第百三十一話 制御不能、それもロマン(アマネサイド)
ドワーフの国である『大洞穴』に到着する手前で二手に分かれた二人だったが、高度な隠匿魔法を自らに施したアマネは一足先に裏手から大洞穴への侵入を果たしていた。
それは
そこは大規模な作業を行える巨大な空間であり、主にドワーフとエルフが共同であらゆる作業をしている。
その作業自体は宙を浮くのに風の魔法、火を使う時には火の魔法など魔法的な要素は確実にあるのだけど……使っている先が問題だった。
数十メートルもある『鋼鉄の右腕』を制作しているのでなければ……。
「動作の方は問題ないかの?」
「どうかな? まずは拳を作れなきゃ話にならんが……」
「もっと肝心な飛ばす方は大丈夫なの?」
「スラスター部門の連中に言わせりゃ出力調整で手間取ってるらしい。今のままじゃ単なるミサイルじゃと……自動的に戻って来にゃ~意味がない」
「威力過多か……難しいねロ〇ットパ〇チ」
何やら不穏な事を言い合いながら老若男女入り混じったドワーフとエルフの集団が鋼鉄の手をギコギコと操作している。
見たところエルフの『ゴーレム魔法』と『金属錬成魔法』を併用しているみたいだけど、まだまだ不満そうな連中を他所にアマネの目には最早完成品じゃないのか? と思う程の出来栄えで鋼鉄の右手は動いていた。
『科学と魔法を併用したって言っても……もうここまで進んでいるだなんて……』
そもそも連中が拘っている部分は『拳を握れるか』と『自動で戻って来れるか』であって、兵器としては使い捨てでこんな巨大な物を飛ばせるだけで脅威にしかならない。
更に連中は楽し気に自分たちの作品について語りだす。
「三体合体のシステムについてはどうじゃ? ワシ等機体部門としては何としてもクリアしたい課題じゃが」
「合体する上でサイズが変わるという難点がありましたが、その辺は変形可能で意志を持つ事の出来る“ヒヒイロノカネ”を流用する事で“模型サイズ”では実現できました」
「おおなるほど! ではミスリルで軽量化に魔力伝達の強化、装甲のコーティングのはアダマンチウム、変形機構にヒヒイロノカネを使えば…………」
「だけど班長、さすがにその手の金属を流用すると魔力の出力不足になるぜ? スラスター部門からも出力調整は色々言われてるのに……」
「そこはそれ、名工ゼクトが魔力を最大限に増幅させてくれるオリハルコンの剣を融通してくれたからなぁ~」
「おお! ではその剣を操縦桿にしたててエルフの上級魔術師が握れば……可能になるのだな! 三つの心を一つに!!」
「ええのう! そうじゃ、折角だからオリハルコンの剣をロボットの機動時に差し込めるようにしようじゃないか」
「カッコイイ!! 選ばれし者感がして素晴らしいじゃないですか!!」
「どうする!? 何かセリフを付けた方がいいよね!!」
内容は中二病の友達同士でバカ話を繰り広げるようなものなのに、連中が語っている内容は実現可能である事が何よりも笑えない。
現代日本の科学技術でも不可能な事を異世界の常識、魔法技術の併用でいともたやすく飛び越えて行く状況……他人事なら笑ってみていられただろうが。
『ど~すんのよカムちょん! こんなの技術爆発どころじゃないじゃない……』
ハッキリ言って連中の考え方が“形から入っている事”に別行動中の旦那は呆れていたのだが、
妙な話だが以前に世界を救った経験のある『夢葬の勇者』のユメジと『無忘却の魔導士』アマネは兵器って概念に馴染みがある。
人が人を害する為の最も恐ろしい思考パターンに……。
『こんな発想の出来る連中が“人殺し”を目的に兵器開発なんか始めたら……シャンガリアどころの話じゃない……』
アマネは不吉すぎる予想に背筋が寒くなる。
魔王討伐という修羅場を幾度も潜り抜けて来た自らの経験が激しく警鐘を鳴らしている……このままではマズいと。
それからしばらくは施設内部を隠匿魔法を使いつつ偵察していくアマネであったが、見る物見る物テレビのドキュメンタリーやアニメであったらどんなに良かっただろうかと思う物ばかり……。
