第百四十一話 エルフ侍女のおもてなし

 ガタイは小さくても威力は抜群、正直今大会で対戦したどの機体よりも早くて重い。

 どう考えてもスピードは“今のままでは”勝負にならない……そう判断を下した俺はタイヤの動きを止め、呼応してアマネも魔力の供給を下回りには最小限に留める。


『…………』


 攻撃されている側が突如動きを止めた事を不審に思った『敗者の亡霊ルーザーファントム』が一瞬攻撃を躊躇ったように見えた。

 だが自分が攻勢である事に変わりはなく、そのまま巨大戦斧を振り回した勢いを利用して今度は上から蹴りを落としてきた。

 

「ソロ機体でバカみたいに重いのに、よくもまあ……」


 俺は対戦者ナナリーの技術と鍛錬に感心しつつ、勇者を名乗っていた頃に仲間たちに言われていた事、そして師匠リーンベル……スズ姉に叩き込まれた事を思い出していた。


『失う物が命かそれに準ずる物でないなら、実戦において力の上下に拘るのは無意味。自らと相手の力を把握する事から始めろ』


 身も蓋もない言い方をすれば“殺し合いの場にプライドは要らない”って事になる。

 まあ確かに魔物やら相手に見栄もプライドも無いし、何より俺にとっては世界の平和だってついででしか無かったから……。

 究極的に守るべきは大事な大事な『アマネ』だけだったから。

 ……まあそれは蛇足であるが、今重要なのは“勝つ為にどうするかを色々考える”という概念。

 スピードで負けるならより早いスピードで~ってのも間違っていないけど、今すぐ可能かどうかと言えば不可能な事。

 だったら相手よりも早く動く為に削るべきは記録タイムではなく距離……オリンピック選手にド素人でも絶対に勝てる方法は……。


「百メートル走で、こっちは“一メートル走”にする……」

武道家おじさんの教えだっけ? 自らを中心に円を描いてそれ以上の余計な動きをせず最短最小の動きに留めひたすら待つ!」

『!?』

ガキイイイイイイ…………!


 振り回すと大振になってしまう拳を最小最短の動きで蹴りの軌道上に“置いておく”。

 それだけで鋼鉄同士のぶつかり合う轟音が響き渡り、『敗者の亡霊』の動きが一瞬空中で止まる。


「もらった!!」

『く……!』


 俺は間髪入れずに反対の拳を追撃に振り回す……。

 だが追撃が直撃する前に『敗者の亡霊』が巨大戦斧を振り回して、今度はその勢いに逆らわずに機体ごと軌道をずらしてしまった。

 追撃の拳に向こうの機体がわずかに掠った感覚はあったが、ダメージの程は軽微だろう。

 地面に着地したと同時に距離を取る黒い機体に動作不良は見られないものな……。

 俺は再び『ステゴロ』を正面に据え、姿勢を出来る限り低く構えた。


「捕らえたと思ったんだけど……甘かったか」

武道家おじさん聖女ティアリスが一番得意な戦術だったねコレ。テリトリーを決めてその範囲内に常に気を配る……ティアリスは回復支援のためだったけど……」


 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 そして対峙する俺たちを前に固唾を飲んでいた観客席から大歓声が起きる。


『凄い! 凄いぞ一瞬の攻防!! 一方的に『敗者の亡霊』が攻撃していたかと思えばその動きを読んでいた『ステゴロ』の鮮やかなカウンター!! 『敗者の亡霊』の変幻自在な本性を見る事も久しぶりなのに、まさかの反撃!! コイツは互いに一撃勝負の世界に突入かあああああ!!』


 相も変わらずアナウンスの煽りが絶妙だが、解説も的確である。

 戦い方の解説もそうだけど、どちらも一撃必倒……いや一撃粉砕の威力を持っているのは事実。

 こっちは一撃ごとに装甲を剥がされているものの駆動系は今のところ無事であるが、剥がされた箇所に貰えば一発だろう。

 反対に相手も機体として軽量な分装甲は薄いし、何よりも形状が『機械を着ている』ようなものだから、ダメージはモロに操縦者へとかかる。

 結論はどっちも直撃を受けるワケには行かない。

 盛り上がる会場とは裏腹に肌がヒリつくような実に緊張感のある戦い……そんな戦いをするのは本当に何年ぶりの事なんだろうか?


