第百二十三話 嫁に言わせたいオッケーのサイン
カラコロカラコロ……
温水プールを一通り満喫した俺たちは、その後温泉街へと足を延ばしていた。
主に飲食店やお土産屋さんが軒を連ねる長閑な雰囲気の中を歩く俺たちは当然……というか俺の要望により浴衣に下駄のド定番温泉スタイル。
やはり温泉街を歩くならこれしか無いだろう、異論は認めない!!
しかし『浴衣デートしたい』と俺が言い出した事だが、予想通りと言うか予想以上にアマネの浴衣はヤバイ……超エロカワイイ!!
なんなのだこの高校生くらいで外見だけならちょっと背伸びしている風なのが良いのだろうか?
肌面積はさっきの水着よりも圧倒的に劣るはずなのに、こっちの方が艶めかしいと言うか背徳感があると言うか……むむむ。
「な~に難しい顔してジッと見てるのよ……」
「……いや、ビキニよりも色っぽく感じるのは何故だろうと」
「あは、サンキュ。そう言ってもらえるなら着た甲斐があるね」
ある程度互いの疎通ができる関係でなければ完全にセクハラになってしまう発言でも、夫婦間であれば単なる誉め言葉として受け入れてくれる、そんなのが地味にうれしい。
……高校生モードでやっても変わらないかもしれんが。
「この浴衣ってのは要するに部屋着なワケでしょ? 男女でお泊り前提の格好でいるってだけでインモラルな感じになっちゃうんじゃないの?」
「う~む……分からんではないけど……」
元々は日本の衣装であったはずの和服という概念が今や洋装に変わり、その恰好をするだけで醸し出される非日常感……そして、それが夜を連想させるから尚更……。
「俺はとにかく脱げやすい格好なのが原因かと」
「……言うと思ったけど口に出さないの」
「一度帯を掴んでのコマ回しってのやってみたい……」
「ちょっと……発言がオッサン臭くなってない? そういう悪ふざけを往来でするんじゃないの」
……怒られてしまった。
なるほど、つまり二人の時なら行ってもイイと……そう言う事ですか、了解です奥様。
「……また何か都合の良い事考えてない?」
「ソンナコトナイデス」
そんなおバカな会話を繰り広げながら散策する事しばし……。
往来には家族連れで土産物を見て回る人や、なんとな~く訳ありっぽい雰囲気を醸し出している中年男性とOL風の女子がいたりしたが俺たちは特に気にする事は無く……。
「…………ねえ、アレって不倫かな? 会社の部長と部下……的な?」
「…………俺は校長と新任教師とかを想像する」
「ヤダ、エロ………………温泉で密会だなんて、大胆ですね天地先生……」
「ここなら生徒や保護者に見つかる事も無いでしょう……神崎先生」
「あらイケナイ人……」
……特別気にする事は無く、一見の土産物屋で足を止めた。
理由は至極単純、店先で温泉まんじゅうを蒸かす蒸籠からモクモク蒸気が出ているのが気になったからなのだ。
「あら天地先生、とても美味しそうですわね」
「なんだ、おねだりかい? 生徒には見せられない姿だ……って、このノリ何処で着地すればいいんだ?」
「アハハ、もう良いか……すみませ~ん、一個くださ~い」
「あいよ~、一個百円ね~」
急増“教師のイケナイ温泉旅行パロディ”を瞬時に解いたアマネはモクモクと蒸気の立つ蒸籠の前にいたオバちゃんから茶色い皮の饅頭を一つ受け取って二つに割った。
「アチチ……はい半分こ」
「お、サンクス……アチ、アンコが熱い……」
「うん……アハ、でも美味しいね~」
当たり前のように半分俺にくれるアマネが妙に可愛くホッコリ……店先のオバちゃんもニコニコと見ている。
そうでしょう、可愛いでしょう? 俺の嫁さん可愛いでしょう!!
