閑話 遅刻の理由は『届け物をしてたから……』

 スコルポノックの3つの奇跡、突然起こった出来事を人々は後にそう呼んだ。


 一つ目は『アンデッドを眠らせた勇者』。

 スコルポノックは元々ミューストス王国の温情と思惑でアンデッドがひしめく『不死病の森』の近くにあったアスラル王国亡命者の町であったが、森を支配する『呪術王エルダーリッチ』の策略により、ある日数千を超えるアンデッドの大群が町へと押し寄せて来たのだ。

 そしてあろう事か、そのアンデッドたちは自分たちを戦渦から逃がすために殿として散って行った恩人にして英雄、国王率いる近衛騎士団が含まれていた。

 誰もが大恩ある英雄たちに刃を向ける苦渋の決断を強いられる中、その男は何事も無いように……ただ戦場に現れた。

 たった一人、攻め入るアンデッドの大群の前に立ち……それだけで荒ぶる全てのアンデッドたちを元の遺体に、恩人へと戻してしまったのだ


 二つ目は『大森林を復活させた双炎の魔女』。

 失地回復を願う獣人族たちの悲願、大森林を『不死病の森』へと至らしめた『呪術王』の討伐……これまで多大な犠牲を払ってきたと言うのに美しき二人の冒険者『金色の獣使い』と『獄炎の魔術師』は聖なる浄火と地獄の業火を操り、何十年も穢れた瘴気で支配していた『呪術王』を滅ぼし、新緑芽吹く美しい大森林へと戻したのだった。


 その圧倒的な奇跡の前にスコルポノックの住民たちは感謝した。

 アスラル王国の亡命者たちは恩人たちとの殺し合いをせずにすんだ事、そして二度と叶う事の無いと思っていた肉親、友人、恋人、あの日自分たちを逃がす為に戦場に残り、涙ながらにその雄々しい後ろ姿を見送るしか出来なかった人との再会、そして看取る事が出来た事に深く感謝した。

 数十年前に故郷を追われた獣人たちは悲願であった故郷へと帰れる事に歓喜を持って三人の冒険者に感謝の念を唱えた。


 しかし人々が「あの三人は神の遣いではないか!?」など少々ニアミスな噂をする中、当の本人である三人は既にこの街にはいなかった。


 そんな街中で三人に惜しみない感謝の言葉が聞かれる中、スコルポノック冒険者ギルドの長であり亡国アスラルの王太子でもあったエルフのブロッケン氏はギルド長室で渋い顔になっていた。

 無論彼もあの三人の冒険者には言葉では言い表せない程感謝している。

 元々は自分が依頼した事であったのだから有言実行仕事を完遂し、その上で街まで無傷で守ってくれたのだからギルド長として仕事では彼らに文句は無いのだが……。

 あの件……突如として森から禍々しい瘴気が消え去ってから数時間後に届けられた一通の手紙には大いに不満があった。



“ご要望通りに森のゴミ掃除は滞りなく終わりました。

 呪法結界も消去しましたので今後無条件に森でアンデッドが発生する事も無くなると思います。

 あと、私たち英雄扱いで目立つのは苦手なのでこのまま失礼させていただきます。

 色々とお世話になりました。


 PS、我々の依頼料は面倒なのでみんなで酒代にでもして下さい♪

                            金色の獣使い カグラ”



 連日冒険者ギルドには“彼らはどこに行ってしまったのか?”という質問が冒険者、町民問わずに押しかけてきて対応に困っているギルド長としては思わずため息が漏れる。

 ギルド内でも特に『金色の獣使い』は女性を中心に人気が高かっただけに彼らが突然いなくなった事には騒然となったが、受付嬢のニーナの号泣ぶりは特にひどかった。


「おね~~~~さま~~~~~~カムバックにゃ~~~~~~~!!」


 この状況を見ていれば権力や名声などに付きまとう面倒事を嫌い自由に生きる、実に冒険者らしい見事な振舞と思わなくもないのだが……それでも納得が行かないものは行かない。

