問題など起こすんじゃないぞ……特に客人『小夢魔リトルサキュバスへ危害を加えようものなら『大洞穴』全てと敵対する事を覚悟してもらうぞ」


 武器である斧を構えて威圧するドワーフには中々の迫力があり、敵対する者に対して戦う覚悟は完了している凄みが感じられた。


「心配しなさんな……確かに俺たちはあの娘の敵じゃね~」

「そうそう……ちょっと説教おはなしをしに来ただけだから……」


 ただ……すまないが危害を加えるつもりはないけど、連れ戻す気は満々なんだよね。

 それを“向こう”が危害と見るかどうかがミソになるんだけど……。

 難しい顔をしたままのドワーフを残して俺たちは石造りの工場っぽい施設へと入る事にした。

 

「だけど、あの暗号が答えられたら同士とか……同じ日本人って確認出来たら安全だと考えているとしたら随分と早計な気もするけど……」

「あるいは……同郷の人間が来たとしても危害を加えられない自信があるって事なのか…………あら?」

「ん? どうかし……」


 その瞬間、魔力の感知と共に俺たちが視認している景色の全てが塗り替えられた。

 案内された敷地内に二人で足を踏み入れた途端に……だだっ広い工場のようだった施設が一気に西洋風の城へと変化。

 更には巨大洞窟内部では絶対見る事の出来ない満月が上空に浮かんでいて……“それっぽく”見せる為に無数の蝙蝠が上空を彷徨っている。

 振り返ってみるとさっきまでこっちを警戒していた門番ドワーフの姿も見えない。

 明らかに俺たちが敷地内に足を踏み入れた瞬間に起こった変化……だけど転移したとかの類ではない……これは……。


「幻術……だよな?」

「そうみたいね……ほら……」


 アマネが指で作った輪を眼前に突きつけてきたので、俺は促されるままにそこから向こうをのぞき込む。

 それはアマネの簡易的な幻術破り、視覚情報のみを自らの魔力で正常化して見せるこの手の魔法を得意とした輩との戦闘では重宝した魔法だ。

 そして覗き込んだ先には……さっきと同じようにだだっ広い工場が広がっていて、背後には門番ドワーフが未だにこっちを警戒して立っている。


「結界と同じで範囲内にいる者すべてに自らの魔力を反映させた見せたい幻影を生みだし見せるタイプね。幻影ではお城の前に屈強なオーガとデーモンが控えているけど……現実では入り口に誰もいないわね」


 普通こういった幻術を戦いに利用したがる輩はその手の幻影にこちらを襲わせて翻弄し、本命は幻影に隠れて背後から~ってのが常套手段なんだが……これでは本当に演出だけ。

 見せたい相手に見せているだけの演出でしかない。

 

「どうやら警戒心が無いワケでも危害を加えられない自信があるワケでも無さそうだな。君たち三女神の三女は……」

「ええ……“同類”相手に魔王ゴッコをご所望みたい……。自分が魔王ポジションの……」


 長女アマネは思わずといった感じに頭を抱えて溜息を吐いた。


                 ・

                 ・

                 ・


 そしておどろおどろしい魔王の城を演出した城……の幻術を施された工場施設っぽい建物へと入って行くと、基本はほぼ一本道を真っすぐであった。

 RPGのダンジョンよろしく迷宮にでもなっていたら面倒だったが、そう言う演出が無かったのはせめてもの救いだろうか。

 特に迷うワケでも無く俺たちが辿り着いた場所には巨大な、それこそオークやオーガなど巨大な魔物でも容易に通過できそうな……まさにこの先に“ラスボスが待ってます”的な重厚な扉があった。

 ……何となくネタバレに思えなくも無いけど一応アマネに確認してもらうと、巨大な鉄の扉があるのは変わりないけど扉の前に書かれていた。

 しっかりと日本語で“巨大戦艦専用秘密基地”と……。

 …………マジであの娘、どこに向かおうとしていたんだろうか?

 

