第百二十六話 変形! 起動要塞!!

 グランドキャニオン……もとい眼下に広がる広大な岩山の麓に降り立ってから、しばらく歩いた辺りで目的地らしき建物が遠くに見えた。

 それは“女神マップ”で事前に見ていたけど近隣の岩山と比べてみても巨大で立派な造りである事が分かり、先週までありませんでしたって言われても信じられない。

 まだ相当に距離があるのにその重厚感は伝わってくる。

 ゴミシャンガリア兵が恐れて撤退したのも分からなくはないね。


「それじゃ、この辺で二手に分かれた方が良さそうね」

「……だな。そろそろ“向こう側”からも感知されかねない距離だろうからな」


 魔法が存在する世界の場合肉眼的な情報もそうだが“魔力的な情報”も重視される。

 二手に分かれる以上どっちの方法であれ、俺たちが二人である事が表立つのは余りよろしくないからな。

 でも…………ちょっと寂しいような……。

 チラッとそんな子供じみた感情が浮かんだ瞬間、俺の唇にアマネの唇が“チュ”っと軽く触れた。


「そんな寂しそうな顔しないの。また後でね」

「お、おう……」


 アマネはそう言って悪戯っぽく笑うと、そのままローブを翻して……次の瞬間には忽然とその姿を消し去っていた。

 最早魔力どころか気配すら感知できなくなる……相も変わらず『無忘却の魔術師』の隠匿魔法は見事なものだ。

 そして俺は唇に残る微かな体温に、自分は一生嫁に敵う事は無いのだろうと“最高の敗北感”と共に痛感していた。


高校生もとの俺も早くあのケツに敷かれてしまえば良いのになぁ~」


                ・

                ・

                ・


 それから約一時間は歩いただろうか。

 俺は目的地のドワーフの本拠地『大洞穴』の前にそびえ立つレンガ造りの要塞の前で思わず溜息が漏れた。


「や~~~っと着いた……」


 現在の俺の体は水人形の憑依体、肉体的なダメージも無いし疲労を感じる事も無いのだが……今の俺は主に精神面でグッタリしていた。

 その原因は要塞の大きさというか遠近感と言うか……。

 遠くで見えた目印が巨大であると『見えるのに近づいてこない』という状況が発生するのだ。

 東京でスカイツリーを目指して歩いた時、似たような経験をした気もするが……。

 実際の要塞は思っていたよりも、そしてマップで上空から見たよりも遥かに巨大であり、そして立派で威圧感を与えて来るものだった。

 そんな要塞の入り口、正門に当たる場所にズングリした身長は低いけど明らかにパワーはありそうな、いかにもなドワーフが二人巨大な槍斧ハルバードを手に立っていた。

 

「そこのアンちゃん、そこで止まりな!」

「ここはドワーフ族の『大洞穴』じゃ。入国するのに身分証明するモンはあるか? あるなら提出してくれ。無いなら悪いが入国を許可出来ん、早々に立ち去ってもらう」


 力強くそう言う老齢のドワーフたちの言葉は警戒をしつつもこちら側を見下す風でも無く、最低限の礼儀を弁えていて不快感は無かった。

 こういう最低限の礼儀って本当に大事だよな……さっきのゴミシャンガリア兵とは雲泥の差だ。

 俺は言われた通りに予め女神様に用意して貰っていた冒険者の証であるドッグタグを取り出して見せた。


「ギルドのドッグタグ……冒険者か?」

「最近まとまった稼ぎがあったからな。どうせならドワーフ製の武器をオーダーしようって思ってはるばる来たんだよ」


 マッチョ爺っぽいドワーフに問われて俺は頷いて“考えていた大洞穴を訪れた冒険者っぽい理由”を口にする。

 するとドワーフたちは揃って機嫌よく笑い始めた。


「ふむ、確かにそりゃ~良い金の使い方じゃな。ドワーフ謹製の武器はそんじょそこらのナマクラとはワケが違うからの~」

「獲物は何じゃ? 見た感じじゃロングソードか槍か?」

「ロングソードだよ。別に魔力の付与とかは無くて良いし、装飾もいらんから使いやすくて丈夫なのを作って貰いたいんだよな~」

「ほう、若いのに分かっとるな~お前さん!」

「職業戦士になりたての若造は見た目にこだわって使えもしない武器を持つのが多いからのう~」


 前の世界でもドワーフは基本が職人気質であるから頑固で技術に対して高いプライドを持っているのが多かった。

 どうやらこの世界でもその辺は同じようで、更に『見た目より実用性重視』というのも連中の琴線に触れたようだ。


「武器は“振る”もんで“振り回される”もんじゃないってのが師匠の口癖だったんでね」

「ちげえねぇ。アンちゃん、良い師匠に付いたもんだな~」


 聖剣士リーンベル、現スズ姉の教えは勇者だった時は勿論戦いに身を置かなくなった現在でさえも生き方の基本となっている。

 門番ドワーフは手にした俺のドッグタグに観光地にでもありそうな大きめのハンコのような物“魔印”を押し付けると『ジュ』と音がなった。


「冒険者なら知っとるだろうが一応ルールだから言っとくが……この“魔印”を押してから丸一日は何もせんでも滞在は可能じゃ。もっと長い事いるなら市役所かギルドで滞在期間の申請を出しとくれ。不法滞在と出国、あと禁止区域への立ち入りは禁止、魔印が反応して憲兵が飛んでくるし魔印を施したソイツを一定時間身から話していても同じ事になるで、そのつもりでな」