『……動きを止めての待ちの構え……カウンター狙いという事ですか』

「む?」


 そして両者動かずにいると、何というか気持ち年上の仕事が出来そうな女性の声が聞えて来た。

 考えるまでも無く出所は『敗者の亡霊』……ナナリーの声なのだろう。

 黒く巨大な戦斧を構えた機体の武骨さには似合わない綺麗な声……そう言えば俺は今まで直接会話する機会は無かったんだよな~と場違いな事を思ってしまう。


「……ああ、やっぱりガタイの差でどうしても動きで負けるからな。大振にならないように最小最短で動くしか無いんでね」

『難儀でございますね。見えているのに動けないなど……』

「…………それがこの場でのルール……なのだろう?」


 軽口で答えて置くけど今のやり取りだけでも彼女が『敗者の亡霊』を抜きにしても相当な手練れである事は分かる。

 俺が機体の動きの遅さをカバーするために相手の挙動を確認して“先読み”しているという事も今の一合のみで見破ったようだ。

 エルフもドワーフも魔力や戦闘に特化したプロが多いのは通説だけど、やはりこのナナリーは現状『ソロパイロット』として別格だ。

 大体にして巨大でクソ重たい戦斧を本命だと思っていたのに、本来の戦い方が『戦斧を利用した格闘』と言う辺りで当初の目論見から外れている。

 本来ならこちらの荷重になっている装甲をパージして、突然の加速に目が慣れていない内に超重武器の弱点を突こうと画策していたのに……。


「……それにしてもすべての荷重が操縦者に返ってくるそんな機体で、よくそんなクソ重たい武器を使おうとか考えたもんですね。ましてや武器として使うのが本命ではないとか」

『……さる客人が教えて下さいました。超重武器はその性質上、叩き伏せるか薙ぎ払うかの二つに一つ、その軌道は至極読みやすい……達人にそんな大雑把な動きは適切では無いでしょうと……』

「ちょ……!?」

「おい……そのアドバイスって……まさか……」


 俺たちの脳裏に見覚えのあるメガネっ娘がドヤ顔で“幕末侍的な”漫画知識を披露している場面が如実に浮かんで消える。

 本当に……あのトラブルメーカーは…………。


「お宅の妹さん、何余計な事ばっかり言ってくれちゃってんの!? 向こうが有利になる事ばっかりアドバイスしやがって!!」

「知らないわよ! ここぞと言う時に言いたくなる性分なのよあの娘は!!」


 長女アマネの私に言うな的声が後方から響く。

 ……まあ確かに行ってどうこうなるワケではないが愚痴も言いたくなる、魔法が常識のこの世界で具体的なアドバイスをしおってからに……要所要所でドヤリたくなるのも異世界召喚の典型か?

 どっちにしろこっちからナナリーの射程圏内に不用意に侵入するワケには行かず膠着状態になるしかない。

 だが、そう思った矢先にナナリーの『敗者の亡霊』が動いた。


『…………こちらの射程圏外であれば攻撃は無いとお考えのようですが、僭越ながらわたくし、そのようなお客様の相手も得意と自負させていただいております。いえ、むしろそっちの方が得意であるかと……』


 機体越しに淡々と丁寧な口調で言うナナリーの言葉は丁寧で綺麗であるからこそ恐ろしく聞こえてくる。

 ……本気出した時の聖女ティアリスも似た感じだったなぁ~とか思い出している内に『敗者の亡霊』はバトンのように巨大戦斧を手元で回し始めた。


『ソロ機体であるわたくしにはお察しの通り制限時間があります。どうしても魔力体力共に勝る事の出来ないお二人には動けなくなる前に短期決戦で行かせて頂かなくてはなりませんから……』


ヴオオオオオオオオオオオオオ…………!


 そして戦斧の回転は徐々に徐々に速度を増して行き、まるでヘリのプロペラのような轟音と突風がコロシアムに吹き荒れ始めた。

 人間が持てるはずも無い重量の斧を“身体強化魔法”で補助しているとはいえ、あんな速度で回していたら普通なら腕がねじり折れてしまうだろうに……なんて剛力と繊細な技量なのだろうか!


『う、うおおおおお! これは! この独特なモーションはまさかああああ!! バトリング始まって以来お披露目として一度だけしか使われた事の無い、見たヤツは仲間内でも自慢できる『敗者の亡霊』最大の必殺技ああああああ!!』


 そしてアナウンサーは実に為になる不吉な事をテンション高めに教えてくれる。


『行きます……私が唯一客人『小夢魔』から名を冠した技『無限戦斧』、存分にご堪能下さいませ…………お客様!!』


 そしてナナリーはまるで侍女が客をもてなすような口調で、高速回転する巨大戦斧を『ステゴロ』へと放った。


ギュオオオオオオオオオオ!!

