第百三十二話 ベッド・イン・プロレス(笑)

「な~~んて事があったのよね~」


 情報交換の為に一応取って置いた大洞穴内の宿屋『バッカスの宴』の一室に集合した俺たちだったが……淡々と努めて明るく調査結果を報告するアマネの目は全く笑っていない。

 俺は今聞いた情報が間違いない事を分かっていながら、冗談であって欲しいと思い頭を抱えてしゃがみこんでしまう。

 スズ姉は天井を仰いで、虚ろな目をしていた。


「も~なんか、なんもかも忘れてホテルのディナー制覇して温泉浸かりたい気分……」

「気持ちは全面的に分かるが……」


 龍神の魔石とか……本当に冗談であって欲しい案件だ。

 俺が勇者してた頃に一度だけ『水龍神の魔石』と接触する機会はあったけど、あんなもんマトモな人間が扱える代物ではない。

 

「スズ姉、一応聞いとくけど……この世界の龍神の定義は“前の世界”に比べて軽い、なんて事は……」

「……んなワケあるか。魔力がある世界=自然界のエレメンタルに属する神が存在する……それこそ万人が強大な力と認識する龍とかね」

「だ~よね……」


 もしかしたらの淡~い期待をスズ姉は軽くぶった切ってくれた。

 俺は溜息を一つ吐いて、スススとアマネの背後に回るとそのまま後から抱き着いて、素晴らしい感触と理性を失いかける香気を感じつつ……ベッドへと放り投げた。


「んきゃん!?」


 パワーボム紛いに背中からベッドの“ボフン”とダイブしたアマネは何とも可愛らしい悲鳴を上げるが……俺は容赦なくフォールすべく彼女に覆いかぶさる。


「お宅の妹さんどうなってんですかね!? 次女に比べて慎重さの欠片も無い内政無双振りが尋常じゃないんですけど!?」

「私に言われても知らないわよ! あの娘が巻き込み型で無茶するのは前からだし!! 長女だからって監督不行き届きを言われても困るってば!」


 ワチャワチャと始まるプロレスごっこ……今回は裏の意味などない、昔からよくやっていた方のヤツだが。

 しかし俺のアマネに対するフォールはいつも甘い。

 俺の全ての感覚に極上をもたらすアマネの感触を堪能する事に本能が負けてしまい強固な固め技には移行できないのだ。

 そのせいでスルリとフォールから逃れた嫁さんはそのまま背後に回り、俺の首元に足を引っかけた。

 ま、マズイ!? こ、この体勢は!!


「フフフ……今が憑依体で痛覚が無くてもこの技からは君は逃れる事は出来まい。何故ならこの技は君にとって必殺技でありながらご褒美!」

「むお!? ま、まずい!!」


 マズイとか言いつつ思わず口元がにやけてしまう。

 そして抵抗虚しく……いや抵抗もしてないけど俺の首はアマネの太ももで締められる、いわゆる“首四の字固め”を極められてしまった!

 今の俺は水人形の憑依体、苦痛は感じないのだが他の感触だけはしっかりとある事でアマネの言う通り全く脱出が出来ない。

 いや、する気が起きてこない……。

 だってアマネの美しいおみ足が俺の首を、ひいては顔全体を包み込む形の必殺技なのだぞ! しかも今回は窒息による苦痛は皆無、ただひたすらに幸せな感触だけに包まれていて…………うおおおなんと恐ろしい技なのだ!?


「どうする……ギブ!?」

「ノウ! 俺はまだやれる!!」

「現実逃避したいのは分かるけど、程々にしときなさいよね……」


 呆れたスズ姉のため息交じりの声が聞えて来たが、俺たちのプロレスごっこはしばらく続いた。


                  ・

                  ・

                  ・


「さて……そろそろ真面目に話そうか」

「……そうね」


 しばしのプロレスごっこで少しは冷静に考えれるくらいになってきてた。

 というより段々と髪が乱れて服がはだけ始めた嫁さんを前に別の意味で冷静でなくなりそうだったので……さすがに第三者がいる前でこれ以上はと思っただけなのだが。


「ようやく終わったか……しかしアンタ等、タガが外れるとそこまでイチャイチャするんだね……この前まで初々しい幼馴染だったのに」

「別にその辺は変わりないけど? 今の俺たちは“異世界モード”ってだけだからな~。この件が終わったら元の初々しい高校生に戻るし……」

「……アンタらはそれで良いだろうけど、バカップルがまたジレジレ幼馴染に戻っても外野としては対応に困るのよね」

「そこは高校生の俺に頑張ってもらうしかないけど……」


 高校生の俺もヘタレとはいえ“所詮は俺” ……守るべき最愛の女さえ自覚してしまえばアッサリと覚醒するはず。

『夢葬の勇者』バージョンの俺が表面化している内にイケるとこまでやっとけば速攻なのは確信していたけど……さすがに今の状態は帰還したら終了だろうからな。


「さて……色々突っ込みどころが多すぎて仕方が無い状況だけど、無理やりにでも前向きに考えて行くしかないよな…………スズ姉」

「あによ?」

「本当の本当に、今の大洞穴の情報は外部には漏れていないんだよな?」

「……ええ、女神様たちの調査上本当に不幸中の幸いと言うしかないけど」


 俺の質問にスズ姉は脱力気味に両手を広げて見せる。


「ただまあ……間違いなく時間の問題でしょうけどね」


 その辺は言われなくても分かる。

 鋼鉄の巨人、ゴーレムよりも正確に動き、戦士よりも力強く魔法使いよりも火力に優れた兵器など……一度でも戦場に登場してしまえば恐怖と共に記憶に刷り込まれてしまう。

 新たな脅威が誕生した……と。


「ドワーフたちの気質と、形になるのが早すぎる事も情報漏洩になっていない原因かもね。連中は感覚で職人している種族だから、あまり設計図的な記録を残さず技術を進化させちゃってる状況だから」