 そもそもあの者たちの素性を朧気ながら分かっている立場としては、もう二度とあの3人に相まみえる事が無い事も予想出来、殊更腹立たしい想いもある。


「……これ程の奇跡、返す事の出来ない程の恩を売っておきながら、返す余地も無く一言の礼すらも言わせずに行ってしまうとは……せめて一言くらい礼を言わせてくれても良かろうに……」


 そう本音を呟いたブロッケンだったが、次の瞬間には顔を引き締めギルド長として、そしてアスラルの王太子として先を見据えた思考を巡らせ始める。

 本当なら実現可能とは思えなかった可能性、それが現実のものとなって目の前にあるのだから、利用しないという考えはあり得ない。


「コレで不可能と思われていた南からの道筋が出来た。しかも獣人族の失地回復……大森林を前線基地として利用できるオマケまで付いて……だ」


 アスラル王国からの亡命者は決して忘れてはいない。

 国を滅ぼされた屈辱を、肉親や友人、親しい者を殺された絶望を、今もって自分たちを迫害し続ける者たちへの圧倒的な憎悪と怒りを……。

 南からの進行を妨げるアンデッドの巣窟が無くなった今、怨敵の国への道筋がガラ空きになったのだ。

 そして……その事はまだ怨敵は知らない。

 『不死病の森』があるからと、南から敵が攻めて来るなんて想像もしていない。

 国を滅ぼされ、親兄弟を殺され、妹を捕らえられ……誰よりも憎しみを募らせていたブロッケンは怨敵の国が存在する北の空に向けて恨みの念を吐き出した。


「首を洗って待っていろ……シャンガリア国王カルロス!!」


                ・

                ・

                ・


 そしてそれから数日後、すっかり死の瘴気が消え失せた大森林に獣人族を始めとした亜人達が分け入り、何十年ぶりかの帰郷に喜ぶ者たちもいれば話だけを聞いていた若い世代は『不死病の森』ではなくなっただけで美しい姿を取り戻した大森林に感動する。

 無論何十年も前に追われた森の中の住居は荒れ果てていたが、それでも誰もが帰って来た喜びを実感する。

 所々、大森林には倒れ伏す腐乱死体や白骨死体は残されていたが、最早アンデッドではなくなっている彼らは発見次第粛々と埋葬され行った。


 そして徐々に森の探索、住居の確保などが済んで大森林を南から北に抜けるルートが確保されつつあった時の事だった。

 ブロッケンの元に一つの情報が舞い込んだ。

 それは森を抜けた場所、シャンガリア王国の南部に位置する街『レガルア』からの情報だった。


「ブロッケン殿下! たった今大変な報告が!! レガルアに潜入した者から……」


 三つめの奇跡……それは他の二つからは比べれば華々しくはないのだが、ブロッケンにとても大きく、そして希望にもなった出来事で……。


                 *


 シャンガリア王国南部に位置する街『レガルア』。

 そこは『不死病の森』に隣接する位置にあり、奇しくも『スコルポノック』と似たような理由で建設された街であった。

 要するに“アンデッドが氾濫した時の為の防波堤役”である。

 ただスコルポノックが半分温情で、そして住民たちも覚悟の上で居を構えているのとは違い『レガルア』はシャンガリアから強制的に住まわされた街……“現”シャンガリア王国にとって都合の悪い人々を使い潰す為に作られた街だった。


 ただ皮肉なモノで、そんな王国にとって厄介者が飛ばされてきた街だからこそ善悪問わずに優秀な人材が集まってくるという妙な循環が生じていて……王国随一の治療魔法の使い手がどんな訳アリの者だろうと金次第で治療を請け負ってくれたりする、なんて場所もあったりする。

 そう、訳アリの…………王国の牢獄から逃げ出した『ハズレ召喚勇者』と『足の無いエルフ』だとしても。



 数か月前、シャンガリアの王城で突如起こった『高熱溶解事件』のどさくさに脱出した『ハズレ召喚勇者』と『足の無い少女エルフ』の二人だったが、しばらくは追っ手を警戒して一つの場所に留まる事はせず、町や村を転々と放浪していた。

