第百三十四話 離れない放さない、逃げれない逃がさない……

「やっぱりどこの世界でも凄まじいな、ドワーフ共の酒盛りは……」


 夜の帳……というかそもそも巨大な洞窟を都市にした『大洞穴』は日常的に暗いのだけど、時間帯で照明を落として“それっぽい時間”を演出している。

 今は洞窟天井の照明は落として街灯のみの……夜の歓楽街をイメージさせてくれるそんな雰囲気。

 そこかしこから豪快なオッサン共の笑い声や喧騒が聞えてくる中、俺とアマネはある場所に向けて歩みを進めていた。


 バトリング決勝トーナメント初出場にして初優勝となった『ステゴロ』の制作者たちズボンガ組の喜びは凄まじく、決勝戦を終えて早々に当然のように大宴会がドック内で始まってしまった。

 破壊しつくされ回収された『ステゴロ』を誇らしげに、そして仕事を終えた機体にも酒を振舞おうとしている連中の心意気と言えば何となく粋にも聞こえるけど……。

 盛り上がってくると操縦者の俺達への絡み酒も中々に酷く……俺たちはその狂乱の宴を抜け出すために生贄を捧げて抜け出して来たところなのだ。


「いや~丁度別行動のスズ姉が戻ってきて助かったな~。あのままじゃいつまでも抜け出せなかったから……」

「…………私は少~し後が怖いよ。“成人式の日は近所の居酒屋を予約してやる!”って睨んでたわよ……」

「スズ姉も一仕事終えて飲みたい気分だったと思うからさ~。これは俺たち弟、妹分からの気遣いの一環って事で……」

「…………済ませてくれると思う?」

「うんゴメン、希望を口にしてみただけ…………」


 後ろめたさと若干の恐怖を感じるが……とは言え、今の俺たちが後にスズ姉に報復を受ける事は無いんだよな~。

 俺たちが『夢葬の勇者』と『無忘却の魔導士』の記憶を保持していられるのは多分この世界にいる時間まで……日本に帰還したら間違いなくまた封じられるハズだ。

 それが俺たちの望みでもあるワケだし……な。

 ただ、何も知らない高校生に戻った自分たちに生身で記憶を保持しているスズ姉が今後何をするかは……俺達にはどうする事も出来ないからな~。

 飲み始めは加減してくれる事を望む……。


「ま、そこは高校生の俺たちに頑張ってもらうしかないんだよな。今俺たちが心配してもどうにもならんし……」

「元の自分……ね……」

「ん?」


 別に結論の無い未来について話していると不意にアマネが物憂げな顔になった。

  

「どうかした?」

「ん? ……あ~なんて言うか私たちって今の状況、現実の高校生の時も含めて異世界に飛ばされたからこその状態じゃない? それこそ何も知らない初心な高校生だったらこんな風になっていたのかな~ってね」


 今の状態……俺たちが幼馴染として仲良くしているのだって言ってしまえば異世界召喚のお土産『夢の本』が原因だった。

 それについて別に反論するつもりも無いけど……。


「なんだよ、不安なのか?」

「どうかな? 分かんない……少なくとも『夢の本』の介入があったからこその今だし、それが無かったら私たちってどうなっていたのかな~ってちょっと考えちゃって……仮にそんなのが無かったら私たちはこうなっていたのかって……」


 自分達の現状が特殊である……その事について否定するつもりは無い。

 異世界召喚やら『夢の本』やら、それらがあったからこそ高校生の俺は“告白寸前”まで行けたって言うのも……悔しが事実だろうさ。

 ただ……俺がアマネに抱いている想いだけは今も昔も変わっていない。

 それだけは特殊な介入など関係なく、慢性的にかつ病的に俺の中に根付いていたからな。


「俺たちの現状が『異世界召喚』の副産物だってのは今更言うまでも無いけど……よ!」

「わひゃ!? ちょ、ちょっとなになに!?」


 俺は何となく不安な顔になりだしたアマネを正面から抱え上げる。

 ふ~む、相変わらず素晴らしい感触と温もり……じゃれ付くようにジタバタするのも込で愛おしい……。

 

