第百三十六話 カムイ的異世界征服計画

「お聞きしたいのですが……お二人はこの世界、この国と隣国の事についてはどの程度までご存じなんでしょう?」


 口調が変わり過ぎ……とはいえさっきまでの魔王振った中二全開の話し方は会話のキャッチボールがし辛いのも事実だったので、その辺はもう気にしない事にしよう。


「隣国のシャンガリアがほぼ奇襲の形で友好国であったアスラルに攻め滅ぼされて、散り散りになったアスラルのエルフたちは他種族の下に亡命……この『大洞穴』にいるエルフたちも同様って事くらいかな?」

「あとは……逃亡する時に王女アンジェリアが殿を務めて戦死、その事を激しく後悔して憎悪した侍女長ナナリーが『敗者の亡霊』になったとか、友好国だった時に婚約関係だったシャンガリアの第二王子が現国王カルロスに謀殺されたとか……そのくらいかしら?」


 俺の説明の不足分をアマネが補足してくれる。

 実際俺たちが女神様たちから聞かされた情報はその程度しかないのだから。

 しかし、こうして列挙してみると件の現シャンガリア国王カルロスは本当に碌な事をしていないな。

 友好国に対する奇襲と残酷な侵略戦争を仕掛けたクソ野郎である事は勿論だが、国家としてもアスラルを陥落する事が出来たとはいえ、多大な犠牲を払ってまで落とした敵国の国民はほとんど逃亡しもぬけの殻、搾取するはずだった敗戦国から搾り取れる利益は一切なく、それどころか戦線維持すら出来ない部隊は支配どころか勝手に自滅しそうなくらい疲弊している。

 やっている事は国の財政を際限なく食いつぶしているだけ……狂王よりも暗君や愚王の方がしっくりくるほどだ。

 俺たちが知りうる現在の情勢を言うと、カムイさんは満足げにウンウンと頷く。

 何故か若干嬉しそうに……。


「おおむねは間違っていませんね。良かった~ちゃんと情報を自分で確認できる人で……ホラよくあるじゃないですか~召喚された日本人が召喚者の王様や聖女様の言葉を鵜呑みにして国の傀儡にされる展開。もしもそうだったらどうしようと思ってたんですよ」

「あ? あ~なんか“勇者ざまぁ”展開でよくある感じの……」

「そうそう! 私も異世界ものは一通りかじってますけど、自分があんな感じの道化にはなりたくなかったですから……ここに来た当初は独自に色々と調べたのです。結果はお察しの通りですけど……」

「……なるほどね」


 呟いたアマネの言葉に“この娘らしい”ってニュアンスを感じ取る。

 他者からの情報をキッチリ精査すると言うのは人間出来ているつもりで難しいものだ。

 特に少しでも親切にしてくれた人に対してそう考えるのは失礼であると考えてしまうと、そこから深く考える事をしなくなってしまうからな。


「浮き彫りになったはシャンガリア現国王のクズっぷりと無能っぷり……アンジェリア王女とマルロス王子の悲劇を聞いた日にはブチ切れましたよ私……」


 その言葉に周囲で演出に終始していた親衛隊エルドワの連中も大きく頷いている。

 この事は大洞穴に住まう全ての連中にとっての共通認識なんだろうな……激しく同意できるけどよ……。


「そしてもう一つは……アスラル王国とシャンガリアの決定的な戦力差ですね。アスラル王国内にいる種族……エルフやドワーフ、オーガや獣人といった人々は人間に比べると個々の実力は膂力も魔力も格段に優れていますが……軍隊を組織した時、その戦力は覆されてしまいます」

「!? へえ…………それはまた何ででしょうか?」

「……個々の実力は高くとも人間は群れて戦う事に長けています。組織だって戦う場合圧倒的物量に押し切られてしまう事が多く……そして人間よりも遥かに長命種であるエルフたちは人間に比べると繁殖力が遥かに低い……」


 それがどういう事なのか、俺もアマネも事情は良く知っている。

 それこそ前の世界で嫌という程あった……それに伴う人間と亜人による確執や差別、そして血で血を洗う悲劇の数々……。

 古文の教師だって元々はその確執のせいで魔王にされてしまった被害者だったから。


「そこで個々でも戦力差を埋める手段として私が真っ先に思いついたのが、お察しの通りロボット技術の発想で……意外にもそれはドワーフたちの技術とエルフの豊富な魔力と知識のお陰でこの世界にマッチしました」

