第百八話 逝く魂、残る悪夢
俺はとある駅のホームで、さっき知り合ったばかりの赤い髪が特徴の少女と一緒ベンチに座って電車が到着するのを待っていた。
最初は警戒していた少女だったけど、しばらく話すと元々活発で話したがりのようで、特に家族についての自慢話は留まる事が無かった。
優しい両親、カッコイイ兄、そして何よりも可愛い妹……俺がその話に乗ってやると子供らしい笑顔を浮かべる。
どことなく高貴なドレスを来た少女の名はフィジーちゃんと言った。
そして遠くの方から警笛が聞こえ、徐々に電車が駅に近寄って来るのを見つけたフィジーちゃんは慌てて立ち上がった。
「あ、あれ? お兄ちゃんあれなの?」
「そうだな……あの電車が君のお迎えみたいだな……」
不安そうに近づく電車を見つめるフィジーちゃんだったが、電車がホームに入ってきて停車した車両にいた人たちを目にして……一気に喜びを爆発させる。
車窓からこちらを見ているのは見るからに高貴な家柄っぽい壮年の夫婦と少女よりも少し年上の男の子、そして身長が足りずに顔の半分だけ見える可愛らしい女の子。
全員が少女の姿を目にしてハッとした顔になる。
そしてゆっくりと扉が開いた時、少女はその小さな体でよくも、と思うくらいのジャンプで飛びついて何十年ぶりかの再会に声を上げて泣き出した。
「お父様~~お母様~~~!!」
・
・
・
俺は感動の再会を果たした家族を乗せた電車が遠ざかって行くのを、手を振って見送った。今度こそ迷う事は無いように願って。
彼女にも、彼女を迎えに来た家族たちにも涙を流しながら何度も何度もお礼を言われ、いつもの事だけど、こういう時はこそばゆい想いをしてしまう。
コレはあくまで過程であって、感謝されるべき事では無いのだから。
こんな事をさせる外道に対して、礼なんか言う必要は無いのに……。
俺はため息交じりに再びホームのベンチに腰を降ろして、隣にいる少女へと語り掛ける。
「さて……それじゃあ君のご要望を聞こうか……“フィジー”?」
『…………』
迎えの電車が来たにも拘らず、ベンチから立とうとしなかった“方の”フィジーは見た目にも黒い黒い塊のように見え、赤い髪はおどろおどろしく振り乱され、瞳は空洞のように真っ暗、しかしその双眸からは溢れ出る感情を表すように流れ続ける血涙。
姿かたちはさっき見送ったフィジーちゃんと一緒なのに、全くの別者……直視したらチビりそうなくらいにおっかない存在がそこに無表情で座っていた。
「見ての通り“君は”愛する家族に連れて行ってもらった。ハッキリ言えば『
『……………………』
「君は本来時と共に消えるはずの悪夢でしかない、どっちにしろいつか消える運命なんだから、一緒に逝けば穏やかに消える事が出来たはずだ」
『………………』
「それでも……君は俺の悪だくみに利用される道を選ぶのか?」
この質問は非常にズルい質問である事は分かっている。
要約すれば『利害が一致するからお前の復讐心を利用させろ』と言っているのだから。
俺はアンデッドが苦手だ……夢葬の勇者なんて言われてからもずっと。
何故なら俺には聖女ティアリスが得意とした未練や憎悪ごと癒し浄化して向こうへと送る聖魔法のような優しく美しい力は無い。
魂をこの世に縛る悪夢を目覚めさせて分離、そして解放された魂を『夢枕』で迎えに来た人に託すという基本的に他人任せな事しか出来ない。
そして残された『
だよな……じゃなきゃここに残るワケねーものな……。
「俺は神でも仏でもない、ただ夢を扱えるだけの一般人でしかない。だからこそこれから君がやろうとする事を止められないし、止めるつもりも無い」
『………………』
「そして……因果応報っていい言葉だな~とも思ったりする」
その瞬間、無表情だったフィジーの顔がニタリと……何処までも不気味に吊り上がる。
怨敵へ恨みを晴らせる暗い喜びに打ち震えながら。
「お前らは忘れた方が良いはずの悪夢。しかしだ……そんなお前らを忘れさせてはいけないヤツが一人だけいるんだものな」
『その……とおり……よ……』
その瞬間全身が逆立つほどの凄まじい冷気が彼女から発せられたかと思うと、ホームの反対側の二番線に音も無くスーーーっと一台の列車が止まり、開いた扉からフィジーの言葉に呼応する如く、今まで無人だったはずのホームに数多くの黒い塊が姿を現れだした。
それは獣人であったり、兵士であったり、子供であったり統一性の無い者たちであるのだが、その全員が激しい憎悪を抱いている事だけは見なくても分かる。
そして、その中にはフィジーの周囲には先ほど迎えに来てくれた家族たちと同じ姿の黒い塊たちもいて……こっちでも再会を果たした親子はさっき光と共に逝った側とは違う、どこまでも暗く、黒く……しかし負けないくらい“素敵な笑顔”でニタリと笑う。
どうやら彼らもこっちにしっかりと残っていたようだ。
そりゃ、簡単に消えるワケが無いだろうさ、実の家族が外道に何十年もの間利用され続けていた悪夢が……。
その笑顔は震えるほど……恐ろしく、そして頼もしい。
「おーけー、では少しの間ここで待っていてくれ……出発時間は追って伝える」
パタン…………。
俺が夢の本を閉じた瞬間、俺の周囲は“さっきと同じように”スコルポノックの広場に戻っていた。
今の俺は『夢渡り』で眠った上に『夢枕』を使うという夢の中で夢を見るという何とも奇怪な事をしていたのだが……問題なく実行出来た。
しかし元の場所に戻ったと認識した瞬間、一気に腰が砕けて全身から冷汗がドッと溢れて来る。
この体は水人形の憑依体のはずなのに、この感覚は本体の時と全く変わらないな。
「……ああ~~~、まったく悪夢との対面はキツイな毎度毎度……。何であんな恐ろしい奴らを利用しよう何て思えるのかね」
本当にこの辺は俺には理解不能な感覚で、俺はあの集団の一人にでも恨みを持たれたらと思うと恐ろしくて仕方が無い。
「知らないって……幸せな事なんだろうなぁ」
ホラー映画とかの冒頭、興味本位で化け物の封印を解いてしまう若者とかこんなかんじなんだろうか?
そう言うヤツらの末路は決まっているけど……。
そして俺がそんな事を考え冷や汗を拭っていると、不意に街全体いたるところからカンカンカンと明らかに危険を知らせる為の警報が鳴り始めた。
『アンデッドだあああ! アンデッドの軍勢が大量にこの町にせまっているぞおおお!! 非戦闘民は速やかに避難を!! 兵士、冒険者など戦える者は至急戦闘配備を!!』
大量のアンデッド……その情報だけで俺は溜息が自然とこぼれる。
スコルポノックの危機とかアンデッドの脅威とか、そんな事では無く……ただただこれから起こる因果応報ってヤツを想像して。
「……大丈夫かコレ? この借金は誰も肩代わりしてくれない、一人で返済する類のものなんだがな」
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