閑話 腹黒くはなれない神々の苦悩
二人の仲の良い高校生カップル……に見える中身は互いの全てを理解しあい、夜の生活の攻防を繰り広げる熟年夫婦な二人を見送ると、赤髪の幼女女神イーリスはテーブルに突っ伏しておも~い溜息を吐いた。
それはそれは罪悪感に塗れた溜息を……。
「……この期に及んで当事者であるお二人に情報の全てを開示しないってのは本当に嫌になるっス」
「仕方が無いのですよイーリス、下手な情報を与えてしまうのは付随して余計な責を負わせてしまうのと同義。管理者である我々は、もう勇者ではない彼らに不要な情報を伝えるべきではないのです」
そんな後輩を冷静に諭して静かに水を飲もうとするアイシアだったが、テーブルに顔を伏せたまま当の後輩がジト目で言う。
「先輩……それ鑑賞用の花を生けたコップっスよ?」
「あ、あら?」
後輩を気遣い先輩として冷静に諭そうと取り繕ってみたものの、やはり再び迷惑をかけてしまっている事への罪悪感は拭えないアイシアであった。
そんな実に人間臭い反応をする女神二人を美鈴は苦笑して見ていた。
「世界の管理者も大変なんですね……主に精神面が。知ってても教えられない、それがゲームの攻略のネタバレとかならまだしも人命が掛かっている類のモノであるなら尚の事……私には到底無理ですね」
「世界の管理者が地上に手を下すのは砂山にある一粒を両手で救い上げるようなもの。一粒を救うために大量の砂を持ち上げて砂山そのものを崩してしまう……。知っていたからと言って『魔王因子』の事など伝えるべきではありません」
「ああ、神が地上に干渉して大陸が沈んだとか……前に教えてもらいましたね。助言って事でもダメなんですか?」
美鈴の素朴な疑問に二人の女神が力なく頷いた。
「担当世界である管理者が自身の世界に直結する事を直に要請すること自体がNGなんスよ。今回はあくまでも『同郷の地球人の救出』が主っスから、その為の情報を提供って事で国政とか伝えたっスが……これも結構ギリギリっスよ」
「地上への干渉は迂遠な表現でお告げをしたりするので精一杯なんですが、それも曲解されたり利用されたりと良い効果を生むとは限りませんしね」
地上に神託という形で伝えても正確に伝わる事は稀で、時の権力者にとって都合が悪い事であれば神託を“虚言”もしくは“陰謀”などと言われてもみ消され、下手をすれば神託を受けた者に危険が訪れる。
力を持つ神が地上に干渉するのはどんな弊害を生む危険があるか分かったモノではない……アイシアは経験からその事を身に染みて知っていた。
「そんな神々が地上に干渉し『魔王因子』を除去しうる最後の手段が異世界召喚であり『勇者』という存在……一度はユメジさんたちに負わせてしまった重責なのですよ。本当はもう二度と巻き込まないつもりだったのですのに……」
結局は後輩以上に項垂れ落ち込んでしまうアイシア、そんな鬱な女神二人を唯一の人間である美鈴が慰めるという……素性をする者にとっては中々にシュールな光景が繰り広げられる。
美鈴……前世名聖剣士リーンベルだった彼女にとっては正に天上の存在だったはずの二人だが、今となっては中間管理職にしか見えなくなっていた。
酒でもあればお酌したい気分にすらなってしまう。
「しかし……妙なもんですよね~。こっちの世界では単なる年下の幼馴染の二人が一度は世界を救って……そして今度は“起こる前に消し去っている”だなんて」
不意に美鈴がそんな事を呟くと、顔を伏せていたイーリスが思い出したとばかりに顔を上げた。
「……あの二人は『勇者』としては相当に優秀……いや異質って言った方がいいんでしょうか? 先輩、あたしは今までは『魔王因子』が覚醒しちまった『魔王』を『勇者』が世界から消去するのは何度か見た事があったっスが……『魔王因子』の段階で二つも“自然消滅”させる人なんて聞いた事無かったっスよ? 管理者のあたしではどうしようもなかった因子を彼らはわずか数日で……」
イーリスにとってそれは信じられない事だった。
『世界』というものはそれこそ無数に、神ですら把握しきれないくらい存在するが、アイシアやイーリスが所属している『セフィロト』が管轄しているのは本当に一握り。
だが世界の中には創造した神に打ち捨てられた世界が数多く存在する。
捨てられる理由は色々だが、最も多いのが世界に『魔王因子』が発現した時だ。
それはどんな世界でも発生しうる世界そのものを崩壊させる病魔のようなもので、言い換えれば癌細胞に似ている。
そしてそんな世界を“手に負えないから”と見捨てる勝手な神は多い……さながら都合が悪くなったからとペットを捨てる自分勝手な飼い主の如く。
言ってしまえばセフィロトは保健所のような役目を担っていて、アイシアもイーリスも病魔に侵され捨てられた世界を請け負っているのだ。
今回イーリスが担当した世界はセフィロトに発見された時点で普通なら一つでも最悪な『魔王因子』がすでに3つもあったのだが、そんな世界の危機的状況などお構いなしと愚かな人間たちが『異世界召喚』を乱発して更に状況が悪化していたのだった。
そんな事が重なって因子が覚醒して『魔王』となってしまったら、それこそ世界の崩壊を天秤にかけた手段を講じなくてはならなくなってしまう。
「最近じゃシヴァさんたちに相談もやむなしだろうかと思い始めていたっスのに……」
「…………その気持ちはすっごく分かります。『破壊神』の方々にご負担はあまりかけたくないですけど私も何度か考えましたから」
セフィロトでも最もキツイと言われる破壊神の役割は手の施しようの無くなった世界を処分する事。
悪名すら背負ってその役を請け負う神にはみんな敬意を払うが、そんな彼らは一様に疲れ切った顔をしていて……特に破壊神の最高神されるシヴァさんがいつもは泰然としているのに自宅では奥さんに慰めて貰っているのは有名な話なのだ。
「あの二人の事は破壊神の方々だけではなく、他の魔神や邪神の方々も凄く称えて喜んでいましたから“自分たちが手を下さなくて済む”と。シヴァさんに至っては『何とかスカウト出来ないだろうか?』と言ってたくらいですし……無論お断りしましたが」
「気持ち……すっごい分かるっス」
後輩がウンウンと頷くのをアイシアはクスリと笑うが、隣で聞いていた美鈴は日本でも聞いた事のある神の名前がポンポン出て来る辺りで深く考える事を放棄していた。
せいぜい『破壊神の精神的苦痛も大変なんだな~』とぼんやり考えて。
「あのお二人、ユメジさんとアマネさんは基本的には伴侶のみが大切ですから。現在のところは色々な奇跡的事情が絡み合って上手い事機能していますが、今後どうなるかなど神にすら分かりませんし……」
「どういう事ですか? ヤツらが病的なラブラブしてんのは……まあ今更ですけど」
「幸いな事にお二人とも人の不幸を笑えるような人格では無いですし、心情的に『こうすればアマネに格好つけられるな~』とか『こんな事をしたらユメジに嫌われちゃうかな~』とか、そんな精神で行動してますから根本的に遺恨が残るやり口をしません。それが今のところは『魔王因子』を自然消滅させているのですけど……」
そう言う女神アイシアの顔は真剣なもので、一見微笑ましくも感じる二人の精神構造が裏返せば危険が潜んでいる事を示してした。
「ヤツららしいって言えばらしいですけどね。神々ですら覚醒前の『
「…………それを死に際にしろと言ったのは貴女ではないですか、師匠」
「おっと……まさかのブーメランでしたか」
前世の死に際自分が言った言葉がこんな形で帰ってくるとは思っていなかった美鈴は、こんな形で弟子たちが遺言を無意識に実践している事実に笑うしかなかった。
「ただ、貴女には本当にご面倒お掛けしますリーンベ……いや美鈴さん」
「な~に気にする事は無いですよ。私としては二度と会う事が無いはずだった弟子のユメジに再会出来ましたし、何よりも私のリタイヤ後のアイツらがどうだったのか、なんてレアなモンも見れましたからね」
「アマネさんとしては今の状況は不本意かもしれませんが……あくまでも高校生からの関係構築をお望みでしたから……」
「い~や、それは分かりませんよ~?」
クククと笑いつつ美鈴は弟分と妹分が勇んで向かっていったウォータースライダーを見つめた。
「どうしてです? 彼女は帰還時にそれを願って記憶を残しつつも封印する事にしているのに」
「アマネって気を許さない人だったら絶対に接触どころかパーソナルスペースに入れない程ガードが堅いのに、気を許した特定の人のスキンシップは大好きなんですよね小さい時から」
「はあ……」
「ただ私もここまでのアマネは見た事が無かったんですけどね……ユメジに寄り添ったり手を握られるたびに一々喜ぶあの娘の姿は。あの二人って今のとこ精神は5年間もベッタリだった夫婦の方なんですよね?」
「え、ええ……その通りですが」
段々と美鈴が何を言いたいのか察し始め……二人の女神は若干頬を赤らめる。
「まるで付き合いたてみたいな感じに一々喜んで、さっきは自然と腕組んでいきましたよ? 口では何だかんだ言いつつ……雰囲気で流されませんかね、あの娘」
「…………」
異世界で二人の関係が出来上がる前にリタイアを余儀なくされた美鈴はその先を知らない。せいぜい二人が一週間だけ夫婦になった事のみ。
そしてその後の事をこの場で唯一知っているアイシアは……一瞬目を閉じてあの二人の以前の振舞を思い出す。
いつも自分だけに好意を持ち、自分だけを激しく求める夫に対して『もう、しょうがないな~』と受け入れていた嫁の行動を。
そういう攻防ではアマネの勝率は…………。
「…………さすがにその辺は自己責任でお願いしますよ師匠。万が一、その……最中に制限時間が切れたら問題かも…………いえ特に問題は無いですか」
瞳を開いたアイシアはこの日初めて他人事のような目付きで呟いた。
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