 もっとも溶岩に埋め尽くされた城の地下牢を前に中の囚人たちは死亡したと認識されていたので二人に追っ手が掛かる事は無かったのだが……。

 オマケに国政の危ういシャンガリア王国内では彼ら以上の訳アリな不審者で溢れていて……彼らが目立つ事もそう無かったのである。


 そして二人は元手ゼロの状態で路銀を稼ぐ必要に迫られ……魔物討伐を主にした冒険者稼業を細々とこなすようになっていた。

 特に戦闘力のない男と魔法は使えるけど足が無く移動できない少女……しかし男が少女を背負い、少女が魔物に攻撃する、そんな役割分担で少しずつ二人が命を繋ぐ為の路銀を稼ぐ事は出来ていたのだった。


 そんな決して楽ではないものの逞しく生き抜く二人はある日耳にした噂を元に、この『レガルア』の町に訪れたのだった。

 過去上層部の不正を糾弾した事でこの町に左遷された『欠損した人体を復活させる元聖職者』がいるのだと……。


 しかし強面のガラの悪そうな、元聖職者のオッサンは診察台に乗ったエルフの切断された箇所を見て、難しい顔になっていた。


「こりゃあ……俺じゃあ無理だな……」

「な、何でだよ!? 何で出来ねぇんだよ!? アンタは金さえ積めば無くした手足だって再生させてくれるんじゃねーのか!? 金なら出せるだけ出すってばよぉ!!」


 診断に本人よりも必死な顔で詰め寄る男にオッサンは頭をガリガリと掻いて苦々しく答える。


「……金の問題じゃねー。アンちゃん、この娘の足はただ切断されたんじゃねぇ……ここを見てみな」

「何だこの趣味の悪いタトゥーは?」


 示された場所、少女エルフの無くした足の付け根……両足の大腿には、まるで切断面から腐食させているような細かく気色の悪いデザインの模様があった。


「趣味悪いか……その通りだな。アンちゃんコイツは呪術、呪いの類だ。他には異常が出ないのに足に関してだけは回復魔法を受け付けねぇように細工してやがる」

「はあ!? なんだ……それ……」


 そんな診断結果に声を上げる男にオッサンは淡々と、しかし怒りを堪えながら説明する。

 本来呪術でそんな事をするのは非効率、非情な事を言えばワザワザこんな面倒な事をしなくても足を切断する事が出来る状況なら殺害だって容易だったはずなのに、こんな事をした理由を。


「意図的に回復魔法を受け付けねぇ……どころか回復の活性化を“傷口の悪化、腐食”に転化しちまう物凄く底意地の悪い術さ。この呪いは人の身じゃありえねえだけの数の恨みの念からなってやがるから、呪い破りの定石『呪い返し』をするには俺じゃあ力が足りねえ……代わりの方法もあんまりお勧めは出来ねえ邪法しか思いつかねぇな……」

「回復魔法で悪化……」

「まさに今みたいな状況、アンちゃんが必死でこの娘を連れてきて、頑張って路銀を稼いでやっと治してやれる…………そんな時に回復魔法で悪化しちまう状況を見て笑い物にしたいようなヤツの仕業さ……」

「…………」


 その悪趣味という言葉が生ぬるいほどの圧倒的な悪意に、召喚前に決して素行の良かった方ではない男も言葉を失ってしまった。

 頑張った人の苦労を台無しにしてあざ笑う……その所業の何と醜く腹立たしい事か。

 しかしそんな呪いをかけられた本人であるエルフの少女は、自分の為に怒り心頭な男二人を他所に……何処か人ごとのように冷静に考えていた。


『呪術……そう言えばあの国にはお抱えの“呪術王”とか名乗っている魔導士がいたと聞いていたけど……だとすると私の足は……』


 数か月前の事件で自分にかけられていた魔力封印の類は全て破壊され、得意な魔法に関しては使用可能になってもどうにもならなかった“両足の呪い”……少女にとってその診断は半分予想通りで諦念のため息が自然と漏れた。


