第百三十七話 スカスカの利点

「1、2、3……45、6……2、8、いち!!」

「3、8、4、6……2、2、3、なな!!」

 

 一定の距離を取られたまま8門のビームライフルで『ステゴロ』の移動範囲を制限、ブレーキやターンで速度が落ちた瞬間を狙っての主砲……基本パターンはそれなんだけど、足止めのビームライフルはルーティンにはならず、そして一点集中もせずバラバラ。

 魔法に長けて弓を扱う事も多いエルフは元々狙撃手には向いている種族だけど、開発からまだ数か月しか経っていない新兵器でここまでの事が出来る事に驚いてしまう。


『ホーネット』の射程距離は長く広い、コロシアムの大体1/3に俺たちを追い込んだところでほぼ動かずに悠々と逃げ惑う俺たちを狙い撃ちにしていく。


「2、4、8、に!!」

「8,8、3、6……よん!!」


 観客は翻弄されつつ走り回る『ステゴロ』を見て思っているんだろうな……少しでもミスがあれば、魔力が尽きれば、その瞬間ハチの巣にされると。

 そしておそらくは『ホーネット』の三人も……。


 そんな中で俺たちは自分たちとは感覚が合わない『機体』を動かしつつ、最適な操作方法を模索しながら……笑っていた。


 段々と互いに言葉を発する事が無くなっていく、それなのにどっちもが何をしたいのか、何をしてもらいたいのか直感的に分かって行く感覚。

 それは『夢葬の勇者』と『無忘却の魔導士』だった頃の俺たちが命がけの戦闘を繰り返していた時によく体験したものだ。

 全体を広く見渡す事が出来る、それこそ共有するのは魔力のみならず視覚を始めとした五感に至るまで『二人分の思考』全てを同調させるコンビネーション。

 仲間たちには“以心伝心、一蓮托生でも足りない……それが出来るお前らの方が異常なんだ”と失礼な評価を受けた事もあるほどの同調。



 だから見える……二人分の視界と思考で“8門全てのビームライフル”の射撃が、そして確実にかわさないと一撃で敗北する主砲発射の瞬間が……。 

 細かいビームライフルが要所要所でかすめるのに主砲だけは確実に外れる……その事実に『ホーネット』の砲手がそろそろ疑問を感じ始めるかもしれない……。


「じゃあ、そろそろ仕掛けましょうか……“一直線に”」

「おお一気に“突っ込む”ぞ!!」


 何の打ち合わせも無ければ相談も無し。


「「3、5、7、1、4、8、ろく!!」」  

ギャギャギャギャギャ…………


 だと言うのに俺たちの行動に齟齬は一切起こらず、砲門を数えつつかわしていた口調が重なりほんの一瞬、砲撃が途切れた瞬間に俺は『ステゴロ』に急ブレーキとターン、アマネは魔力をほぼ後輪のみに集中させた。

 けたたましいエギゾースト音を立てつつ『ステゴロ』が後輪を滑らせてターン、いわゆるドリフトってヤツで停車する事はなく『ホーネット』の真正面を向く。

 そして間髪入れずに突進を開始すると会場からはどよめきと興奮するアナウンスが響き渡った。


『うおおおお!? コイツは覚悟の特攻かああ!? それとも真正面からあの猛攻を余計切る算段でもあるのか!?』


 しかし驚きを口にするアナウンスとは裏腹に、『ホーネット』の砲手が失望したように舌打ちするのが見えた。

 多分彼女には万策尽きて特攻を仕掛けたように見えたのだろう。

 

「なめんなよ! そんなヤケッパチの特攻なんざ見慣れてるんだよ!!」


 その瞬間に『ステゴロ』へと集中する8門のビームライフル。

 口調や表情とは違って彼女は冷静に直線に向かって来る『ステゴロ』を一撃で仕留めるように徐々に、しかし確実に主砲の射線へと追い込んで行く。

 つまりは操縦席に主砲が直撃するコース。

 バトリングの勝敗は2種類、それぞれの機体を行動不能に追い込むか、それとも『操縦士ロスト』扱いにするか……だ。

 殺しは厳禁とした『小夢魔』の意向のようでバトリングでパイロット死亡はご法度、しかし操縦士にはコロシアム全域に掛けられた強力な『防護結界』が施されている。

 ゆえに『防護結界』が発動したという事は操縦士が死亡するほどのダメージが与えられたという証明になり敗北が決まる。

 つまり操縦席を狙うのはセオリーの一つなのだ。


「終わりだよルーキー!!」


 真正面から突っ込んでくる『ステゴロ《おれたち》』を完全に主砲の射線へと誘い込んだ砲手のエルフはその瞬間迷わずにトリガーを引き……その瞬間に困惑の表情になった。


 最早絶体絶命、敗北が確定となったはずの俺たちが……二人とも笑っているのを見たからだろうか?

