第百三十八話 暗黙の了解を強要される敵側の心情

「若干装甲へのダメージはあるけど駆動系はほぼ無傷……操縦席を貫かれた時はヒヤッとしたが……さすがと言うか非常識と言うべきか……」

「一度披露したら二度と使えない手だけどね」


 無事一回戦を勝利で終えた俺たちは『ステゴロ』をトーナメント出場者専用のドックへ戻ると、ズボンガ組のドワーフたちが一斉に集まり緊急整備、F1で言うピットインのように整備、部品交換を行っていく。

 しかしさすが手先が器用でパワーに定評のあるドワーフたち……さっきの戦闘で何度か喰らった装甲をモノの数分で交換して新品同様に仕立てて行く。


「トーナメントは一日で行われるから、連戦でのダメージの蓄積ってのも一種の醍醐味なんだろうけど、これなら毎回ベストな機体で戦えるな」

「そいつもバトリングに置いての見せどころじゃよ! 戦いで魅せるのは勿論じゃが職人集団であるドワーフにとって短時間で戦える状態にして送り出せるという事も一つの誇り。観客全てがその辺の事も熟知しているから手を抜くワケにゃ~いかねぇ!!」


 ドワーフたちの見事な仕事に思った事を口にすると、棟梁のズボンガはニカっと笑って見せた。

 ……なるほど、まさに観客全てが同業者。

 例えるなら数百数千人のプログラマーの前で自社の新作ゲームを発表するようなもの。

 下手な仕事はどんな指摘を喰らうか分からないし、何よりもプライドが許さない……常時そんな環境下であらゆる武器防具の制作を担ってきたのがドワーフという種族。

 ……映像だけでビームライフルなんぞ再現するワケだ。


「しかし初戦でビームライフルとは……侮っていたつもりは無いけど、まだ見積もりが甘かったみたいだな」

「正直さっきのヤツも“魔力の塊”だったからあんな方法でいなす事が出来たけど、少しでも属性が付いていたら……それこそ火や光属性とかだったら完全に再現されていたでしょうしね」


 熱源を持たない魔力の塊、そんなのが高速で向かって来るだけでも十分に脅威だが……。

 爆発を元に弾丸を発射する地球上の射撃武器では無いから熱源があるワケじゃないけど、さっきの大口径ビームライフルなんて、言ってしまえば“電柱が高速で飛んで来た”ようなものだ…………無視していい事案じゃない。


「何とかそっち方面の技術も『門外不出の技術』として修正しないとマズそうね」

「スズ姉……」

「あ、スズ姉ヤッホー。首尾はどうだった?」


 俺たちが二人で背中合わせにストレッチをしていると、露骨に疲れ切った顔でスズ姉が声を掛けて来た。

 俺たちがバトリングに出場している間に彼女には別の仕事を頼んでいるのだが……どうやら想像通りに状況は良く無いらしいな。


「……アンタたちって別に本体じゃ無いのにストレッチとかする意味あるの?」

「ん~~? 多分無いけど……気分かな?」



 今の俺たちは女神様特性の水人形の憑依体だから本質的には疲労も感じないし、ダメージを負う事も無いが……一仕事終えた俺たちがペアでストレッチをするのは冒険者時代からのクセだったから。

 俺の背中で仰け反るアマネにスズ姉が苦笑する。


「一応戦闘中だってのに…………本選に出て来る8組は当然だけど、警戒するべきチームは大洞穴に全部で26あった。名工と言われるドワーフが棟梁として組を組織して付き従う……根本的に“目で盗め”の精神はどこの世界でも変わらない種族だね」

「……技術的なバラツキはどんな感じ?」

「アマネちゃんの情報で多少想像していたけど、どいつも独自の作業を突き詰めるのが楽しいのか被っている組は少なかったな。さっき君らが遭遇したビームライフルを編み出したのはあの組だけだったよ」

「同じ事はしたくない……か。気持ちは分かるけど……ね!」


 スズ姉の調査結果を聞いてアマネは姿勢を戻した。

 

