第百二十五話 ゴミ出しは夫の仕事

『夢渡り』、俺が純情高校生の“普段”は『夢の本』と言って持ち歩いている正式名称『夢想のナイトメアブック』に女神たちの裏技で『幽体離脱』と同じように意識だけを飛ばして異なる世界へと渡る夢操作。

 これは俺があっちの世界で『夢葬の勇者』だなんてイタい称号で呼ばれていた頃には使えなかった反則技だ。

 眠りに入る時に任意の人物を共に連れて行けるというのも単体での『幽体離脱』に比べればかなり使い勝手も良さそうで……出来れば今後も使えれば嬉しいけど、多分それは無理だろう。

 世界への過度な干渉はご法度、俺たちが世界を渡るのはそれこそ非常事態なのだからな。


 非常事態……女神様たちの緊急連絡でご馳走を目の前にお預けを喰らってしまった俺は、泣く泣くアマネと一緒にベッドに横になって『夢渡り』を発動した。

 …………悔しいからメッチャ抱きしめてから眠りに付いたけど。

 最高の興奮と至高の安らぎを与えてくれる抱き枕の感触を堪能しつつ意識を手放すと…………気が付いた時に俺達は切り立った崖の上に立っていた。

 当たり前な事だがこの世界に関しての土地勘が皆無なワケで、ここがどこなのかは予想しか出来ない。

 飛行機で海外の知らない場所に突然降り立ったみたいな、なんとも唐突な気分になってしまう。


「ここが目的地……か? 何というか岩山と言うか荒野というか……グランドキャニオンにでも来たみたいな雰囲気だな」


 岩山に深い谷、強風が吹く恐怖を伴う絶景は正に観光名所と名高い場所にソックリであるが……下を見て思わず股の辺りがキュッとなってしまう。

 チラッと背後を見ると森林が広がっている事で、ここがおそらくエルフたちの居住地『アスラル大樹城』がある『アスラル大森林』を抜けた先だという事は理解できるが……。

 しかし俺が高低差に少々ビビっていると、無事同時に到着したらしいアマネはテンション高めに絶景を眺めていた。


「お~~コレは凄い! 中々お目に掛からない絶景スポットね。インスタ映え間違いなしじゃない」

「……そー言えばアマネは高いの平気な人だったっけ」


『魔導師』というのは戦闘時魔法を放つ性質上、遠距離攻撃と支援魔法に重きを置く事から上級者であればある程、手っ取り早く『浮遊』で距離を稼ぐ事は多い。

 しかし幼少期から高い所は大好きなアマネだったが、魔導師として『浮遊』そして『高速飛行』を会得した時には意味も無く飛び回って喜んでいた。

 本人は『バカと煙は高い所が好きなのよ~』と嘯いていたもんだが……ヒーロー好きってのも一躍買っていると俺は睨んでいる。

 崖上からの名乗り上げ、とかね。


「何よ~貴方だって別に苦手って事も無いでしょ? 『寝溜め』て溜め込んだ筋力と魔力を開放して私よりも大ジャンプして見せるくらいなのに」

「覚悟を決めれば何とかなるってだけの話で、別に好きって事もないぞ? こんな場所じゃ下を見れば普通に足がすくむ……」

「あらら……」


 その内高校生に戻った俺たちがそう言う所でデートでもした時に、そんな能力も覚悟も出来ていない俺がヘタレないか少し心配になる。

 アマネが……いや神崎天音であってもそんな事で幻滅する事はないのは分かっているけど、こればっかりは俺のプライドの問題だからな~。


「地元にはそんな高い建物は無いからしばらくは心配ないだろうけど、夏休みが危険かも……海や山に誘ったりしたら………………ん?」

「なに? どうかし……」


 途中で言葉を切ったアマネも気が付いたらしいな。

 誰かが近づいて来る気配がする……。

 俺たちは顔を見合わせてから小声で確認する。


『……何人いる?』

『……多分11人、内訳4人が魔法を使うくらいの魔力がある。そして4人中1人はヒーラーで後はそれぞれ火属性、雷属性、風属性が強いのが一人ずつ……そっちは?』

『足運び……気配からは重武装タイプはいないな。何人か“やれる”雰囲気があるから魔法が使えるどれかは魔剣士タイプじゃないか? それにあんまり穏やかじゃない雰囲気も感じる……』 