何かもうアマネという存在が俺の隣にいるって事だけで誇らしい気分に浸れてしまう。
異世界での記憶がある状態の俺たちだけど、本質では今一緒にいる……それだけで俺の心の炎は満たされ徐々に弱火になって来ていた。
俺達はそのままの流れで土産屋中へと入り、二人で色々と見て回る事にした。
しっかし……ここに来た時にも思った事だけど、温泉地の土産物屋には誰が買うのか、どんな客層がターゲットなのか分からない品が一杯ある。
温泉地のキャラクタータオルやTシャツなら分からないでも無いけど、般若の面やら神様の木像やら……中にはそこらの雑貨屋でも置いていないような置物やらオモチャやら。
「フフ……」
何となくそんな事を思っていたらアマネから不意に笑いがこぼれた。
「どうした?」
「なんかさ……こんな雑多に置かれた用途の分からない置物とか見てるとさ、異世界での道具屋とか思い出さない?」
「…………あ~~確かに」
そう言われてから改めて見てみると……確かにこんな感じの雰囲気はあっちの世界ではよくあった光景に思える。
水時計とかガラス工芸みたいな代物が『魔導具』だったり、香水の小瓶みたいなのが『
そう考えると温泉街そのものが何となく異世界の街並みに似ている気もするから不思議。
店頭販売が密集している、いわゆる商店街ってのに余り触れる事がない俺たちにとっては結構新鮮な、というより懐かしいモノだったりする。
そして店の奥の傘立てに無造作に置かれていたのは……。
「お、木刀もあるじゃん」
観光地の定番不用品『木刀』を手にとってみると思い出されるのは向こうの“武器屋”の光景。
大きな町の武器屋ならともかく小さな村の武器屋とかだと修理も兼ねていて、奥の方に鍛冶場がある事も多かったな。
「あの時はこんな感じに無造作に鉄の剣が売られていたもんだけど……そういうのはすぐに刃こぼれしたり折れたりしたな~」
「師匠に目利き教わるまでは何度も騙されたよね」
「そうそう、すぐに折れるし支払いは誤魔化すし……酷かったよな~」
妙な気分ではある……これほどまでに平穏な気持ちで
向こうでは夫婦として契りを交わした俺たちだけど、一瞬の油断が命取りになるあの世界ではこんなに穏やかに話せる時は限られていたから。
向こうでアマネと苦楽を共にした5年間の日々は高校生の俺たちが背負うには余りにも重すぎる経験、手にした力と精神を支える経験はチートで済ませるには重すぎるほどの重責……今の俺たちが下手に関わるのは良くないのかもしれんな……。
穏やかに、和やかに……こうしてアマネと一緒にいられるだけで、俺の炎は最早弱火からトロ火に弱まって行く。
焦る事なんて無いんだ……それこそアマネが望むとおりに高校生のピュアな関係からゆっくりとやって行くのが一番良いのだろう……。
「ねぇねぇ君たち……もしかしてカムイ温泉ホテルさんで言ってたCMキャラクターやってる子たちなの?」
俺が段々と勇者から賢者へとジョブチェンジしかけていた時、さっき温泉饅頭を購入したオバちゃんが不意に俺たちに声を掛けて来た。
「え? ええそう、なりますかね? 確かに昨日から頼まれてはいますけど……」
そう言えば昨日からアマネと泊っているスウィートはそんな名目だったな。
現在事の発起人である犯人は、二人がダウン中で一人は異世界召喚中という特殊な状況下だった事でスッカリ忘れていたけど。
ってか、こんな温泉街の店にもその事が知られているのがビックリだが……。
「あ~そうだったんだ。もしかしたら~って思ってたんだけど、高校生カップルって聞いてもうちょっと初々しい可愛らしいのを想像してたのに、君らは妙に落ち着いているっていうかね……休日にまったりする夫婦に見えたって言うか」
「あ~……そりゃまあ……」
客対応のベテランであろうオバちゃんには見た目がしっかり高校生なのに、やたらと落ち着いた雰囲気に違和感があったらしい。
精神年齢23歳の新婚です……とはさすがに言えません。
「付き合いが長いもんで……」
「お隣同士ですから……」
「おや、もしかして幼馴染ってヤツ!?」
