第百十八話 偉大なる神々との邂逅
「なるほどな~、やっぱゲス系死霊使いの典型だったか……」
「予想通りだったけど、私たちの時に比べて今回はカグちゃんたちがいてくれてよかったよ……以前は発見までに一ヶ月以上は掛かったからね~」
「あの手合いは発見が一番難しいからな……まさか日本の都市伝説を『召喚』して味方につけての完全な呪い返しをしちまうんだからな」
俺たちはプールサイドにあるフードコーナーで軽く注文を済ませてからテーブルに付き、注文を待つ傍ら前回転移した時の顛末を情報交換していた。
元々アマネは犯人が何者なのか予想していたようで、解決には『夢の本』による『死期覚醒』が必須になる事も織り込み済みだったらしい。
「あの時の私たちの仲間にカグちゃんたちがいてくれたら……って、ちょっと考えちゃうね。王国、ギルド、裏の連中の情報網まで駆使しても中々犯人を割り出せなかったあの時の事を思うとさ」
「ああ……まあ……な」
あの手の自分の手を汚さずに悪事を成す輩は、とにかく自分自身が傷つかない為の労力を惜しまず、逃げる事にかけては天才的……発見する事が一番難しいのだ。
以前は世界的な情報網を持つ仲間たちが苦労に苦労を重ねて、ようやく発見した主犯が自分達の滞在する下町の露店にいた時は……何とも言えない気分になったものだ。
そう考えると、今回は神楽さんとコノハちゃんが最強の『追跡者』を召喚してくれたお陰で全ての仕事を一日で終わらせる事が出来たんだから、もしもあの時にこの力があれば……と思うのも分かる。
でも……しかし……。
「それでも俺はもうゴメンだぞ? 都市伝説のお歴々とお近づきになるのは……。俺が直接関わったのは『猿夢』だけだが、あんなの下手な邪神や魔神より凶悪に危険じゃね? 人の身でどうこう出来る存在じゃねーよ、ありゃ……」
実際に“アレ”と俺が関わったのは2度目だけど、初見じゃないからって慣れる事は全くない。
それは『夢葬の勇者』として記憶を取り戻している今の俺であっても変わらない認識。
存在自体が不吉で恐ろしく、会話が通じているようで通じていないような不思議でつかみどころがない……まさに受け取り手の見方によってその形を変じる『物語』である連中。
そんな輩とガチで交流を持つのは正直ゴメンこうむるからなぁ。
「大丈夫でしょ? 一応カグちゃんの記憶は例によって改竄されたみたいだし、これ以上あの連中を召喚する何て事態には到底……」
「……その予想がフラグじゃない事を願うけどな」
実際唯一接触した『猿夢』だってもう二度と会いたくないと思っていたのに主犯を連れて行ってもらって繋がりを作ってしまっている。
このまま何事も無く全部終わればいいのだけど……。
「お待たせしました。ご注文の海鮮焼きそばとたこ焼き、サンドウィッチにコーラとミルクティ。フライドポテトはサービスさせていただきます」
「お?」
「え? サービスだって!」
色々と考えていると注文を持って来てくれたウェイトレスから声が掛かった。
サービスと聞くと若干テンションが上がってしまう小市民な自分に苦笑してしまうが、アマネも似たような顔を浮かべているから……ま、いっか……。
「随分気前良いな~。やっぱり神威さんの御威光で…………」
「そんな、気を使って頂かなくても…………」
俺たちはそれを目にして言葉を失った。
注文した焼きそばが並よりも遥かに景気の良い盛り方をされている事……ではなく、持って来たウエイトレスを見て……。
南国をイメージしたらしいプールのフードコーナーらしく水着にエプロンといった、中々に煽情的な格好なのにスタイルはモデルの如く、水色の流れる髪は常に清らかな水のように煌めいていて、整い過ぎた美貌は最早神々しさすら感じられる。
周囲の男性は元より女性すらも、その圧倒的な美を前にして呆気に取られ魅了される神秘的な美女。
だがそんな万人が魅了される程の美女を前に、俺とアマネだけは違う意味で彼女を見つめる……平たく言うと“ジト目”で。
「……何してんの? 女神様」
「温泉地でバイトとか……ヒマなんですか? アイシア様……」
それは俺たちにとっては懐かしくも複雑な想いが募る人物。
俺たちを“世界を救う”という目的異世界へと召喚し、全てが終わった後に“最初の時”へと戻した張本人。
違う世界の『調整』を担う女神にしてあっちの世界の最高神、アイシアその人であった。
しかし彼女は俺たちの質問に答える事無く、注文した品をテーブルに置くとスッと一歩下がった。
「……お久しぶりですお二方……この度は……」
この動作に俺はハッとする。
油断していたつもりはないのに、やはり戦闘が常であった異世界に比べて緊張感が欠如していたようで、女神の行動に反応するのが一瞬遅れてしまった!
