第百二十八話 敗北の亡霊

 聞こえて来たアナウンスはハッキリ言ってメチャクチャ嫌な予感がするモノ……だけど、同時に俺の中にある琴線に触れる何かがあり……ちょっと“ワク”っとした感情が湧いてくるのは否めない。

 正直に言えばさっきのガン〇ンクもどきを目にした時にもそんな感情が沸き上がりかけていたのだから。

 誘われるように……俺はコロシアムへと入る事にした。

 しっかりと入場料も取られてから順路に従って階段を上がっていくと、そこは大勢のドワーフを中心にした人間、オーガ、エルフなど多種多様な種族が観客としてひしめく2階席。

 初見の印象は球場を彷彿させるもので、各々が眼下で繰り広げられる戦いにくぎ付けになり歓声を上げている。

 そんな観客たちの視線の先から、異世界ではあまり聞く事の無かった機械的な駆動音と巨大な金属同士がぶつかる轟音が激しく聞こえてくる。


ギュイイイイイイイイン……ガアアアアン……

『おおっと、まず一撃加えたのは挑戦者!! 自慢のスピードで復讐鬼の連勝を止められるかあああ!?』


 ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!


「気張れ四つ輪の!! いい加減ヤツを止めろ!!」

「行けええリベンジャー!! 全ての相手はお前の力の糧にしろオオオオ!!」


 それは“予想通り”に巨大な金属と金属……ロボット同士の戦いであり、俺は自分の予想通りの光景に女神サイド的には最悪な、オタク心的にはテンションの上がる……何とも複雑な気分になった。

 見た感じこの対戦は一対一、搭乗型のロボットバトルのようで、片方の機体はさっき見たガン〇ンクもどきの延長っぽい型で、足回りは四つのタイヤからなっている。

 二人乗りで動かしているのも同様であるけど両手の先が鉄球になっていて、荷運びに使われていたヤツに比べても小さく軽量に見える。

 具体的にはピザ配達のバイクよりは少し大きいかな~くらいな……。

 だけど軽量化して動きに特化した事を証明するように、その機体は速い。それこそ生身の人間では追い付けないバイクや車に匹敵しそうなスピードでコロシアム内を縦横無尽に走り回り、そして一撃離脱を繰り返すアウトボクシング的な戦いを見せている。 