                 ・

                 ・

                 ・


 その晩この町で宿を取った二人だったが、翌日の朝、男は夕刻に一人エルフの少女を宿に待機させたまま再び診療所に訪れていた。

 少女には“必需品の買い物”とウソをついて……。


「オッサン、アイツの足を治せる普通じゃない邪法って……何なんだ? 知ってんなら教えてくれよ! 金なら何とかするからよう……」

「アンちゃん……」


 昨日口を滑らせそうになった他の治療法、聞かれても自分が言わなければその方法には至らないだろうとタカを括っていた元聖職者のオッサンだったが、少女を連れずに一人で来た男にため息交じりに説明する。


「呪いの移乗、つまりはあの嬢ちゃんの呪いを誰かが肩代わりするってやり方さ……」

「……は?」

「これは呪いを受け取る側が心から受諾する事で成立する邪法だ。自分勝手に呪いを移す事は出来ねえ、相手の為に自分が犠牲になる気概がなきゃ成立しねぇ」

「誰かが代わりに……」


 その言葉を聞いた途端男は力なくその場に座り込んだ。

 犠牲なしに、覚悟も無しに目的は果たせないという現実に……。

 しかし数分間座り込んで黙っていた男だったが、顔を伏せたままポツリと呟いた。


「…………たのむ」

「……………………あん?」

「それしかアイツの足を治す方法が無いなら頼む。俺の足にアイツの呪いを……ガ!?」


 そう言った瞬間、男は突然横から殴られて吹っ飛ばされた。


「教えればそう言うと思ったけどよアンちゃん! 分かってねーんだよテメエの漢気は買うけどなぁ、今度は自分が歩けなくなるんだぞ一生、一生だ!! 失った事もねえ奴が軽々しく覚悟何て持てるワケねぇし、身代わりにしちまった嬢ちゃんがどう思うか考えもしねえのかよ!!」


 驚いて顔を上げると怒っているのか悲しんでいるのか、止めようとしているのか複雑な心境で見下ろすオッサンの姿があった。

 それはオッサン自身が今まで経験してきた聖職者としての葛藤を彷彿させ、激高せざるを得なかった。

 だが本気で怒鳴るオッサンを前に、ハズレ召喚勇者の男は自嘲気味に笑う。


「はは……オッサン、俺は何もアイツの為ってだけでそんな事言わねーよ。大半……9割方は自分の為なんだ……」

「…………あん?」

「オッサン言ったよな? アイツの足に呪いをかけたヤツは“頑張ったヤツの努力”を台無しにして喜べる最低なヤツだってさ……」

「あ、ああ……それがどうかしたのか?」

「俺よ……そいつの気持ちが分かるんだ。ムカつく事に……」

「…………あ?」


 顔を伏せ男はポツポツと語り始める。

 自分の所業を懺悔するかのように…………。


「文化祭っつっても分かんねーか。祭りの時さ、クラスで何カ月もかかって作ったでかいオブジェがあって……俺は一度も手伝わなかったのに、その場のノリで面白がって蹴り壊したんだよ……」

「……………………」

「元カノが作って来た弁当を食いもしないで踏みつけた時もあったな……早起きして作ってくれたはずなのに、そんなのがカッコイイとか勘違いしてよ……」


 思い出すだけで腹立たしく恥ずかしい自分の過去の所業……数か月間自由の利かない生きるだけで精一杯の毎日は彼に確実な変化をもたらしていた。


「一度足が不自由な人を粋がって蹴った事もあるんだよ……。アイツの足に呪いが掛かっていたのを知った時、俺はやったヤツを殺したい程ムカついたってのに……俺は前にそいつと同じ事を平気でやってたんだよ……面白がって……何にも面白くないのにその場のノリで……身内だったらブチ殺されるくらいの事をよ」

「………………そうか」


 吐き出すよう出て来る自分の恥辱の過去に男は何時しか涙を流していた。

 集団の中心にいたつもりだったのに、それが無くなった時、一人になった瞬間に残ったものは何もない……精々身から出た錆の黒歴史のみ。

 異世界召喚で苦労の連続でも、足の無いエルフ少女を見捨てられないのは男が自ら“何かをやり直そう”としている気持ちの現れでもあった。

 

