第百四十話 敗者を名乗る絶対王者

 数千のドワーフを中心にした観客がひしめくコロシアム……だと言うのにこの時ばかりは静まり返っていた。

 それは多分これから始まる決勝戦が“いつもと違うものになる”事をみんな空気で感じ取っているからだろう。

 そんな静まり返ったコロシアムに、開始からずっと観客を煽っていたアナウンスが響き渡る。


『さあ、今週もこの時がやって来たワケだ……来てしまった! 我らを本能を呼び覚ます小夢魔リトルサキュバスに魅了された機械に狂ったバカヤロウ共の祭典。そのドワーフが作った機体が凄いか、そしてどいつが一番強いのか……そんなくだらない事を競い合う事を至上とするイカれた奴らの死闘を区切る最終戦!』


 名調子のアナウンスに会場から息を飲む雰囲気が伝わってくる。


『いつもなら常勝の最強、『敗者の亡霊』を操るアイツの強さを見せつけるだけの独壇場になるはずだった…………だがお前ら、気が付いているのだろう? 今回は違うぞ……』


 その瞬間に薄暗かったコロシアム内の中心にスポットライトが集まり一人の壮年の男……角があるから多分オーガなのだろうけど、タキシードを着たソイツがテンション高めに腕を振り上げた。


『さあお前ら、準備は良いか!? 絶対王者の前に突如現れた『ステゴロ』を操る謎の仮面の夫婦!! 武器は見た通りの両腕の鉄球、拳のみであるのにそれ以上の動きで機体を操る操縦技術! 観客を魅せて倒す演出にすら付き合える圧倒的な魔力と遊び心!! 奴らが絶対王者の眼前に立つ最強の挑戦者である事に……異論などない! そうだろうてめえらあああああああ!!』


ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


『今宵貴様らは歴史の目撃者! 刮目しろ! 決して目を逸らすな!! 祭りの……時間だアアアアアアアアアアアアアア!!』

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 瞬間に我慢の限界とばかりに叫び出す観客たち……声だけでも地面が揺れる。

 不謹慎とは思いつつも、どうしてもテンションが上がってしまうのは避けようがない。

 チラリと後ろを見てみればアマネも瞳は好戦的にギラギラと、口角も不敵に吊り上がっていた。

 結局俺たちも“そっち側のバカ”って事なんだろうな。

 じゃあバカはバカなりに……全力で参りましょうかね!


『さあ出てきやがれ本選トーナメント初出場の分際で決勝まで上がってきやがったふてぇ野郎! ズボンガ組所属タンデム式機体『ステゴロ』!! その拳は今宵俺たちの絶対王者を打ち砕くのかあああああ!!』


 アナウンスの煽り文句と共にコロシアムに『ステゴロ』を進めると……今まで以上に会場全体から歓声が上がる。

 ここまで来れば最早地鳴りってくらい……準決勝でもすごかったが今回はそれ以上。


「アナウンスの人、毎度毎度盛り上げと観客の煽りが上手いね。何か年末の格闘技を彷彿とさせるって言うか……」

「……この辺も神威さんの入れ知恵なのか?」

「どうかな? 盛り上がるのはご存じの通り大好きだけど、格闘技に興味があったかはイマイチ……こんな感じにアナウンスで盛り上げるアニメでもあれば別かもしれないけど」


 何となく質問してみるとアマネは小首を傾げて見せた。

 あのアナウンスのオッサンがスポットライトで現れた時、椅子に座って眼帯でもしていたら……元ネタは確定かもしれなかったけど。

 ……まあその辺はどうでも良いか。

 あのロボットアニメと違って俺たちの機体は機敏に動く事は不可能だからな。


「機体の……と言うか魔力制御の流れは全部掌握出来たのか? どう考えても“このまま”だったら『敗者の亡霊』にスピード負けは必至だぞ?」


 そればかりはどうしようもない現実……そもそも二人乗り機体は操縦性を重視、操縦者の負担を軽くする為に機体自体が重くなりがち。

 俺たちのように融合魔法ありきで、操縦者と魔力制御が完全に同調できても反応が遅れるのは必至……一応装甲をパージ出来るけど、ソロに比べるとガタイもあるから小回りが利かない。

 俺の質問にアマネは真剣な表情で頷く。


「操縦と魔力制御を分ける回路を無理やり直結すれば一度だけは可能よ。だだ……やったら間違いなく回路は耐え切れずに焼き切れるでしょうけどね」


 それはそうだろう……魔王最後の魔導士をタイマンで下したアマネの魔力をモロに、強引に流し込んで無事で済むワケがない。

 その辺はズボンガ組の連中にも説明したが、連中は『勝利の為に限界突破!? 熱いじゃねーか!!』と破損必死の運用すら了承してくれた。

 暑苦しい……だが、やはり嫌いじゃない。


「チャンスは一度きり……耐久時間は?」

「一分持てば良い方ね」

「……上等」


 あくまでも機体で戦うのがここでの“バトリング”の最低限のルール……その一分を無駄にした時点で敗北は決定する。


『そしてぇぇぇ待ち受けるのは最強のエルフ!! 我ら大洞穴で頂点に君臨し続ける絶対王者! 巨大戦斧の戦乙女!! しかしヤツにとって勝利など無意味! 滅ぼされた故国の奪還と恨み募りし敵国を殲滅せんと兵器開発の当初からテストパイロットを志願した孤高の戦士! 今宵も挑戦者は彼女の最強伝説を彩るあだ花となってしまうのか!? 魔導騎士班所属、ソロ式『敗者の亡霊ルーザーファントム』よ……お前の出番だあああ!!』