 だが、一方的に攻めているように見えた『軽量ガン〇ンク』の操縦者であるドワーフとエルフから焦りの声が聞えてくる。


「キャ!? お、おっちゃん! もっと早く動けないの!? 今、食らいかけたわよ!?」

「無茶いうな! この機体はワシらの中でも最高速なんじゃぞ!? これ以上は操作系への負荷が……うお!?」


 一撃離脱したと思ったその瞬間、退避しようとした機体を上回るダッシュ力で『黒い機体』が追い付いて来たのだ。


『甘いぞ……折角の機体と魔力を使いこなせていないぞ』


 黒い機体は苦し紛れに振るわれる鉄球を易々と巨大な戦斧で弾き返すと、そのまま“片足”で軽量ガン〇ンクを蹴り飛ばす。


ガシャアアアアアン……

「「うわああああああ!?」」


 車の事故のような轟音を立てた機体は2~3回は横転してコロシアムの壁に激突する。

 搭乗者の安否が心配になる派手な横転だったが、横転した機体から体を“緑色の光”に包まれたドワーフとエルフが這い出してきたのを見てホッとする。

 どうやら魔術的な安全策『防護結界』のような処置がされているみたいだな。

 這い出してきた二人が悔しそうに「「参った」」と言うと観客たちはまた一斉に歓声を上げる。


ワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

「良いぞナナリー!! さすがはファーストテストパイロット!!」

「最早お前に敵はいねえええええ!!」

「ちくしょおおおお強すぎだろぉ!! 大穴にかけてたのによおおおお!!」


『決まったああああああ難攻不落の復讐鬼ナナリーの連勝は止まらないいいいい!! 最早彼女を止める事の出来る猛者は存在しないのだろうかああああああ!!』


 観客を煽る事を心得ているアナウンスの勝利宣言に更に会場のボルテージは上がっていくが……俺はその勝者のある事実に驚愕していた。

 遠目で見て黒い機体は対戦相手よりも『人型』に見えて、まるで巨大な戦斧を卓越した戦士が操るように振り回していたのだ。

 それも二足歩行で……。

 人型で二足歩行はロボットアニメでは定番中の定番ではあるが、現代においてロボットの二足歩行をある企業が実現したのはほんのつい最近の事。

 それを数か月前に着想を得たドワーフたちによって速攻で再現されたと言うなら技術進歩は恐ろしく早い事になる。


 だが、黒い機体が人型で二足歩行を可能にしている理由が『技術の進歩』では無い事を俺は次の瞬間に知る。

 最も……別の意味で驚愕する事になったのだけど。

 対戦相手の戦闘不能を確認した黒い機体の頭部が“ガシャン”と開いてその中から整った顔立ちの短髪なエルフの顔が出て来たのだ。

 その様は巨大なフルプレートに無理やり小さな子供が入ったように、少しだけ滑稽に見えなくも無いけど……仕組みを考えると全く笑えない。

 何しろ『黒い機体』には二人で乗れるような形をしていない……一人で動かすスペースしか無いのだ。


「マジか!? あんなのを一人で動かしているってのか?」


 二足歩行が出来ている理由はそれで説明が付く、バランスを取って立っているのが中にいる人なんだから立てて当たり前だ。

 しかしゴーレムに代表される『操作系』の魔法はごく単純な命令しかする事が出来ず、細かい作業をさせたければ無駄に魔力操作の技術が必要になってしまう。

 ラジコンを自在に動かすのが難しいように……。

 だからこそさっきの対戦相手や町中で見かけたガン〇ンクもどきなどは『動力』をエルフが担い『操作』を別の者が受け持つ事で操縦を簡略化、効率化していたはずなのだ。

 それを一人で担う為にあの黒い機体のエルフは『操作』を自らの体を動かす方向にして魔力の操作技術などを考えなくても出来るように簡略化したよう……。

 理屈は分かる……分かるんだけど…………。


「なんであんなので動けるんだ? あれじゃあ一人で操縦可能でも機体に掛かる負荷の全てが操縦者がモロに喰らう事になるんじゃねーの?」


 言ってしまえばアレはロボットに乗っているんじゃない……巨大な機械を着ているようなもんだ。

 軽く何千キロはあろうか、そんなのを扱っていてその上で5メートルはありそうな巨大な戦斧を振り回していたのだ……常人なら体がねじ切れてもおかしく無いんじゃ……。

 盛り上がるよりも搭乗者の事が心配になってくる。

 俺のそんな呟きが耳に入ったのか、近くにいたドワーフのオッサンが酒を煽りつつ話しかけて来た。


「おう兄ちゃん、その様子じゃ“バトリング”は初めてかい? そのワリにゃ~目の付け所が良いじゃね~か……冒険者かい?」


 ……凄まじくどこかで聞いた事のあるようなネーミングを全力でスルーしつつ、俺はオッサンの質問に答える。


「あ……はい、今日『大洞穴』に着いたんっすけど…………大丈夫なんっすか? あんな動き、本来ドワーフやオーガみたいな巨躯でも危なそうなのに……」

「……ま、あのねーちゃんはワケありだからな」

「ワケあり……ですか」


 本来エルフは魔力に富んだ技巧派が多く、どちらかと言えば動きで相手を翻弄するタイプのハズ。

 そんなエルフがワザワザあんなパワーファイター型の戦い方を超重の武装を纏ってまでやるには並大抵の鍛錬と覚悟が必要だろう。

 コロシアムの中心で敗者を冷めた瞳で見つめるエルフ……復讐鬼ナナリーと呼ばれた戦士を見下ろして、俺は背中が泡立つのを感じる。


「ヤツは元々は身体強化魔法で戦うタイプだったらしいがな……最後の最期、守るべき主を自分の力量が主よりも劣っていた事で守る事が出来なかったのさ」

「……そうですか」


 復讐鬼、そのネーミングは正に直球で“なるほど”と思ってしまう。

 俺は以前にも同様の目をした連中を何度か目にした事がある。

 大切な何かを失った者たちが、憎悪と悔恨の念から地獄の底から立ち上がるかの如く激しく燃え上がる炎を恨み募る者へとぶつける……ただそれだけを生き甲斐とした必殺の瞳。

 俺が『夢葬の勇者』だった世界で族長である父を殺された聖弓師、国を滅ぼされた重戦士達も当初は同じ瞳をしていたものだ。

 そして“最初の頃の”魔王も……。


「ヤツはあの機体を扱う為に身体強化魔法だけじゃなく、苛烈極まる鍛錬に次ぐ鍛錬を重ねてドワーフやオーガも顔負けな筋肉を鍛え上げてんのさ……いつか主を死に至らしめた奴らに復讐する為によ。信じられるか? あの黒い機体の重量、普通なら動けるはずもねーんだぜ? ゴーレムなんか目じゃねぇ重さだぞ」

「……でしょうね」


 確か一般的なストーンゴーレムでも乗用車より遥かに重たかったハズ。

 そんなもんを着込んで操縦とか……そんな前の世界でもいなかったタイプに思わず息を飲んでしまう。

『夢葬の勇者』だった時から俺の戦い方の一つが“あの目をしている者と正面からぶつかってはいけない”というのがある。

 当然だ……復讐に駆られた死兵となった者と戦うなど冗談ではないからな。

 復讐の炎が燃え上がっているのであれば鎮火させてから戦いに挑むのが『夢葬の勇者』という姑息な輩の生き方なのである。

 そんな事を考えているとコロシアムの中央で復讐鬼ナナリーが会場全体に響き渡るほどの大声を上げた。


「さあ、これで99勝であるぞ! 貧弱なエルフである私に土を付ける猛者は最早この国にはおらぬのかあ!!  この復讐の黒いドレス『敗北の亡霊ルーザーファントム』で私はいつでもだれの挑戦でも受けるぞ!! かかってくるがよい!!」


ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 ナナリーの挑発的な言葉にコロシアムは更に盛り上がって行く。

 しかし会場の盛り上がりとは裏腹に俺の目にはナナリーという女性が“全く笑っていない目”で次の対戦者を煽る言葉の意味に思い至り……さっきまで少しリアルなロボット対決に盛り上がっていたオタク心すら鎮火してしまっていた。


「…………そんなに死にたがるなよ」

 

 誰にも聞こえない声で、俺は思わず呟いていた。


                ・

                ・

                ・


 さて、ここまでの経過を鑑みるに……俺は何というか色々と手遅れ感がハンパでは無い状況に頭を抱えたくなった。

 正直もうホッといて帰ろうかな~とか頭を過りそうになるほどに……。

 発想という名の種は既に撒かれてしまった後なのだ。

 変な話だが新兵器の投入って事を考えれば開戦していない今の状況は、辛うじてこの世界全体にはこの技術体系が浸透していないって言えるかもしれないが……。


「……どうにかするにしても、相当な無茶で強引な……こじつけをするしか対処のしようが無いような……むぐぐ……」


 あらゆる夢を葬ってきた『夢葬の勇者』とはいえ、実現した夢を葬るなんて出来るもんじゃない……。

 マジでさっきのシャンガリアゴミ共が原因で戦線が開かれていたらと考えると、本当に状況は紙一重なのだ。

 

「たった数ヶ月でここまでしてしまうドワーフの技術とエルフの魔力……そして発想のバリエーションを考えると…………ん?」


 どうすれば事が収まるのか……そんな事を考えていた俺だったが、妙な事に気が付いた。

 さっき行われていた『復讐鬼ナナリー』の対戦はどうやら本日の大トリだったようで、黒い機体が去った後は速やかに会場の撤去作業が行われていると言うのに……コロシアムの観客たちが誰一人帰ろうとしないどころか、立ち上がろうとすらしないのだ。

 ドワーフを始めとしたエルフもオーガも、そして少数見かける人間も……。

 

「……? あの、すみません。今ので対戦は最後だったんですよね? 何で誰も帰ろうとしないんですか? この後何か……」


 俺がそうさっきのドワーフに話を振ると、彼は“何言ってんだコイツ”とでも言うように目を丸くした。


「そりゃオメェ……ああそうか。兄ちゃんはバトリング今日初めてっつったよな? じゃあメインも知らなくて当然かぁ」

「メイン? それって今のバトルの事じゃ……」


 コロシアムって場所の事もあって俺はそう思い込んでいたのだが、オッサンドワーフは訳知り顔で“チ、チ、チ”と眼前で指を振る。


「まあ知らないなら黙って座って待ってな。こっから兄ちゃんも見た事も無い魅惑の世界を拝む事が出来るぜぇ……」

「魅惑の……世界?」

「おう、ドワーフにとっちゃ一つの到達点であって聖典かもしれねぇ……単純な事なのに思いつきもしなかった設計図ってのはなぁ」


 ザワワワワワ・・・・・・・・

 今回で最大級の鳥肌が立ちまくる。


「あの……それってもしかして…………」

『さあ、お待たせしました皆さま! 熱きバトルを堪能したところでいよいよ本日のメインイベントを始めたいと思います!! 闇夜より舞い降りた魅惑の魔王! 今宵も我らを魅惑の幻想に連れて行くのは我らが小夢魔リトル・サキュバス!!』


ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 俺が認めたく無いけど確信を得そうな……でも得たくないような答えを遮るように、さっきの饒舌なアナウンスが響き渡った。

 呼応してバトルの時よりも更に盛り上がる観客共……そしてそれに合わせて照明が落ちて行き、スポットライトがコロシアムの一点を照らし出す。

 そこは観客席とは反対側のいわゆる貴賓席、古代ローマなんかで王様が座っていそうな場所と言えば良いだろうか?


『さあ皆の者! お呼びしようじゃないかあああ!! 我らが望む着想の王! 闇に美しく輝く小夢魔リトル・サキュバスの大いなるお名前をおおおおおおおお!!!』


 煽りに煽るアナウンスに会場のボルテージは最高潮……しかし知らないアイドルイベントに入ってしまった観客の如く、俺はどこまでも冷めまくっていた。

 知らないからじゃない…………知っているからこそ……だ。

 

“うおおおおおおおおおお アイリちゃああああああああああん!!”


 ドワーフを中心にした野太い声でコロシアムを包み込むその名前が……知ってる人じゃ無ければいいな~と夢想した俺は悪くないと思う。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る