第百二十九話 恐怖の布教活動
ドワーフを中心にした野太い声でコロシアムを包み込むその名前が……知ってる人じゃ無ければいいな~と夢想した俺は悪くないと思う。
まあ……そんな夢想が許される程、世の中優しく出来てはいなかったようだけど。
「今宵もよくぞ集まってくれた! 我が幻想を実現する敬愛すべき天才共よ、凄腕たちよ、大魔術師たちよ!!」
バルコニーの暗がりからスポットライトへと現れた『女性』は黒いマントをバサリと翻して高らかに声を上げた。
得意げに胸を張るその女性はそこそこ露出のある水着にも似た黒い衣装を纏い、“眼鏡の邪魔にならないように”あつらえたであろう角付きの兜を被っていて、その様は某格闘ゲームのサキュバスキャラ…………の妹分を彷彿させる。
いやだって……出るトコが出てないと言うかさ…………キメたつもりかもしれないけどスク水に見えてしまうと言うか……。
しかしノリノリの彼女に場内のボルテージは最高潮で……俺は友人の見てはいけない秘密を見てしまった居た堪れない気分に陥りそうになる。
「皆の者! 本日は嬉しい報告もある!! 既に知っている者も多いだろうが、グラハム組の連中が発進の変形滑走路を完成させたのだ!! さすがは稀代の建築技師集団、みんな称えるのである! グラハム組の栄光を!!」
「「「「「「グラハム!! グラハム!! グラハム!!」」」」」」
演説中コロシアムの脇にスポットライトが当たったと思えば、数時間前に入り口付近で見かけたドワーフやエルフたちがいつの間にか立っていた。
多分演出何だろうけど数人は大声援に胸を張っているが、大半の連中は顔を赤くして照れている。
こう言うのには慣れていないんだろうな。
「だが負けてはいられぬぞ! 既に四輪駆動や二足歩行は成功させてはいるが、知っての通りまだまだ問題は多い!! より強く、大きく、激しく……実現させるには貴様ら天才の力が必要不可欠なのだ!!」
「「「「「「オオオオオオオ! 任せろおお…………」」」」」」
「次は変形滑走路からどの組が一番に相応しい機体を発信させる事が出来るかの勝負になってくる。ゴラン組よ、スラスターの進捗はどうなのだ!」
「す、すらすたー!?」
俺はその言葉がすんなりと出て来た事に度肝を抜かれる。
スラスターは機体の進行方向を変える為の機構だったはず、現代の技術においては主に軌道衛星の軌道修正に使われる技術らしいけど……。
俺が驚いている間に観客席にいた一人のドワーフが立ち上がると、即座にマイクのような物が渡される。
多分魔道具の一種なのだろう。
指名されたドワーフはバイキングがかぶっていそうな角付き兜の髭もじゃで、いかにもなドワーフであるが……会場にいる大抵のドワーフはそんな感じなので、あんまり目立った特徴になっていない。
「おう! やはり火の魔力で出力を上げると、どうしても横の動きに機体の耐久度が問題になっちまう。嬢ちゃんの理想とする『なんと!』でかわせる高速機動はまだ無理そうではあるな~」
質問に残念そうに答えるドワーフ、多分ゴランさんの言葉に頭がより一層痛くなってくる。確実に今あのオッサン“高速機動はまだ”って言いやがったぞ……。
つまりそれは“高速じゃ無ければ既に可能である”という事にならないか?