 相変わらずの名調子と共に反対側からその黒い機体は重厚感たっぷりに、しかも圧倒的な威圧感を放ちつつ姿を現した。

 自動での二足歩行は幾らドワーフたちでも半年足らずで実現は出来なかった。

 ならば“人が歩けば良い”そんな単純な発想で生まれたソロ式だが、それは極端に操縦士に負担を強いる“乗り手を選ぶ”厳しい機体となった。

 そんな機体の重量を自らを極限まで鍛え、そして強化魔法を使い全て請け負い操縦する。

 無茶であるがゆえに最強の機体……それが俺たちの前にとうとう対戦者として現れた。

 その様は正に威風堂々……身の丈5~6メートルはある巨大戦斧を地面に下ろしただけでも振動が“ズン”とこっちまで伝わってくる。

 そして……それ以上に伝わってくるのは相手の視線。

 黒いメット部分のせいで対戦者のナナリーの顔はうかがい知れないけど、ヒシヒシと相手が俺たちを観察している雰囲気が伝わってくる。

 対戦相手なのだから観察されるのは当然だろうけど……。


『…………』

「……意外と復讐心で殺気に飲まれているとか、死に急ぐ空虚感って感じもしないね。あえて言うなら……好奇心?」

「……お前もそう思う?」


 俺とアマネでは相手を探ったり感知する方法が違う。

 俺は経験則でアマネは魔力……だけど違った視点からの観察だから意見が一致した時の正確性は中々高くなると自負している。

 ……俺が先日彼女の戦いぶりを見て思ったのは『死に急いでいる』ようにすら見えたのだがな……だとすると。


「アマネ、やばいぞ……より手ごわいかもしれん」

「あはは…………そうこなくちゃ!!」


 何の理由があるにしろ、他の感情に左右されずに俺たちを直視しているとなれば……その戦士が強いって事は前の世界で何度もあった事。

 俺たちはその事をよ~く知っていた。

 だからこそ高ぶる、ワクワクする……バカップルでありバカな夫婦の俺たちには最早この状況を楽しむ事しか頭に無かった。


『行くぞてめぇら! 準備は良いか!? バトリング決勝戦! レディイイイイイイイ、ゴオオオオオオオオオオオ!!』


 景気の良い開始の合図とほぼ同時に『敗者の亡霊』は速攻で両足に搭載されたローラーをスピンさせて突っ込んできた!

 ハッキリ言ってそれは予想通りの行動、軽量でスピードに勝るソロ式なら攻撃が当たる範囲からの超接近戦、しかも開始直後だと言うのは分かっていた。

 

「何!?」

「ウソ!? “そう”来る!?」

『…………』


 だが一つ予想外だったのは攻撃の方法……まず来るのは超重の巨大戦斧による一撃、そう思っていたのだが……飛び出した『敗者の亡霊』の手に武器は無く地面に置いたまま。

 当たり前だがあの戦斧の重量は凄まじく、それを手放したとなれば……その分軽くなり早くなる。

 予想よりも遥かに速いスピードで既に懐まで迫られた時には『敗者の亡霊』はすでに機体をひねった“回し蹴り”の態勢になっていて…………。


「まさかしょぱなで無手って!?」


 狙われたのは『ステゴロ』の動力部分、右側のタイヤ。

 既に完全にかわすのは無理と判断した俺は逆側の拳を地面に叩きつけて、強引に機体を片輪状態にして僅かに狙いを逸らす。


ガギイイイイイ!!


 しかしやはり完全回避は出来ず、右脚部を覆っていた装甲が紙切れのように吹っ飛ばされた。

 俺は慌てて拳を振り回すが、既に相手はバック走でこっちの攻撃範囲を離脱……そしてそのまま鮮やかに置いていた巨大戦斧を手にすると、そのまま戦斧の重量を利用して遠心力を使って機体を180度ターン、そのまま再び突っ込んできた!


「予選からずっと戦斧で相手を屠っているのしか見てなかったけど、まさかこっちが本来の戦い方なのか!?」

「体術の補助として使うだなんて……」


 それは“前の世界”で仲間だった武闘家のオッちゃんがたまにやっていた棒術によく似ている。

 あくまで武器としてではなく体術の補助として棒を軸に横に回ってみたり高く飛んでみたり……手にした武器を警戒させておいて死角から拳や蹴りが飛んでくる……と思わせておいて武器が襲って来る。

 ガタイに差がある相手に対して心理的にも変幻自在に動き回る戦い方は有効な手段だったんだろう。

 小回りの利かない今の『ステゴロ』ではこのままじゃ一方的に攻撃を喰らうのみだ。


「ロボットアニメと思ったら今度はカンフーアクションかよ!? アマネ、とにかく離脱だ、一先ず距離を取るぞ!!」

「装甲はどうする!? 今の見た限りじゃ重しにしかなってないみたいだけど!?」


 吹っ飛ばされた装甲を見てみるとヘコミなどの変形は少なく、意図的にはがされたようでもある。

 まるで最初から防御力を下げるつもりであるように……。

 パージしようがしまいが、その内全ての装甲が吹っ飛ばされるような気がする。

 アマネの言う通り、ただでさえ小回りが利かないのだから少しでも軽量化するのは有効な手段なのは分かる…………が……。


「一先ずは保留! 脱がされる趣味は無いけど時間稼ぎにはなるだろ!?」

「…………脱がすのは大好きなクセに」

「ああ、お前限定でな!!」


 ボ! バガアアアアン!!


 遠心力で横なぎにされた戦斧の威力は凄まじく、風切り音が聞えると間一髪離脱したと思った『ステゴロ』の肩の装甲を掠っただけでもぎ取って行った。


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