第百十九話 本当にあった怖い話『血塗れで嗤う女』

 不意に訪れた連休に大学デビューの自称ナンパ男(成功率0%)のケンスケ、コウジ、マサシの3人は今日も女性との一時を求めて県内でも穴場とされる温泉地に訪れていた。

 湯治目的もあるけど、特にカムイ温泉ホテルが経営するプールは南国リゾートを意識した巨大な施設で、休暇を過ごす女子大生やOLなども多く、彼らは俄然張り切って女性に声を掛けていた。

 しかし、やはり成功率は芳しくなく…………。


「マジかよ……あんなエロい水着来てる美女が子連れだなんて…………」

「いや、そこは分かれよ。よく見りゃずっと子供を見てたぞ? あの女性」

「お前だってあのパツキン爆乳の外国人は無茶が過ぎるだろ! 横にいるハリウッドスターみたいなマッチョ彼氏が目に入らなかったのかよ!! おまけに片言の英語で声かけて美しい日本語で丁寧に断られるし……」

「悪かったな! あーそうだよ、あの豊満ボディー以外何も見えてなかったよ!! 小学生に声かけたマサシよかマシだろうが!!」

「うるせぇ、もう言うな!!  引きつった顔で見ている親御さんの表情がズッと頭から離れねーんだよ!! ……お?」


 どこまでも不毛な、外野で聞いていても胸が痛くなるなるような言い争いをする連中だったが、年下好みのマサシ君の目が二人の女子を不意に捉えた。


「なあ、なあ、あの娘可愛くないか?」

「あん? ん、ん~~確かに可愛いし一人は大人びてっけど……多分高校生くらいだろ? あれ……」

「もう一人は良いとこ中学生くらいか? いや、マサシのセンサーだとまた小学生の可能性も……」

「え? マジ?? あの娘は中学生くらい???」

「お前…………マジか? いくら何でも……」


 マサシがロックオンしたのが二人のうち小さい方である事に、ある真実が暴かれそうになり戦慄する友人二人……。

 しかし二人は友人が行ってはいけない道に行く事を止めずに済んだ。


「な、なにあれ……寝ているスキにイタズラするのは期待してた。アマッちが起きちゃったからもう終わりだと思ってたのに……何なのあの二人!?」

「まるで当たり前みたいに手を取ってあげるお兄ちゃんもそうだし、何か挨拶みたいに軽くチューしちゃうアマ姉も……昨日の今日であの日常感は何なんですか!?」


 当のマサシ本人が“何やら物陰からカップルを双眼鏡で覗き込みハアハアと鼻血を流す”と言う怪し過ぎる二人の女子にドン引きしていたので……。


「…………関わらんどこ」

「んだんだ……」


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                 ・


 しかしそれから数分後……順調にナンパ失敗を繰り返す自称ナンパ男たちが再び同じ場所に戻ってくると、未だに鼻血を流しながら同じような事をしている不審者二人を見る事になった。


「なによアレ……なんなのアレ……あんなにタイプの違う美女たちに囲まれているのに、アイツ何であそこまで眼中ないの!? シスター、アンタのお兄ちゃんどっかおかしいんじゃないの!?」

「……その辺は最早不思議じゃないですね。ヤツは性欲にかけては異様なまでの偏食である事は確認済みです。ヤツにとってアマ姉はコアラにとってのユーカリの葉みたいなもん……それ以外口にするつもりが無いのですよフォックス」