「異世界とか『夢の本』とか、そんなもんが無かったとしても……俺のアマネに対する、いや神崎天音に対する独占欲だけは変わらなかったのは確実だ」

「……なによそれ?」

「高校生のヘタレな俺は、綺麗になって高嶺の花になっちまった天音とはもう接点は持てない、距離を置かなくてはって考えていたんだよな……殊勝な事に」


 俺がその事を言うとアマネは腕の中で暴れるのを止めた。

 今となっては俺も彼女も互いに嫌っていたワケでも無いのに疎遠になっていただけなのだが……当時を考えると色々と思うところもある。

 ただ、今になってハッキリと言えるのは……。


「だけどそれは俺には絶対に無理だったって断言できる。物わかりの良いフリしておいて、仮に天音に彼氏が出来た~なんてなったら……ストーカー化は確実、もしかしたら攫っていたのかもしれない。幼馴染の幸せとか欠片も考えず、ただただ自分の我欲を満たすために……な」

「わあ~~~それは怖いね」

「今にして思えば、一度“アレ”と付き合ってる噂を聞いた時は結構ギリギリだったのかもな……『夢の本』ってはけ口が無けりゃヤバかったかも」

「本人を前にしてそんな事言うかな~しかも逃げられないように捕まえたまま……私じゃなければドン引きよ? 束縛、粘着ストーカー宣言とか」


 怖い、などと言いつつアマネはクスリと笑った。

 普通の人なら笑える話じゃ無いだろうに……やっぱり俺たちはどこかおかしいのだろう。

 歪に壊れ組み合わさり、外れる事が出来ないほど互いに依存してしまっている。


「お互い様……だろ?」

「な~んにも否定できないか……。いつでも準備オッケーなクセに初心なフリして幼馴染の唯一を……心も体も自分だけのものにしようとしているヤバイ女子高生だものね……ふう……」