元々ヒーロー番組が嫌いじゃないアマネなので、開発中のロボットたちを見て恐怖以上にウズッとしてしまう気質は
特に魔力関係でエネルギー要員としてエルフを代表する魔力の高い者が操縦者と二人乗りする機体の開発部を見た時には旦那と一緒に某ロボットゲームの如く一緒に必殺技を叫ぶシーンを思い浮かべてしまう程……。
『背後で私が目を瞑って祈りのポーズ……いやいやここは両手を広げた方が美しいかな? そして“エネルギー充填120%、今よ!!”“よ~し行くぞおおお!!”とかって言っちゃったりして……』
何だかんだと似たもの夫婦……段々アマネも目の前の状況にユメジと同じく現実逃避し始めていた。
そんな偵察の中で一際目についた研究施設は開発から数か月で既に実践訓練まで交えて機体開発を進めている部門、『魔導騎士班』と銘打たれた……何かのネーミングを辛うじて避けようとしている場所だった。
その部門が他の場所と違ったのは他が“ロボットに乗る”事を目標にしている感じなのに対し、こっちは体に直接機械を鎧のように纏う事で操作しようとしている事。
平たく言えばパワードスーツのような機体で、他の部門とは違って既に戦闘訓練が行えるほどの兵器として動かされていた。
鋼鉄の脚部に付属したローラーで高速移動をして、巨大なロボットアームで重厚なハンマーを振り回す……アンバランスに右腕だけを装着した者もいれば、動きではなく砲撃に特化しようとしている者もいる。
そして別部門とは違ってそれらが全て個別に運用されている事にアマネは軽く引いてしまう。
魔力の運用をしながらゴーレムのように無機物を自分の意志で動かすのは容易ではないからこそ別部門の機体は『魔力運用』と『操縦』を別々にしている。
パワードスーツにした事で確かに『操縦』の部分は自分の無意識な肉体運動と連動して行えるから個人運用は容易にはなる。
しかし……
「どうしたあああ! その程度か貴様の執念は!!」
「あああ! まだまだああああ!!」
「シャンガリアの鬼畜共をこの程度で皆殺しに出来るものかあ!! もっと馬力を生かしてパワーの乗せるのだ!!」
「うらああああ!!もう一丁!!」
額に血管を浮かべ、歯を食いしばって巨大な機械の塊を動かして駆動音と金属音に負けない怒号を飛ばし合う操縦者たちは老若男女年齢もバラバラだけどほとんどがエルフ。
そんなエルフたちは一様に同一の炎を瞳に戦闘訓練を繰り返していた。
『うわ……あれじゃあ何トンもある機体の負担を全部操縦者が請け負う事になるじゃないの……身体強化魔法で可能にしているみたいだけど、気を抜いた瞬間に手足を“持って行かれる”んじゃないの?』
壮年の男もいれば、まだ年端も行かない子供だっている……この国で滞在するエルフであればほとんどアスラル大樹城から逃げ延びた連中なのだから、この場にいるエルフが誰か大切な人を失った、奪われた者である事はアマネにも容易に想像が付いた。
『自分の体がぶっ壊れる事も、訓練の苦痛も織り込み済み……か』
復讐心に囚われた瞳……アマネはそんな瞳をした連中を相手にユメジが『夢葬』するのを以前よく見ていた。
こういう連中と真っ正面からぶつかるのは勘弁など何時も嘯く彼に苦笑しながら。
大切な人が奪われたとしたなら、その怨念を自分たちが受けるのは筋が違うだろうと。
受けるべき輩が受け取らなければ意味が無いのだと……『夢の本』を開いて“自分が臆病者だから”と言いつつ……。
『執念や怨念を晴らす方法は人に寄りけり……だけどこの人たちは自国を荒らしたシャンガリア王国を皆殺しにするまで止まれない口でしょうね…………ま~たユメジに負担掛ける事になりそう……ん?』
アマネが旦那への負担に溜息を漏らしていると、激しい激突音が響く訓練場内に一際巨大で武骨な黒い機体がガシャガシャと音を立てながら入って来た。
そして整備用ドッグ、定位置で停止すると黒い機体の前面が“バカン”と開き、中から美しくも逞しい一人の女性エルフが降りて来る。
「お疲れ様ですナナリーさん!」
「本日も快勝だったようで、さすがですね!!」
それは本日のバトリングを終えた勝者ナナリー。