「人の努力を踏みにじる事しかして無かった俺の足が、アイツの為になるなら……」

「理由は同情や慈善じゃなく、贖罪と自己満足……か」


 オッサンは男の懺悔を聞いて決まり悪そうに頭をガリガリ掻いた。

 元聖職者として、腐敗した国に良いように扱われ数々の命を救えずに野に下ったオッサンとしては目の前の男は他人とは思えなかったのだ。


「クソ……気持ちは分かんねぇでもない……俺もこんな裏で回復術師してるくらいだ……人様に威張れる生き方はしちゃいねえ……だがよう……」

「そこを何とか……オッサン……」

「そうは言うがな……それこそお前さんが代わりになっても……………………」


 しかし了承の言葉に男が喜びかけた瞬間、オッサンの言葉が止まり……今まで複雑な表情を浮かべていたのに唐突に目が虚ろになり……口元が裂けたのように、吊り上がる。

 まるで“人が変わった”かのように……。


「オッサン、どうした?」


 心配気に男が話しかけるが、オッサンはこっちを見たまま不気味な表情を崩さず……口を開いていると言うのに“どこから話しているのか分からない”様子で話し始める。


 …………足要らないの? あの娘の為に足あげるの?


「……は? 何言ってんだよ。さっきから言ってんだろ? 俺の足にアイツの呪いを」


 そう…………ケケケ…………ケケケケケケケケ!!


 その瞬間気色の悪い笑い声を上げ始めるオッサンに、未だ床に座り込んだままの男はゾッとする。

 何か得体のしれないモノが目の前のオッサンに乗り移った……そうとしか思えずに。


 ケケケケケケケケ! じゃあ貰っていってやるよ……あの娘の『呪われた足』を二本とも……ケケケケケケケケケケケ!!


「は……はあ!? 一体何を言って……」

 左は術者に~、右は依頼主に返してあげよう……コレは逃走劇が楽しみになってきたね~ケケケケ…………。


 全く意味の分からない言葉……しかし“不吉である”という事だけは確実に分かるおぞましい気配だけは確実にある。

 男はそんなオッサンを震えながら見ているしか出来なかったが……不吉な気配が唐突に消えたと思った瞬間、不気味な嗤いをしていたオッサンは人形のように力なく椅子にドカリと座り込んだ。

 思わず息しているか確認してしまうが、ただ気を失っているだけのようで……男は状況について行けずにただただ呟いていた。


「な……何だったんだよ今の……怖いの……」


 その時何が起こったのか……男には最後まで分かる事は無かった。


『理不尽な追跡者』に呼ばれた『地を這う最速』が森から北に向かう途中で寄り道をしてた事なんて……。


 しかし結果だけはこの後知る事になる。

 宿屋に戻り呪いの印が消えた相棒の足、大腿の部分を目の当たりにして……。


                 *


「ほ、本当か!? 本当に森を抜けた街にいたと言うのか!? 少女のエルフが、王族の証である緑眼のエルフがいたと言うのか!?」


 あらゆる難事であっても感情を押し殺して冷静に判断して来たギルド長にして亡国の王太子ブロッケンは珍しく取り乱して報告して来た部下の胸倉をつかんで問い質す。


「ほ、ほほ、本当です! 中々口の堅い回復術師でしたが、我々の身分と計画を明かす事で情報を開示してくれたのです。同じ目的の協力者として……」


 元シャンガリア王国の聖職者が協力者として名乗りを上げる……それがどういう事なのかブロッケンも理解はしているものの、今はそれよりも降って湧いた3番目の奇跡に釘付けであった。


「数日前、負傷していた緑眼のエルフを人間の青年が連れ込んで治療を施したそうなのです。確認した容姿を考えても妹君である可能性は……高いかと」

「妹が……アンジェリナが……生きて…………」


 誰に対してでも威厳を保たねばいけない立場であるブロッケンだったが、この時ばかりは腰を抜かしてしまい……しかし周囲でその光景を咎める者はおらず、同室にいた数名の者は全員が見ない振りをした。

 王族でなく妹の生存を喜ぶただの兄の姿を……。


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