 アマネは一息つくと俺の腕からスルリと逃れて地面に降り立つ……むう、もう少し感触を楽しみたかったけど……。


「どう転んでも私たちはこんな関係に落ち着く運命なのかもね。粘着質で独占欲が激しい病的な共依存の……とんでもないカップルにね」

「ま……その辺はこんな変人が幼馴染だったって事で諦めてくれ」

「そっちもね。こ~んな重たい女が隣りの家にいたのが運のツキって事だったのよ」


 一応は俺たちがここまで“壊れた”のは『仲間の死』って切っ掛けがあったのは事実だけど……日本だろうと異世界だろうと、結局俺はこの幼馴染に依存する運命なんだろう。

 逃がさないし、逃げられない…………それが俺たち二人の不変な関係だから。


「くう~~~生身でこんなやり取りをしてりゃ~間違いなく“持ち込める”シチュエーションだってのに女神へ筒抜けの憑依体なのが憎い……」

「ハイハイ、往生際が悪いわよ。その辺は高校生の自分たちに頑張ってもらうんでしょ?」





 そんな益体も無い話をしつつ俺たちが向かうのはコロシアムがある場所よりも更に『大洞穴』の奥。

 見ようによっては城っぽくも見えるけど、ドワーフたちは人間と違って余り権威ってのを重視しない個人主義の技術集団……大きく広い建物がある敷地ではあるけどコレは……。


「工場?」

「…………っぽく見えるね」


 元々くらい洞窟内と言うのもあるけど、ライトアップされた建造物は日本でもツアーが組まれる工業地帯のそれを彷彿させるように武骨で荒々しい雰囲気……。

 しかし王族の城とか言うとピンと来なくても“ドワーフの城”って言われると何となく納得できる気もしてしまう。


「ここにカムちょんが……」


 緊張の面持ちで親友の一人の名を呟くアマネ……。

 バトリング優勝者の特権である『アニメ先行上映』の褒美を受け取る名目でここに来た俺たちだけど、当然だが主目的は“元凶”である眼鏡っ娘を説教して連れ帰る事だ。

 この辺は最も親しい間柄である『神崎天音』さんにお任せするしか無いのだが……。


「お説教はお姉ちゃんに任せるしかねーが……勝算はどんなもんなんだ?」

「…………半々かな? 9割方は強制連行になる気がしてならないけど……」

「お、おいおい……それじゃあ説得はほぼ不可能って言ってるじゃないか! 半々って比率がおかしくないか?」


 憮然とそう言うアマネに俺はひっくり返りそうになった。

 しかしアマネは表情を変えずに、真顔のままハッキリと言う。


「説得の成功率が9割失敗、強制連行の成功率が半々って言ったのよ。付き合いが長いからこそ分かるけど、あの娘……逃げる事に関しては半端じゃないわよ?」

「それは……俺たちの実力を加味しての判断なのか?」


 俺の問いにアマネは頷く……。

 一度は反則技であれ世界を救った事もある俺たちの実力は俺たちが一番よく知っているにも拘らず、アマネは断言する。


「勿論直接対決になれば相手にすらならないけど、あの娘は間違いなくそう言う舞台には上がってこないわ。チートとかそんなの以前に状況でも会話でも“一線を越えない”って事にかけて私は『神威愛梨』以上の人を知らないもの」

「……城を蒸発させ、英語教師まおうひしょをタイマンで打ち破った“無忘却の魔導師”にそこまで言わせるのか?」

「欠片とはいえ『夢魔の女王』の力を行使できるとしたら…………今のあの娘なら魔王からすら逃げおおせるかもね」


 一抹どころか最大限に不安要素が増したな……ただでさえこれから俺たちがやろうとしている事は強引で無理やりな手法だと言うのに。


「お、おいでなすったか……バトリング優勝者の仮面の夫婦! ってこれは本名じゃねーだろ……」


 俺とアマネはバトリングと同じ仮面を装着しつつ、目的の巨大施設へと近づいて行くと、気が付いた門番のドワーフが気さくに声を掛けて来た。

 俺は多少ムッとして隣りのアマネの腰を抱いて見せる。


「きゃ!?」

「当り前だろ? こんなラブラブ夫婦掴まえて仮面の夫婦とか心外過ぎるっつーの! そもそもそんな名前でエントリーして無かったハズなのに……コレ絶対あのアナウンスのオッサンのせいだろ?」


 考えてみれば試合中一度もエントリーした名を呼ばれなかった……一応無難な名前を考えたと言うのに。

 その辺の不満もまとめて漏らすと門番のドワーフは豪快に笑った。


「わははは! まあ悪意はね~から気にすんな。ヤツは元々バトリング以前からコロシアムのアナウンスを担当しとったが、最近はとある客人と意気投合しおってのう……すっかり影響されてしもうたからな~~」


 とある客人……若干あの芝居がかった演出とか必要以上に観客を煽るやり方とか疑ってはいたけど、案の定“ヤツ”は絡んでいたのか……。

 俺はジトっと長女アマネを見ると、露骨に視線を逸らした。

 

「……と、無駄話もイケねぇな。それじゃあすまねぇが……合言葉を聞いても良いかね?」

「合言葉?」

「ああ……俺らもよう分からんが、件の『小夢魔』ちゃんから言われとってな~。この言葉に続くモノを言えたら面会に応じるってな~」


 なんだこのデジャヴ……つい最近これと同じ手法を目撃したような気が……?

 おそらくその言葉を伝えられた門番ドワーフは全く意味を理解していないのだろう……懐から出したメモを棒読みで読み上げた。


「え~っとな……『空を自由に飛びたいな』。良く分からんが大事な掛け声もあるからその確認も頼むとか何とか…………ど、どうした二人とも!?」


 人の好さそうな門番のドワーフは膝から崩れ落ちる俺たちに驚いたようだが……。


「……やっぱお前ら本当に三姉妹なんだろ? 確認作業の発想が全く一緒じゃねーか」

「ハハハ……凄いでしょ?」

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