 ゴ、ゴ、ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴゴゴ…………


 俺たちが色々な方面から不安を煽ってくる情報に躊躇している間に重厚な扉が振動をたててゆっくりと開いて行く。

 俺たちが到着した事は既に向こうにも知られているようだ……俺たちは意を決して扉の中へと足を踏み入れた。

 その先は何も見えない暗闇……しかし次の瞬間、突如“ジャジャジャーン”と物凄い音が鳴り響いた。

 罠!? いや攻撃か!? と俺たちは瞬時に背中合わせになり構えたが……突然鳴り響いた音は少し間を置いて再び音を奏で始める……コレって……。


「……パイプオルガン?」

「……のようね。何というか物悲しさというか絶望的な雰囲気を醸し出したいような曲調で……鎮魂歌的な?」


 そして曲に合わせて周囲が徐々に明るくなって行き……まるで王城の謁見の間のような部屋が露になって行く。

 そして曲に合わせて“ア~ア~ア~~~~”って重低音の声を響かせているのは『小夢魔』の親衛隊エルドワの連中だろう。

 ……本来は武骨な鋼鉄の機械たちが転がるドックなのだろうけど、こんな風に作りこまれるといよいよ最終決戦を彷彿させる演出に悔しいがちょっとテンションも上がって来る。

 そして最後に玉座の両端から激しい炎が上がり……座りつつ片肘を着いて膝を組み不敵に笑って見せる女性の姿が露になった。


「フハハハハハハハ……よくぞ参った『ステゴロ』の搭乗者、仮面の夫婦よ! 我が最強の配下『敗者の亡霊』下すとは感服したぞ!!」


 それは漆黒のマントにサキュバスを思わせる露出高めなセクシーな衣装、更に黒い兜には両端から角も伸びていて…………それが幼児体系の眼鏡っ娘でなければある種の恐怖を持てたかもしれないけど……。

 なんだろうね、この“服に着られてしまっている可愛らしさ”は……。

 ここまで魔王っぽさを演出していたと言うのに、それらをすべて台無しにしてしまう強烈な“ホッコリ感”と言うか……。


「まずは名乗らせて頂こうか……我は『小夢魔リトルサキュバス』同胞たる『大洞穴』の民たちへ夢の残滓を魅せる冥界より遣わされた漆黒の使者!!」


 そこまで言うと彼女は何故か右目を隠すようなポーズで立ち上がって“くくく”と忍び笑いをする。


「しか故国を同じとする君たちにはあえて本当の名を名乗ろうではないか……我名はカムイ……日本から異世界召喚された女子高生カムイ・アイリである!!」


 瞬間にパイプオルガンから“チャララ~~ン”ってショックを受けた時によく聞くアレが聞えて来た……暇なのかお前ら。

 どや顔全開にマントをバサリと翻した件の『小夢魔』を名乗る娘はどこからどう見ても神威愛梨さんその人で……彼女は曇りない瞳でキラキラと“言ってやったぜ!”と満足気である。

 え~~~~~~っと…………。

 どう返して良いのか分からずにアマネに視線を向けると、彼女は諦めろとばかりに首を横に振り、「ちょっとだけ乗ってあげて」と言った。

 え~~~~~? 仕方ね~~~~な~~~~~。

 俺は気を取り直して、かぶりを振ってから壇上の玉座に向けて声を上げた。


「な、なにいいいいい!? それではまさかアンタも同じ日本人だったって言うのか!?」


 オーバーアクション、まるで“今気が付きました”とばかりに言うと壇上のカムイさんはニヤリと笑った。


「ふふふ……薄々は勘づいていたのであろう? 我がもたらしたアイディアの数々は我らの世界では創作上の代物……OVA版のあの技すら再現して見せた貴方たちが気が付かないワケが無いではないか……」

「確かに薄々は疑っていたが……まさか本当に同じ異世界召喚だと言うのか!?」


 薄々というか、鼻から知った上でなんだが……取り合えず俺はノリはそのままに気になった事を聞いて置く事にした。


「では……召喚された日本人である君が、何の目的でこんな創作上の兵器開発チートっぽい事をやらかしたんだ?」

「……む?」

「この世界どころか俺たちの世界であっても現状あり得ないロボットの概念を持ち込むなど……無用に戦渦が広がる危険を考えなかったのか!?」

「……その辺に関しては我も……いえ“私も”考えなかったワケでは無いんですよ? いやまあ……今の『大洞穴』の状況を見ればお疑いになるのも分かりますが……」


 話が“何ゆえに機械文化を異世界に持ち込んだのか”になった途端、それまで魔王っぽくしていた口調を普段のモノに戻してしまう。

 こういきなりだと少々面食らってしまい……折角向こうに合わせていたつもりのテンションが駄々下がりに……。


「何故か……と言われれば成り行きとしか言いようが無いです。突然自分たちの目の前に現れた異世界の人間などと言い張る不審者でしかない人間を、多少の打算はあったかもしれませんが助けてくれた、自分が気に入った人たちを助けようとした結果でしたから」


 そう言いつつ『小夢魔』カムイさんは“よいしょ”と玉座に腰掛けて、壇上から腰を曲げて話す……見ようによっては非常に行儀の悪い格好になった。

 妙なもんで、さっきの足を組んだ格好よりも似合って見えてしまうから不思議だ。

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