そうすると俺の懸念を肯定するかのように会場内から色んな声が飛び交い始める。
壮年のエルフが手を上げると「なら火の魔法で火力を上げ飛ばすのではなく、風の魔法の概念で空を“浮く”方向に持って行けば良いのではないのか?」などと言い出し、ゴランさんも「お!? そりゃ~考えてなかったな……なるほど、出力でぶっ飛ばすから速度が上がり過ぎるから負荷が掛かる。しかし“浮く”なら今より遥かに低出力でコンパクトに……」などと意見交換が始まっていた。
それに触発された周囲の連中も「しかしそれだと速度が……」とか「耐久性を上げて軽量化がミスリルなら可能では?」など盛り上がり始めて……。
な、なんなんだよこの高度な技術域の会議は……。
前情報では敵対はしていなくともドワーフとエルフは互いの技術にプライドを持っていて、そのプライド故に技術提供が遅れた歴史があったはず。
魔法剣ですら最初に生み出したのは人間の手によるものだと聞いていたのに、この積極的な協力体制は一体なんなのだ?
俺はチラッと神威さんに視線を投げると、彼女は腕組みをしたままそんな会場を満足げに見ている。
……そうか、つまりこれは競争であり会議。
組ごとに違った技術開発チームが作られていて成果を競争させ合い、定期的に場所を設けてディスカッションをさせ、技術開発の向上をしていく……まさに社長令嬢らしいやり口ではある。
しかし一つの目標の為に大勢の連中を、特に職人技術に頑固であるドワーフや魔術知識に高いプライドのあるエルフたちをどうすれば協力体制に持って行けるというのだろうか。
段々と会場内の話し声がザワザワ大きくなり始めた辺りで、銅鑼の音がジャ~~~~ンと大きく鳴り響き、それを合図に会場内の会話がピタリと止まった。
会場が静まり返ったのを確認した神威さんは再び会場に向けて声を上げる。
「優秀なお前らに我は己が願望を見せつける事しか出来ない! だからこそ皆にはつぶさに見て貰いたいのだ!! そして発想せよ! 発明せよ!! 我が夢を己の夢と思ってくれるのであれば、その瞬間に我とお前らは盟友である!!」
そして彼女が胸元から取り出した緑色のネックレス……俺はそれに見覚えは無いけど、聞いた覚えはあった。
それは先日起こった市内全土に及んだ『夢幻界牢』の事件。
俺たちまでもが夢遊状態に陥り最終的には完膚なきまでに“勝ち逃げ”されてしまった悔しくも憎む事の出来ない完全敗北の記憶。
勇者の記憶を持たない『高校生モード』の俺には何一つ分からずに終わった事件ではあるけど、その『主犯』であったのは自分の肉体を『宝石』に変異させてまで世界を渡った夢魔の
勝者の高笑いを上げながら闇夜に砕け散ったって聞いていたのに……その夢魔の女王だった欠片が神威さんの胸元で確かに輝いていた。
「もしかしなくても神威さん、拾っていたのか!?」
それが日本であるなら特に問題はない、魔力の概念が無い世界なら砕けたガラス玉でしか無かったのだから。
しかしここは魔力の概念が存在する異世界。
砕け散り『夢魔の女王』だった力も記憶も大半は失われているであろうけど、それでも人の心を篭絡魅了するサキュバスの最高峰だった魔王軍幹部の欠片だ。
さっきのアナウンスだって言っていた『
夢魔、魅了と連想して一瞬“そっち方向”でここの連中を篭絡したのか? とか考えてしまい頭を振って邪推を追い出す。
一部では受けがいいかもしれないけど、さすがに全員がそうだという事は……ね。
神威さんに対して相当失礼な発想だが……そんな事を考える俺を他所に自体は進む。
「さあ、今宵も存分に堪能させてやろうではないか! 出でませぇ! 我が忠実なるバックダンサー、エルドワの者たち!!」
「「「「「「YES、我が愛しのマイロード!!」」」」」」
号令と共に飛び出してきたのは……高身長の色白エルフ、浅黒い細マッチョエルフ、背が少し低い少年のようなドワーフ、屈強でひげを蓄えたダンディなドワーフなど、何というか色んな種類のイケメンだった。
某アイドルグループ的なチームにも見えなくないけど、そんな連中が神威さんを中心にポーズを取っている。
瞬間に会場内から「「「「「キャーーー」」」」」と少なくない黄色い声が響き渡る……少し野太い「きゃー」も聞こえる気がするけど聞こえない事にする。
そして神威さんの合図と共にコロシアムの方々にイケメン連中が散っていくと、最後に残った一人のエルフに神威さんがお姫様抱っこされ、バルコニーから飛び降りる。
一瞬会場の黄色い声の主たちから怨嗟の声が上がるかと思いきや…………よ~く目を凝らしてみると、何とそれはエルフだけど『男装の麗人』である事が分かる。
気が付くとむしろそんな二人をウットリと見つめる婦女子の方々までいらっしゃる。
イメージとして『男性に触れない清純』にしたいのか、はたまた『都合の良い理由を付けて自分好みのイケメンを集めたかっただけ』なのかは分からないけど……。
“スタッ”と軽やかな着地音で降り立ったエルフに「ありがとう」と微笑み掛けると会場からまたもや黄色い声援が……。
こういうのはどこの世界でも業が深いという事なのだろうか?
