第百四十三話 侍女《メイド》の生き様

『なんと、なんと、なんとおおおおおおおお!! 俺たちは今歴史的な瞬間に立ち会った!! 絶対王者『敗者の亡霊』に初めて攻撃がクリーンヒット!! しかしその一撃が致命的な程強烈!! 吹っ飛ばされ壁に激突!!』


『ステゴロ』として持ちうる最高にして最後の“捨て身技”……こんなもんを喰らって立ち上がって来れるのは精々古文の教師まおうくらいなものだろう。

 それくらいの会心の一撃だったのだが……俺はアナウンスの言葉に一瞬耳を疑う。


『しかし……しかしまだ“操縦士死亡判定”の結界は発動していない!? こ、これはまさかまだ……』

「え!?」

「うそ!? まさかまだ……」


 まだ『敗者の亡霊』は敗北の判定を受けていない……激突で破壊された壁の土煙が晴れて行くと…………段々と見え始める黒い人影は膝を付いていなかった。

 自慢の黒い機体は上半身を中心に所々破損してむき出し状態、機体の頭部も半分から割れていて、そこから覗くのは金髪を一本の三つ編みにまとめたエルフの女性。

 その顔は美人なのだが瞳は真っすぐにこっちを見ていて……一目で頑固そうな印象を持ってしまう。


ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

「ナナリーーーーーーーーまだ行けるってのかお前は!!」

「それでこそ絶対王者だぜ!!」


 まだ立っている……その事実に観客たちは更なる逆転を期待してより一層の声援を上げてコロシアムのボルテージは上がっていく。

 しかし俺たちにとっては彼女がまだ動けるって事自体が計算外も良いところ……何せ俺たちの機体『ステゴロ』はもう動かない。

 立ってはいるものの、機動という意味では魔導機関は完全に焼き切れており動作不可能の、鋼鉄で出来た人形でしかないのだから……。


「マズイ! もしも向こうにちょっとでも機体を押されただけでこっちは起き上がる事も出来ないのに………………ん?」

「いいえ待って……あの人はもう…………」


 アマネの指摘で俺もその事に気が付く。

 そして『敗者の亡霊』は再びゆっくりとこちらへ、コロシアムの中央へと駆動音を立てて歩み始める。

 まだ勝負を諦めていない……そう見た観客たちはこぞって『敗者の亡霊』に、そして侍女長ナナリーへ熱狂的な声援を送る。


 ……が、ゆっくりと確実に中央へと歩む『敗者の亡霊』に俺たちは警戒はしつつも、構える事も考えずにただただ見据えて待った。

 俺もアマネも……前の世界でこんな輩と戦った事も、見送った事もあった。

 死に際に自らの矜持を殉ずる強者たち……。

 ある者は最後の瞬間正座をしつつ静かに瞳を閉じ……ある者は最後の一手に他者の手を借りずに切腹し……ある者は最後の瞬間ひざを折り神への祈りを捧げた。

 やる事は個人個人違うが……口元から一筋の血を流し、煤けた顔を覗かせたエルフの瞳を見た瞬間に悟った。

 ああ……ヤツらと同じ目をしている……と。


ウィイイイイイン、ガシャ…………

ウィイイイイイン、ガシャ…………


 ゆっくりと、ゆっくりと駆動音を響かせて歩むナナリーの姿に、次第にコロシアムの歓声が静まって行く。

 誰もがその姿に何かを察したように、固唾をのんで見守り始める。

 そして…………ようやく中央へと至った『敗者の亡霊』を操るナナリーは俺たちに向かって真っすぐに立つと、深々とお辞儀をした。



 …………参りました……お客様……。

 またのお越しを…………お待ちしております……。



 声が聞えたのかは分からない……しかし確かに俺たちに“そう”伝えるとナナリーは微笑を浮かべた。

 それは客人を不快にさせないラインをしっかりと守った侍女として相応しい営業スマイル……そして、その所作を最後に黒い機体『敗者の亡霊』は静かに崩れ落ちた。

 止められなかった歩みをようやく止めて、眠りに落ちるかのように…………。


「最後の最後まで、結局アンタは戦士じゃない……生粋の侍女メイドさんだったらしいな」

「見せつけられたね……プロの美学ってのを……」


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 その瞬間、コロシアムの観客たちの声が一気に爆発する。

 誉め称える者、奇声を上げる者、泣き叫ぶ者と色々な声が入り混じってはいるものの、その内容に不快な感じは一切しない。

 誰もが俺たちの、そしてナナリーの戦いを称えていた。


『きききき決まったあああああああ!! 遂に! 遂に王者陥落!! 忠義に厚き侍女長ナナリー、2年前の事件以来その復讐心を誰もが否定出来ず、彼女を止める事は出来なかったと言うのに……そんな彼女にようやく眠りをもたらしてくれたのは今大会初出場のズボンガ組所属『ステゴロ』の操縦士、仮面の冒険者夫婦だああああ!!』

「いいぞおおおおおお良くやってくれたあああああ!!」

「良くぞ連勝を止めてくれたああああ!!」

「ありがとおおおおおおおお!!」


 そしてアナウンスを含めた観客たちは口々に俺たちの勝利……というよりも『ナナリーの連勝を止めた』事を称え、礼を言っている。

 みんな分かっていたんだろう……バトリング絶対王者ナナリーの危うさ、自らの機体に『敗者の亡霊』と名付ける事の意味を。

 孤独に一人でも戦い、怨敵を殲滅する事のみを考え自分自身の事を一切顧みない。

 その先に何が待っているのかは誰もが分かっていて、ナナリー自身が何を望んでいたのか……初見で俺が気が付けるのだから、付き合いの長い『大洞穴』の連中が気が付けないワケがない。