「本選のトーナメント出場者は8組、優勝をさらう為には後2回勝たなきゃいけないのよね。スズ姉、さっきの私たちを見ててどうだった? 勝算あると思う?」


 その真剣な表情は前の世界で恐れられた『無忘却の魔導師』のモノ。

 戦略や交渉事で頼もしくも恐ろしい妻の一面……久しぶりなその顔に思わずゾクゾクしてしまう。

 まあ、そんな顔になるって時は状況が芳しくない時なんだけどな。

 スズ姉もその辺は理解しているようで、客観的にさっきの戦いについて口を開く。

 戦闘についてのダメ出し……そんな師匠っぽいスズ姉の仕草もひたすら懐かしいが……。


「自分らでも気が付いているだろうけど、今のままじゃ順当に勝ち上がっても『敗者の亡霊ルーザーファントム』には負けるだろうね。タンデム式としては君らの融合魔術の応用で気持ち悪いくらいスムーズな動きだけど、どうしても単独で動かす『一人の人間として』の動きが出来る機体程じゃないからな」

「気持ち悪いって……もう少し言い方ない?」

「ないな……魔力に精通していればいるほど、さっきの試合は恐ろしく見えたと思うぞ。多分生身だったら機械ごと瞬殺されるって分かるから」


 師匠スズねえが溜息を吐いた。

 完全に呆れていらっしゃる……何ゆえに?


「私の退場後の事は話だけでは聞いていたけど、実際ここまでバカになってるとは思わなかった……まさか融合魔法を使いこなす変人が地元の弟分と妹分だとはね。女神様がハサミに例えるワケだ」

「「ハサミ??」」


 唐突に言われた喩えが分からず二人でハモッてしまった俺たちにスズ姉は再び苦笑を漏らす。


「いや……何でもない何でもない。ともかく今のままじゃ『ステゴロ』の操縦性が君らの生身の性能に全く追いついていないから、単純に動きが感覚に“合ってない”んだよ」

「分かってはいたけど、外野から見ても分かるほど酷いか……」

「ええ、少なくともアレに比べたらね」


 分かってはいたけどハッキリと言われ憮然とする俺にスズ姉は親指でコロシアムを指さした。

 現在第三回戦が繰り広げられている真っ最中だけど、トーナメント進出の機体には各々専用ドックが準備されていて、そこからはしっかりとコロシアムを眺める事が出来る造りになっている。



 三回戦は何と一人乗り同士のバトル……挙動の一つ一つに恐ろしい程肉体に負担を強いる機体であるのに互いに滑らかな動きで武器を振るう。

 しかし巨大な武器が二,三回ぶつかり轟音を響かせるたびに片方の機体の動きがドンドンと衰えて行く。

 そしてとうとう武器を振るう事が出来ず片方の機体が崩れ落ちた時、最初から全く変わらない動きを保っていた黒い機体『敗者の亡霊』が戦斧をゆっくりと頭部へ突きつけた。


『く……参り……ました』

『決まったあああ! 魔導騎士隊同士の対決、やはり隊長の牙城は崩れないいいい!! 勝者、魔導騎士隊『敗者の亡霊』ナナリー隊長うううう!!』


 勝利者宣言に盛り上がるコロシアムの中、敗北した白い機体から転がり出たエルフの青年は激しい息切れに立つ事も出来ず……しかし悔し気に地面を叩く。


「はあ、はあ、はあ……ち、ちくしょう、この程度で力尽きてたら……まだまだ戦場になんて立てやしねぇ……」

『セクター、父上が近衛兵団であった貴方の無念と憎悪……それは痛いほど分かりますが、私もそこまでは未だに及びません』


 そう話しながら『敗者の亡霊』の頭部がガシャンと開いて美しくも激しい憎悪の炎を瞳に称えたエルフの顔が現れた。

 

「だからこそ……共に這い上がろうではありませんか。我らの仇敵は同じ……怨敵抹殺、あの鬼畜共を根絶やしにする為に……」

「ふん……だからこそ、せめてアンタの隣にくらいは立ちたいんだがな……」



 エルフ同士の、復讐を胸に激しい鍛錬を繰り返す同士の会話に会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 血反吐吐いても恨み募るシャンガリアへ復讐を果たすために強くなろうとする執念……今の試合を見た限り、タンデム式『ステゴロ』ではどう考えても勝てる算段が浮かんでこないな。


「サイズとか動きとか……今のままじゃガン〇ンクでボ〇ムズと戦う感じかな? 体術って考えると小回りが利かない」

「四輪駆動と二足歩行だものね」


 そうなんだよな~まずそこが大前提のハンデ……どうせなら二足歩行まで実現していれば話は早かったのに……。

                  ・

                  ・

                  ・


 ……とはいえまずは決勝まで進めなくては話にならない。

 トーナメント五回戦、準決勝の会場へと『ステゴロ』を進めた俺たちだったが……すでに会場には結構な大きさの機械が鎮座していた。


「ナニコレ? 対戦相手……か?」

「……のワリにパイロットの姿は無いし、ロボットにしては中身がスカスカだけど」



 アマネの言う通り、目の前の機体は肝心な中身が抜けているような中途半端さがあった。

 見た目は解体中の車両にも見えるけど……はて?

