第百十七話 二人が聖女に一番怒られた理由
とはいえ、どっちにしても起きてしまっては『無忘却の魔術師』と呼ばれていた頃程では無いだろうけど、その記憶を保持した彼女にこれ以上の悪戯は難しい。
俺はこの場での“おいた”は諦めて立ち上がり、釣られて彼女も立ち上がろうとしたので手を取る。
「……ありがと」
「いいえ奥様」
俺がニッと笑って見せればアマネも柔らかい笑顔を返してくれる。
それは余裕ぶったお姉さんを気取った物でもなければ、高校生の彼女の物でもない。
異世界何てとんでもない状況で共に修羅場を5年間も潜り抜け、一番長く傍で見ていて、そして一番大好きな女性の笑顔。
俺の最愛の人であり、背中を預ける最高の仲間であり、最高の嫁の笑顔で……。
「よし! それじゃあ早速部屋に……」
「戻らないからね?」
しかしニッコリと笑い口にした言葉はツレない一言……く、やはり乗ってこないか。
「唐突にガードが硬すぎないか? さっきまでならOKだったろうに……」
「さっきまでなら可愛い子猫として転がせたけど、今の貴方は迷いのない猛獣でしょうが……油断した途端食べる気満々でしょ! 記憶はさておき今の私たちはまだ未経験なんだからね」
「……む」
「折角の私たちの始まりをもう一回やれるんだから……今度はゆっくりと幼馴染からの学生恋愛をしたいじゃない」
アマネはそう言うと気まずそうに頬を掻いた……その仕草で言いたい事が何となく察せられてしまうのは伊達に夫婦だったワケじゃないと言うところか。
異世界で俺たちが初めて男女の仲になった時は……個人的には正直情けない状況だった。
アレは丁度師匠であり姉貴分だった『聖剣士リーンベル』を見殺しにしてしまった後の事……大切な仲間が、特別な人物が突然死に至る別れを目にして恐怖した俺は、そのまま恐怖を誤魔化すようにイタしてしまったのだ。
……まあ今更その始まり方が間違っていたなんて言うつもりも無いし、アマネだって思っていないはずだ。
日々命の危険が伴う異世界での事を考えれば、俺たちは生き残って結婚までしたのだ。
相当に運の良い方だっただろう。
ただ……それでも少し考えてしまう。
もしも俺たちがあのまま日本の高校生として、幼馴染として恋愛関係を育んで行けたのなら、どんな未来になっていたのか……と。
「……そのために帰還特典に『非常時のみ発現する記憶の保持』を選んだワケだ。ウチの嫁さんは」
「そう言う私の旦那こそ、少しでも進展を有利にする為に『夢の本』を望んだんでしょ? ワザワザ封印付きでさ」
「否定は出来ないなぁ……何しろ踏ん切りが付くまでは相当なヘタレだったからな~5年前の俺は……常にエロい目でアマネの事を見ていたクセに」
異世界転移前の自分を考えてみると、我ながら情けなくなる事が多い。
疎遠状態、ましてや嫌われていると思い込んでいたのだから仕方がないと言えば仕方が無いのだけれど。
俺たちに必要だったのはほんの一言、微かな切っ掛けだけで良かったと言うのに。
「まったくもう……結局君は勇者になる前からそんなだったって事なの? 私はさっきまで純情ボーイをからかっている気分だったのに」
呆れたように言うアマネであるが、それについては少々違うところがある。
「純情ボーイの時だって目の前に一番好きな愛おしい女がいてエロい気分にならない方がおかしいだろ? 小学生の時に疎遠になってからずっと、成長してドンドンイイ女になって行く幼馴染に俺がどんだけ欲情していたと思ってんだよ」
