第百二十四話 大洞穴の一夜要塞

「あのユメジさん、そんな不満そうなのに不満を口に出せないみたいな複雑な表情をされても困るのですが……」


 呼び出され、カムイ温泉ホテルのロビーで再びバイト風な女神様二人とスズ姉と集合した俺達だったが……アイシア様が真っ先に言ったのはそんな言葉だった。


「……何をおっしゃいますやら女神様。あと30分もあれば俺は幼馴染という関係を飛び越えて、晴れてこっちの世界でもアマネと男女の関係になって愛欲に満ちた休日を謳歌出来たのにとか、欠片も思ってませんですよ、ハハハハ……」

「……分かりやすく死んだ目での心情説明ありがとうございます。そうですか……やはりアマネさんは美味しく食べられる所でしたか」

「え!? マジで!? 天音ちゃんもう許しちゃったの!? よっわ!!」

「…………」


 ジト目のアイシア様と好奇の目のスズ姉の視線を受けてスッと顔を逸らすアマネは耳まで真っ赤である。


「も~~初恋からもやり直して全部のユメジさんとの思い出を自分の物にする、それが貴女の目的でしょう。何だかんだ言っても最終防衛ラインは“自分の意志”でしかないと言うのに……どうして肝心なそこがユルユルなんですか」

「…………面目ないですぅ」

「こんな時でなければ私もそんな無粋は言いたく無いのですが、さすがに今日だけは困りますよ貴方たちに始められてしまうのは…………今日は運よく間に合ったみたいですけど……30分ですか」


 いつも腰の低いアイシア様の珍しいお説教モード……しかしその内容が少々聞き捨てならなかった。


「ちょっと待ってくださいアイシア様、その言い方じゃ30分後だったら手遅れだったみたいな言い方じゃないですか! 何を根拠にそんな……」

「聖女ティアリスの“仲間にかける最もバカらしい回復魔法”に対するお祈りと称した愚痴っぽい告白……女神わたしに対して何度あったかご存じでしょうか?」

「大変すみませんでした!!」


 ぐうの音も出ないとはこの事。

 夜頑張り過ぎた結果、翌日聖女ティアリスに何度説教された事か……。

 ってかティアリス、祈りで愚痴をこぼす程イラついていたのか……俺は何となく彼女がいる世界を想い謝罪しておく。


『なんかゴメン』


               ・

               ・

               ・


「それで、俺たちを呼び出したって事は神威さんを見つけたって事なんですかね?」


 いつまでも不満垂れていても話は進まない……俺は頭を切り替えるつもりで女神様たちに聞くが、二人とも小さく首を左右に振る。


「いえ、それが今のところご本人は見つかっていません……ですが……」

「走査中にもっとマズイと思われるのを発見したんすよね。何と言うか早いとこ夢次さんに見てもらう必要がありそうな……」

「俺に?」


 何やら妙な言い草だな。

 俺もアマネも戦闘経験は同じ期間ではあるけど、戦略や知識量で言えばアマネの方がダントツで優れているハズなのに俺に見て貰いたいって……。


「先にも言いましたが私たちはあの世界を軌道上から走査していて、プラス魔力の高まりを検知する方法で神威さんを探していました。そしてそっちの方法では未だに彼女は見つかっておりません……しかしある場所で妙なモノを発見したのです」


 そう言うとアイシア様は百聞は一見に如かずとばかりに虚空に映し出した光魔法のタブレット(?)を俺の目の前にスライドして寄越した。

 映っているのは『アスラル大樹城』の森を北東に抜けた先にある岩山、そこに隣接するように結構立派な石造りの建物が鎮座していた。


「これは砦……つーよりは要塞かな? 結構立派な造りですね~。ここってもしかしてエルフたちの逃亡先ですか?」

「はい、代表的な4部族の一つのドワーフたちが居を構える国『大洞穴』です」

「へーこれが……さすが物作りにおいて秀でたドワーフの国。こりゃ~シャンガリアの連中が迂闊に攻め入る事も出来なそうですね」


 中々重厚な造りの要塞はまさに難攻不落と言いたくなるほどで、戦争に対して準備万端いつでもかかってこいやって気概を感じさせる。

 こんな巨大な要塞を築くには何年もかかるだろうし、ドワーフたちは最初からシャンガリアと戦争って事態を予見していたという事なのだろうか?

 しかし俺のそんな予想はアイシア様の一言で否定される。


「そうですね……私もこの要塞が昔からあったのなら余り気にしませんでしたが、一週間前までは影も形も無かったんですよね」

「……は?」

「なんですって!?」


 アマネも驚いて覗き込んでくる。

 どうみても急で作ったにしては立派な要塞なのに、幾らドワーフが優秀でも魔法の世界であっても、それはあり得ない事だ。

 それを一週間足らずで一体どうやって……。

 俺が要塞を再度つぶさに確認してみると、それに応えるかのように要塞の周辺で石材を運んでいる巨大な人影が見えた。

 その巨大な人影は巨大な岩を運び、割り、削り、計算通りに積み上げるという精巧な仕事をこなしている……コレって。


「ゴーレム? ゴーレムに要塞建設をさせているのか……」


 俺は異世界の経験上で思いついた事を口にした。

 ゴーレムは土属性の魔導士が使う魔法の一種で、印象から火属性一本に思われがちなアマネも使える。

 しかしその巨体の通りパワーに秀でて確かにこういう作業には向いてはいる……が。


「……随分と腕の良い魔導士がいるんだな? 複数のゴーレムにこんな緻密な作業をこなさせる事が出来るなんて」

「そうね。ゴーレムは魔力によって動かす人形だけど『運べ』とか『壊せ』みたいな単純な命令しか実行できなモノだし……この世界では違うのかしら?」

「……この世界でも同じですアマネさん。ゴーレムは根本的に精密作業には向かない単調な事しか出来ません。岩を積むなどは出来るでしょうが、こんな要塞を建設する技術を実行するほど精密作業には不向きです」


 アマネが口にした魔術の常識はあくまで『前の世界』での話、もしかしたらこの世界は違うのか? と質問も兼ねていたが、アイシア様はそれをアッサリと否定した。


「でもこいつ等は現に……」

「よく見て下さい夢次さん、それらの人型……ゴーレムに見えますか?」

「? ゴーレムじゃない?? それじゃあ一体……………………はあ!?」


 意味深な言葉に俺はゴーレムだと思った巨大な人型にタブレットと同じ要領で2本の指を当てて開いて拡大して……思わず声を上げてしまった。

 結論を言えばゴーレムでは無かった。

 ゴーレムではないが“鋼鉄製の人型の巨大なもの”に“人が乗っている”のだ。

 ドワーフっぽい……って言うかドワーフなのだろうけど、そんな感じのちっこいオッサンが、どことなく昔親父が借りて来たスペースホラーの終盤に出てきた作業機械っぽいヤツに乗って要塞の外壁を巧みに整えている。

 ……いや、目を逸らすのは止めよう……どう考えてもコレはロボットだ。

 それも搭乗型の人型兵器的な……。


「イーリス様……この世界には元々このような人型兵器の構想があったとか、そう言う展開は……」

「何となく言いたい事は分かるんっすけど……あるワケ無いっす。何者かの入れ知恵でもない限りは」


 何者か……その濁した言い方に頭を抱えたくもなる。

 アマネなどもう抱えて聞こえないフリをしようとしている……逃げんな、聞きなさい。


「それに搭乗者をよく見てください。ドワーフの背後にエルフが乗っているのが見えませんか?」

「ん? ……ああ確かに乗ってますね。一緒に操縦しているって感じもしませんけど」


 さらに注目してみるとそれぞれの機体にはドワーフとエルフが二人一組で搭乗していて、必ずドワーフが前方、エルフが後方にいる。

 別に敵対しているワケでも無いが、協調する事も無いって聞いていたこの二組が共に作業していると言うのが何気に異質に思えるが……。

 そんな事を考えていると聞こえないフリを諦めたアマネが驚愕の声を上げた。


「まさかコレって……機体の魔力操作にエルフを専念させて、操縦をドワーフが担う事で作業分担している!?」

「ど、どうい事だ?」

「巨大な機体を魔力で動かすとしたら『魔力操作』と『機体操作』を同時進行しなくちゃいけない、ゴーレムとかに単純な命令しか出来ないのはその辺が理由ね。でもこの機体はその問題を分担する事で解決している……」


 無忘却の魔導士とまで言われたアマネが、その発想に驚愕している。

 言葉にするのは単純だが、本来個人で発動する魔力の運用を誰かに肩代わりしてもらうって発想自体があり得ない事だったのだ。

 魔法世界に『ロボット』なんて概念が登場しない限りは……。


「物作りに長けた器用なドワーフが操縦して、魔力操作を熟知したエルフが動力を担う。大げさな魔力機構など一切ない理想的な組み合わせ…………コンパクトに多機能を組み合わせて新しいモノとしてしまい既存の概念を覆してしまう…………日本人が得意としている技法ではないでしょうか?」

「「…………」」


 最早言葉も無い……一筋の汗が額から滴り落ちる。

 どう考えてもコレはあの人が超積極的にかかわっている匂いしかしない……。


「……女神様方、魔力検知に反応が無かったって言ってましたけど、それは地中にいても反応しないんですか?」

「いえ、我々の感知能力なら喩え星の中心であっても高い魔力であれば即感知できます。『大洞穴』でそのような反応は無かったので他の走査を優先していたのですが……」

「そーいうことですか……」


 逆に言えば魔力を大きく発動させるほど危機的状況が無ければ、衛星軌道上からの『女神マップ』では地中を注視出来ないって事になる。

 そして……俺は事ここに至って最後の一人が俺と……いや5年前の“高校生の夢次”と同類である事をスッカリ忘れていたようだった。

 若干中二病を引きずるオタクの思想ってヤツを……。


「あ~~~まさかココで5年間の経験が思考の足を引っ張るとは……何という皮肉!」

「どういう事?」


 さっきとは逆に聞いてくるアマネに俺は苦笑交じりに応える。


「中二オタクが常に考える典型的な思考パターンってヤツだよ。例えば授業中の教室にテロリストが侵入して来たらこう撃退しようとか、読心術を使える敵がいた時の為に“お前が心を読んでいる事は分かっている!”って予防的に考えるとか……」

「は? はあ……」

「それでこれも定番なんだけど“異世界に行ったらどうするか”を常にシミュレートしているとか…………」

「…………あ」

「イケメンキャラ押しロボアニメオタク少女とドワーフの組み合わせ…………何を考えるか何て想像出来ると思うけど」


 当初アマネは俺の言葉をいまいち理解できていなかったようだったが、異世界のくだりで何を言いたいのか理解できたみたいだな。

 俺もアマネも予想出来ていたはずなのだ……ロボ談議に熱くなっていた高校生の状態だったら『神威愛梨』の行動パターンを。


「「ドワーフを巻き込んで搭乗型のロボット制作……」」


 俺達の結論はほぼ同時、そして溜息になった。

 三女神の中でも最も色々やらかすタイプだと言われている神威さんだが、本人の基本能力は3人の中では高い方ではない。

 体格も小柄で運動能力は一番低いし、成績で言えば神楽さんには及ばないらしい。

 昨年彼女主導で行われた文化祭の後夜祭『校内サバイバルゲーム』も彼女は初っ端の初っ端であっけなく退場しているくらいだし。

 しかしこの辺があの神威愛梨という娘の性質なんだろう。

 本人は単純に“みんなと一緒に楽しみたい!”って発想からすべてを巻き込んでいく不思議な手腕、そしてなんとな~く“アイツなら仕方がないかな~”と思わせ手を貸してしまう妙なカリスマ性…………社長令嬢にふさわしい才覚なのかもしれんが、だとしても一体どうやってこの世界にありもしなかったロボットの概念をこんな短期間、向こうの時間軸では数か月の間で実用かでこぎつけたと言うのか……。

 それにしても…………。


「本当に異世界に行った事で発想が現実的になっちまうとは…………」

「……私もその辺は強く言えないな。5年間修羅場を潜り抜けた経験があると、思索は出来ても柔軟性は無くなっていくのかしら」

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