 さすがに言い慣れているようで説明が饒舌だな。

 要するにこいつは魔法によるパスポート兼人物認証セキュリティーの一種という事なのだろう。

 前の世界でも王宮など要人がいる場所などにはこんな設備があったけど、ここは一層厳しく管理されているようだ。


「そいじゃ改めて……ようこそ旅人、我らドワーフの国『大洞穴』へ」


 そんな事を言いながらドッグタグを返して来るドワーフ。

 俺は最悪人間というだけで警戒され入国を拒否される事すら考えていたのに思いのほか歓迎ムードで内心拍子抜けしていた。

 同時に人間でも個人個人を見極めるドワーフの対応と亜人種だからと下に見て戦争を吹っ掛けたシャンガリアが同じ人間なのだと思うと……何とも複雑な気分だ。

 すべての人間が、もしくはすべての亜人種が同類ってワケじゃ無いのだろうが……。


「じゃあ門番のおっちゃん、腕が良くてそこそこな値段でやってくれる武器職人の店とか知らねーかな? さっきも言ったけどそこそこなら金出せるからよ」


 俺は話の流れから“武器を求めて来た冒険者っぽい”セリフを口にする。

 無論本当に武器を求めているワケではないけど、こんな何気ない言動の積み重ねが実は大事だったりするからな。

 何かあった時に俺の目的を知っている者がいるってだけで一つの証明になるかもだし。

 しかし俺の何気ない質問に門番ドワーフ二人は顔を見合わせて苦い顔になる。


「あ~~はるばるドワーフの武器を求めて来てくれたアンちゃんには悪いが……今は武器のオーダーメイドは無理かもしれねぇ」

「腕の良いのもそうでもないのも……今は別の事に夢中になってるもんでな~」

「え~折角ここまで来たのに? 一体何に夢中になってるっていうんだ?」


 ザワ……またも走り抜ける言いようのない悪寒。

 だが俺は“全く何の事だか分からない”といった感じに取り繕った。

 

「う~ん何て言えば良いのか……最近になって全く新しいアイディアって言うか概念が生まれてな。ドワーフって種族は俺らが言うのもアレだけど物作りに関しちゃ度を越した凝り性でね」

「一遍何かにハマっちまうと寝食忘れて没頭して、他の事がな~んも見えなくなっちまうんじゃよ」

「…………」


 その時だった。

 何というか結論の予想が付きまくる門番たちの説明にどう反応したら良いのか俺が分からなくなっていると、突如大洞穴前に建設された要塞全体から大音量の警報が鳴り響いた。




ギュイイイイイン ギュイイイイイイイン ギュイイイイイイイン……

『緊急警報緊急警報……現在都市部にて謎の機械生命体出現! 総員戦闘態勢、総員戦闘態勢! エースたちは発射準備が整い次第緊急出動!!』





 そして謎のアナウンスに次いで要塞全体がゴゴゴゴと振動を始める。


「うお!? もうそんな時間なのか!?」

「アンちゃんそこは危ねえ! こっちに来な、潰されるぞ!!」

「う、うえ!?」


 それは要塞手前にいた俺も立っていられない程だったのだが、倒れそうになるのを門番ドワーフが手を引いて門番たちの詰め所へと引っ張りこんだ。

 何が何だか分からず、詰所の外を見ると……目の前で信じられない光景が繰り広げられ始めていた。

 巨大な要塞が振動を立てて徐々に変形を始めたのだ。

 要塞が丁度真っ二つに割れるように左右に展開して行くのと同時に、その中央からせり出して来るのは“何かを射出させる為の通路”にしか見えないカタパルトっぽい何か。

 

「…………こいつは……まさか……」


 

 目を逸らしたい、気が付かないフリをしたいところだけど……そうも行かない。

 どう考えても“巨大なナニかを発進させる目的”にしか思えない建造物を、俺はただただ眺める事しか出来なかった。


『もう手遅れだった……か』


 俺はこれから現れるであろうロボット的な何かの出現に戦慄すると同時に、どこか期待してしまっている自分も感じつつ固唾を飲んでその瞬間を待っていた。







 だけどそれからしばらくの間、折角展開した要塞の射出口(?)から何かが出て行く事は無く…………余りにインターバルが長いな~と思い始めた辺りで何故かワラワラとドワーフたちが射出口へと集まって来た。

 中にはエルフの姿もあって皆一様に興奮したような楽し気な顔を浮かべている。


「よ~し、秘密基地からの出動はこんな感じで良いか。出来ればもうちょっとバリエーションが欲しいとこだが……」

「個人的にはプールから出て来るのが好きですけど、この辺は水が貴重ですからね」

「仕方があるまいて。幾ら魔法に長けたエルフたちがいるからと言っても、演出の方ばかりに労力をつぎ込むワケにゃあイカン」


 そして連中は一様に恍惚の表情を浮かべて射出口から空を見上げる。


「早く合体メカが完成しないかな~」

「そうじゃのう~基地が先に出来ても出動する方は出来上がってないからの~。自在に動いて変形合体するヤツを早く見たいもんじゃな~」

「どうじゃろう? 今んとこ土木作業の延長くらいしか出来とらんからな~。速く走って空も飛べるようにならんと様にならん」




 最早手遅れ……ある意味覚悟を決めようと思っていた俺は漏れ聞えてきた会話内容に盛大にズッコケていた。


「…………形から入ってんじゃねーよ」

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