彼女は用意されたタオルで額を拭い、称賛を送る仲間たちを一瞥すると若干不機嫌そうに呟いた。
「私が“タンデム式”に勝利するのは余り喜ばしくはないですね。我々の駆動方法は身体に負担を強いる為に実践投入するには未だ向きませんからね」
「それは……その通りですね。現状の駆動システムが力任せの我々が敏捷性、操作性で向こうよりも勝っている内は……」
「魔導騎士部門でもこいつを完全に操られるのは貴女だけですからね」
「私とて見世物の時間内でしかないのだから、実際の戦争でどのくらい動けるのか……分かったモノではないでしょう?」
自分の勝利に喜ぶでは無く敗北する事で実戦投入への技術向上を望むナナリーの呟きに、同僚たちも同意せざるを得ないようだった。
しかし陰で見ているアマネとしては“こんな物”を操り戦闘を行えるという事自体が脅威以外の何物でも無い。
扱う為に魔力による身体強化、不足を全て補うために鍛え上げられたナナリーの体……それだけで彼女がこの中でも一番シャンガリアという国を滅ぼしたがっているのがうかがい知れる。
それから機体の整備をドワーフたちに任せたナナリーが訓練場から出て行くのを、アマネは相変わらず気配を断ったまま物音も立てずに後を付けていた。
アマネにはナナリーと呼ばれていたこの女性に以前見た事のある“最強の敵”と似たような雰囲気を感じて、直感的に“この人には何かがある”と思ったのだ。
大事な、忠誠を誓った主の為に全てを捧げた『無忘却の魔導士』最強の敵であった魔王側近の秘書と同じような雰囲気を感じて。
『……いや少し違うかな? 似ているけどあっちはもっと吹っ切れていたからね』
大切な誰かの為に殉じる覚悟を決めた……そんな雰囲気は同一なのに“愛した男に死んでも付いて行く”と決めて転生先で元主を手籠めにした英語教師とは違い、目の前の女性にはどこまでも深い後悔の念をアマネは感じていた。
振り切る事の出来ない何か……それが訓練場にいたエルフたちと同様に大切な誰かを失った事に関係する事なのは想像できるのだが……。
『恨みを晴らす為、敵を取る為というには何か違うような…………む!?』
ナナリーは訓練場から更に奥にある扉の奥へと進んで行き、尚も追跡するアマネは彼女の後を付けていたのだが……またも格納庫のように広い空間に出たと思った辺りで慌てて足を止めた。
『これって魔力感知の結界じゃないわ…………まさか!?』
アマネは室内に張り巡らされている結界を観察して冷や汗を流す。
魔力が常識に存在する異世界では当然ながら『魔力感知』に対して発達していて、結界などでも生物の魔力の反応するとか、魔力を感知できるスキルや感覚を持った卓越者も多く存在する。
だからこそ逆に魔力に感知されないように視覚だけじゃなく魔力に準ずる『生命力』をも感知できないようにする『隠匿魔法』が出来上がった。
アマネはその魔法を高位にまで高め、並のアサシンですらその魔法を前には気が付く事も出来ないくらいなのだが……それ以外の事についての対策はしていないのだ。
何故なら必要が無かったから……。
しかし目の前に張り巡らされている結界は“それ以外の概念”でも組み込まれていて、まるで魔術に自信のある者であればあるほど引っかかりそうな物だった。
『接触、熱源感知、室内の空気の流れ、湿度と二酸化炭素の変化、部屋の質量変化……一見脆弱に見せているからこそ、より質が悪いわね……』
この世界の常識では一番重要に見せている『魔力感知』の結界をワザと希薄に、熟練者なら侵入可能そうに見せていて“科学的概念”で引っかける実に製作者の心情を現したようないやらしいワナの数々。
コレ見ようがしに赤外線っぽい光があるのも、おそらくアマネの良く知る人物の仕業である事は彼女にも想像できる。
幾ら気配や魔力を断てても、さすがにそんな結界を乗り越えるのはアマネには出来なかった。
『!? これ以上は進めない…………え? ちょっとまってよ……アレって!?』
ナナリーが進む先にはあらゆる魔法陣が描かれていて、その中心部には黄色い光を煌々と放つ巨大な魔石が鎮座していた。
