第百三十話 親父《ドワーフ》好みのベスト回

 さて、ドワーフの国である『大洞穴』は名の通り巨大な洞窟の中に出来た国なので、基本的に終日薄暗いから時間帯が分かりずらい。

 魔法による灯がずっと付いているから夕方っぽい雰囲気がずっと漂っているというか……時間帯を判断しやすい目安はドワーフたちの行動だろう。

 仕事を終えた連中がその辺の店で酒を始めたら夕方と判断して良いと思う。


 商店街には飲み屋のほかにも出店が数多く、肉やら魚やら野菜やら……調理法も焼きから煮込みからと、なんとも言えない匂いがそこら中から漂っている。

 ドワーフ=酒って安直なイメージだが、それに偽りがないほど連中は良く飲む。

 見た目バケツと見紛うくらいにでっかいジョッキをガパガパ空けては合間に料理に手を伸ばす。

 酒飲み連中に合わせてか出店で売っている物は塩辛くスパイシーな物が大半で、食い過ぎ厳禁なのは分かるけど、こういう代物こそ匂いが強烈で抗いがたい。

 ……俺も既に誘惑に負けて串焼きの肉に齧り付いていた。


「しっかし……今日のは染みる話だったなぁ。量産機でも主役になれる瞬間……たまらんな~」

「何を言っとるか、量産なぞとワシらが言うべきではなかろう! すべてがオーダーメイド、それがドワーフの誇りじゃろう!! ヤツの戦いは正にあの島だからこそのカスタマイズが施された結果ではないか!!」

「いやいや、やはりガキを守るオッサンの意地が……」


 そしてそこかしこから聞こえてくる、さっきの視聴会についての議論…………俺は正直聞いているだけでも頭が痛くなってきた。

 個人的は今日のチョイスも絶妙にヤバかった。

 俺の記憶では今日放映された“あの話”は放映当時はただでさえ視聴率の振るわなかったアニメの中でもとりわけ視聴率の悪かった回として有名な特殊回。

 ターゲットにした子供には全く刺さらなかった事が原因らしい。

 しかし子供には受けの悪かった回だけど、大人の、もっと言えばオッサンの世代にあの特殊回は刺さりまくる名作らしく……更に武骨で偏屈なオッサンが多く存在するドワーフたちにとって『ク○○○ド〇ンの島』は劇薬のように伝播してしまったようだった。


 これは……早急に何とかしなければ……。


 俺は未だに熱く語り続けるドワーフの席に手にしたジョッキを“ガン”と叩きつける。

 瞬間ギョッし黙るドワーフたちだが、まるで因縁を付けるような俺に対して迫力のある眼光を向けて来る。


「……なんじゃ兄ちゃん。ワシらになんか用か?」


 一人のドワーフが剣呑な、それこそケンカなら買うぞとばかりに返してきたので、俺も負けずににらみ返した。


「量産機でも主役になれる男道……あのロマンを分かち合える連中がこれ程いるとはな」

「…………うん?」

「……ド〇ンに乾杯!」


 俺がそう言うと剣呑な雰囲気は一瞬にして霧散、ドワーフのオッサンたちが一斉に笑い出して俺の肩をバシバシ叩き始めた。


「うわははは! 分かるか若えの!! やっぱああいうのも男の道だよなぁ!!」

「ったりめ~だろ! 最新式も最強も男のロマンだが、ああいういぶし銀なのを忘れちゃならね~だろ!?」

「ええ事言うのう人間も分かるヤツは分かるってなもんだ!!」


 この世界にとっての緊急事態……まあそれはそれとして、俺としてはそんな男のロマン的なロボット談義をかますドワーフたちの会話に混ざらざるを得なかった。

 何しろこういった話が出来る連中は同じ作品のファンでも限られるレアケース。

 逃すわけにはいかないのだ!!

 

「分かる、分かるぞ兄ちゃん! 良い事言うじゃね~の」

「よ~し今日はワシ等が奢っちゃる! 徹夜で量産機談義じゃ!!」

「よっしゃ! 今日は大いに飲んで語って、ヤな事全部忘れるぞ~」

「こら……」


 ポコンと……俺が見ず知らずの同志ドワーフとこれから盛り上がろうって時に、後頭部に軽い衝撃が……。

 この声……痛みは無いけど明確な恐怖を感じる可愛い声は……。


「ア、アマネ……」

「嫁ほっぽって現地の人たちと盛り上がってんじゃないわよもう! それに建前上私ら未成年だって事忘れてない?」

「う…………」


 いつの間にか背後にいたのは我愛妻アマネちゃん。

 二手に分かれて調査中だったけど、俺が調査もせずにドワーフたちと飲んでいるのが気に喰わなかったようで……若干の怒気を感じる。

 まあ確かに嫁を働かせて旦那が飲酒とか、ダメ亭主の典型でしかないものな。

 分かってはいる……分かってはいるんだよ? 自分が現実逃避中である事は……。

 既にバラまかれてしまっている厄介事アニメ知識を考えると、碌な事にならない予感しかしないからなぁ~~~。


「まったくもう~。今日は私たちが再会してから初めての旅……前は結婚一週間で終わっちゃったんだから実質今日のお出かけは新婚旅行って事じゃない」

「…………ん?」

「こんな時に嫁ほっぽって飲み屋はないんじゃない?」


 しかし俺が渋々現実に戻ろうと思った矢先、アマネの妙な言葉が再び俺を“あっちの方”へと引き戻していく。

 そしてアマネの目をのぞき込んで……俺は確信を持った。

 素晴らしく遠くの方を眺めているような……目の前の事実を直視したくないような……全く俺と同じ目をしている。

 なるほどなるほど、君も現実から目をそらしたいお年頃ですか、そうですか……。


「悪い悪い、今日の晩飯どこにしようかと思って散策してたらつい……オッちゃん、こいつが俺の嫁さん」

「あ、初めまして~アマネです」


 アマネが挨拶するとドワーフ連中が揃ってニヤリと笑った。


「うお!? なんでぇ兄ちゃん結婚してんのか! だったらこんなオッサン連中と飲んでる場合じゃね~だろ」

「そうだぜ? 嫁のご機嫌はしっかり取っとかね~と怖いぞ~~」

「なんだオッサン、経験談か?」

「ったりめ~だろ? 人食いモンスターも連〇の新兵器も、カアちゃんの激怒に比べりゃ小便みてえなもんだぞ。マジで火を噴くくらいに怒るからな」


 他のドワーフ……ってか別席に座るドワーフすらウンウンと同調している。

 どうやらドワーフってのは総じて恐妻家なのだろうか?