「う…………」
「白状するとさっきまでの俺は確かに緊張しっぱなしだったけど、最終的に考えていた事は今の俺と全く大差無いぞ? “幼馴染の女の子を自分だけのモノにしたい”そればっかりだから……」
「わ~わ~わ~~!!」
「ムゴ……」
俺がいつでも変わる事の無い心境を口にすると、アマネは堪らなくなったのか真っ赤になって口を塞いできた。
「なんでそんなストレートなのよ……駆け引きとか無いの貴方には……」
「そんな事しても駆け引きで『無忘却の魔導士』だったアマネに舌戦で敵うワケねーじゃん。だったら俺はストレートに『好きだ』『愛してる』って投げるしかないんだよ」
「も~~~~~バカ……」
冒険者の時の俺たちの役割は、俺が近接戦闘でアマネが後方支援……頭が良く全体を見通せるアマネが戦術指揮を取る場面が多かった。
それは交渉事にも言える事で、彼女がいたお陰で後ろ暗い組織や大国の陰謀などに巻き込まれずに済んだケースも多々ある。
相手との交渉で裏の裏まで見通そうとするエキスパートだったアマネを、そっちから篭絡しようとしても無理。
なので俺はハナから会話での駆け引きは“一線超えてから”は直球の本音のみ。
俺に対して“だけ”ガードが緩いアマネにはこの方法が唯一にして最高の方法なのだ。
……これって下手すると完全にストーカーだよな~とか思いつつ、そっぽを向くアマネは耳まで赤くなっていて、効果はあったよう。
「やめてよ今はそういうの……何か後先考えずに許しちゃいそうになるから」
「俺としてはこっちでもアマネと夫婦になれるなら、全く問題ないけど?」
「だ~か~ら~」
チュ……
そうするとアマネが振り向きざまに俺の顔に手を当てて、軽く、本当に意識的に軽くしたキスをして来た。
それでも俺にとっては5年前の日常……たった一週間だけの二人きりの時が戻って来たような感覚になる。
「今はそれで勘弁しといて……。それ以上進むのは高校生じゃまだマズイでしょ?」
「むう……」
照れ隠しに早口で言うアマネの顔は更に赤くなっていて……その様が余りに可愛すぎてそれ以上何も言う事は出来なかった。
「仕方ない……今のところは自重しましょうかね。勝負はまだ始まったばかりって事みたいだしな」
「お手柔らかにね……ほんと、自重しましょう……“お互い”に」
その顔は少し迷っているような自信無さげと言うか……平たく言えば付け入るスキがあるように思える……何ともゾクッとする表情だった。
今回のイレギュラーのせいで『夢葬の勇者』の記憶を一時的に返還されている俺と、封印した『無忘却の魔導士』の記憶を開放しているアマネだが、同時に二人とも記憶が戻った方法は違うけど、どっちにもタイムリミットがある事は俺も察している。
まず間違いなく最後の救出者『神威愛梨』を日本に帰還させる事が出来たら、俺たちは元の高校生同士の幼馴染に戻るのだろう。
何も知らない初々しい……ちょっと一歩踏み出しかけた男女の関係に。
それは良い……今現在の俺たちは既に疎遠状態を解消して、結構良いところまで進んでいるとは思うし。
実際、
おのれええ! シャンガリア王国めええ!! 奴らが余計な事さえしなければ今頃ラブコメ温泉回だったのに!
『温泉地に意中の幼馴染と来ていて家族、友人の全てが味方をしているフィーバータイム』を存分に堪能していたと言うのに!!