「そ、そうなの? ヤツはそこまで…………え!? 何今の!! アマッち何の躊躇いも無くア~ンやっちゃったわよ!?」

「ほ、ほんとです!! まるで相手が欲している事を理解しているかのように……」

「や!? それだけじゃない!! 夢次の方からも躊躇なく!?」


 二人の不審者、神楽と夢香が観察中のユメジとアマネは元々異世界という危険と隣り合わせの世界で5年間もパートナーとして過ごしてきた。

 その過程で戦闘での連携で前衛と後衛が『今何を欲しているか』という事を理解し合える感覚が自然と備わっていた。

 それが恋人となり、そして夫婦となった二人の日常にすら波及していて、こんなやり取りすらも意識せずに行えてしまうのである。

 無論そんな事を知らない不審者にとってはそんなの妄想拡大の材料にしかならず……。


「お互いに恥じらいなく受け入れている? ……互いの気持ちを??」

「あそこまで理解し合っているのなら、当然他の……あんな事もこんな事も分かっちゃってるって事に……」

「いえ、多分ですけどお兄ちゃんは100%“それ”を目指して攻めているようです! さっきアマ姉が軽いキスで誤魔化した事からも明白です!!」

「ご、誤魔化しでチューしたの? って事はアマッち…………もしかして押し切られかけてる??」

「というか、やっぱりもう……押し切られた後なのかも…………」


 ゴクリ………………ボタボタボタボタ……………


「おおお頑張れ夢次!! 今がまさに攻める時!! 君の勝利は目の前だぞおお!!」

「マジですか!? マジでチャペルが近づいちゃってますコレ!? やだ大変!! 私まだ中学なのにオバちゃんになっちゃう!?」


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 その後急激な失血と血圧上昇で貧血を起こした二人の不審者は、善良な三人の大学生により医務室に搬送されたのだった。

 余談だが、この事がきっかけになりこの三人が救急救命士を目指す事になり、数々の人命を救う事になる。

 人の縁とは奇妙なもの……。


                  *


「大丈夫でしたか? 妹さんたち……」


 心配そうな顔で医務室から戻って来た俺たちにアイシア様が聞いてくるが、俺達は微妙な顔を浮かべる事しか出来ない。

 何しろ倒れた理由が理由だからな……。


「軽い貧血と興奮のせいで立ち眩みを起した程度みたいです。少し安静にすれば問題ないとか」

「コノハちゃんも付いてくれてますし“生命力に問題は無いのです。むしろ生命力的には高まっていると言いますか……”って言ってましたので」


 医師と神様からの異常なしのお墨付き……あえて悪いところを上げれば“悪ノリのし過ぎ”だな。

 倒れた理由が覗きとか……婦女子としてはどうなの?


「アマネ……お前の親友とウチの妹は結託して何を妄想してたんだ? 何となく想像は付くけどよ」

「……想像通りでしょうね。幼馴染の告白シーン、一晩明かしたロマンティックなスウィート、そしてまるで夫婦みたいな自然なやり取り……どれもこれも興奮材料にしかならないでしょ?」


 友人たちの企みも覗かれている事すら織り込み済みであったアマネも、さすがに手を頭に当てて溜息を吐いた。

 そんな様をみてアイシア様はクスリと笑う。

 どうやらようやく“謝罪モード”から戻ってきてくれたみたいだな。


「相変わらずお二人には楽しいお仲間が集うのですね。類は友を……と言いますか」

「アイシア様? それって私も含むって事になりますか?」

「ええ勿論です。むしろ貴女が始まりであり元凶ではないですか?」

「う……むう……」


 何か不満そうなスズ姉だったが、笑顔でそう返されると何も言い返せないようだ。

 だって俺たち二人の最初の仲間であるのは間違いなく聖剣士リーンベル……いや、剣岳美鈴その人なのだから。

 そして俺はこの状況なら聞き出せると考えて、女神たちに色々と気になった事を質問する事にした。


「そういやアイシア様、あっちの世界は大丈夫なんですか? こっちでバイトなんかしてて……確かあの世界の管理者は自分一人だからってブラック企業も真っ青な労働環境だったんじゃ……」


