第百二十二話 初期装備よりも柔い装甲
「は~い、それじゃあしっかり捕まって下さいね~。浮き輪掴むとこ……そうそう」
そんな事を言いつつ天音をスライダーのスタート地点に用意された巨大な浮き輪に座らせるのは茶髪のチャラそうな係の男……如何にも遊んで良そうな雰囲気で、バイトの傍らで気に入った娘を物色しているようでもある……。
アマネを座らせる時に手を取ったのを見て思わず殺意が膨れ上がる。
貴様、気安く触るんじゃねぇ! その娘は俺の嫁だぞ!!
「よし、それじゃ彼氏さん、彼女の後に座って座って。ピッタリと包み込む感じで……」
しかし行動如何では血を見る事も辞さない気分になる俺に、同じ浮き輪に座るよう誘導した彼は耳元でコソッと呟いた。
「(…………大事な彼女の水着がずれないように、しっかりと抱きしめて下さいね~)」
「む!?」
「(その為なら、不可抗力って事で…………)」
「………………確かに、おっしゃる通りですね!」
そしてニヤリと笑ってサムズアップするその姿は実に爽やかにスケベそうであり……俺はそんな素晴らしい助言をくれた“好青年”に同じ親指で返す。
やはり見た目で人を判断するのは良くない事……ファッションなど個々の趣向であり判断基準の全てには成り得ない。
彼のように人々の幸せのために仕事をするプロだっているのだから……。
俺は彼のアドバイス通りにアマネの体を包み込むように抱きしめる。
当然大事な大事な水着がズレるなど事件が起きないように、しっかりと…………両腕にフニャリと素晴らしい柔らかさと温かさがダイレクトに伝わってくるけど、コレはあくまでも彼女を守る為の義務であって責務!!
役得と言えばそうだけど、と言うか得が99・9%だけどそれはそれ。
「きゃ!? ちょ、ちょっとどこ触って……」
「は~い、それじゃあ行きますよ~(落ちてる最中なら誰も見てない、もっと行ける)」
「お願いしま~す(なるほど、さすが!)」
「ちょっとユメジ、キャアアアアアアアア!」
「オオオオオオオ!!」
最後の囁きまでプロであった好青年の後押しを胸に、俺たちはスライダーを高速で流れ落ちて行った。
最後に着水後には真っ赤になったアマネに「触り過ぎ!!」と軽くビンタを喰らってしまったが……その痛みすら幸せを伴う。
ウォータースライダーとは、かくも素晴らしい文化であった事か……。
そんなバカをやりつつ俺はこの後何をしようか相談しようとすると、アマネが先に口を開き、とんでもない事を言い出した。
「女神さまたちから連絡があるまでの間、ユメジの要望を何でも聞いてあげよう」
「え……?」
「何かアンデッドに関しては無理やりやらせちゃったのが……その……ね」
申し訳なさそうにそんな事を言い出すアマネである。
どうやら彼女はさっき異世界で、俺に苦手なアンデッドの対応『死期覚醒』を使わせた事に対して負い目があるようなのだ。
正直なところ俺としてはアマネへセクハラをした事で、全身で堪能した素晴らしき感触の余韻でそんな事スッカリ忘れていたのだが……。
しかし……可愛い嫁さんが何でも聞いてくれると言うのなら!!
「よっしゃ! それなら無論早速これから……」
「あ、でもHは無しよ?」
「…………………………NA、NANDATO……」
しかし先回りして俺の第一希望が真っ先に潰されてしまった!
アマネはニッコリ笑って両方の人差し指でバツにしている。
その様は可愛い……実に可愛いけど納得は行かない!!
