第百三十四話 無双の聖剣士リーンベルの伝説

 初出場で予選を難なく突破したタンデム式ロボット『ステゴロ』が会場からドックへと戻ってくると、制作者であるズボンガ組の連中は歓声を持って迎えた。

 何しろ彼らの機体は『頑丈さ』と『馬力』に重点を置きすぎたせいで他の組よりも機動性に劣り予選を通過した事は一度も無かったから。


「すげえなお前ら! 本当に操縦初めてなのか? タンデム式であんなに自在に操るヤツを俺はみたことばね~ぞ」

「何か特殊なカスタムでもしたの? いや、昨日の今日でそんなのは無理か……」


 盛り上がる連中を他所に俺は後部座席の嫁の手を取って操縦席から一緒にヒラリと降り立った。

 二人して仮面付きのヘルメットを装備しているから某大佐にでも見えるだろうか?


「別に特別な事はしてないよ。ただ、魔力操作と機体の操縦を別にしてるからって同調してはいけないって事じゃないからな」

「!? ま、魔力を同調ですって!? え……まさか……」


 ヘルメットを脱ぎつつ俺がそう言うと、ズボンガ組の本来の搭乗員であるエルフの女性……確かレミーさんだったか? ……が言葉の意味に真っ先に気が付いたようだ。


「元々機体運用を別に分けたのは負担軽減を狙っての事で、その発想は画期的だけどその分“魔力で操作する”という概念は失われますからね。ただ魔力エネルギーを機体に流すだけでなく“機体を自らの手足にする”くらいの徹底した魔力操作が出来れば……結果はこの通りという事ですよ」

「いやいやいや!! 仮に魔力運用する側にそれが出来たとしても不可能ですよ……そんなのは他人の魔力を操作する特殊技能が必要になる……そんなの『融合魔法』の理屈と一緒じゃないの!?」


 アマネがちょっと得意げにそんな事を言うが、レミーさんが速攻で否定意見を述べる。

さすがはエルフ、魔法関連については明るいようで『融合魔法』がどんなものなのかも正確に理解しているようだ。


「む? 何じゃ何じゃ? もしや彼らの活躍はその『融合魔法』ってのを身に付ければ誰でも可能なのか?」

「……身に付ければ可能だろうけど…………そんな事は不可能だわ。少なくとも私だけじゃ無く現存するエルフであっても常時発動なんて出来るワケないもの」


 魔力を他者と融合させる。

 口で言うのは簡単だが実行するのは凄く難しく、偶発的にしか発生しない現象とされる。

 それは放出した魔法を合わせる“足し算”ではなく、発動前から融合した魔力を倍加して放つ、ようは“掛け算”の理屈……実行できれば信じられない威力を発生す魔力運用。

 ただ、だからといって別に難しい理屈があるワケじゃ無く、秘術や極意でも何でもないのだが……実行となると本当に特殊な者にしか扱えないのだ。


「同調って言えば聞こえは良いけど、そんな生易しいもんじゃ無いのよ。過去その魔法が発動されたのは強大な敵に対して“同じ強烈な恨みを持つ者同士”が最後の一撃、火事場のバカ力的に一撃だけ成功した……みたいな逸話がある程度よ?」

「…………それは相当に切羽詰まった時って事か?」

「英雄譚の最期、魔王に最後の一撃を加える段階で登場人物たちが“死を賭してでも倒す”くらい目的を一致させた集中的な同調……くらいのって言えばあり得なさ加減が分かるかな? あんな風に常時タンデム式を二人で動かしているのに当たり前に魔力を同調させるとか…………一体どれほど互いの事を知り尽くしているんだか」


 そう言うレミーさんの瞳は感心する類のモノじゃ無く、何なんだこいつ等変態か? ……といった異端者を見つめる呆れを含んだものである……若干恐怖すら含んでいる気もするけど。

 ただまあ……俺たち自身も自分たちのやっている事が一般的では無い事は自覚している。

 レミーさんの言う通り火事場のバカ力でラスボスに最後の一撃加えるようなシチュエーションであれば同調する事も出来るかもしれないけど、俺達みたいに常時融合魔法を使えるようになると言うのは特殊だからな……。

 好き同士、愛し合っている、そんなプラスの面だけじゃない。

 独占したい、自分以外を見て欲しくない、自分は彼女の所有物であり彼女は自分の所有物であるという歪みまくったマイナスな想いすら同調する歪な鎖による縛り合った関係でも無ければ実現は出来ないだろう。


 レミーさんの解説を聞いたドワーフたちは、どちらかと言えばアッチの方向で考えたらしく、揃って俺たちの事をヤラしい目付きで「「「ほほう……」」」と見つめて来る。

 …………ま、そっちの方向も間違ってないけどね。


「それじゃズボンガの皆さん、整備の方はお任せします。いつもより動きが多かったせいか、駆動系の摩耗が心配ですので」

「魔力誘導の配線も少し強化した方が良いかもしれないです。私らが使ったせいでもありますけど、さっきの試合では少し無茶させたみたいですから」


 俺たちがそう言いつつドッグから出て行くとドワーフたちの威勢の良い返事が聞えた。


「おう! 今日の試合を参考にお前ら用にキッチリカスタマイズしとくぜ!」

「安心してしっかり“ご休憩”するんだぞ~」


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                ・

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「安心してしっかりと“ご休憩”……か。本来初心者である俺たちの搭乗を許してくれた彼らの指示を無視する事は宜しくないと思うのですが……どうでしょう奥様?」