 気配を感知すると言っても、俺とアマネでは方法が違う。

 魔導師のアマネは魔力を感知する事で『正確な人数』と『魔法的な強さ』を計る事が出来るが、普段『寝溜め』で極力魔力を封じている俺は日常的に魔力の感知には非常に鈍感なのだ。

 ただ、代わりに魔力という余分なモノを感知しない事で五感を駆使して呼吸、歩幅、物音、そして殺意の気配などを察知する動物的な感知能力が『夢葬の勇者』時代に発達したのだった。


『魔力の大小に違いはあるけど色は統一……』

『歩幅、足音からも統一した訓練による肉体運びは伺える……全て人間のもの……』


 要するにこういう得体のしれない気配を探る時に俺たち二人は補い合う事で正確な答えを事前に出す事が出来るのだ。

 その結果は……。


『『シャンガリアの部隊…………』』


 意見が一致した事で緊張感が一気に増し、特に一度直接的な関わりがあったアマネは露骨に不機嫌な顔になる。


『どうする? ヤッちゃう?』

『まてまて……』


 徐々に近付いて来る人の声にアマネの物騒な提案に俺はストップをかけた。


『気持ちは分からんでも無いけど落ち着きなさい……ここはアスラル王国の中でも大洞穴の近く、いわばドワーフの領域のはず。アスラル大樹城を占領しているシャンガリアの兵がここにいるのはおかしい……少し様子を見るべきだ』

『……まあ、確かにね』


 シャンガリア王国がアスラルの全域の支配を企んでいてもおかしくは無いのだが、アスラル大樹城が奇襲を受けたのは約2年も前の話だ。

 連中がリアクションを起すにはいささか遅い気がするんだよな……。

 そんな疑問もあって俺たちは警戒しつつその場でしばらく待っていると崖の下の方、急な坂道を登ってくる一団が見えてきた。

 どうやら向こうも俺達の存在に気が付いたようで、警戒心を露に剣に手をかけている者もチラホラ……軽装備ではあるが揃いのシャンガリアのシンボルのある鎧を身に着けている、予想通りシャンガリアの部隊であった。 


「貴様ら、何者であるか!? ここで一体何をしている!?」


 そして部隊で一番偉そうな髭のオッサンが声を張り上げた。

 初対面で偉そうな物言いにアマネから“ピキ”と怖い音が聞こえた気がするが、軍属の人間ともなればこういうのも必要な態度なのだろうと俺はアマネの事を宥める。

 ハイハイ、落ち着こうね~。

 俺はあえてへり下り弱そうに見えるヘラヘラした笑い方で答える。


「え~っと、私らは冒険者やってまして……自前の武器をドワーフに作って貰おうかな~って遠路はるばる来たワケなんですが……」


 そう言うと隊長を含めた部隊の全体から嘲るような雰囲気がし始め、数人は明らかに侮蔑するような笑い方をする。


「なんだ国に仕えるワケでも無い金で動くゴロツキ共か。学の無い貴様らでは知らんのかもしれんが、ここは既に偉大なる我らシャンガリア王国の領域であるのだ! ドワーフなぞ穴倉のモグラ共の里に許可なく立ち入る事は出来んから心せよ!!」


 そしてどこまでも偉そうに言った事に俺たちは一瞬『何言ってんだコイツ?』と呆気に取られそうになった。

 ここはまだ戦場にはなっていない、それは女神たちの情報で知っている事だ。

 でもこんな事を言い出すという事は……。


『あ~つまり敵対する、近々攻め入って“自分たちの領地にする予定”って言っているワケだ……』

『勝手に攻め入って占領して、更にまだ戦争したワケでも無い場所まで自国の領地と主張する何て……どこまで勝手な国なのかしらね』


 呆れを通り越してここまで傲慢になれるなら、むしろ感心してしまう。

 しかしコイツ等が何の為にここにいるのか……明らかに本格的な敵対行動をしに来たワケじゃ無いのは部隊の少なさで予想出来るけど、かと言って放置するのもよろしくない気が……。

 俺たちはアイコンタクトで“この場をやり過ごしてからコイツ等に探りを入れてみよう”という今後のプランを瞬時に決めた。


「そうですか~。仕方ないですね……残念ですけど今日のところは引き上げるか」

「……そうね」


 俺たちはそう言って“賢い冒険者”を装ってその場を後にしようと踵を返した。

 ……だが、そんな俺たちをシャンガリア兵の一人が呼び止めた。


「ちょっと待って貰おうか貴様ら。我らは栄えあるシャンガリア王国の軍属であるぞ! このまま素通りするのはいささか不敬ではないか!?」

「は? ……と言いますと?」

 

 部下の言葉に髭の隊長も「ふむ」と頷くと、イヤらしい笑みを浮かべてアマネを眺め出した。


「確かにそうだな。貴様らにはシャンガリアの領域より不法にドワーフへと接触しようとした疑いがあるワケだからな……少々の拘留は必要かもしれん」

「拘留……?」


 俺の返事の何が面白かったのか、兵士たちは一斉に下卑た笑いをし始める。


「しかし我らも鬼では無い。そこの女に一晩我らの相手をしてもらえればそんな必要は無いかもしれんな~」

「貴様らも光栄に思うが良いぞ。誉あるシャンガリア王国軍に相手して貰え…………」


                ・

                ・

                ・


 数分後……俺の目の前には全身のあらゆる箇所から色んな汁を垂れ流す10コ以上もあるでっかい“ゴミ”が転がっていた。

 さすが異世界は不思議だな~。

 ゴミが涙と鼻水を流して呻いていたり、地面に何度も額を打ち付けて出血させながら延々と謝罪をするゴミがあるんだからな~~~~汚くて見たくもないけど。

 俺はしゃがんでさっきまで何か“妙な事”を喋っていたゴミをのぞき込んむ。


「それで? 何が光栄なのか教えて貰ってもいいかな? 学の無い冒険者風情ではど~もゴミの言葉の意味が分かんなくてな~~~。もう一遍詳しく教えて貰っても良いかな?」

「ひ、ひいいいいいいい!? ズ、ズビバゼン! ずびばぜんでじだ!!」


 しかし俺が優しく声を掛けてもゴミは汁を垂れ流して質問に答えてくれない。

 う~ん、困ったものだ……さっきまではあんなに偉そうに喋っていたと言うのに。


「おいおいおい……別に殴られたワケでもいたぶられたワケでも無いのに、何泣いてんだよ良い大人がさ~~そんなに怖い夢でも見たのかい?」

「!? や、やっぱり今の、今のはアンタが!?」


 ニッコリと笑ってやると“何故か”ゴミは更に恐怖で顔を歪めて後ずさりする。

 ゴミはそれぞれにとって最悪な『未来夢』を厳選して見て貰っただけなんだが……そうか~泣くほど感動的だったのか~。

 俺がそんな結論に至ると、アマネが呆れたように立っていた。


「ユメジく~ん、穏便にって言ってたのはどこの誰だったかな~?」

「あ……いやだってさ~~コイツ等がアマネを一晩とか言うから、それって『死ぬより辛い目に遭いたい』って事じゃん?」

「も~~相変わらず私の事だと容赦無いのね~私の旦那は」

「お互い様だろ? 逢瀬を邪魔されて城を蒸発させる嫁さんや……」


 困ったように、しかしどこか嬉しそうにそんな事を言うアマネに俺も笑い返す。

 ゴミがもだえ苦しむ景色をバックに……。


「さてと……それじゃあこうなったら探るとかそう言うのはすっ飛ばして直接確認しますかね……」


 俺は最早『穏便』という言葉を頭の片隅に放り投げて、顔面をグチャグチャにして嗚咽を漏らし続けるゴミの親玉部隊長を睨んだ。

 それだけで部隊の全員が悲鳴を上げて後ずさりする……いい加減面倒臭いな。


「お前らがシャンガリアの兵隊って事は分かったが……一体ここに何しに来たんだ?」


 直球でそう質問すると、さすがにゴミでも軍人の矜持があるのか口ごもってしまう。


「そ……それは…………」

「…………やっぱり夢の続きをご所望のようだな。前に自分がアマネに強要しようとした事をさせた女に、大事な大事な目に入れても痛くない可愛い娘が攫われてしまったって未来の結末をさ」

「ひ!?」

「果たして次届くのは“娘の髪の毛”だけで済むかは分かんないけどな……」

「ひいいいいいい!? 話します! すべではなじまずがら勘弁して下さい!!」


 泣きながら懇願する汚いのを見下ろして、俺は本当に呆れてしまう。

 失うのが怖い大事な人がいるのなら、何ゆえに他人に恨みを買う事が出来るのか……毎度の事だけどこう言うヤツらの神経は分からない。

 虐待、虐め、暴力、強姦……そんなもんの結末がどうなるのか、自分の不幸のみを心底望む者がこの世に存在する事の恐ろしさが何で想像できないのか。

“自らの行いで引き起こされる可能性の未来夢”に悶え苦しむ奴らに溜息しか出なかった。



「降伏勧告? 今更??」


 そして色々と垂れ流しながらゴミが口にした任務内容に、俺は呆気に取られた。

 約2年前に起こった戦争を考えると行動自体が遅すぎるし、何よりもアスラル大樹城を奇襲で攻め落としたシャンガリアの攻め方としては“らしくない”気がしてならない。

 俺が納得いっていないという顔をしていると、隊長ゴミが慌てて情報を補足してきた。


「ほ、本来は2年前にアスラル大樹城を占拠した事でアスラル王国全土を支配域に置ける予定だったのですが、種族ごとに住居の分かれるアスラルではそんな常道が通用せず、挙句苦戦の末に手にしたアスラル大樹城には支配するべきエルフはほとんどおらず、森の中の街と言うのに生産性は皆無……兵站として機能させる事もままならず、本国からの補給物資で何とか占領地を維持していたのですが……」

「……最近になって“金ねーからそっちはそっちで何とかしろ”って命令が来たとか?」

「え……は、はあ、その通りですけど……」


 その話を聞いて俺達は顔を見合わせて“あ~~”ってなった。

 女神様たちに聞いていた情報通りに占領したシャンガリア兵たちはエルフと共生してきたアスラルの森自体に拒まれ碌に統治できず、そして『王城炎上溶解とある事情』のせいで本国からの補給物資が打ち切られたと……。


「……つまり戦争を起こす準備なんか碌に出来ないけど、最早攻め込む以外に自分たちには選択肢が無くなっていると」

「そんで出来る事ならハッタリで降伏させようと浅知恵で降伏勧告に今更来たと……」


 俺たちが呆れ全開でその結論を述べると、ゴミ共は正座したまま一斉に頷いた。

 場当たり過ぎる頭の悪い思考に、さすがに全く笑えない……後が無いからこそかもしれないが、自分達に無条件で降伏しろって事は翻せば“宣戦布告”と同義である事が分かっているのだろうか?

 特に『今』ドワーフたちの『大洞穴』から戦端が開かれると、いよいよもって取り返しがつかない事になりそうな予感が……。


「それで……そのハッタリはどうなったんだ?」


 恐る恐る俺が聞くとゴミ隊長が口ごもりながらさっき会った事を説明する。


「それがドワーフたちの本拠地『大洞穴』へ到着した我々だったのですが…………前情報に無かった巨大な要塞が連中の住処の前にありまして…………なんと言いますか……その」

「もしかして……ビビって逃げてきた?」

「と、とんでもない! 我々は戦局を鑑みて撤退を…………」


 どうやらこの期に及んで逃亡と見なされるのは嫌らしいな。

 だが少しだけホッとした。コイツ等が巨大な要塞の出現にビビって降伏勧告をせずに逃げて来たチキン丸出しの行動のお陰で“まだ始まらずにすんた”のだから。


 とにかく聞く事は聞けたからもうコイツ等に用はないな……。

 俺が垂れ流し状態のゴミ共に、そのまま自軍の陣地まで戻るよう夢游状態にする夢操作『夢幻避航』を施して連中がフラフラと歩み去るのを見送っていると、アマネが焦った声を上げた。


「どうするの? 今回は運よく回避出来たけど、切っ掛けがあればすぐにでも始まりそうな気配じゃない?」

「……だな。シャンガリアに対する反乱軍が他から起こるのは問題無いけど、今の大洞穴から戦端を開くのは非常にマズイ……急がないと」


 今はまだ幸いにも……もしくは意図的にか『大洞穴』から外部に出ていないから目立っていないけど、一度でも戦場に出てしまえばおそらく取返しは付かないだろうしな。


「アマネ、俺は正面から冒険者として入るから、お前は隠匿魔法を使って秘密裏に大洞穴に入ってくれ。二手に分かれて原因究明…………ってか『元凶』の確保に専念しよう」

「了解……その方が良さそうね。このままじゃ異世界系ロボットアニメが始まっちゃうでしょうから」

「最早始まっている気がするのが……気のせいであって欲しいが……」


 朧げに曇り始めた空に、悪の親玉のように高笑いする、とてもよく知っている眼鏡をかけたオカッパ女子の姿が見えた気がして……俺たちは慌てて頭を振った。


 

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