「なしてじゃ!? なんでもって言うた傍からダメて……そったら酷な事なかんべな!? こんたらめんこい嫁さん前にして辛抱たまらんっちゅうのに!!」
「こ、こら、声が大きい! それにどこの言葉よそれ……」
「今日も泊まりじゃて、今からだったら明日までインターバルを離さんでも20時間はがんばれ……」
「わあ! それ以上言うなバカ!!」
「ブベ!?」
慌てたアマネの声と同時にゴスッという鈍い衝撃が後頭部に走った。
「いちち……痛いじゃないか嫁さん。何も強化してまで殴らんでも……」
「うっさい! 今の華奢な体じゃ強化しなけりゃ拳を痛めるのよ」
しっかりと魔力で身体強化されたアマネの拳は重くて固い。
異世界で冒険者してた時など身体強化を駆使してモンスターを殴り倒していた程だったが……やはり5年の経験を経ていない今の肉体ではこの辺が精一杯なのか。
「それにやめてよね。今の私たちはお互いに“まだ”なんだし、だいたいそんな長丁場可能なワケ無いでしょ……」
「長丁場って……ああ」
そう言えばそうだった……。
今の俺たちは最盛期の、いわゆるRPGで言えばクリア後のプレイヤーの記憶があるレベル1の状態。主に精神力に左右される魔力はともかくとして肉体的には5年間死闘を繰り返した時に比べれば貧弱そのもの。
後衛職だったアマネだって今と比べると格段に逞しく熟成された肉体であったワケだし。
「確かにそうか……喩え身体強化魔法を駆使しても肉体が付いてこないよな。いくらアマネが魅力的でも精々4~5回……」
「そうでしょ? 私だってあの時みたく激しくされたら壊れちゃ……」
俺の結論にアマネも頷いていたが、ハッと唐突に言葉を切って周囲を見渡す。
俺も釣られて見てみると……いつの間にか距離を取った人たちが俺たちを見ながらヒソヒソと顔を赤らめて話している。
『スゲー……4~5回だって』
『若いって良いわね~』
『クソ、明らかに年下なのに男として尊敬せざるを得ない』
『ね~ね~ママ、5回も何するの?』
『……それは大人になったら分かるから』
「…………」
「…………」
どう考えても人前で堂々と話すべきではない内容を口走っていた事に気が付き、幾ら異世界では婚姻関係であった俺たちであっても居た堪れない気分に……。
「場所、変えようか」
「そ、そうね……」
それからの俺たちはと言うと……施設内の流れるプールに浮島(スポンジっぽいアレ)を浮かべて二人でプカプカと流れていた。
正確には天音が浮島にうつ伏せになり、俺が半分掴まっている感じだけど……。
天音はうつ伏せに瞳を閉じてまどろみ、俺はそんな彼女の顔をただただ眺めているだけの実にゆったりとした時間……俺がアマネに望んだ最初の要求がこれだった。
昔から、異世界召喚前から少しだか不思議だったけど、何ゆえに世のカップルはこういうレジャー施設に来ても一緒にいるだけで何もしないでいられるのかと。
こんな風にただただダラダラと二人でいるだけで一体何が楽しいのかと……。
そう思ったからこそ実践してみたのだが、結論を言えば楽しい……何というかしみじみ楽しい。
常にアクティブに動くのも良いけど、こんなまどろむ時間をアマネと一緒に共有しているだけで楽しさと幸福感があるというか……。
結論を言えば世のカップルたちは正しかったと言わざるを得ない!
俺は全く悔しい想いのない敗北を自覚すると、手の届くところにアマネの頬を…………思わずフニフニ突っつく。
「……なによ~」
「んにゃ? やっぱり俺の嫁さんは可愛いな~って」
「……ふ~ん」
あ、ちょっと照れた。
魔導の知識を駆使して溢れる知性で策略を張り巡らせる冷静沈着な『無忘却の魔導士』だったアマネだけど、こんな風に不意打ち気味に言われる“可愛い”に弱いのは近しい者だけが知る特権……男では間違いなく俺だけが知る事実だ。
本当に高校生の俺も早く気が付けば良いのに……。
ドボオオオオオオン!!
「「!?」」
そんな時、俺たちの背後から突然何かが落ちたような大きな水音がする。
俺は咄嗟に振り返ると、水中でも動きやすく戦い易いように足場を確認してから身構えるが……。
「そこのお子さん! このプールでの飛び込みは禁止ですよ!!」
小学生くらいの男児が飛び込み禁止の流れるプールに飛び込んで監視員に注意されているのを見てホッと一息……。
そして気が付くと浮島に寝そべっていたアマネも片膝で起き上がって、いつでも魔法を放てるような構えで固まっていた。
「……プ」
「……ハハ」
俺たちは互いに敏感に戦闘態勢を取ってしまっていた事に苦笑してしまう。
最早ここは常に死と隣り合わせだった異世界ではないと言うのに……。
どんなにリラックスしていても咄嗟に危機回避を念頭にしてしまうのは冒険者を生業にしていた者の性なのだろうか。
「これも一種の職業病かな?」
「戦地帰りの軍人さんのPTSDは深刻だって聞いた事はあるけどね。咄嗟に川辺付近で野宿した時に
「俺はマッドバスかな……群れで襲われた時は厄介だったからな~」
冒険をする上で最も大切なのは水を確保する事。
無論食料も最重要なのだが、水が無くなると生き物は数日持たないと言うのを俺たちは身をもって体験したのだ。
野営で川の近くというのは結構運が良いと言えるけど、それ以上の危険も伴う。
さっき俺たちが上げた水生の魔物もそうだが、水を求めた陸上の魔獣だって現れる。
そして最も厄介なのは突然の増水や鉄砲水、護岸工事などされていない川は少しの雨でもすぐに起こる危険があった。
危険と隣り合わせの異世界でこんなゆったりとした時間は余り無かった事、リラックス効果がある流水の音ですら警戒すべき危険信号だった事に今気が付いたな。
「今日はまあ……日本のカップルっぽく行こうか嫁さん」
「あ………………え、ええ旦那様」
俺がそっと手を握るとアマネは柔らかく微笑んで腰を下ろした。
水着で女の子座りになるアマネ…………う~む、尊い!
*
そんな感じでしみじみと危険が少ない今、アマネとの時間を堪能するユメジは今のところめっちゃ幸福感で一杯で……実は口で言う程焦ってはいなかった。
無論行けるなら全力でイケる態勢でいるのは変わらないけど……“ダメだったら高校生の俺が頑張れば良い”くらいに考えていた。
と言うのもユメジは5年の経歴を経た今となっては嫁と相思相愛である確信はあるが、初めての時を考えると、少々負い目があった。
それは“最愛の人を押し倒してしまった”というもので、初めて仲間を失った時に“絶対に失いたくない”“放したくない”“自分だけのモノにしたい”と暴走して自分勝手な感情に任せて勢いそのままにクイモノにしたという気でいるのだ。
その事があったからか、ユメジはアマネの感情を無意識に察する事に長けていて、絶妙な距離感を保つ事になった。
幸か不幸か“いて欲しい時にいてくれる”“触れて欲しい時に触れてくれる”微妙なさじ加減を全て察してくれるユメジにアマネ側のそういった方向の勝率はほぼ0%……。
『夢葬の勇者』は『無忘却の魔導士』にとって完全なる
そしてそんな夫の気遣いを超が付くほどヤンデレな嫁さんに伝わらないワケは無く……。
態度の上では“HはNG”言っているアマネはと言うと、実はかな~りヤバイ精神状態に陥っていた。
ただ単に自然な優しさでユメジが手を握った瞬間に声が漏れてしまった時、彼女は自分の装甲が既に紙装甲、それも段ボールどころかトレーシングペーパー並みにペラッペラである事を認識していた。
『ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!』
平静を装おうとしても、さっきからバクバクと高鳴る心臓は止まらない。
以前なら心音の高鳴りすら材料にしてきた彼女だが、今はマズいのだ。
5年間の経験を経て成熟し大人の精神を身に付けて来た歴戦の戦士でもあるアマネだったが、事がユメジに対する態度と言うと、むしろ装甲を可能な限り取っ払ってきた。
そしてその装甲は“初めて”を経験してからは一度完全に消失してしまっている。
『高校生同士のお付き合いから』というアマネの当初の計画を鑑みれば、この状況はイレギュラー中のイレギュラー。
口ではそれっぽい事を言いつつも、自分の事を優先的に気遣っている夫の態度に益々嫁さんの紙装甲には亀裂が走る……。
『…………別に……もう……いいかな~』
咄嗟によぎった考えをアマネは慌てて振り払う。
そして今そんな事をチラッと考えた瞬間、ユメジがこっちを見ていなかった事にホッとする。
『危なかった…………』
アマネはユメジが初めての時に“無理やり押し倒してしまった”と思い込んでいる事を認識している。
しかしアマネ側にとってはそんな事はなく“自分を失いたくない、独占したい”と想ってくれたという事に圧倒的な幸福と感動を味わっていたくらいだった。
そしてそんなヤンデレ思考な彼女は、旦那に強引に迫られると言うのが……実はというか、当然というか嫌いでは無かった。
冒険者時代、言葉の端や微妙な表情から“今日は強引に来て欲しい”という事を察した
『よ……夜まで、持つのかしら……?』
アマネの中のプラトニックとエロティックを行き来するメトロノームの針は“イケナイ”方向に振り切れる寸前であった。
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