 開口一番出たのがそんな疑問だった事にアイシア様はキョトンとした顔になるけど、彼女は苦笑を浮かべ話してくれる。

 俺たちが5年を過ごしたあの世界の事を。


「私の担当の……お二人に救って頂いたあの世界は、現在は過去前例がないくらい程安定しております。おそらく2~3年は猶予があるのではないかと……」

「2~3年、そう聞くと短い気もするな……あんだけ苦労して色々やらかして魔王って元凶を倒したのに」


 俺が呟くとアイシア様はゆっくりと首を横に振った。


「いいえ『夢葬の勇者』、貴方の成した偉業は過去前例がありません。全世界規模でそれだけの期間戦争を起こす意志を無くせると言うのは……どんな勇者も、神ですら実現した事が無い事なのですよ? 残念ですが過去それが出来たのは破壊の神だけ……すべてを無くすという事で、ですけど」

「……地球規模で考えて見ても分かるんじゃない? 日本で戦争が起きていないってだけで、世界中から戦争が無くなった歴史は皆無なのよ? 現在進行形で」

「まあ……確かに、そうか……」


 俺は自分程『勇者』に向いてない人種もいないと自負していたけど、そう考えれば少しは自分のした行動も意味があったのではないか? 思えなくもない。


「世界的に警戒されていた魔王が倒され呉越同舟と団結してた国々が次の覇権を争う……などという事も起きてません。あの世界では“勇者が倒した”という事実のみが残り、当の本人はおろか仲間たちですら名乗りもしていないですから」

「あの理不尽極まりない世界で……権力と暴力渦巻く、社会的には人権すら確立していない世界でそんな事になるなんて……一体私の退場後に『夢葬の勇者』はどんだけの事をやらかしたのやら……」


 転生時に色々と聞いているハズのスズ姉だけど、詳細には知らないようで引きつった顔を浮かべている。


「別に俺は複雑な事をして来たワケじゃないけど……俺は余り治安の良くない世界でアマネを危険な目に合わせたくなくて、色んな人たちに色んな夢を見せて来ただけだから……過去夢、未来夢、明晰夢に夢枕とかさ……」


 今のまま悪行を続ければ、独りよがりの正義を続ければ、どういう結果になって何を失う事になるのか、何を壊してしまうのか……。

 例えりゃ暴力で支配してきた貴族が自分の行動のせいで最愛の娘が亡くなる夢を見る。

 当然だがそいつは最初に犯人やら協力者やらを皆殺しにして娘を守ろうとするが、最終的には絶対に娘は自分に恨みを持つ誰かに殺される……そんな夢を見たとしたら?

 そしてそれが自分の行動一つで防げるのだと思えば……大抵の場合は自粛するだろう。

 そんな打算で……。

 

「直近の脅威を取り払い、名声も見返りも求めずに消え去った勇者たち。そして勇者は人々の心に戒めのみを残す…………その事を人々が忘れないうちは自ら諍いを起す気にはならないでしょうから」

「それでも2~3年なんですね……難しいもんだ」


 俺は溜息交じりに何となく顔を上に向ける。

 5年とはいえ過ごしたあの世界……せめて仲間たちが平和に暮らせれば良いとは思っていたけど……。


「……そういや“アイツら”はどうしてる? ヤツらの事だから“勇者の仲間”を自称して名声を~なんて事はしてないだろうけど」

「あ、そうそうアイシア様! ティアたちはどうなんです? 元気にしてますか?」


 俺の言葉に便乗してアマネは身を乗り出してきた。

 多分彼女にとっては何よりも気になった事だろう仲間たちの事。

 あっちの世界では仲間内の『魔導士』『聖女』『聖弓師』の女子三人は、こっちでいう所の三女神の如く仲良しだったからな。

 俺も大酒飲みの『武闘家おっさん』や忠誠と言いつつ、しっかり亡国のお姫様とやる事やってた『重騎士』、そして最終決戦直前でパパ認定された『魔剣士』の事は気になっていた。