揃って頷くと途端にオバちゃんのテンションが「アラアラマアマア!」と上がり始める。
「いいね~オバちゃんそう言うの大好きだよ~。ウチの息子もお隣さんと昔は仲良くて、親同士で結婚させようかとか言ってたけどね~。思春期以降はぜ~んぜんで……うかうかしてたら向こうが彼氏作っちゃって」
「はあ……それは何とも……」
「それは……残念ですね~」
変化球だが自分たちを祝福してくれているおばちゃんの話を無碍にも出来ず、なんとなく曖昧な返事をしてしまう。
「昔なんか一緒にお風呂入ってたってのに……あ、そうだ」
そんなオバちゃんは思い出したとばかりに手を打った。
「お二人さん、もう“相愛の湯”には入ったのかい?」
「相愛の湯?」
「そう、この店を出て左に行った先にあるんだけどねぇ。カップル限定で入る混浴があんのよ」
「こ、混浴……だと?」
思わず反応してしまった俺にオバちゃんはニヤリと笑う。
「残念だけど女性は湯着は着て貰うタイプだけどね~」
「……く、そうですか……それは……」
「あははは正直な男だね! でもその湯に二人で浸かったカップルは生涯幸せに~ってキャッチフレーズではあるからさ、一度行ってみても良いんじゃないかい?」
「はは、混浴ってか……定番って言えば定番だけど、何か俺たち朝から浸かってばっかりだよな~」
ケラケラと笑いながらそう言うオバちゃんに特に他意は無いんだろうけど、俺は正直どう返事したら良いのか分からなかった。
だから隣にいるアマネに声を掛けた……ただそれだけだったのだが……。
「…………そうね」
若干返事が上の空というか、心ここにあらずというか……アマネの言葉が妙に素っ気なく聞こえたのだ。
「…………アマネ?」
「…………え!? あ、や、何でもないの! そうよね~ちょっとふやかし過ぎよね私たち。温泉にプールに温泉って、何度浸かってるんだって感じで」
「……………………」
そして何かを誤魔化すように早口でまくし立てるアマネ……俺にはそんな行動に見覚えがある。
それは異世界での出来事……俺とアマネが既に色々と出来上がった関係になっていた頃の事…………俺の中でとろ火にまで落とした火が再び火力を上げて行く。
いや慌てるな……まだ確証があるワケじゃ無い。
俺はオバちゃんの話を切り上げて、店を出ようとするアマネの肩をそっと抱こうとしてみる。
「あ……ねえ、あっちのお店も行ってみようよ」
しかしアマネは自然を装おった動きで俺の腕からスッと逃れた。
…………本来なら、高校生の俺だったなら今のアマネの行動にショックを受けていたかもしれない、拒否されたと。
だが今の俺は違う……コレは駆け引きなのだ!
数々の試練を乗り越え勇者とまでなった俺は今のアマネの素振りに一気に炎は業務用のガスコンロよりも超強火で燃え上がり始める。
今のは……間違いない、間違いなく『見つかった!』と焦る表情だ。
そしてそんな表情をするという事はほぼ間違いない…………。
俺は迷いも無くアマネの隣に立って……肩、ではなく腰を抱き寄せる。
「あ…………」
「…………」
そして漏れたのは拒否ではあり得ない耳心地の良い甘美な声……最早疑いようもない。
この表情、この反応……これは激しくも長い夜が始まる前触れ。
嫌がる素振りを見せつつも、本当は心待ちにしている時の……すなわち『強引に行っていい日』の合図!!
それならば遠慮など不要! むしろ失礼に当たると言うものである!!
俺はそのまま思いっきりアマネと顔を近づける……少しだけ顔を逸らしたアマネは耳まで真っ赤になっているけど構わない。
「混浴だって……思い出すよな~向こうで一緒に入ったの」
「えっと…………そ、そうね……」
混浴から連想したのか、それとも昔は一緒にお風呂~の件で連想したのかは分からないけど、アマネもその事を思い出してしまったのだろう。
一週間の夫婦生活で一緒にのぼせた風呂の記憶を……。
口角が上がる、血が燃え滾る…………異世界チートの重責? 知った事か!!
チートで調子に乗る高校生は定番ではないか!!
奥様が望んでいるなら行くしかないではないか!!
「また一緒に入りたいな~」
「……そ、そう……じゃあさっき聞いた相愛の湯ってとこに」
「あ~そっちじゃなくてさ…………二人っきりで入りたいな~あの時みたいに」
「ふえ!?」
「ほら、ホテルの部屋にもあったじゃん。部屋風呂ってヤツ」
冷静沈着、無忘却の魔導士としての姿しか知らないモノは聞く事は絶対にない小さな悲鳴……それが拒否の現れでは無い事は俺が一番良く知っている事。
「何でも聞いてくれるんだもんな……H以外の事は……」
「ええ~~でも……」
「あれ~聞いてくれないの? 俺に仕事をさせたご褒美をくれるって言ってたじゃん。俺の嫁さんは嘘吐きなのかな~」
「う~~」
そしてそんな時なら一見卑怯に思える交渉材料だって遠慮なく使える。
まるで俺が悪いかのように、断れない事のように……望んだのは自分じゃなくて俺が強引に求めたからというように……。
そして顔を背けたまま、アマネはポツリと呟いた。
まるで妥協したかのような……俺にとって最高の始まりを告げる言葉を……。
「もう………………しょうがないな~」
YES!! 思わず叫びそうになる。
異世界でアマネがこの言葉を口にした夜は、翌日戦闘があろうと大事な謁見があろうと長い長い戦いが始まってしまうのだ。
何故なら何度も求める俺をアマネは何度も受け入れてくれるから……終わりが分からなくなってしまうから!!
そして聖女ティアリスにお説教を喰らうのがルーティーンだったが……。
俺はそのままの勢いでアマネをお姫様抱っこして、いそいそとホテルへと引き返す。
「きゃ!? ちょ、ちょっと、Hは無しだからね!」
「おう、分かってる分かってる! 流れ次第って事だよな!!」
「それは分かってないんじゃ……」
前に言われた通りもう回復してくれる聖女様がいないからおそらく明日は身動きが出来ないだろうが大丈夫!!
異世界の記憶を無くした俺たちは、ただただハッスルしてしまったとだけ記憶して翌朝を迎えるだろうけど問題無し!!
今夜は最終決戦よりも熱い夜に……。
ブブブ……ブブブ……ブブブ…………。
しかし…………御馳走を目の前にしておあずけを喰らうかのような絶望の音が聞こえた。
「……………………」
「ユメジ…………スマホが鳴ってる」
「……気のせいじゃないか?」
「気のせい……ではないでしょ?」
く……無視しようかと思ったのだが、真面目な嫁さんはスルーする事なく指摘する。
仕方なく、本当に仕方なくアマネを下ろしてスマホを確認すると、相手は『スズ姉』となっていたが、聞こえてきた声はアイシア様のものだった。
『あ、ユメジさんですか! たった今発見しましたが大変な事が……』
「なぜ待てなかった……」
それは切羽詰まった女神の声だったが……俺の口からは思わず不満が漏れだす。
女神アイシア様が悪いワケではない……しかしそれが分かっていながらも言わずにはいられなかった。
『……え?』
「なぜあと一時間、いや30分が待てないんだ! それだけあれば、それだけあればああああ!!」
『え~~~っと……そんな事言われましても……』
*
夢次がスマホに向かって血涙を流さんばかりに悔しがっている中、アマネはと言うと少し残念そうだが、どこかホッとしたような……複雑な表情を浮かべていた。
『ヤ、ヤバかった~~~』
あと一時間……仮にユメジの言う猶予があったら自分がどうなっていたのか。
夜どころかまだ夕方のうちから“その気”にさせられてしまっていた事がその答え……
ハッキリ言ってアマネにはもうユメジに求められたら止める手立ては皆無。
口では何を言おうと全て応じてしまうであろう事は、さっきから期待に高まってしまっている自分の体が一番知っていた。
『あああああ! もう!!』
顔を真っ赤にして頭を掻きむしるアマネは、奇しくも高校生モードの時と同じ事で思い悩んでいた。
『私ってこんなにHだったのかしら!?』と……。
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