「マズイ! アマネ、前に!!」
「了解、ユメジは“頭”を!!」
しかしそれでも俺たちは魔王と渡り合った冒険者、咄嗟の事への対処は心得ていて瞬時に“あの頃”の感覚を思い出し動き出す。
掛け声一つで互いのやるべき事を理解し合える連携は5年の月日で培った経験……伊達に仲間として、恋人として、そして夫婦として共に過ごしていないからな。
女神アイシアが腰を落とす寸前にアマネは正面から肩を掴み、俺は背後から頭をガッシリと掴んだ。
間一髪……俺たちは世界の危機を防ぐ事に成功した。
神が人間に土下座をするという……前代未聞の事態を……。
「何をなさるのですお二人とも…………何故止めるのですか……」
「流れるように自然な動作で土下座しようとしないでくれます!? 万人の目の前で、しかも世界は違ってもアンタあっちでは最高神だろうが!!」
「前の時も言ったけど、神様として簡単に威厳を放り出さないでくれますか!? 何だかんだ神界でもメンツもあるでしょうに!!」
「放してください!! 神の威厳何てどうでも良いんです!! そのせいで謝罪が出来ないなんて耐えられません!! そもそも私が神を名乗るのがそもそもの間違いだったんです!!」
取り押さえられながらもジタバタと地べたに正座しようとする女神アイシア……以前俺達を召喚した時もそうだったが、相変わらず腰が低い。
あの時などは頭を地面に擦り付ける程の謝罪のほか、匕首を取り出して切腹も辞さない構えを見せたのだから今回はまだマシと言えるのかもしれないけど……。
「もう二度とお二人は巻き込まないハズだったのに、結局巻き込んでしまっているのです! 約束も守れない私のような不心得者など存在自体が罪なのです!!」
「今回はアンタの管轄世界じゃないんでしょうが! オマケに召喚されたのは俺たちってワケでも無いし!!」
「その通りっす!!」
その声は土下座を阻止しようとする俺たちの後方……いや、足元から突然聞こえた。
その瞬間俺たちはこの期に及んで、まだ油断があった事を思い知る。
知り合いの女神アイシアさえ押さえればそれで済むと思っていたのがそもそもの間違い……彼女に仲間がいないと誰が決めたと言うのか!
その仲間、女神アイシアとは対照的な燃えるような赤い髪でアイシアに比べて幼さの残る褐色の美少女が既にビシっと土下座をしていたのだ。
「「誰!?」」
あまりに唐突な見知らぬ少女の土下座に声をそろえてしまう俺たちに、彼女はハキハキとした口調で話し始める。
ただし、土下座したままで……。
「アタシの名はイーリス、己が未熟なせいで世界を救い一線を退かれた英雄であるお二人に多大な迷惑をお掛けしてしまった世界を現在管轄しているゴミカスでございます! 今回は私の取り返しのつかないミスの為に先輩にまでご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございませんでした!!」
気持ちが良いくらいの自分の非を認める圧倒的な謝罪姿勢……俺たちはそれを目にして一瞬で悟る。
……ああ、この人は間違いなく女神アイシアの後輩だと。
「ズルいですイーリス! 私をおとりにして先に謝罪するなんて!!」
「何言ってんすか先輩、あの世界の管轄はアタシ何ですから一番の罪人はアタシ以外いないんです!! 巻き込んじまった先輩には何の落ち度も責任も無いから謝罪するべきはアタシ一人なんす!!」
「何を言うの!? 召喚騒ぎを起こしたのはそうかもしれないけど、夢次さんと天音さんの周辺で多発したのは間違いなく前回彼らを召喚した私が原因です! 引いては全責任は私に帰結するのですから一番の罪人は私なのです!!」
「それはおかしいっす! そもそも先輩が召喚を使ったのだって元々は前任者に押し付けられた世界の修正にやむにやまれない苦中の決断だったはず……」
「それは貴女も同じでしょ!!」
徐々に何とも言い難い口論を始める二人……。
ハッキリ言って謝罪なんか求めていないし、そもそも『世界の管轄者』に怒りを持っていたワケでも無い俺たちにとっては不毛としか言いようがない。
今回の召喚騒ぎでどっちが悪いかなど……。
個人的には……てかアマネと俺としては良い所を邪魔したシャンガリア王国には怒り心頭だが、最初から謝罪モードの二人にたいして思う事はない。
俺は困り顔のアマネと顔を合わせて、正直段々とこの二人にどう対処したもんだかと頬を掻いていた。
「ありゃりゃ……やっぱりこうなったか。だ~から私も同席するって言っておいたのに」