「体を休める事が本来の意味で休憩と言うの。そっち方向でのご休憩はもっと疲労するでしょうに……」

「でもあのオッサンたちは間違いなくそっちの意味で言ってくれていたようですけど……いかがですか奥様?」

「…………バ~カ」


 軽い冗談を交えつつ(別に冗談じゃなくても大歓迎だが……)控室へと戻って来た俺たちの目に飛び込んできたのは、椅子に座ったまま動こうともしないスズ姉ただ一人。

 雰囲気をそのまま言えば燃え尽きたアイツの状態……完全に真っ白な灰、虚ろな目をしていた。

 

「お~いスズ姉、取り合えず予選は順調に通過してきたぞ!」


 しかしスズ姉は虚ろな目を向けて「そう……」と一言だけ呟くと再び視線を落として項垂れてしまう。


「え~~~っと……大丈夫? “まだ抜けてない”のかな?」


 さすがに心配になってそう言ったアマネに、スズ姉は恨みがましい視線を向ける。


「だい、丈夫なワケないでしょうが…………アンタ等と違ってこっちは生身だって言うのに……種族的に大酒飲みの酒豪集団ドワーフと飲み比べさせるとか……ウプ!?」

「や~だって記憶の上ではどうあれ、俺たちまだ未成年なワケだし……」

「それに何だかんだドワーフたちに勝っちゃうんだから、さすがはスズ姉よね~」

「お前ら…………成人したら覚えとけよ……」


 昨夜の勝者であるスズ姉は呪いの言葉を鬱々を吐き出す。

 数年後に控えている成人式に一抹の不安を抱いてしまうな……こんな化け物に酒場で絡まれたとしたら……。


 俺たちは現状を改善する為に、まずは『大洞穴』に広がってしまったアニオタ化を鎮めなくてはいけない、その為には布教活動に勤しむ教祖でありアイドルとなっている小夢魔神威さんを拉致する事から始める事にした。

 説得ではなく拉致……この結論をいち早く出したのは誰あろう彼女の親友であるアマネであった。

『一度走り出した神威愛梨にブレーキの概念は無い』なのだとか……。

 おまけに今回は相手が完全に悪で、弱者を助けたいという義侠心も重なっているから説得も難しいという結論だった。

 曰く“暴走してもいい大義名分”を持ってしまっていると……数か月前ならともかく、今は弱者どころか過剰戦力も甚だしいと言うのに。


 俺たちの最終目標は『夢幻界牢』で夢と現実を混同させて都合よく記憶を一本化する事、それに尽きるのだがこの作戦には一つ気を付けなくてはいけない事がある。

 それは都合が悪い部分の記憶を強烈に残してはいけないという事だ。

 ……自惚れなしにハッキリと断言できるが、俺たち3人の戦力でなら仮に『大洞穴』全ての戦力を以てしても正面から切り込んで神威さんを拉致する事は可能だ。

『夢葬の勇者』『無忘却の魔導士』そして『聖剣士』の名は伊達ではない。

 しかしこの場合『強敵が現れて大洞穴のアイドルが力ずくに攫われる』などという強烈な印象が残る事があってはマズいのだ。

 改竄、一本化したい記憶に綻びが出来てしまう事になるから……。

 ……かと言って秘密裏に侵入してというのも、アマネ情報ではどこの誰の入れ知恵か『魔術的』だけでは無く『現代的』な概念からも隙間の無いセキュリティーが施されていて、ターゲットがいるであろう最深部への秘密裏な侵入は不可能のようだ。

 その結論から俺たちは小夢魔『神威愛梨』に自然に接触できる唯一の手段である『バトリング優勝者』を目指して現在はズボンガ組の機体『ステゴロ』を操縦している。


 彼らの懐に潜り込む為、スズ姉の尊い犠牲は必要だったが今のところは順調に進んでいるように思える。


「バトリング優勝者は小夢魔から直接表彰を受けて、個別に先立ってまだ放映していないアニメを見せて貰える栄冠が与えられるらしいからな」

「……なんというか、そういう感じのご褒美なのが何ともカムちょんらしいというか」

「仲間よりも先に内容を知る事が出来るって……中々のステータスだけどな」


 その気持ちに関しては良~く分かるだけに否定する事も出来ない。

 あまり良くない感情だけど、ちょっとした優越感に浸れるからな~。

 そんな事を考えていると気だるそうにスズ姉が顔を上げる。

  

「で……問題なのは本選で勝ち上がって行けるかどうかだけど…………大丈夫なの?」


 ……いつもの爽やかさが皆無で亡霊みたいにも見えるから変な迫力があるのだが、心配してくれているのは伝わってくる。

 俺はアマネと頷きあうと、さっきズボンガ組の連中には言わなかった本音を口にする。


「……バトリング参加資格を持つ組の中でも一番頑丈そうなヤツと思って“ズボンガ組”を選んだが、装甲の重量のせいで思うよりも動けないな~」

「予選くらいなら誤魔化せたけど、本選でも通用するかは微妙ね……確かに」


 それは武術や魔力に精通し『前の世界』では達人として名を馳せた俺達だからこそ言い合える戦闘に関した本音。

 俺達の物言いに師匠であったスズ姉も神妙な顔で唸る。


「……機体性能が二人の魔力運用に付いて来れないって事か。ハッキリ言えば『ステゴロ』に乗らない方が強いだろうからね、君たちは」

「ああ、今の縛りプレイのままだったら黒い機体『敗北の亡霊』には及ばないかもしれないな~」

「決勝までには何とか“私たち”に合わせた動きが出来るように仕上げて貰えれば一番なんだけどね~」


 ロボットに乗らない方が強いという意見に誰もが反対しないという状況が既に異常である事など……気が付く者はこの部屋にはいなかった。

 それを3人ともが“当たり前”として認識していたのだから……。 


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