 全員が苦楽どころか生死すら共にした戦友だからな……。


「ご心配なく、皆さんお元気ですよ。聖女は活発に慈善活動をしてますし、聖弓師はこの度族長に任命されました」

「へえ~あの娘が族長! とうとう仙弓族で初の女族長が認められたんだ」

「武闘家さんは子供たちのいる故郷に帰って道場を開き、重騎士さんと魔剣士さんは現在同じ町で暮らしてますね……ご近所さんです」

「ご近所さん!? マジで!? アイツらパーティーじゃ折り合い悪かったのに……」

「どうも新米パパで意気投合したようです。奥様のお尻に敷かれちゃっているのも仲間意識の向上に繋がったみたいで……最近お二人で晩酌するのが定番ですよ?」


 聞かれる事は予想していたようで、アイシア様はクスッと笑い教えてくれた。

 かつて死線を共に潜り抜けた仲間が全員平和に暮らしていると言うのなら、それに越した事は無い。

 それだけでも俺たちがやった事には意味があったのだと思えるのだから。


「とまあそんな感じである程度『管理者』の仕事はゆとりが出来ているので、少しくらいなら“お手伝い”をする時間もあるんですよ」

「お手伝い? バイトの事ですか?」

「いいえ、コレをご覧ください……」


 俺が首を傾げるとアイシア様は微笑を浮かべたまま首を振って否定、そして周囲で誰も見ていない事を確認すると手の平に3D映像みたいな球体を生みだした。

 それは久々に目にする光魔法による映像で、アマネと一緒になってよく『ホログラムだ! SFだ!』と騒いでいた事を思い出すね。

 そして生みだされた球体の映像、それは地球とは明らかに違うが似ている“海と大地が存在する惑星”だった。


「これってもしかして……さっきまで俺たちが行ってた世界の……」

「はい、彼女……女神イーリスの管理する異世界の姿です。私たちは今、外の世界である『地球』からこの星全土を確認する事で虱潰しに『異世界召喚者』を走査しているのです」

「そうなんっす……アイシア先輩には今現在も捜索に協力して貰ってるんす。先輩には西から、アタシは東から……」


 クルクルと地球儀と同じように光の『異世界の星』を回しながらそんな事を言う女神たち……その姿に率直に思ったのは……え~っと……。


「グー〇ルマップみたい……」

「そう、それだ!」


 神様のやっている事に対してこういう表現は失礼になるような気もしないでもないが、アマネの感想に俺も同調してしまう。

 しかし女神様二人は気を悪くした様子も無く、それどころか意識的に2本指を使って地上の様子を拡大して見せてくれる。


「おっしゃる通りです。この走査法はあなた方の世界で言う衛星カメラに酷似していますね。ただ見ている物には『魔力』という決定的な違いはありますけど……」

「地球の衛星と同様に世界から外れた場所からでないと使えない走査の仕方っすから、アタシらは今『被害者の確保』と『向こうの世界の記憶を改竄』をする為にここにいるってワケなんすよ……ご迷惑でしょうが……」

「何言ってんですか、迷惑何て事ありませんよ。今はカムちょんを探してくれているのだから、私たちの為にやってくれているワケですし……」


 アマネが申し訳なさそうに項垂れるイーリス様を慰めるが、俺もそれには同感。

 つまり召喚された被害者を一刻も早く見つけ出す目的で、二人は外の世界『地球』から衛星カメラをしているという事らしい。

 それは理解した……理解したのだが、どうしても腑に落ちない疑問が一つだけあった。


「二人が今も神威さんを捜索している事は分かりましたけど…………何でバイトを? 召喚現象が俺とアマネの周囲で起きやすい事は分かりましたけど、別に働かなくても……」


 俺達の周囲にいる為のカモフラージュなら別に温泉地に来た観光客としていても良かっただろうに……。

 そんな俺の素朴な疑問に二人の女神を顔を見合わせて苦笑した。


「や……何か働いていないと落ち着かないというか……。これでも神の端くれなんで、捜索と並行して作業するのは問題ないっすし……」

「それに……このような別の職業を体験する得難い機会は滅多にないのですよ。私たちのような立場では天から見ているだけですからね。こうして実地で体験しないと現場の苦労を知る事は出来ませんから……」


 まるっきり叩き上げの現場を大切にする社長のような言葉に人間である俺たちは揃って溜息を吐いた。


「ワーカーホリックにも程があるぜ……女神様」





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