 俺は倒れ伏したナナリーの姿を目にして……思わずつぶやいていた。


「アンタは一人じゃないみたいだな……死に逃げる事を許してくれないみたいだぜ? ここの連中は……残念ながらな」

「死に場所を求めて彷徨うには……まだまだ早いみたいよ? 侍女長殿」


              *


「う…………む?」


 目を覚ましたナナリーは一瞬自分がどういう状況か理解できなかった。

 自分はコロシアムで『敗者の亡霊』に乗り決勝を戦っていたハズなのに……と。

 しかし徐々に決勝の内容が思い出されて行き……ここがコロシアムに常設された医務室である事に思い至ってようやく自覚したのだった。


「負けた……のですね…………私は……」

「お? 気が付いたみたいねナナリーさん……」

「あ……アイリさん…………」


 そして目覚めた彼女に一番に声を掛けたのは幼い外見なのにセクシーな衣装をまとい、どう考えても衣装に着られているメガネ女子。

 俗称『小夢魔リトルサキュバス』の神威愛梨であった。


「外傷とかの心配はないみたいです。多少の負傷はありましたけど、気を失った理由は過剰な運動のせいで限界以上に体力も魔力も使ったからですって……。まったく、あの体力お化けの『敗者の亡霊』に耐久力限界まで引き出させるとは……」

「……面目ありません。助言すら頂いたというのに、この有様です」 

「いいじゃないですか負けても……ここは敗北が死に直結する戦場ではないのです。本来は違いますが私が提唱したバトリングはあくまで競技、死ぬほど頑張る事は認めますが、死を賭して勝利する事は認めていませんから……」


 それは聞きようによっては命を賭す戦いを否定する言葉……しかしそう言う世界を知らない、興味もないアイリにとってそれは決定事項。

 どんな矜持や覚悟を持っていたとしても“それだけは”絶対に認めない傲慢さ……自分の趣味でロボット文化を持ち込んでおいて何とも自分勝手な言いようでもある。


「だからこそ勝敗に関して外野の私がとやかく口出しする事は無いです……悪の組織の幹部じゃあるまいし……。敗北を悔しがるでも“他の何かを想う”でも……それは貴女だけのものですよ」

「結果の全ては私の責ですか……本当に容赦のない……」

「“友人”として私から言えるのは一つだけです……お疲れ様でした侍女長殿」


 しかし苦笑しつつそう言うアイリに裏の意味など一切なく、その自分勝手な言いようをヤレヤレと受け入れてしまえる。

 あくまで友人として……相変わらずこっちの踏み込んで欲しくないギリギリの見極めが上手い少女だ……ナナリーは不意にそんな事を考えていた。


「では私はそろそろ……決勝が終わって本日の上映会が残っていますからね」

「大丈夫なのですか? 貴女の見解ではあの二人は……」


 同郷の異世界人、それも間違いなく国を同じにする日本人同士……どんな思惑があるにしても何か対策はするべきだろうとナナリーは考えていた。

 しかし当の本人アイリは特に警戒した様子も無く、普段通りに医務室を出て行く。


「大丈夫ですよ……バトリングの試合運びやナナリーさんとのやり取りを見ている限り、多分ですが私は仲良く出来る類の同類であるはずです」


 気負いも何もなく、ただこれから友達と会いに行く……くらいの気安さに戦場における緊張感の無さに呆れそうになるナナリーであったが……彼女が言う通り、自分が死力を尽くして戦った相手に闘志は感じても殺気は無かった事を思い出した。

 それはまるで……姿形も年齢さえも欠片も似ていないと言うのに、幼少期に侍女である自分に2人で悪戯を仕掛けようとしていた主と婚約者を再び思い出させる。


「最後の最後まで、私は侍女だった…………か」


 気を失う最後の記憶に残る『ステゴロ』のパイロットが自分に掛けた言葉……それはまるで主に“お前は戦士じゃない。私の侍女でいろ”とでも言われてしまったかのようで、苦笑してしまう。


「ふふ……酷いですね。私が復讐を胸に訓練を繰り返していたのは一体誰の為だったのかと…………ふふ……」


 そして苦笑する彼女の手の甲に、一滴の水滴が落ちた。

 一人になった途端に勝手に流れ落ちたのが自分の流した涙である事に、ナナリーは何故? と思う。

 しかし同時に自分があの日、主であり可愛い妹を失ったあの日から一度も涙を流していなかった事に……激しい憎悪と自己嫌悪、そして喪失感を埋める為に激しい訓練を繰り返して来たナナリーは自分が立ち止まる事すらしていなかった事にようやく気が付いた。

 主が、妹がそんな事を望むはずも無いのに……あの娘が望むのは口うるさい御小言を言うナナリーという侍女である事は分かっていたのに……。

 

「ふ……ふ…………ゴメンね…………アンジー…………」


 医務室で一人……ナナリーは実に2年ぶりに主を悼み、忘れてかけていた妹を失った悲しみに、静かに涙を流し続けた。


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