しかしどうやらこの連中、ただイケメンと言うだけで集められたワケでは無かったようだ。
顔で選んでいないとは断じて言えんけど……。
「「「「白霧の
四方に散っていたイケメンたちが揃って魔法を唱えた瞬間、コロシアムの観客席の反対側、丁度さっきまで神威さんがいたバルコニーを覆い隠すように白く濃い霧が現れる。
それは魔法名に偽りなく目の前にいる観客にとっては正に白い壁で、バルコニーはすっかり見えなくなり風の魔法か何かで調節しているのか、こっち側が霧に包まれる事はない。
そして完成した“白い壁”の前に神威さんが立つと、胸元のネックレスに手をかざして瞳を閉じる。
「それでは皆の者、ここからは私語厳禁だぞ? 今日は黒い城の『25話』だったっけ?」
「…………アイリ、それは明日です。月曜は木馬の15話」
「あ、そうか……」
凄く、ものすご~~~く不穏な会話をする神威さんと男装エルフであったが、その会話が意味する事を俺は目撃する事になった。
同時に、何ゆえにこんな短時間で思想を一遍に伝える事が出来たのか、エルフとドワーフを同時に篭絡して開発に協力させる事が出来たのかの理由と……そのついでに神威さんが異世界に召喚された時点でのチート能力も判明する。
簡単な事……自分の好きなアニメに他人をハメたいなら、そのアニメを見せればいい。
「さあ始めよう……我が夢魔より受け継ぎし夢幻の力『記憶再生』上映会。機○○士〇ンダ〇第15話である!!」
オオオオオオオオオオ!! パチパチパチパチパチ………
盛大な拍手の後で照明が暗転、巨大な白い壁スクリーンに神威さんのネックレスから強烈な光が放たれて、巨大なアニメ映像が投影される。
始まった某有名アニメのオープニングに観客席のドワーフもエルフもオーガも、少数いる人間たちすら少年の如き瞳になって釘付けになった。
『記憶再生』……俺の経験上この魔法は尋問とかに使われるヤツだったはずなのに、この運用方法には開いた口がふさがらない。
やり口だけはアニメ布教と対して変わらないと言うのに、実現可能な連中にそんなもんを見せたらどうなるのか……。
そんなもんは最早この『大洞穴』の状況が物語っている。
これは……想像していたよりも遥かに、とてつもなくヤバイ事になる!
「しかもあの娘……イケメンの定義が偏ってないからな~。爽やか、ダーク、壮年、熱血と万遍な~~く好むタイプだから……」
世界を滅ぼしかけた魔王と対峙した時よりも大量の冷や汗が流れ落ちて行く……。
表だけでこんななのだ……裏側を探っているアマネの方が少し心配になって来た。
「プロトタイプとか試作機とか無いといいんだけど……」
オープニングで盛り上がるコロシアムを俺は呆然と眺める事しか出来ずにいた。
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