「今の状況を見れば、相性が良すぎた感はあるけどな……」

「……言い訳になりますが、異世界に召喚された当初は私もテンション上がっていて“憎き王国から仲間を守るんだ!”と意気込んでいたのですが……最初の機体が完成した辺りで不意に過ったんですよね…………御大の作品の数々が……」

「それは…………三大皆殺しのアレ?」

「分かりますか? そうです……異世界でパワーではなくちからと言っちゃうアレです」


 御大の作品……その言葉で通じてしまう悲しいオタクの性。

 要約すると異世界で科学の新技術と魔法的な力を融合させて新たな兵器を生みだした結果、ほぼ全滅のエンディングを迎える名作にして悲劇。

 最初はただ知り合いを助けたい想いで作り出した物であっても、その結果何が起こる可能性があるのか……その手のSF戦記はそういうテーマが必ずと言って良いほど存在する。

 それに気が付いてしまうと……自分がした事に恐怖を覚えるのは自然だろう。


「しかしどういう形でも自分が仲間と認識した方々を見捨てる選択肢は私にはありませんでした……。そして、介入したからには他人面はもう出来ません! 始めてしまったからには最後までやり遂げる義務が私にはあるのです!!」

「お、おお……」


 真面目な顔つきでカムイさんは再び立ち上がって拳を振り上げる。

 そして自分がこの半年の間に行って来た実績を騙りだした。


「新しい技術の介入は色々な軋轢を生みだすモノです。それは会社経営も同じ事……だからこそ新技術の提供のリスクマネジメントは厳重に行わなくてはならない……中途半端にやるから諍いが拡大してしまうのです!!」


 その瞬間にカムイさんの首から下がっていた緑色の宝石が光を放って、いつの間にか彼女の背後に立ち込めスクリーンと化した霧に映像が映し出される。

 映し出されたのは……俺達には非常になじみ深いロボットアニメの数々の映像……その映像をカムイさんは指から放った赤い光をパワーポインターのように使って示していく。


「技術競争の為に、または戦略上の目的で技術が秘匿される例は多いですが、一番問題になるのは双方の情報不足……知らないからこそ戦渦は拡大していく。そんな時に私は自らに備わっていた能力に気が付く事が出来ました…………日本であればプロジェクターがあれば誰でも可能ですが、この世界で作品の知識を持ち映像を投影できる私にしか出来ないロボットの技術と技術による危険性と悲劇を同時に伝える手段を!!」

「それが……あの上映会であり、バトリングを始めた理由か?」


 彼女は俺の呟きに微笑を浮かべた。


「暴論になりますが、こういったSF戦争の利点はそういう所だと私は考えてます。誰も犠牲になっていないのに、疑似的に他者を失う憎しみや悲しみを少なからず味わう事が出来る事である……と」

「…………う」

「あなた方にも経験があるのではないですか? 何話も、何十話も愛着を持って見て来た、見守って来たアニメのキャラが翌週に無残に殺される悲しみを、喪失感を…………私は常々お気に入りの推しメンが死亡する度に思ってきました……戦争、良くない……と」

「いや……まあ……」

「分かるっちゃ~分かるけど…………」

「あなた方も私の同胞であるなら妄想した事があるはずです! こういった物語こそ皆が見るべきであると! 皆が御大の作品に涙出来るのであれば幾らかは争いが回避できるのでは……もしかすれば無くせるのではないかと!!」

「…………ぐ」

「う~~~ん、それはさすがに極論では?」


 アマネは思わず半笑い状態……俺たちは前の世界でマジな戦争の世界を体験しているだけに彼女が言っている事の見通しの甘さが分かってしまう。

 しかし……彼女が言いたい事は理解できなくもない。

 ロボットに限らず日本には数多の『作品』が存在している。

 アニメに限らず映画もドラマも物語に感情移入して疑似的な『経験』が出来ると考えるなら……それは映像の鑑賞なんて概念の無い異世界にとっては物凄い事だろう。

 そんな妄想をした事が無いかと言われれば……あるとしか言いようがない。


 夢魔の女王……日本に渡る目的で、俺たちに完全なる敗北を味合わせる為に肉体を捨ててまで挑み、そして勝利の高笑いと共に砕け散ったはずの……天敵の残骸。

 最早本来の、夢魔の女王サキュバスとしての力など失っているハズなのに、まさかこんな風に形を変えて違う方向で魅せる方向に特化するとは……な。

 日本でカムイさんが欠片を拾ったのもある意味宿命だったのかもしれない。

 世界を『魅了』させる事に関して……この組み合わせは最高にして最悪だ!


「私が……いや……我が目指すべき目標は単純明快! この世界へ『大洞穴』のロボットの名声と共に我が記憶に潜むすべての物語を広める事で……介入しなかった未来より一つでも多くの理不尽な悲劇を減らす事である!!」


 ドオオオオオオオオオン…………

 そしてカムイさんが手を広げた瞬間に背後で盛大な炎が立ち上った。

 演出のエルドワの皆様……ご苦労様です。


「我がこの世界から帰還できるその日まで……いや、もしかしたら帰還は不可能かもしれん。しかし我が存在する世界であるなら座して悲劇を見つめるなど言語道断! 我らが秘密基地『大洞穴』を拠点に“種族間差別”の思想など叩き潰してくれよう!!」


 絶好調に宣言するカムイさんは……何というか覚悟を決めた者の顔付きである。

 そんなもん決めるなよと言いたくもなるが……恩人、仲間、何より気に入った人たちが気に入らない連中に蹂躙される様を黙っていられず、それでいて発生する可能性も考えて自分なりに責任を果たそうとしているようだ。

 ……ど~考えてもやり過ぎ感は否めんが。


「今はまだ準備期間……着手してから半年ってのもあるけど、いずれ我らが理想とする『見せる機体』の数々を生みだし、我が知識を継承した精鋭たちが自在にこの世界を飛び回る時……『大洞穴』に住まう全ての戦士たちは『魔動軍』として高らかに宣言するのだ!!」


 途轍もない壮大、いや荒唐無稽な計画と言えなくもない。

 しかし彼女はやらずにはいられなかったって事なんだろうな……ノリノリなのは間違いなかったと思うけど……。


「彼女一線を越えない主義じゃ無かったのか? 俺が想定するどんな輩よりも魔王らしいモノを感じるんだが……」

「……どちらかと言えば会社経営の娘の性かしらね。リスクマネジメントとか言っちゃうくらいだから」


 彼女の魔王宣言はなんとな~く予想はしていたけど、こういわれると真正面から否定もし辛くなってくる。

 帰れるかどうかわからない異世界召喚、世話になった人たちに新たなる兵器を作らせてしまった……こうなれば中途半端で逃げられない……と。

 そしてカムイさんは両手を広げるとこっちを見下ろして……とある常套句を高らかに口にした。


「我が計略は大雑把だがコレが全てだ! 我も真なる統治者が目覚めるまでのツナギでしかないのだが、そこはそれ…………我が配下になるがいい勇者よ! そうすれば世界の半分をくれてやろうじゃないか!!」

「………………半分が闇の世界じゃ無ければ考えてあげるけど? 貴女、それ言いたかっただけでしょ?」

「うん! 魔王になったら言ってみたかったセリフNO1!! ちなみにNO2は“魔王からは逃げられない”ですね!!」


 分かる……そう納得しかけたが、俺はその瞬間何か聞き流してしまった事があったような…………だがその考えはアマネが呆れつつ溜息と共に言い放った言葉にかき消される。


「確かにいつ帰れるか分からない、お世話になったら見過ごせないってのは分からなくはないけど……帰れる貴女はこれ以上介入するべきじゃないわ……“カムちょん”」

「……………………………………え?」


 ノリノリで魔王をやっていたカムイさんの動きが見事に停止した。

 異世界では誰も知らないはずの、友人でも一部の親友と呼べる二人にしか呼ばれていない渾名を言われて……。

 俺たちは同時にヘルメット付きの仮面を脱ぎ捨て……素顔を晒し出す。

 その瞬間、停止していたカムイさんの目が最大限に見開かれ……顔面どころか全身すら真っ赤に染まっていく。


「お家に帰る時間だよ……カムちょん」

「俺たちまだホテルからバイト代貰ってないんだからな~。キッチリ請求させてもらうぞお嬢様~」

「あ、あああああああ天音さん!? それに天地さんも!? 何で!?」


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