 まあ怒るとウチの嫁が怖いのは事実だけど。


「あ~~~まあ分かるな。ウチの嫁ちゃん本当に炎出すし……」

「ちょっと……何か人聞き悪いんだけど?」

「おっちゃんたち、悪いが徹飲み談義はまたの機会って事で……俺はこれから嫁を可愛がらないといけない大事な用が出来たからさ~」

「おお気にすんな! しっかり可愛がってやれよ~」


 少しむくれて見せるアマネの肩を抱いて俺は立ち上がる。

 それだけでアマネは「仕方が無いわね~」と笑い、ドワーフ共ははやし立てて来た。

 どこの世界でも飲み屋のオッサンたちの反応は同じだが、決して不快な物でも無く俺はアマネを伴ってその場を離れた。


「じゃあどこに行く? この国で美味しい店ってガイドブックに載ってたっけ?」

「う~ん……俺は食べ物よりも嫁さんを美味しくいただきたいけどな~」

「ば~か…………そう言うのは最後でしょ?」

「え~~~? 待ちきれないんだけど」

「きゃ、もうどこ触って……やん」


 歩きながら腕を組みながら意図的にイチャイチャする。

 そうやって今回俺たちは大洞穴に新婚旅行に来たバカップルとして盛大に現実逃避しようとしていた。

 アマネもアマネで“そういう物”を目にしたんだろうなぁ……。

 もう逃避しまくりで、憑依体だけど嫁ちゃんと宿屋でご休憩しようかな~とか考え始めていた。


「もう先に宿に行こうか。そしてその後考えよう」

「もう、しょうがない……」

「正気に戻れ、この色ボケ夫婦は!!」

 ゴン! 「「だわ!?」」


 しかしそうは問屋が卸さないとばかりに俺達は背後から頭を掴まれて、互いの頭をぶつけ合わされた。

 痛みは無いけど衝撃で一瞬視界が歪む……。


「気持ちは分からないでも無いけど、思考放棄しないでよね『夢葬の勇者』さん」


 だが歪んだ視界が戻った時に見た人物に俺たちは少しだけ驚いていた。

 それは凄く良く知っている親しい人物。

 俺たちにとって日常の一部と言っても過言ではない人物なのに、格好が何とも懐かしいモノになっていて……。


「ス、スズ姉!?」

「え……ええ!? その恰好って……」

「私も不本意だったけどね~。この格好で再び君らと相まみえるってのは……」


 そこにいたのは我らが姉御、お馴染みの喫茶店の看板娘であるスズ姉こと剣岳美鈴さん。

 ただその姿はいつものジーンズにエプロンではなくライダースーツでもない。

 元は白が基調だったのに度重なる戦いで傷だらけになった鎧をまとった姿は帯剣こそしていないものの俺たちにとっては実に3年以上前の懐かしい記憶。

 スズ姉は聖剣士リーンベルの頃の姿で苦笑していた。


「まさか『夢葬の勇者』と『無忘却の魔導士』の二人とこの格好で……最早弟子って言えるレベルじゃないのにねぇ」


 それはお互い様である。

 こっちも再び剣と魔法の世界で師匠としての彼女と相まみえる事は無いはずだったから、なんとも妙な気分にさせられる。


「この世界で潜入って事になるとこの格好の方が都合が良かったからだけど……さ」

「って言うか今回は随分と来るの早かったな。てっきりスズ姉はエンディング要員だと思い込んでたのに」

「失礼な…………まあアタシもそう思ってたけどね」


 スズ姉曰く、どうも異世界召喚の魔法陣が“とある理由で”破壊された事が功を奏したのか、時空のゆがみは幾らか改善したらしくスズ姉の『バイクでの転移』は前ほど時間をかけずに来れたらしい。

 何が幸いするか分かったモノではないなぁ……。


「大まかな情報は夢ちゃん経由で把握してるけど……とんでも無い事になってるね。女神様たち吐血してぶっ倒れちゃったわよ」

「……おいたわしい」


 苦労性女神二人の姿が眼に浮かぶようで、それしか言う言葉が見つからん。


「ただ……血反吐吐きつつ調査してくれた女神様たちの情報では幸運というべきか、今のところロボット開発的な情報は『大洞穴』の範囲から外に漏れないで済んでるみたい」

「……え? 漏れてない? 本当に?? ここまでなっちまうと収拾が付かないレベルだとおもうんだけど???」

「幸か不幸か、今が戦争状態ってのとドワーフ特有の“技術を見せる時はアッと驚かせる”って気質がかみ合ったせいなのか……情報は外に漏れていないのよ……奇跡的に」

「……マジで!?」


 女神たちが血反吐吐きながらっていうスルーしちゃいけない情報があった気がしたが……俺は取り合えずそっちの情報に集中する事にする。

 正直なところさっきの上映会を目の当たりにして俺は最早修復不可能と諦めていたけど、仮に現状の『大洞穴』の惨状が外部に漏れていないのならば……まだ少しは改善の余地があるかも……。


「それならまだ間に合う可能性が…………大分強引かつ無理やりなこじ付けが必要になりそうだけど」

「強引……ね。確かにここまで進行すると完全な元通りは無理でしょうが……」


 仕方ねーなとばかりにスズ姉も溜息を吐く。

 しかし一縷の希望があるかもと思った矢先、そんな方向転換を許さなかったのは俺の嫁ちゃんであった。


「どうかしらね……それだけで終われれば良いんだけど…………」


 そう呟いたアマネの目は近くにいるのにはるか遠くを見たまま……現実逃避をしたままである。その原因は一つしかないが……

 正直聞きたくないけど、聞かないワケも行かず……俺はアマネに質問する事にした。


「なあアマネ……正面から入った俺も相当なもん見たつもりだったけど、裏から侵入したお前は……一体何を見たんだ?」



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