 それとも口を揃えて言った言葉が聞えたのだろうか?

「「かかった!!」」 と……。


『ホーネット』の砲手は優秀で、手の内を読まれないようにパターンを常に変えて、尚且つ射線が一部に集中しないようにもしていた。

 だからこそ、全ての射線をまとめる必要があった……確実なパターンである“止めの一撃を確実に誘う為”に。

 真正面、一直線に向かってこられたら攻撃を集中せざるを得なくなる。


ドオオオオオオオオオオオ…………


 そして大口径のビームライフルは轟音を立てて確実に『ステゴロ』の操縦席を貫いた。





 ……しかし俺たちに『防護結界』は発動しない、発動するワケが無い。

 何故ならその瞬間俺たちは“そこに”いなかったから。




「って、なん、だよそれ!?」


 その僅かな瞬間にビームライフルで操縦席を貫かれながらも前進を止めず、すでに眼前まで迫った『ステゴロ』の鋼鉄の拳を前に『ホーネット』の砲手から文句が聞えた。

 まあ、反則と思われても仕方がないか。

 直撃の瞬間に俺もアマネも操縦席から外に体を投げ出してヘリにつかまり、ビームライフルを素通りさるなんて曲芸でかわされる……など。


「ガ〇ダムやら閉め切るタイプだと無理な戦法だけど、密閉スカスカなザ〇ン〇ルタイプで助かったぜ! 着弾爆破の実弾だったら余裕でアウトだったけどな!!」

「2度と使えない手だけど……ね!!」


ガキイイイイイイイイイ……


 半身を乗り出したままの状態で俺は『ステゴロ』を操縦、日本だったら絶対に道交法違反な運転で鋼鉄のアッパーをくり出す。

 大口径のビームライフルは轟音と共に砲手ごと後方へもぎ取られた。


「そんなのアリかよ!? キャアアアアアアアア!!」

「ネイ!! く、このやろ…………」


 主砲が持って行かれて慌ててドワーフが退避行動を取ろうとするが、ここまで近寄られると巨大なガタイのせいで小回りの利かない『ホーネット』は『ステゴロ』の動きについて来られない。

 それにさっきまであれ程バカスカ撃っていた8門のビームライフルはすっかり沈黙してしまっている。


「思った通り、攻撃の魔力と機体制御の魔力は別……ビームライフルは“あっちの砲手”がいなければ使用不能なんだろ?」


 魔導エンジンの技術を流用する事でビームライフルを可能にしたのは凄いが、魔導エンジンを攻撃用と動作用で分ける必要があってガタイが大きくなったとアナウンスは言っていたが、逆に言えば二つ積んだだからこそ二人の魔力制御担当が必要だったワケだ。

 砲手を奪われたら最早攻撃不能……俺の予想は当たっていたようで、完全に背後を取った『ステゴロ』をドワーフの操縦士は実に悔しそうに睨みつけて操縦席のボタンを拳で叩いた。


「その通りだよ、チクショウ!!」


 その瞬間に『ホーネット』の背部から真っ白い旗が上がる。


『うおおお、き、決まったあああああああ!! 覚悟の特攻、ヤケクソの一撃と思いきや、とんでもねー事やりやがったぞおおおおおお!! 第一回戦の勝者はズボンガ組の『ステゴロ』だあああああああ!!』


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 それはまごう事無き降参の証……一瞬にして攻守が入れ替わったバトリングの結果に一瞬コロシアムが静寂に包まれたが、思考が追い付いて来たのか興奮気味なアナウンスと共に歓声が響き渡った。


 そして勝者の余韻が冷めるにつれて……俺はドンドン不安が大きくなって行くのを実感する。

 数か月の短期間でお得意の魔法技術を応用したとはいえ、ビームライフルなんて物も模倣してしまうドワーフ共の技術力を前にして……。


「まだ15話で助かったのかもな……後半になってオールレンジ攻撃とかドワーフが見たとしたら……」

「ヤメて……絶対にそれなりの物を何かしら作り上げるでしょうから……」

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