「記録を残してない?」


 アマネがキョトンとした顔で聞き返すとスズ姉が頷いた。


「元々“技術は目で盗め”のタイプが今は新しい発想を実現しようとしている段階だから一点物が基本だもの。エルフの魔法技術とドワーフの鍛造技術の方がダントツで優れているのに魔法剣を作り出したのは人間のが先、ってのは聞いた事あるでしょ?」

「ああ、そう言えばそんな事言ってたような……」


 敵対しているワケじゃ無いけど発想や思想の違いで技術交流が遅れてしまうとか。


「ハッキリ言ってしまうと今の大洞穴の状況は異常なのよ。エルフとドワーフが積極的に技術交流をして新しい物を生み出す為に既存の概念やプライドを投げ捨てるなんて……地球上の歴史でもそれがどれほど難しい事か分かるでしょ?」

「……それをあの娘は一人で実現してんのよね。大衆にアニメを見せるだけで」


 俺たちは揃って冷や汗を流して件のあの娘を思い浮かべた。

 確かに現代では“バカバカしい”と鼻で笑うような事柄が過去では重要視され、処刑の対象ですらあった事なんてザラだ。

 そんな難しい事を恐怖や暴力では無く『映像』でアッサリ取っ払ってしまうとは……本気で神威さん……魔王に向いてないだろうか?

 俺は何度目になるのか分からない溜息を吐いて結論を述べる。


「断言するけど今の状況、全てを無かった事にするのは不可能だぞ? 一度始まってしまった流れは遅かれ早かれ発展していくだろうしな」

「それは……ある程度は仕方が無いよ。女神様たちも言ってたけど“人の発想した技術はいずれ実現される”って言ってたから。ただ……それで不幸を生みだす事を極力セーブしてくれれば御の字って言ってたわ」


 スズ姉から女神様たちの伝言を聞いて、あの人たちも俺が考えている解決策(?)を予想していたのだろうと思う。

 最早出来上がってしまったロボットはどうにもならないって事なんだろう。

 ただ、少~しだけ現状の流れを調整出来そうなところも無くもないワケで……。


「科学の概念と魔法技術で駆け足で開発が進んじゃってるけど、ここの連中のチート行為が全て“魔法技術”で成しているのが……幸いと言えば幸いか」

「? どういう事よ」


 俺の言っている意味が理解できないとばかりにアマネは首を傾げた。


「俺が大洞穴に入ってから見て来た機械のエネルギー概念も、アマネが直接見て来た金属技術も全て魔力での運用、つまり最初からこの世界にあった技術概念の延長でしかない。爆弾みたいな膨大な力を内包する地龍神の魔石だって結局は魔力……この世界の連中にとって未知ってワケじゃない」

「確かにそうだけど……」

「蒸気機関やエンジン、核エネルギーとかは今のところ使われていないし、それこそ正体不明な光〇力やらゲ〇〇ー線やらミ〇フ〇キ〇粒子やら……そんなワケわからないのに強力な力を発見したりしていないだけ遥かにマシな事態だと……」


 俺が握り拳を作る様をアマネはクスリと笑って言う。


「だ~いぶ自分に言い聞かせてる感じね」

「……言うな。分かった上で言ってんだからよ」

「言いたい事、その前向き精神は買うけどね。でもエネルギーの概念が魔力だけって言っても制御出来ていないって事じゃ同じじゃ無いの?」


 そんな俺の空元気にスズ姉はテーブルをコツコツ叩きながら聞いてくる。

 確かにその通り、地龍神の魔石を始めにしたエネルギーの大小もそうだけど、何よりも一度根付いた発想が最も制御できない案件なのだ。

 

 言うなれば今の大洞穴は色んな小さな川が寄り集まって大河になろうとしている段階、そこから流れを調整するのは護岸工事が必要なのだ。


「少々強引なこじ付けが必要だとは思っていたけど……コレは大規模なご都合的解釈までも必要になりそうだよな……」

「強引でご都合的解釈って……物騒な事を……」

「今のままじゃ本当に某ロボット大集合ゲームと同じ状況になりそうだからな。やはり一つの世界なら一つのストーリーで纏めないと納まりが悪い」


 俺は『夢の本』を取り出して目的のページを開いて見せるとアマネとスズ姉が揃って「「うわ……」」という声を上げる。

 まさか図らずもこんな形でリベンジする事になるとは思いもしなかったけど……。

 俺の記憶には無いのだが、完全な形で俺たち夫婦から勝ち逃げをもぎ取って鮮やかに散って行った天敵に対して……。


「出来上がった物も根付いた着想も消去するってワケには行かないなら……ロボット技術の方向性を“伝説の機神ただ一体を主人公にしたストーリー”に持って行くしか無いだろうよ……コイツを使って」


 開いた本の項目には『夢幻界牢』という項目が乗っていた。

 かつて俺たちの住んでいる市全土を“夢遊状態”へと陥らせ、全ての住民が同じ夢を見る羽目になった……俺たちの天敵である『夢魔の女王』が利用したお騒がせ夢操作。




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