閑話 主の面影

 準決勝とは言ったものの、連戦連勝を積み重ねている『敗者の亡霊』を駆るナナリーにとってはほぼ予定調和でしか無く、前試合に比べれば何とも盛り上がりに欠ける危なげない戦いで6回戦目は終わった。

 たった一人で操縦と魔力制御をする分肉体に過剰な負担を強いる単独乗車タイプであるのに、軽々と巨大戦斧を振り回し撃破する様は正に威風堂々……しかし当の勝者であるナナリーはいつものドッグに戻ってくると、去来する虚しさに何時も溜息を吐いていた。

 また自分が勝ってしまった……。

 主を守れずおめおめと生き延びてしまった自分が勝者である内は、この新たなる兵器も実践投入には程遠い……と。

 憎しみ募るシャンガリアに反旗を翻す日を誰よりも心待ちにしている彼女にとって、バトリングでの勝利は何の価値も無い事だった。

 だが……今回は違っていた。

 試合後ドックに戻って来た彼女は即機体から飛び降りると、メンテナンスの仲間たちに勝利を称える言葉も言わせず声を張り上げた。


「整備班はすぐに可動域とダッシュローラーのメンテをお願いします! 今回の決勝は恐らく今までにないくらいタフな動きが予想されます。一瞬でも長く走り続けられるように、そして戦斧を振り回せる土台が保てるように……」

「「「了解!」」」 


 整備のドワーフたちから驚き混じりな返事を聞き、ナナリーが休憩の為に着席すると整備班の一人が水を持って来てくれる。


「アンタが機体にそんな要求する何て珍しいな。いつもなら信用していると任せっきりにするのみなのによ」

「……すみません。あなた方の腕を信じていないワケでは無いのですが」


 ナナリーが礼を言いつつコップを受け取るとドワーフは軽く笑った。


「気にするな、別にせめてるワケじゃねぇ。むしろいつものアンタは作業の一環みたいに見えたからな……操縦者のワガママを実現するのも俺たちの真骨頂ってなもんよ。喩え試合時間が何時間だろうがガタが来ねえくらいに仕上げてみせるぜ!」

「そんな長時間では私の方が持ちそうにないですが……」

「はは、そりゃいい! ドワーフでも敵わないナナリーの体力が尽きるのが先だったら俺たちの勝ちって事になるなぁ! よ~~しお前ら! ダッシュローラー周りのモノは全とっかえだ!! 慣らしの終わった新品は用意してんだろ!?」


 意気揚々と整備に戻って行くドワーフが嬉しそうな理由……それがいまいちピンと来なかったナナリーであったが、休憩中の彼女の背後から掛かった声がその答えを簡潔に答えた。


「珍しく楽しそうですね、ナナリーさん」

「アイリ殿……」


 そうハッキリと言われてナナリーは、今自分がこれから行われる決勝戦を心待ちにしていて、柄にもなくワクワクしている事を嫌でも自覚せざるを得なかった。


「……不謹慎ですよね。私のような主を守れずおめおめと生き残った魂の抜け殻が、一端に生を楽しもうとするなど……」


 2年前に主を救えなかった彼女は自分は苦痛以外を享受する資格はなく、アスラルを蹂躙したシャンガリアの敵兵を命を賭して殲滅する事だけに生きている……そう思っていた。

 だからこそ決勝戦を楽しみにしているなど、自分は思ってもいけないのだと自らをいさめようとする。

 だが眼鏡の異世界人、小夢魔『カムイ・アイリ』は彼女のそんな矜持をアッサリと、何の気負いも無く否定する。


「いいんじゃないですか? 楽しめば。自分のせいで家臣が苦しむ姿しか望まないようなのが貴女の主人だったなら……止めはしないですけど~」

「……!?」


 お前の主人はそんな狭量な人物だったのか? 暗にそう問われたナナリーは絶対にそんな事を主が、あの娘が望まない事を自覚し……溜息を吐いた。


「…………あいも変わらず容赦のない。そう言われては迂闊に落ち込む事も出来ないではないですか……」

「知りませんよそんな事、私はどうせならハッピーエンドを目指したいだけですからね。敵討ちで華々しく散る最後は私の好みではないですから」

『本当に容赦のない……』


 主を失ってから死すら賭して戦いに身を投じて来たナナリーであるが、たった数か月の付き合いで戦力的には自分どころか非戦闘員にも劣るほど非力で脆弱なこの少女にだけは頭が上がらなかった。

 異世界のニホンジン、本人がそう名乗り更に未知なる知識を披露してドワーフやエルフと共同で新たなる兵器を作り出してしまった異質な少女。

 だと言うのに彼女の話す事からは血生臭さを感じる事はなく、むしろ殺しそのものを否定するような雰囲気すらある。

 どれほど平和で生温い世界で生きていたのかと思いもするのに、彼女の言葉には妙な力があった。

 無論自分の記憶を他人に見せる投影の魔法は効果的ではあるけど、それはあくまで力の一端…………個人個人の能力を最大限に利用し、プライドを尊重させた上でいがみ合いすらも利用し協力させてノセて行く。

 統率者というには少し違う気がしているのに、自分すらもしっかりとノセられてしまっている……ナナリーはそんな存在に伝承から一つの言葉を思い出していた。

 己の望むモノを手にする為に、全てを配下に統治するこの世で最も自分勝手な存在……『魔王』を。


「そんなに大洞穴最強の『敗者の亡霊』が敗北するかもしれない相手の登場が嬉しいのですかね?」

「そうですね……勿論です」


 自分が喜んでいる……そこまで見透かされてしまっては否定するのも無意味とナナリーは今度はアッサリと認めた。


「あのような異常な相手は今まで見た事が無かったです。魔力操作が未熟で機体が動かせないと言うのは何度もありましたが、魔力操作が高度過ぎて機体性能が追い付かないなど」

「うへぇ~そんな強いんですか? あの仮面夫婦」


 知識はあってもアイリは戦闘のド素人で、決勝戦の相手の強さを判別する事は難しい。

 そんなアンバランスさにナナリーは苦笑する。


「そうですね……むしろタンデム式で戦っていなければ、私は機体ごと瞬殺されているでしょう。機体の方が足枷になるなど聞いた事がないです」

「はあ!? ナナリーさんみたいな超強い人でも!? ガ〇ダ〇ファイターですかあの人たち!? 決勝で“ラブラブなんたら拳”とかやるつもりでしょうか!?」

「……アイリが何を想像しているかは分かりませんが“それ”を実現させる実力は余裕で持ち得ているでしょうね。ナチュラルに融合魔法を使いこなす化け物など久々に拝見しましたよ」

「融合魔法って……もしかしてナナリーさんの主様が得意だったっていう?」


 自分よりも強者、ナナリーがそんな事を言うのも初めてで驚くアイリだったが、彼女が口にした魔法名に覚えがあり思わず聞き返した。

 しかしナナリーは少しだけ考えて首を横に振った。


「自分の主を下げる事は言いたくありませんが……あの二人は主のそれよりも強力、いえ異常であると言えます。主たちは良くも悪くも幼い仲良しの延長くらいでしたがアレは……何といいますか行き着いた関係と言いますか……」


 珍しい感じに言いよどむナナリーに察したアイリはポンと手を打った。


「あ~なるほど。少女漫画とレディース漫画の恋愛くらいドロドロ具合に違いがあるって事ですね! じゃあやっぱりあの二人は夫婦か恋人なんですね? しかもラブラブな」

「……喩えは良く分かりませんが、言いたい事は何気なく伝わります。どうでしょうか? 男女の関係は否定しませんが、融合魔法を使えるほどとなるとやはり異常ですからね」

「それって使えていた主の事も異常だったって事にならないですか?」

「……残念ですが否定できません。どちらも互いに対する独占欲は強かったですから……今思えば恋愛と表現するのは可愛らしすぎるかもしれません」


 だからこそ片割れを失って主は壊れてしまった……“本当は割れただけ”であったと言うのに……ナナリーはその言葉を言いかけて飲み込んだ。

 最早そればかりは言っても仕方のない事なのだから。


「ふ~ん……何となくだけどナナリーさんの主様、私の親友に似てるかもですね。彼に対する独占欲は異常でしたし、彼氏の執着も好き同士じゃなきゃ完全にストーカーでしたから」

「なんと……あの娘に匹敵するなど俄かに信じられませんが…………」

「ははは、まああの二人は完全に一般日本人ですから、今の私たちには全く関係がないですけど…………あ、そうそう忘れるところでした」


 アイリはそこで言葉を切って自分がここに来た理由、伝えるべき情報を口にする。


「ナナリーさん、次の対戦相手は十中八九、私と同郷の日本人……しかも私と同じような知識を持った異世界人ですよ」

「!? 何ですって」

「準決勝で相手を倒した演出、あれは日本人である程度知っている側じゃないと知り得ない技ですから……」


 ニヤリと笑うアイリの表情は実に無邪気で楽しそうであり……同郷への手加減をお願いしに訪れたワケでは無い事が誰の目にも明らかであった。

 同郷の者と判断して手加減や和解など提案されるかと一瞬思ったナナリーであったが、そんな気など微塵も無いという事は明らかで……むしろ脱力する。


「……鋼の腕を授けてくれた恩人に言うのも何ですが……それで良いのか? と問い詰めたくなりましたよ」

「ははは……向こうがもしも同郷であっても“同類”じゃ無ければ、考えも改めましたけどね。あの戦い方の分かっている加減……紛れもない好敵手の出現ですから……」


 幼さを残したコスチュームを翻す小夢魔アイリの表情は自分と同等に、いやそれ以上にワクワクしているようであった。


「同類と戦うなら、思い入れで負けるワケには行きませんからね! 同郷との直接バトル……それも異世界もののド定番ですから!!」



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