そんな珍妙な攻防を繰り広げている中、呆れたように近づいて来たのは黒いビキニの健康的な美女……なのに俺には何故か色気を感じる事が出来ない、何となく妹に欲情しないのと同じような気分になる年上の女性……スズ姉であった。
「スズ姉……いや………………師匠」
「お?」
『天地夢次』としてはせいぜい朝食ぶりくらいだが、記憶を一時的に返還された『夢葬の勇者』としての再会は実に3年以上もある。
俺があえて言い直すと、彼女は手を腰に苦笑して見せた。
「私の事をそう呼べるって事は……今の貴方は女神様の言う通り、向こうの記憶がある『ユメジ』ってワケだ」
「そうなるな……久しぶりって言えば良いのか? 召喚前からの姉貴分が実は異世界で死んだ師匠でした……なんてな~」
「気にしない気にしない……今の私はあくまでも『剣岳美鈴』よ? 戦闘なんか縁のない、血風吹き荒れる戦場になんか立った事も無い一般人で、近所の年下の幼馴染がジレジレの恋愛劇を繰り広げるのを見つめる喫茶店の看板娘なんだから」
あっけらかんと言う彼女に、もしもあの時生きていたら言ってやろうと思っていた不平不満は色々あったはずなのに……そんな気は霧散してしまう。
俺は溜息を一つだけ吐き……姉貴分に、そして師匠に言ってやる。
「久しぶりだな師匠、アンタの言った通りアマネを守るついでに世界を救ったぜ?」
「あははは上等上等、さすがは私の自慢の弟子だったよ二人とも。いや……最早色々と超えらちゃった今師匠は名乗れないなぁ~」
「何言ってんだが……幾ら力で超えても師は師、それに今の俺は一般ピーポーの貧弱高校生だぞ? 普通にスズ姉とケンカしたら負けるぞ多分……」
「ふふ、それはお互い様よ。刃物は包丁しか扱わない今の私はか弱い女子だもの」
「……よく言う」
前の世界での最後の言葉への意趣返し……俺たちの間で未だに土下座を敢行しようと藻掻く女神がいるのだが、それはあえて無視して『師匠と弟子』として俺達は笑いあった。
・
・
・
それから俺たちはテーブルに着席して今後についての情報交換を事にした。
しかしここでも謝罪精神を発揮した二人の女神は地べたに正座しようとするので『勇者』『魔導士』『聖剣士』という向こうでは名の知れた英雄の共同作業で何とか同じ席に着席させる事が出来た。
過剰な申し訳なさを抱かれるのも、やり辛くて仕方が無い。
そして折角持って来てくれた昼食が冷めるのも勿体ないので、俺とアマネは食べながら話を聞く事にしたのだった。
「ん……このカツサンドイケる。これはユメジの好みよ、ほら……」
「お……本当だ、辛子の塩梅が絶妙……こっちのタコヤキも中々だぞ?」
「どれ……アツ!? あ、あ、ホフホフ……ンン……いいね、生地の味付けと焼き方も上手い。ね? やっぱりここのフードコーナーはイケるでしょ?」
「
「カムちょんという偉大な友人のお陰だけどね~。ちょっと恐縮するけど役得と言わざるを得ない…………」
「「「……………………」」」
「…………どうしたの3人とも?」
俺達が“普通に”食事をしているのを3人が若干顔を赤らめて黙ってみていて……同じように不思議に思った天音が聞くと、女神アイシア様が苦笑交じりに口を開く。
「いえ、何と言いますか……お二人とも相変わらずですね」
「……ん? 何が??」
俺としては今現在何か特別な事をしているつもりは無いし、それはアマネも同じようで若干キョトンとしている。
しかしその隣のスズ姉は顔を引きつらせていた。
「え……? アイシア様、こんなのが日常だったの? コイツ等……」
「そうですね……向こうでは貴女が退場してからはほぼこんな感じでしたね。あのような世界に送り込んだ私に責任はあるでしょうけど、こればっかりはお二人の事なので……」
「え?」
「何が言いたいの二人とも??」
二人の話の意図する内容が分からない俺達であったが、その答えを教えてくれたのは赤髪褐色の美少女、女神イーリス様だった。
「……普通出来上がったばかりの高校生カップルなら食べさせてあげるのも“あ~ん”とか躊躇い恥ずかしがるもんすよ? お二人ともそんなのが自然すぎるんっすよ……相手が欲しているのを察して食べさせてあげるとか…………」
「「あ……」」
「付き合いの長いカップルや夫婦ならまだしも、高校生カップルでそれをするのは……なんかエロいっすよ?」
そう言えば忘れていないようで忘れていた。
今の自分たちは高校生で、世間的には付き合っているのかも分からないくらいの幼馴染関係であった事を……。
精神年齢23歳の夫婦であった気分そのまま行う行動が、未成年にとってどれほど刺激的な事であるかを……。
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