第百二十一話 勇者、タイムリミットに焦る

「はは……確かにあの魔王たちに比べるのはどうかとは思いますけどね。どうにもならなくなったからこそ貴方たちにご足労頂いたくらいですから」


 俺達はしみじみと『前の異世界』を思い返しているとアイシア様がポツリと呟いた。

『異世界召喚』は地上に直接手を下すワケには行かない管理者としてのギリギリの判断で行われる最後の手段らしい。

 利己的な目的の為に乱用されては溜まったものじゃないだろうな……。

 

「何とかアタシの担当世界もそこまでの事態にならない内に治めたいんっスが……現状最もホットスポットになりうる亡国、元アスラル王国の動向次第ではどうなる事やら……」


 俺たちが昔話でしみじみしているとイーリス様は難しい顔をしてマップを操作、スコルポノックから遥か北東方向に移動して……特徴的な大きな木がそびえ立つ場所を示した。


「うお!? もしかしてコレって……世界樹!?」


 俺は思わずオタク思考でそんな事を言ってしまう。

 大きな木は“世界樹”、大きな雲は“竜の巣”、傘の名前は“エクスカリバー”は常識の感性で…………違うかな?

 そんな反応にイーリス様がクスリと笑う。

 ……そう言えば初対面からこの女神ひとがまともに笑ったのを見たのは初めてな気がするな。


「言うと思ったっすけど、違うッス。確かにこの木は亜人種の国家であるアスラルの象徴であり神聖の象徴ッスが……この木の葉っぱに蘇生の能力があるとかそこまで大げさな事は無い、基本はただただ大きな木ッスよ」

「ありゃ、そうなの?」


 ちょっとガッカリ。

 しかしイーリス様の次の言葉で再びオタク思考が再燃する。


「正式な名称は『アスラル大樹城』って言って、この大きな木自体が巨大なお城の役目をしてるんスよ」

「城!? マジで!? このでっかい木って中に入れる構造なんですか!?」

「基本は普通の木って言いましたよね? そんなので一体どうやったらそんな事が……」


 いろんなRPGでありがちな仕様ではあるけど、実際に木の中に空洞を作るなんてしたら大抵は枯れてしまうだろう。

 アマネが興味津々に質問すると、今度は隣のアイシア様がクスリと笑った。


「遠くからでは分かり辛いですが、この巨大樹は色々な木々が寄り合って立っているんですよ。それはエルフたちが得意とする若木の頃から“栄養の魔力をあげるからこのように成長してください”と木々にお願いする事が出来る『樹木対話魔法』のお陰ですね」

「樹木と対話……ですか?」

「そうです。実は大きさでは……そうですね東京タワーくらいはある『アスラル大樹城』ですが、実際の城内部で木々を切ったりして作った場所は一切ないのですよ」

「逆に言えばこの城は今も成長を続けていて、最終的な構造は最初にお願いしたエルフにしか分からないんス。そのエルフも既に千年以上前にお亡くなりになって……」

「なにそれ……サグラダファミリアみたい」


 魔導については『無忘却わすれず』とまで言われたアマネも知らなかった類の魔法なのだろう。

 久しぶりの新たな魔導の情報に若干嬉しそうである。


「でも現在の『アスラル大樹城』は完全に入り口が塞がれて立ち入り禁止状態っス。シャンガリアからの占領軍がこの地に入り込んでからはずっと、ただの大樹としてこの地にそびえてるんっスよ」

「……? 逃亡時にエルフたちが塞いだの?」


 アマネの疑問にイーリス様は静かに首を振って否定する。


「いや、コレは大樹……植物たちの意志っス。自分たちに魔力の恩恵を与えてくれたエルフたちを追い出したシャンガリア兵たちを拒むっていう……」

「植物たちが自分の意志で人間を拒んでいる!?」

「ええ大樹城だけじゃなく、アスラル王国に広がる森全体が……すね。シャンガリアの連中はそもそもエルフと森との繋がりを甘く見過ぎていたんっすよ」


 その事実に俺は大いに驚いた。

 それはシャンガリアの連中はエルフたちは勿論植物たちからも嫌われているという事になる……それってつまり……。

 俺の想像を裏付けるようにイーリス様は話を続ける。 


「アスラル王国は陥落前に全ての住民を、特に女子供を優先的に逃がしたッス。強襲した侵略者たちは国王率いる王国騎士団が命を懸けて、亡命者たちの殿はアスラルの王女で魔術師であった当時11歳のアンジェリナの活躍で非戦闘員だった住民はほぼ欠ける事無く逃亡に成功。ようやく近衛騎士団を下してアスラル王国に到達したシャンガリア兵が見たのはもぬけの殻になった森に囲まれた国のみ……コレがどういう事態を生むか分かるっスか?」

「嫌な言い方だけど…………ご褒美が無い?」


 俺が顔を顰めつつ答えるとイーリス様も心底嫌そうに顔を歪めた。


「兵士のモチベーションを高める為に侵略した領地での無法をある程度容認するってのは古来からあった方策っスが……血眼になって多大な犠牲を払って強敵を下して侵入した王国内には見目麗しいエルフの姿はどこにもなく、それどころか木々で出来た住居は入り口が塞がりどこも入る事が出来ない。目的の略奪行為が出来ずに占領したは良いものの食糧すらままならい」


 凄いなそれは……俺は素直に感心すると同時に、心底連中がアンデッドとしてスコルポノックを襲わずに済んで良かったと思う。

 国民の蹂躙を許さなかった彼らは真に英雄だったのだ。


「森で収集しようにも木の実一つ見つからず狩猟出来そうな獲物すら見つからない。代わりに見つかるのは“何故か食べられそうに見える”毒草やら毒キノコ。狩猟どころか自分たちが獲物になってしまう魔物しか遭遇しない……現状のシャンガリア占領軍のモチベーションは地に落ちてるっスね」

「自業自得の極みだな……」


 現状占領軍を任された将軍は頭を抱えているらしい。

 占領地には目的にしていた物資も人員も何一つなく、残ったのは日々食糧を消耗し空腹から毒物を口にして中毒を起こし、集まってくる凶悪な魔物に食い殺され日々疲弊していく自分達には不毛でしかない領地のみ。

 しかし当然ながら本国に増援物資を要請しても、なけなしの軍事費はお城の再建を優先して捻出されず“現場に任す”の一点張り。

 しかも現状維持出来ない時は現場指揮官の責任と、何とも板挟みの状況なのだとか。

 強盗に入った豪邸に何にもなくて更に閉じ込められた……みたいなもんか……。

 同情の余地も無いけど。

 ただ俺はイーリス様の説明の中で気になった事が一つあった。


「逃亡の殿を務めた王女って……もしかしてギルド長の?」

「え? ああそうっス、魔法の才能もあり将来有望でもあった……ブロッケン王子の妹さんっス。彼女は得意の魔法を駆使して追走してくるシャンガリア兵たちを迎撃していたのですが…………幼少期からの付き合いの侍女を助ける為に、そのまま……」

「そう……なんだ……」


 身内に二人の英雄……そう言えば聞こえはいいけど、あのギルド長の心情としては筆舌に尽くしがたい気持ちだろう。

 シャンガリア憎しの激情は……。


「本当にこういう時は自分が管理者、神である事が憎たらしくなってくるっス。世界の監視役なのに直接的な手出しはご法度、しかも全てを見通せるワケでも無く事の流れを見ている事しか……」

「イーリス……」


 悔し気に呟くイーリス様の頭を先輩女神のアイシア様がそっと撫でる。

 神は万能の存在ではない……以前俺が勇者としてアイシア様に会った時に聞いた事だ。

 人知を超えた力を持っていても全てを見通せるワケじゃなく、万物の誕生と死期を知れるワケでも無く、生殺与奪を操作できるワケでも無い。

 個人的に可哀そうと思った一人を救う事すら難しいのだと。 


「しかし、何というか凄まじい少女ですね。その11歳の少女は……アンジェリナちゃんだったっけ? そんな年で殿だなんて……」

「……私にも無理だな。11歳の頃なんて一部隊相手に足止め出来れば良いくらいだったからな~」


 この中で唯一の殿経験者であるスズ姉(前世に限る)は微妙に感嘆の混じった感想を述べる。

 そのお陰で一度はトラウマを負った俺とアマネには微妙な気分にさせる感想だが……。

 

「…………それで逃亡したエルフたちはアスラルの中央に当たる『アスラル大樹城の森』から各地に、エルフ以外の種族が住まう集落へと散ったんすよ」

「エルフ以外の種族……だって?」

「アスラルってエルフの国ってワケじゃ……いや、そう言えばスコルポノックに獣人もいましたっけ?」


 特に考えていなかったけど、今まで完全にアスラル=エルフの国って勝手に思っていたようだな俺たち。

 

「アスラル王国って一括りにして呼ぶっすけど、元々は広大な森の中を拠点に人間からすると『亜人』と呼ばれる種族たちが部族ごとに寄り集まって出来た国なんすよ。単純に各部族の中でも知識の高いエルフたちに人間の王国との橋渡しをさせる兼ね合いで王族=エルフみたいな構図になっちまってるっすが……」

「そんな……無理やりやらされた学級委員長みたいなノリで……」


 俺がふざけ半分でそう言うと、イーリス様は否定もせず頷いた。


「冗談抜きでそんなノリみたいっすよ? 少なくとも王国設立の時には各部族の長に『お前らに任せた!!』って言われて大げんかになったっすから」

「大喧嘩って……まさか戦争?」

「いや、族長同士酒の席での大乱闘っす。エルフ、獣人、ドワーフ、オーガの四部族が殴り合いのケンカをして……最後に勝ったエルフの族長にドワーフの族長が言ったんすよ。“ホレ見ろ、この中で最も強い貴様こそが代表にふさわしいのだ”と」

「……なんじゃそら」

「普通王座って勝ち取るものでしょうに……勝って押し付けられるってなんなの?」

「ぶっちゃけると、その流れ自体が演出で……発案者はドワーフの族長だったらしく、エルフ王家としては知識でも策謀でも秀でていたつもりの自分たちが脳筋代表のドワーフに一杯食わされた昔話として語り継がれてるっす」

「語り継ぐな、んなもん……」


 俺たちが呆れている様にイーリス様はウンウンと頷いた。彼女も同じような気分でその時の流れを見ていたのだろう。


「元々種族が違うと多少なりとも違いが出て当たり前っスから……オーガとドワーフはどっちも肉好きの酒好きで同調しやすいっスけど、エルフは基本草食系、獣人達に至ってはもっと細分化されるっスから、アスラル王国の中心になった所にエルフが多く居住していたって感じなんスよね~」

「分からんではないけど……」

「合わないってだけで他種族間で仲互いしてるワケじゃないっスけどね? 例えりゃエルフは森の恵みと魔術の提供、ドワーフは金属加工技術と武器の提供とかしっかり共生するところは共生してるっスし」

「それが出来るってのが本当にすごい事ですけど」


 アマネが感嘆の声を漏らすが、俺も同意だった。

 生活圏で趣向などに違いがあると軋轢を生むのは地球上では度々あった事だ。

 食生活、宗教、、肌の色、男女の差であっても、現代日本人の感覚では“そんな事で?”と首を傾げるような事で戦争が起こった事すらあるからな。

 今回の『シャンガリア王国』だけじゃなく、前の異世界でも肉親同士ですら骨肉の争いをして国を崩壊させた連中がどんだけいた事か……。

 むしろ種族間の違いを自覚してなお、それぞれの部族でまとめて国としている『アスラル』の亜人種たちは優れた存在だろう。


「ただ……どうしても共に戦うとなると同調するのが難しいらしいんスよね。特に戦闘方法についての主張が違っていて……」

「主張の違い……ってもしかして前衛と後衛みたいな?」


 俺達がパーティーを組んでいた時も前衛後衛の役割で揉めるって事はあった。

 ただ俺たちは各々の役割が完全にハッキリしていたので、基本的に後衛と支援役に当たるアマネと聖女ティアリスを残りの連中が守る形を取って戦うのが基本だったから、揉めるのはせいぜいフォーメーションのやりくり程度だったけど……。

 しかし俺の言葉をイーリス様は首を振って否定する。

 

「もっと基本的な主張の違いっス。脳筋鋼鉄命なドワーフは武器と力こそ最強と信じ、魔力と知識に秀でたエルフは魔法と技こそ全てとして……どうしても戦力的な同盟がうまく行かないんスよ」

「……は? いやでも、聞いてる分には最高の組み合わせに聞こえるんだけど? それこそ強固な前衛をドワーフが、後衛の砲撃をエルフが担当すれば……」

「……互いに前衛でも後衛でも最高の戦い方は自分たちの方って考えるからダメなんっスよ。冒険者パーティーみたいに少数のコミュニティなら単体の役割として素晴らしいんっスけど、例えりゃ銃と弓矢の部隊が同じ戦場にいたとして……補給がうまく行くと思うっスか?」

「行かないっスな……」

「そうっスべ?」


 う~む……段々と女神様と話していると言うよりは運動部の後輩と話しているような気分になってきて、言葉が移ってきた。


「変な話、技術的な協力も“組み合わせる”事には抵抗があるらしく、武器と魔術の融合技術である『魔法剣』をあの世界で最初に作り出したのは……魔力でも技術でも劣るはずの人間っすからね」

「ふ~ん……プライドが邪魔して新しい事を試すのに抵抗があったと……。平和な世界だったらそう言う頑固親父なプライドも嫌いじゃねーっスけど」


 俺も言いながら苦笑してしまう。

 新しい技術を受け入れず、昔ながらの方法を守り続けるプライドって言うのは悪い事じゃ無いだろう。


「だからって言っても非常事態に見捨てるほどいがみ合っているって事もなく、今回だって散り散りに逃げて来たエルフたちを居住区の『大洞窟』に受け入れてくれる度量はあるので……互いに性格が悪いって事も無いんっスが」

「難しいところよね~。色々と突出していない人間の方が色々と試して作り出しているんだから……」


 ザワ………………。

 

「…………!?」


 アマネがそんな何気ない感想を述べた瞬間、俺の全身にさっきから感じていた妙な悪寒が最大級に感じられ、鳥肌が一気に立った。

 何だ!? 夢葬の勇者としての経験を考えてもこんな妙な悪寒を感じた事は無かったのに……一体今の話で俺は何に反応していたんだ!?


「どうかしたのユメジ……?」

「…………いや」


 俺の反応にいち早く気が付いたのはやはりアマネだった。

 相変わらず俺の心情をいち早く察してくれる最高の嫁なんだが……残念ながら自分でも何に悪寒を感じたのかが良く分からないから、うまく説明できない。


「さっきからイーリス様の話の要所要所に何か引っかかりを覚えるんだけど……思い返しても何が問題だったのか……わからん」

「……なにそれ?」

「う~~~~む……今の俺たちは百戦錬磨潜り抜けた歴戦の猛者のはず……大抵のものに恐れる事は無いと自負するけど……はて?」


                 ・

                 ・

                 ・ 


 結局俺はそれ以上の事は考える事が出来ず、粗方の説明を終えた女神様たちに「見つけ次第即時連絡いたします」との言葉を聞いて慌てて席を立った。

 見つけ次第、この言葉で俺はある重要な事に気が付いてしまったから。

 それは……見つけ次第向こうに飛ばなくてはいけないって事で…………それを最後にこっちに戻ってきたら俺たちの記憶『夢葬の勇者』と『無忘却の魔術師』の記憶が元の高校生のモノに戻ってしまうという事……つまり!!


「温泉地での夫婦体験は今しか出来ない!! あと数時間しか無いじゃないか!!」

「こ、こら、気持ちは分かるけど引っ張んないで!」


 俺は倒れかけるアマネを受け止めつつ思考を切り替える。

 5年間も向こうで冒険していた時、考えていた事が現実になったのだ。

 制限時間があるなら尚の事、時間を無駄には出来ないからな!


「折角なんだから全力で“高校生カップルっぽい”事しようぜ! 向こうの世界じゃ出来なかった色んなヤツを」

「……も~、そう言えばベタな事するの好きだったねユメジ」


 何となく“仕方ないわね~”的な顔で溜息を吐くアマネだったが、俺はニヤリと笑う。


「何言ってんだか……お互い様だろ?」

「…………バカ」


 フイっと顔を背けたアマネの耳は赤くなっていて……俺はそんな嫁の可愛さにさっき感じていた妙な悪寒の事などスッカリ忘れ去っていた。

 とにかく今は目の前にそびえ立つウォータースライダーに二人で乗る事しか考えてなかったから……。





 後から考えるとこの時の俺は『夢葬の勇者』の状態で、数多の修羅場を潜り抜けた事でオタク高校生の頃よりも思考が現実的になっていたのだ。

 本来であればそれは利点になったのだろうが、残念ながらこの時は“オタク思考”こそが重要であった事を後に知る事になる。


 俺が悪寒を感じたのは未だに神威さんが発見に至っていない……理由。

 同類オタクの思考であれば常に思っている『異世界に行ったらどうするか』って事を常に考えているって事を……。


『発見できない』『反乱軍』『技術協力』……悪寒の原因がこの言葉だったのが判明した時は、色々と手遅れになってからの事だった……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る