更にその魔石を取り囲むように“機械的な何か”が着々と組み上げられて行っている。
周囲の結界は黄色い魔石から放たれる膨大な魔力を押さえる為、そして機械的な何かが『ロボットの顔面』のようにしか見えないアマネは軽く気を失いそうになった。
彼女にはその魔石に類似した魔力の塊に見覚えがあったから……。
『まさか……魔力抑制の魔法陣を使っても抑えきれない龍神由来の魔石をロボットのエネルギー源にしようって言うんじゃ……』
竜、もしくは龍。
ファンタジーでは欠かす事の出来ない強大なモンスターとして有名だが、その強さと存在感故に信仰の対象にすらなる事がある。
過去存在した最強の龍神が死して尚現世に残した魔石は巨大で、その計りしえない利用価値に多くの欲深き者たちが手に入れようとした。
しかし魔石となっても龍はプライドの高い超越者。
自分の気に入らない者の手に渡る事は無いし、無遠慮に魔石に触れた者には死んでなお許される事の無い呪いをその身に受ける事になったという。
『世界が違っても、その辺のルールに違いがあるとは思えないし……実際に結界から漏れ出る“魔力の残りかす”だけで分かる……あの魔石の魔力は……ヤバイ」
息を飲むアマネの視線の先には作業しているドワーフたちがいるのだが、その中に満身創痍の中年男性が中心に鎮座する黄色い光に向かって立っていた。
まるで何かを護衛するかのように……。
そんな中年男性にナナリーはまるで“同士”を労うような声色で話しかけた。
「状況はどうですか? バロック将軍……」
「……将軍はおやめくださいナナリー侍女長、私は既に国から死亡扱いを受けた役立たずに過ぎません」
「お互い様です。お互い国を追われ主を守り切れなかった者同士……いえ、未だご存命である貴方の方が忠臣にふさわしい」
ナナリーが見つめる黄色い光を放つ魔石……その中には一人の少年が瞳を閉じて入っているのがアマネの目にも遠目に見えた。
『?? 魔石が、龍神の意志が誰かを守っているの?』
隠匿魔法を優先している以上、視力強化など他の魔法を使うワケにも行かず可能な限り目を凝らしてみるのだが……さすがに50mは離れている場所からは確認が難しい。
『く……せめて何かアレについての情報はないかな?』
範囲外から何か聞こえないか耳を澄ませるアマネ……姿を隠していなければその様は怪しい以外の何物でも無い。
「私としては複雑な想いです。祖国は追い立て亡き者としようとした主が、祖国が侵略しようとしているアスラルの大洞穴を守る『地龍神』に気に入られて生きながらえる事になるなど……」
「ドワーフの族長様の話では地龍神は大地に生けるドワーフの神に相応しく、一途で頑固な気質を好むのだそうです。それほどまでに我が主を死に際にまで愛し、想って下さっていたと言うのに……」
そう呟くナナリーの瞳には深い深い後悔と無念の炎が宿っていた。
「なぜ私はあの時アンジーを一人にした……せめてもう少し…………あの方にも勝る武力さえあれば……私があの場に残れていれば…………一目でもこの方にお会いできればあの娘に憑りついた死神を払う事が出来たと言うのに……」
「ナナリー殿……」
「この方が目を覚ました時、最愛のあの人がもうこの世にいないと知った時……その気持ちを共有できるのは残念ですが最早私しかいません」
暗い決意を口にするナナリーにバロックと呼ばれた男は、後ろめたさに耐えかねた溜息を一つ漏らした。
「だからと言ってこの方を機神の核として……何も知らぬ無垢な少女の知識を殺戮兵器として流用するのは気が引けるのだがな……」
「それは…………確かにそうですが、あの異世界人アイリは何も知らない少女というにはいささか違うのでは無いかと……」
アマネにとって馴染み深い名前を口にした時、ナナリーは本日初めて憎悪に染まらない瞳になっていた。
「彼女は善悪の基準が難しい物語を知る者、考えなしに無償で知識提供するほど甘い相手ではありません。今回は運よく相手が完全に悪であったから味方になってくれた……それだけですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます