第百十六話 勇者的能力の果てしない無駄遣い
「ふあ……あ?」
カグちゃんこと神楽百恵が目覚めた場所、そこは余り見慣れない豪華な部屋のベッドだった。
寝ぼけ眼で周囲を見渡して、徐々に思考がハッキリしてくると共に自分は今友人たちとお泊りに来ている事を思い出して来る。
彼女は同じベッドに愛しの子狐が丸くなってスヤスヤ眠っているのを優しく撫でる。
「あ~……そうか、私は今カムイ温泉ホテルにいるんだっけ? でも……この豪華な部屋とベッドは……」
まだ少しボヤっとする思考のままベッドを抜け出した彼女は、窓から見えるロケーション最高の景色に軽く感動しつつ“昨晩の出来事”を思い返していく。
「……私、何時の間に寝たのかな? しっかり寝間着には着替えているし……ここって最上階のスウィートの別室……よね?」
彼女の昨晩の記憶は昨晩親友『神崎天音』に仕掛けたイタズラの顛末を『神威愛梨』と共に覗き見ていた所まで……その辺で途切れているのだ。
言葉が少なくなり抱き合う二人、見つめ合う目と目……最早秒読み段階となった二人が只の幼馴染ではなくなる決定的瞬間を鼻息荒くスマホを構えていたと言うのに……。
よくよく部屋を見渡すと、自分が眠っていたベッドは覗き見に使っていた部屋の一つ。
スウィートには幾つかの寝室がある事に昨晩の神楽は驚いていたのだが…………肝心なシーンを全く覚えていない事に違和感を持っていた。
「??…………何だろう、何か妙な夢を見た気もするんだけど…………何だったっけ?」
一般的に人間は眠ると必ず夢を見るらしいが、ほとんどの場合が覚えていないという。
自分は夢を見ないと思っている人も記憶していないだけとか……。
その時の神楽もそんなよくある事と考えてそれ以上“妙な夢”については深く考えず、スマホを手に取って……驚愕する。
「じゅ、十一時過ぎ!? うっわ……大分寝坊したわね……」
別に本日は休日だし、そもそも最初からレジャーのつもりで来ているのだから早起きしなくてはいけない理由も無いのだが……休日を友人と過ごす事が大好きな神楽にとっては何となく朝から損をした気分になってしまう。
そしてスマホに結構な数のラインも入っている事に気が付き、タップしてみるとそのほとんどがもう一人の同志である『天地夢香』、コードネーム『シスター』からだった。
『先輩、どうかしました? 今大変な事が起こってます。私は先に追いかけますので!!』
『“ホテルマン”とも連絡付きませんけど、どうかしました? 今水着の二人が腕組んでますよ!? やばいです、お兄ちゃん緊張しながらデレッデレです!!』
『あ、二人して休憩コーナーに……ヤバイ、ヤバイです! あ、ああ! 人前でそんな……』
メチャクチャ気になる実況が延々と送られていて……神楽は思わず「不覚!!」と声を上げてから慌ててラインに返事を送る。
『すまない! 昨晩の監視がハードだったのか今起きた!! 現状はどうなっているシスター!?』
『も~遅いですよ! だから部屋の監視は自粛した方が良いって言っておいたのに……。今の二人はカレコレ二時間近くこんなです』
ほぼノンタイムで既読からの返信が来たと思えば、添付されてきた写真に神楽は釘付けになった。
カムイ温泉ホテルには専用の温水プール設備があるのだが、その中には休憩スペースも設けられている。
そこにはいわゆるビーチチェアーも常設されていて、温かいプールサイドで昼寝すらできるのだが……十分な数があると言うのに、ワザワザ一つのビーチチェアーに二人で寝ているバカップルの写真。
言わずと知れた天音と夢次である。
プールサイドなのだから当然水着、一応どっちも上にTシャツを羽織っているものの薄着である事に変わりはない。
なのに夢次の腕はしっかりと天音の枕にされていて、手はキッチリと彼女の腰を抱いている……それはもう、見事なまでなアツアツの恋人状態。
昨晩自分が何かを見落とした事が確定した気がして神楽は大いに悔しがった。
「なにがあったアマッち!? 昨日の今日でどこまで進んだというの!? こうしてはいられない!!」
慌てて同士に合流すべく着替え始めた神楽を物音で目を覚ましたコノハが少しホッとした様子で見ていた。
『良かったです。モモちゃん……覚えてないみたいです……あっちの事は』
あっちの事、異世界で自分と共に『人知を超えた力』の扱い方を知ってしまった事……そのすべてを“こっち”に戻って来てから神楽は何も記憶していなかった。
まるで元の『獣使い』や『召喚士』何て存在がおとぎ話だと認識していた只の女子高生に戻ったように……。
『一緒に冒険した数か月をモモちゃんが覚えてないのは少し寂しいですけど……過ぎた力は知るべきでは無いとお母様も言ってたのです……』
*
「…………ん?」
目が覚めてみるとそこはポカポカと温かいプールサイド。
スズ姉からの連絡で向こうの世界に意識を飛ばすために急遽『夢渡り』を使う事になり、早い話がどこかで昼寝する必要があって、プールサイドのビーチチェアーを選んだわけなのだが……。
夢操作の為に本を持っている左手の反対側で、完全に右腕を占領している天音の顔が調子近距離にある。
「クー……クー……」
それはそれは安らかな寝顔、その平和そのものな天音の顔に“帰って来た”という実感が湧いてくる。
何だかんだ向こうの世界では憑依体の『水人形』で危険が無いとはいえ、やっぱり落ち着かないのは事実だからな……。
こんな風に無防備な寝顔を俺に見せてくれるのは彼女が俺を頼りにしていて、尚且つ安心出来る男であると確信しているからなのは明白で“5年以上も”共に修羅場を生き残った俺達には共通の認識……その事に俺は誇りを持っていると言っても過言ではない。
…………まあ、それはそれとして。
眠りに入る前の俺は完全に“高校生”の状態だったが、今現在の俺は精神年齢23歳の向こうの世界では『夢葬の勇者』何てハズイ二つ名で呼ばれた当時の記憶を所持していた。
……別にだからと言っても『二重人格』とかの類かと言えばそんな事も無く、高校生の俺も間違いなく自分であって違和感なく状況を把握できるし、眠る前の自分の気分も共有できている。
眠る前まで、どうやら先に向こうの記憶を所持していた天音……いやアマネは高校生モードの俺が精神年齢23歳の自分の大胆なスキンシップに動揺している様を面白がっていたようだ。
実際眠る前までの俺はメチャクチャ動揺して、緊張していた。
だって嫌われては無いとは思ってもここまでのスキンシップを向こうからされて、最後には一緒のビーチチェアーに水着で添い寝だなんて……。
しかしアマネは2つミスを犯したと言わざるを得ない……。
からかって楽しんでいた高校生『夢次』が動揺と緊張をしつつも、最早理性が爆発寸前に追い込まれていたという事。
そして……『ユメジ』がこっちの世界にも覚醒するという事を……。
まあ色々と考えてみても結論は一つしかない。
「美味しそうなのが腕の中にいます。捕食しますか? 《YES/はい》
俺は腰の位置にある自分の右手を静かに、しかし眠る天音を起さないように確実に下へと動かして行く……。
そして態勢的にあまり無茶な挙動は出来ないが、それでも太ももの素晴らしいどこまでも好みな感触と温かさが手のひらから伝わってくる。
「……ん」
「…………」
艶めかしい吐息が漏れて、思わず撫でまわしたくなった手を止める。
起きたか!? と思ったが天音は再び規則正しい寝息を立て始めてホッとする。
そして同時に俺は今俺たちがいるのが公共の場である事を思い出した。
あまり無茶な事は出来ないな……。
手から伝わる感触、寄り添って俺の右半身全ての触覚を刺激する天音の体温……それらで飛びそうになっていた理性が辛うじてブレーキを踏ませた。
く……コレが今朝のスウィートであったなら7日間で終わった新婚生活の第8日目を、それこそ向こうの世界でのお仕置きも兼ねて、そりゃもうルール無用の格闘技大会を開催するところなのに……。
しかし寝たふりをしつつ周囲に気を配っていると気が付いた事もあった。
5年間の異世界での経験はこの世界に戻った時、女神アイシアによってはく奪され全て元に戻された。
それには肉体的な能力『筋力』何かも含まれていて、記憶だけを返されている今の状況だと当然ながら高校生としての身体能力しか使えない。
だけど気配を察知したり五感を研ぎ澄ます類の『感覚的能力』に関しては別で、5年のうちに培われたその力は視線や殺気など、自分達に対して注目している者を正確に把握出来るのだ。
……一撃でこちらの命すら奪う魔獣の忍び足すら聞き取れる俺の聴覚が、その声を確実に聞き分ける。
「何してんですか……こんな大事な時に寝坊何て」
「ゴメン! 今どんな状況なの? ヤツらはどこ?」
「あそこですあそこ! ほら双眼鏡を…………今自然を装ってお兄ちゃんの手が腰からお尻に動いた所です。あれ……絶対に寝たふりしてますよ!!」
「うお!? マジじゃん!! ヤダ~エロい……」
…………これは絶対に神楽さんと夢香だな。
既に目を覚まして寝たふりしている事まで気が付かれている。
男側がチャンスという状況で寝ている幼馴染に欲望に駆られてナニか不埒な事をしようとしている……それを完全に期待している会話だ。
……さっきまで、それこそ高校生モードの俺だったらこの会話を聞いた時点で慌てて飛び起きた事だろう。
友人と妹に見られていた事を理由に恥ずかしくなってこの状況を放棄していたハズだ。
しかし今の俺は違う……数々の修羅場を潜り抜けて来た『夢葬の勇者』の記憶と経験がしっかりとあるのだ。
勇者とは逆境に立ち向かう勇気ある者の称号……危機的状況を好転させる事こそが真骨頂。味方だけでは無く敵さえも利用してしまう不思議な力を備えた存在だ。
ましてや勘違いしてはいけないのは、この状況に自分の『敵』は一人もいない事だ。
友人、親、そして一番重要な神崎天音本人でさえも本質的には俺がコトを起す事を期待しているハズなのだ!
そう! みなの期待に応える絶対的な存在、それこそが勇者であり漢!!
俺が過去パーティーメンバーだった武闘家のオッサンに習い、死に物狂いで身に着けた相手に気が付かれない、動作を悟らせない繊細な体術は筋力を失った今でも使用可能。
眠ったターゲットを決して起こさないように重力を感じさせない動きで右腕を動かし、俺は天音を更に抱き寄せて、数センチでキスすら出来る至近距離へと顔を寄せる。
当然外野からは「「おお!!」」という期待に満ちた黄色い声が聞えてくる。
「いいぞお兄ちゃん! ヤツはまだ寝ている、そのままそのまま……」
「行くか!? 行っちゃうか!? シスターカメラの準備は!?」
「ぬかりねえっすフォックスさん!! 動画配信の用意もバッチリ」
「おバカ、それはやり過ぎ! ラインくらいで我慢なさい。しっかしあの夢次が公共の場でどこまで調子こけるのかは見物ね……」
何かコードネームで呼び合っているし、妹が不穏な事口走っているけど、それは置いといて……確かに公共の場ではいくら大衆が求めていたとしても制限は必要だ。
状況が許す限界の見極め、このくらいならまあ良いかと見逃してもらえるボーダーライン……それが問題だ。
何気に年配者や家族連れの多い温泉地のプールサイドでは行き過ぎた行為は高確率でストップがかかってしまう。
事実監視員的な男がチラチラとこっちに視線を寄越しているし……多分今の『プールサイドで一緒にお昼寝』はボーダーラインスレスレな状況なのだろう。
あからさまなお触りはダメ、となると当然『夢の本』を持ったままの左手を多用するワケに行かない。
く……もどかしい。
今の状況で許されるのは、不可抗力という得体のしれない不思議な力によって全てが許される、世の思春期男子の憧れである“ラッキースケベ”を演出するしか逃げ道が無いのだから……。
そう演出……あくまでも故意ではない事を免罪符にしなくてはならないのが酷く難しい。
転んだ拍子に胸を触ったり、スカートに突っ込んだり、ピタゴラス的にキスしちゃったりと……あの究極奥義はあくまでも相手を特定していない『主人公キャラ』ではないと不可能とすらされている。
『く……やはり俺には不可能なのか』
しかしこれ以上の行動を諦めかけたその時、不意に周囲から俺たちに向いてた視線が全て外れた事に気が付いた。
それは刹那の時、女神でさえも見落とす時の悪戯だったのかもしれないが、俺の行動を期待している
数々の命がけの修羅場で鍛えられた俺の感覚が確信しているのだから間違いない! 今しか無い!!
俺はその一瞬を見逃さず本を持った左手を解放、まずは抱きしめてからの“いつもの流れ”に持ち込もうと動き出し……。
次の瞬間には、抱き寄せるつもりの左腕が……掴まれてしまった。
遠くから二人分の「「ああ~」」という残念そうな声が聞え、俺は最初のミッションの失敗を悟る。
諦めて寝たふりを止め瞳を開くと……そこには超近距離ながらもしっかりと目を開いた天音……いや『アマネ』が俺の事を見据えていた。
アマネが起きてしまったのだ。
「く……もう少しだったのに……あと数秒くらい眠っていても良かったのに……」
「あ、危なかった……貴方間違いなく『夢葬』のユメジよね? 高校生の貴方だったらここまで思い切った行動は出来ないもの」
「いや? 下心ならその頃から常にあったからそうでもないよ? 実際朝もやらかそうとしてたじゃん。早朝は俺が高校生モードだったせいか、むしろアマネにしてやられた感じだったけど」
寝起きの時とは違って既に俺に『夢葬の勇者』としての記憶がある事を確信している彼女は顔が若干紅潮している事から俺が現在どういう状態で、そして今からナニをしようとしていたのかを分かっているようだった。
「同じワケないでしょ……あの時と同じだったら、そこからが……その……強引じゃない? キスからの流れで……」
「だってアマネ、結構好きだったじゃん強引なヤツ……」
「……う、そ、そんな事ないもん!」
俺の言葉に口元を押さえて言いよどむアマネは“あの世界”に召喚されていた時と変わらない。
やっぱり俺の嫁は最高にカワイイ……。
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