 しかし俺たちの疑問を他所にテンション高めなアナウンスがコロシアムに響き渡る。


『さあさあさあ! 強豪ひしめくトーナメント初戦を制した奴らが集う準決勝、おっぱじめようぜえええええ!! まずはバトリング初出場のくせに初戦から長距離最強のホーネットを何と真正面から撃破した頭のイカれた仮面の夫婦! ズボンガ組タンデム式の『ステゴロ』だああああああああ!!』


ワアアアアアアアアアアアアアア!!


「うおい、仮面夫婦は止めろ! 人聞きの悪い!!」

「ま~確かに今の私たちは仮面しているけどさ……」


 微妙に聞き捨てならない紹介をしやがったアナウンスは俺たちの抗議の声などどこ吹く風とばかりに名調子で紹介を続ける。


『そしてぇ! 最早バトリングではこいつ等がいないと盛り上がらない、始まらないと言っても過言ではない!! 鋼鉄の強さの中にある美学を貫くその姿勢はまさしく漢! ビレッジ組の『アクス』、お前の出番だアアアアア!!』


 その瞬間、アナウンスの声に合わせて会場に猛スピードで入って来たのは一台の車。

 ただし四輪では無く三輪駆動……ただその形状はミニ四駆っぽくも見えてちょっとカッコイイ。

 そんな車が土煙を上げてコロシアムを一周すると、最終的には更に加速して開始時からずっと鎮座していた機械の塊に突っ込んでいく。


「行くぞ! 合体フォーメーション開始じゃ!!」

「了解!! 高機動モービル変形合体シークエンス!!」


 そして高速で走りながら変形していく車は宙を舞い、無駄にクルクル華麗なアクロバットをしたかと思うと、空っぽに思えた機械の中心へと“ガシャーン”とデカい金属音をたてて吸い込まれて行く。

 それは見事な合体シーン……俺もアマネもそんな一度は見て見たかった光景に息を飲んで見とれてしまっていた。


「う、うお!? こ、これはまさか!!」


 そして激しいトランスフォームを繰り返し、合体が完了した瞬間操縦士のドワーフが瞑っていた瞳を大迫力の効果音付きで見開いて鋼鉄の巨体を力強くポージングさせる。


『最、強、合、体! グレートアックススーパーX、け~~~~~んざん!!』

ドオオオオオオオオオオオオン…………


 ポーズと共に背後から起こる大爆発……大迫力の演出で俺たちの前に現れた対戦相手は…………俺たちの『ステゴロ』とさして変わらないタンデム式の機体だった。

 変形合体演出から巨大で強力なロボットの登場を予想、いや期待していた俺たちはズッコケそうになった。


『説明しよう! ビレッジ組の連中は小夢魔の魅せる物語の『演出』に感銘を受けて、合体機構を完成させた恐ろしい奴らだ! 合体機構を実現させるために機能性も実用性も、果ては耐久性すらも犠牲にして遂に完成したのがグレートアックススーパーXなのだあああああ!!』


 なのだあああって……アナウンスがノリノリにとんでもない弱点を晒しまくっているけど会場の盛り上がりは収まる様子はない。

 そしてアナウンスの紹介が終わった時、ドワーフのオッサンと魔力制御のエルフは俺と目が合いニヤリと笑って見せた。


「先に言っておくが、貴様らがお得意のトリッキーな動きで戦おうとしても無駄じゃ。そんな事をせんでもガチなバトルなんぞ出来んからなぁ!!」

「変形合体とフィニッシュの必殺技……私たちに出来る事はそれだけよ! マトモなバトルが出来るだなんて思わない事ね!!」


 不敵に笑い仰々しくビシリと指を突きつけ宣言する連中だが……意訳すると『自分たちはガチのバトルでは確実に負けるから必殺技の一撃を邪魔しないでね』って事らしい。

 う~~む、なんて言うか……。


「アマネ……俺アイツら嫌いじゃない」

「アハハハハ……」


 演出の期待に盛り上がるコロシアムの雰囲気に、合体変形と必殺技の演出で敵が攻撃できない気分が少し理解できてしまった。


 

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