「う、うおおおおお!? アブね!!」


 とんでもない轟音を立てて一直線に吹っ飛んで来た巨大戦斧は円盤と化して、正確に操縦席、俺たちに襲い来る!

 しかし早くても一直線の投擲なら先読む事は容易い……真正面で喰らったら絶対にマズい攻撃だけど横からなら……。


ガキイイイイイイ!!


 俺は極力冷静に、さっきと同じように最短最小の動きを意識して戦斧の横へ鉄球を当てて弾き飛ばした。

 しかしホッとしたのもつかの間、アマネが焦った声を上げた。


「ユメジ違う! これで終わりじゃない!! 左!!」

「う……え!?」


 アマネの激に『敗者の亡霊』へと目を向けると、数秒前にいたはずの黒い機体はそこにはいない。

 いや、いやいやいや! さすがに無理が過ぎるんじゃないですかナナリーさん!?

 投げた戦斧を弾かれた場所へ先回りしているとか……。

 しかも高速回転する巨大戦斧をそのままキャッチするとか、そんなプロペラに手を突っ込むみたいな荒業を易々とこなすとか!?


『さあお客様、おかわりはいかがでしょう。ご遠慮なさらず何杯でも……』

「マジかよコイツ……!!」


ギャリイイ! ガアアアアン! バキイイイイイ!!


 超重量の戦斧を放たれ弾いても、弾いた先に相手は先回りして再び投擲……しかもただ投げるんじゃ無く一度も地に戦斧を落とす事無く回転を殺さずに方角を変えている!?

 回転が衰える事は無く、回数を重ねる毎に強く、そして速くなっていく!

 正に一方的、無限戦斧……その名前の意味を俺たちは身を持って味わう羽目に陥た。


『相手が終わるまで終わらない戦斧の舞踏! ここまで独特な強さを見せつけて来た『ステゴロ』が防戦一方だあああああああ!!』

「うおおおおおお行けええええ! ナナリイイイイイイ!!」

「お前こそが俺たちの最強だあああああああ!!」

「お姉様! ステキイイイイイイ!!」


 観客に押されるように息つく暇も無い程、継ぎ目のない連続投擲……全力疾走をこちらが戦闘不能になるまで続けるまさに死力を尽くした必殺技に防戦一方、いや……確実に削られて行く。


「ユメジ! そろそろ『ステゴロ』のスピードじゃ追い付けない速度になる!! そして間違いなくそれは彼女の体力が尽きるより先よ!!」

「何がこっちより体力劣るから短期決戦だよ!? どんな根性だよ一体!!」

『お褒めに』

『預かり』

『光栄』

『です』


 焦る俺たちに対して冷静で丁寧なお礼の言葉が途切れ途切れ、別々の方角から聞こえてくる……残像って程大げさじゃ無いけど、常人ではあり得ない計算能力とド根性で走り回る黒い機体に『敗者』の名がふさわしいとは全く思えない!!


「絶対『ブラック・ファントム』が相応しいじゃねぇかよ! うわっち!?」

「うわあああい、中二臭~~い」


 アマネの辛口コメントに返事をする暇も無く、絶え間なく襲い来る巨大戦斧を動きで劣る『ステゴロ』で何とか弾いていたのだが……次の瞬間、とうとう限界が訪れた。

 

「あ、やべ……」


 俺には見えていたけど『ステゴロ』の反応が僅かに遅い。

 今まで側面を叩く事で何とか弾き返せていたと言うのに、弾く速度が遅れて“鉄球が戦斧と直撃する”コースを外せなかったその瞬間……。


ボガアアアアアアアア!!


 耐久の限界もあったけど、戦斧の攻撃を真正面から受けてしまった『ステゴロ』の左拳であった鉄球がアッサリと砕け散ってしまった。

 防御の要だった二つの鉄球が一つになってしまった。

 ……そんな瞬間を相手が見逃してくれるワケも無く、次の瞬間には『ステゴロ』の上、正確には“操縦席の真横”には既に振り下ろす体勢の『敗者の亡霊』がそこにいた。


『終わり……です!!』

「うわあああああ!? とべえええええええ!!」

「むわあああ!? つめてええええええ!!」


 バキイイイイ…………!!

 まるで氷でも割るような、大木がへし折れたかのような音を立てて次の瞬間には『ステゴロ』の操縦席は無残にも切り離されてしまった。 

 完全に『操縦士』と『魔力制御』、タンデム式の要である機構を分断する形で……。



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