具体的には一睡もせずにナイトバトルを繰り広げた後、スウィートに備え付けの家族風呂に混浴で浸かり、そのままの流れで気だるい午前中は二人っきりでイチャイチャと……。
スパアアアン……
「あた!?」
「そこまで行っちゃったらラブコメですら無いでしょ!」
あり得たかもしれない並行世界に思いを馳せていると、天音が俺の後頭部をサンダルで叩いた。というか指摘された内容は完全に俺が考えていた事を理解できないと出てこない言葉で……。
「あれ? アマネって読心系の魔法も使えたっけ?」
レイスとかの精神体な魔物で使うヤツはいた魔法だったが、アマネは適性が無かったらしく習得は出来なかったハズなのに。
しかし驚く俺にアマネは呆れたように口を開く。
「何言ってんの、さっきから考えが駄々モレなのよ」
「……口に出てた?」
「今の私はスキがありそうとかって辺りからね」
迂闊、そんな初歩的なミスを……。
余り意識していたつもりは無いが、どうやら俺自身結構舞い上がっているみたいだな。
叶う事は無いと思っていた“俺たちが日本で再会出来た奇跡”に。
「……やめてよも~オールナイトでとか……初めてなんだから、せめてもうちょっと優しくしてよね」
「善処いたします。ただ始まると盛り上がっちゃう事が多くて……」
「よ~~~く知ってるから言ってるのよ。もう翌日に呆れながら回復魔法かけてくれる優しい聖女様はいないんだから……」
「あ~……はは……あったな~そんなの……」
一番バカバカしい支援魔法……そう言って、それを理由に朝一番に聖女ティアリスにかけて貰う回復魔法はパーティー内において唯一の有料だったな~。
最初は少し恥じらっていた彼女も最終的には『戦いの前日は3回で終わらせなさいって言ってるのに貴方たちは!!』と二人して説教されていた……懐かしい。
不意に昔の仲間を懐かしんでいると、アマネは自然に俺の腕を取り体を密着させて目配せして来た。
「今はそう言うのは置いといてさ……ご飯行こうよご飯。ここのプールのフードコーナー中々イケるのよ?」
「……そう、だな。もうすぐ昼か。向こうで経過した時間とズレがあるから変な時差ボケっぽくなるよな~」
*
全てが初めてのはずなのに、まるで長年連れ添った夫婦のような……おそらくこのホテル内で最もラブラブで奇妙なカップル……。
彼女側は『段階を踏んだ関係』を目指し、彼氏側は『関係から始める』事を目指すと言う……突き詰めるとどっちも結論は同じな、途轍もなくどうでも良い攻防が始まっていた。
ただ……この時点で二人は少しミスをしていた。
それは互いの目的のハードルが高い位置にあるから起こった見落としで、異世界で経験を積み二人でいる事が当たり前の『夫婦』には日常である事。
それが、昨日までジレジレの幼馴染同士と思っていた他人から見ればどう映るのか……。
「……先輩、先輩」
「…………なによ?」
「鼻血……出てます」
「…………貴女もよ」
オペラグラスを手に物陰から監視していた女子二人、夢香と神楽は耳まで真っ赤にして息遣いも荒く……鼻から一筋の血潮を滴らせていた。
ハッキリ言って物凄く怪しい……。
しかし本人たちはそんな自分たちの体たらくに構っている余裕も無く……息遣いも荒く興奮しっぱなし……。
「な、なにあれ……寝ているスキにイタズラするのは期待してた。アマッちが起きちゃったからもう終わりだと思ってたのに……何なのあの二人!?」
「まるで当たり前みたいに手を取ってあげるお兄ちゃんもそうだし、何か挨拶みたいに軽くチューしちゃうアマ姉も……昨日の今日であの日常感は何なんですか!?」
フンフンと鼻息も荒く興奮する女子二人……それは昨日までの二人を知っているからこその、それを日常としているとしたら……からの派生した予測という名の妄想から繰り出される圧倒的な興奮。
あんな風に一晩でなってしまうなら昨晩一体二人に何があったのか?
そして一体二人きりの時なら、どこまでの事をしてしまうのだろうか……。
「先輩!! 何で昨日の出来事を覚えてないんですか!? あんなの絶対に色々な段階打っ飛ばしてますよ!?」
「それを言われると…………しかし君だって妹なんだからある程度は把握してたんじゃないのか!? あそこまで出来上がるには普通相当な年月がいるぞ!?」
「私が気付いたのはつい最近だったから……」
ワーワーキャーキャーと盛り上がる十代女子は確実に悪目立ちしていて…………可愛い娘がいると声を掛けようとしていた男たちが「かかわらんどこ……」「んだんだ……」と立ち去っていた。
『平和……なのです……』
ナチュラルにナンパよけになっている事を、傍らで日向ぼっこしていた子狐形態のコノハが欠伸をしながら見ていた。
「相方の『ホテルマン』先輩は何も見てないんですか!? 二人も監視してたのに何も見てないって事は無いでしょ!?」
「それが……家の事情で夜まで出てるから後は宜しくってラインがあってね。今ホテルにいないらしいんだよ」
*
早朝に送られていたライン……それが送信削除された後送られたものである事に、神楽は『運よく』気が付く事が出来なかった。
気が付いていたら呑気にこんなデバガメ行為に及ぶ事も無かったから……。
神威
『え……ここってもしかして異世界? って!? あれってかの有名なドワー…………』
神威愛梨が送信削除しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます