第百九話 悪夢の終焉

 そこかしこで大声で避難を呼びかける兵士たちの声に辺りは騒然となる。


「整列して順番に避難経路に向かうのだ! アンデッド共はまだ平原付近だから慌てる事は無いぞ!」

「兵士さん、うちの子が見当たらんのだ! 今から探しに……」

「アンタは道具屋の……息子さんなら先に誘導したから大丈夫だ!」


 だけど焦り、慌てる人や不安がる人は大勢いるものの、住人たちの避難する姿は整然としていて、割と混乱する事も無く避難所に向かっている。

 しかも住人たちの状況までしっかりと把握した上で……見事なものだ。


「戦災難民で国を追われた人たちだものな……」


 彼らの場合は好きで身に着けたスキルでは無い、身に付けなければ生き延びる事が出来ない過酷な状況で身に付けざるを得なかった能力、繋がり……集団行動だ。

 平和な日本に暮らす自分、『天地夢次』だったら果たして同じ行動が出来るかと思うと……ハッキリ言って自信がない。

 避難訓練も“授業がつぶれてラッキー”くらいにしか思っていなかったし……。


「日本に戻ったら近所の避難所がどこなのかくらい確認しときたいもんだな。覚えていたら……だけど」


 俺はそんな事を思いながら整然と避難していく住民たちとは逆方向、俺らのような余所者が街の外へ出る唯一の経路である大門へと向かう。

 俺と同じような動きを見せる者は何人かいて、それは手に剣やら魔法の杖やらを持った職業戦士たちだった。

 それっぽい連中でも我先に避難民に紛れるのもいるけど、大門に向かうのは覚悟を決めた戦士のそれ……人々を守る為なのか報酬の為なのか、いずれにしてもプロの顔つきをしている。

 ……こういう人たちを見ると、これから自分がしようとしている事が無粋に思えなくも無いんだよな~。

 大門前に到着すると、そんな連中の中で最も悲痛な覚悟を決めた顔をしている人物が外壁の上から声を上げていた。


「魔法が使える者は外壁上から砲撃、他の者たちは隊列を組み前線を絶えず交代する形で一撃離脱を念頭に主に足を狙うのだ! 幸い奴らは本能のみのアンデッド、動きを封じる事が出来れば良い! 負傷者は速やかに離脱し聖魔法、もしくは聖水にて浄化を行え!!」



 その指示内容は実に的確、アンデッドの特徴を踏まえたお手本のような戦略だ。

 アンデッド、特にゾンビは基本的に本能重視で生き物に向かって前進、食らいつく事しか無く作戦行動を独自に行う事が出来ない。

 つまり動きさえ止める事が出来れば少なからず時間が稼げる。


 ……しかしあくまで独自に行う事が出来ないだけで、作戦を統率する者がいるなら話は別だ。

 俺は声を張り上げるブロッケン氏の丁度“隣り”から平原、そして不死病の森を見渡して雪崩のように森から溢れ出るアンデッドの群れの先頭にあるモノを見つける。


「ただのアンデッドの群れだったらそれで良いかもしれないけど、あの団体の物量は千は軽く超えてるだろ……。しかも不規則のようでいて真っすぐにこっちに向かっているし、あの中心にいるフルプレートは、ただのゾンビじゃねー。まず間違いなく戦略やら戦闘能力を残された類のリビングデッドだ」

「……え?」

「あれは間違いなく生前の戦闘力も残っているタイプ……他のゾンビとかと違ってあの揃いのプレートを着た連中は直接当たったらダメなヤツだろ……」


 そんな分析を口にすると、唐突に俺が数十メートはある外壁上にいた自分の隣にいた事にブロッケン氏は驚いた様子だった。


「き、君は確かカグラの仲間の……い、いつの間に私の隣に!?」

「普通にジャンプで飛び乗っただけだよ……」


 普通に……と言うと若干のタネもある事はあるのだが、そんな事を今話している場合ではない。

 驚くブロッケン氏をスルーして俺は話を先に進める。


「それよりも……どうなんだ? あの集団の、特に真ん中にいる明らかに強そうな王冠を被ったヤツは……実力的に強いのか? “知っているなら”教えて欲しいんだけど」

「知っているか……だと?」


 俺がそう言った瞬間ブロッケン氏が露骨に歯を食いしばり口を噤んでしまう。

 しかし隣にいた獣人……確か街の門番である熊の獣人が苦悶の表情で教えてくれた。


「実力……というなら強いなんてモノじゃありません。彼らはアスラル王国最強と謳われた国王直属の精鋭部隊、近衛兵団の者たちです。そしてあの中央にいらっしゃる方は……」

「アスラル王国国王様……か……」


 ブロッケン氏が認めたく無い現実を認めるように、重々しく頷く。

 この街はアスラル王国の戦災難民で出来上がった経緯ある。

 そして国王は国民を逃がすために近衛兵団と一緒になって殿を務め上げ崩御した彼らにとっての英霊である事は俺も聞いていた。

 そんな連中がアンデッドとして自分たちの前に現れた……と。

 さっきのフィジーが俺に接触して来た事といい……どうやらこっちの情報は向こうエルダーリッチには筒抜けのようだな。

 ワザワザ彼らにとって大恩の相手を敵として用意する辺り……。


「彼らは……あの人はアスラル陥落の折、命を賭して我らを逃がしてくれた英雄だ! そんな彼らが守り通した人々を、彼ら自身の手で傷付けさせるなど断じてあってはならんのだ!!」


 血を吐くようにその言葉を口にするブロッケン氏の瞳は悲痛な決意で満ち、握り過ぎた拳からは爪が食い込み血が滴っている。

 そしてそれは集まった冒険者や兵士たちも同じ……集まった連中もほとんどがアスラル王国からの亡命者たちである事は察する事が出来た。

 連中の目は燃え盛るように語る……『今度は俺たちの番だ』と。


 ……その気概は分からなくも無い、そして嫌いじゃない。

 先人たちの鎮魂の為に、守るべき者たちの為に命を懸けるなんて実に熱い奴らだ……尊敬に値する。

 しかし残される側の気持ちも、そして何度も何度もアンデッドと言う悲しき存在を向こうへと送り出してきた『夢葬の勇者おれ』は彼らを肯定するワケには行かない。

 その男気に無粋にも否定し、葬る事しか出来ないのだ。


「バカヤロウ……それじゃダメだろ。彼らが守り通した人々とやらに自分たちが入ってないなんて思ってんじゃないだろうな? 彼らにとってはアンタらの誰一人でも傷つけたら成仏出来ないだろ……」

「…………それは」


 正論という冷や水をぶっかけてから、俺は更に追い打ちの情報を教える。

 生前の経験を生かせるアンデッドが抱えている最も最低で残酷な魂の慟哭を……。


「それに言っておくが……アンデッドは僅かな生前の意識を残されている状態なんだぞ?」

「な、何!? それはどういう事なんだ!?」

「彼らは勝手に動く自分の体を、半分だけ意識のある状態で見せつけられているんだよ。自分の遺体が何かの理由で消失し魂が解放されるその瞬間まで、まるで悪夢を見せら続けるかのようにな!!」


 この事実を知る者は実は少ない……というか信じられないだろう。

 ただ確実に言えるのは……知っていてなおアンデッドを利用できる輩は、確実に外道であるという事だけだ。

 人が泣いている横で平気で飯が食える類の……クソである事は……。

 しかしブロッケン氏は心の余裕などない様子で、何故俺がそんな事を知っているのかなど追及する事も無く掴みかかって来た。


「では……どうしろと言うのだ!? アンデッドの大群はもうすぐそこまで来ているのだぞ!? 戦う以外にどうやって彼らを、父上を止める事が出来ると言うのだ!?」


 最早彼の眼は血を流さんばかりだった。

 父上……か、漏らした言葉で彼にのしかかっている重責が察せられる。

 自分たちを逃がして逝った英雄である父、彼が守った民を今度は自分が守る為に……そして彼の最後を汚さない為に……彼は自分の感情を押し殺して戦おうとしていたのだ。


 もう二度とまみえる事が無いと思っていた父との最後の語らいの場として……。

 でも……俺はそんな彼の宿願ユメを認めるつもりは無い。


「俺は準備を整えるだけ……彼らを最後の眠りを与える役目はお任せするよ。アスラルの王子殿下」

「な、何をするつもりだ!? 金色の獣使いの仲間とは言え、君からは魔力などの戦闘力は一切感じない……そんな者に一体何が出来ると……」


 俺は何気に失礼な物言いのギルド長改め王子殿下のブロッケン氏の腕を払いのける。

 ただ確かに現状の俺は至って普通の高校生の体で、体力どころか魔力だって一切感じられない正に雑魚冒険者でしか無いだろう。

 千をゆうに超えるアンデッドに対して何かができるとは思えず、自分たちが守るべき側の人間にしか見えないだろうさ。

 ただ、それでも俺がやる事は何も変わらない。

 前の世界でも、この世界であっても……。


「俺は夢を葬り去るだけだよ。仲間を、家族を、国民を、そして最愛の息子を自分が襲う何て悪夢から目を覚ましてやる……それだけだ」


 俺はそれだけを言うと外壁の淵に右足を上げて、右足に“眠らせていた全ての力”を一気に覚醒させる。

 そして次の瞬間に、踏み込んだ俺の右足は俺の体を外壁上から遥か上空へと飛び上がらせた。


「何だ浮遊の魔法!? いやしかし……」


 10階くらいの高さを飛び上がった俺に驚いたブロッケン氏の声が後方から聞こえてきたが、生憎とその予想は外れだ。

 何を隠そう、今俺がやったのは浮遊じゃなくて単なるジャンプ……。

 踏み込む瞬間まで眠らせていた“筋力と魔力”を瞬間的に覚醒させて爆発的な脚力を生み出す『夢の本』を応用した体の使い方であり……夢葬の勇者だった時のやり方だ。

 だけどそのジャンプ力は想定していたよりも全然低く、アンデッドたちが蠢く場所よりも遥か手前で着地してしまった。


「ブヘ!?」


 そして着地もうまく行かず、右足がぐらついて前のめりに倒れ込んでしまう。

 今の体は水人形の憑依体とは言え……何とも恰好が悪い。


「クソ、今のジャンプだけで踏み込んだ右足がへし折れたか……女神様もどうせだったらあの頃の肉体にカスタマイズしてくれれば良かったのに……」


 倒れた原因である右足を見るとあらぬ方向へ向いてしまっていたが、少しの間に水人形の体は元の状態へと戻っていく。

 何というかアンデッドを前にして自分の方がよっぽど化け物染みているような気がして苦笑するしかない。

 高校生の頃の体では『夢葬の勇者』の戦いは無理……分かってはいた。

『夢葬の勇者』として戦っていた頃の俺は、この極端に肉体に負荷を生じる『休眠と覚醒』の戦い方をモノにする為に血反吐を吐くような特訓を繰り返し……それでも毎回戦いの度に肉体を酷使していた。

 そんなもん、単なるひ弱な高校生な“今の”俺に扱えるワケがない。

 

「俺はすでに勇者なんかじゃ無いって言いたいのかね……かの女神様は」


 右足が動く事を確認しつつ立ち上がる俺の目の前……正確にはまだ2~300mくらいの距離には壁のようにあらゆるアンデッドたちが蠢いていた。

 そして突然目の前に現れた俺の存在に気が付いたのか、一斉にこちらに向かって来る。


「「「「「アアアアア…………」」」」」

「「「「オオオオオ………………」」」」

「「「………………」」」


 ゾンビはうめきを、死霊は生者への恨みの声を、スケルトンは無言でカタカタと音を鳴らしてそれぞれ自分勝手に気ままに迫ってくる。

 そしてそんな中にあっても、フルプレートを纏った兵士たち、アスラル王国の英雄たちは整然と隊列を乱すことなく武器を手に前進している。

 その中での王冠をした老年の偉丈夫、国王は兜をしておらず見せつけるようにエルフの顔を“晒され”ている。

 ……その理由は一つしかない。

 遺族に攻撃を躊躇わせる為、死した己に愛する家族を殺させる為……そんな腐り切った発想からだ。

 あの街にいるアスラル王国の亡命者たちは自分達を命がけで逃がしてくれた英雄たちを心底尊敬している。

 そして中にはブロッケン氏のように身内が近衛騎士団にいた人たちだっているのだ。

 それを分かった上でこんな所業を平気でする…………本当に前の世界でもこの世界でも、遺体を弄ぶ輩に碌なヤツはいない。


「うお……おおおお…………」


 集団の中、表情も変えずに俺に向いたアスラル王国国王のアンデッドが呟くようなうめき声を漏らすのが分かる。

 俺はその声悲痛な声を聞いていられない。

 人によってはアレはゾンビの習性であるとか、ゾンビ同士にも声による意思疎通が可能なんじゃないかとか言う連中もいたが、『夢枕』という反則技を持っている俺は知っている。


 それが魂を遺体に封じられ、魔力のみを使われ自分の遺体が勝手に動く悪夢を見せられ続け成仏の敵わないアンデッドたちの悲鳴である事を……。


 止めてくれ……

 逃げてくれ……

 焼いてくれ……

 壊してくれ……

 殺して…………くれ……


 したくも無い罪を勝手に着せられる悪夢、それでいて終わること無く見せつけられる悲劇の惨状に対する自分の終わりを切望する哀れな嘆きである事を……。

 俺は夢葬の勇者だった時、常世に送る際『夢枕』で何度も見た。

 アンデッドとして人を殺めてしまった人が泣き崩れる姿を。

 生き残った最愛の者を殺めてしまった人の絶望を。

 自分の最後を冒涜された者たちの激しい怒りの叫びを……。


 だからこそ俺が彼らにしてやれる事は一つだけ。

 聖魔法何て美しく優しい能力のない俺は彼らの目を覚まして……後は遺族に全てを任せる事しか出来ない。


「悪いな英霊たち……俺にはアンタらを終わらせてやる事は出来ないんだ」


 俺が『夢の本』の表紙を手のひらで撫でると、本は風に吹かれたようにパラパラと勢いよくめくれて行き……特定のページで止まる。

 夢操作、『死期覚醒』。


「俺が出来る事はアンタらの最悪の悪夢を葬り去る事だけなんだ……」


 俺は右手に眠らせていた魔力を一気に覚醒させて、静かに魔法陣へと触れる。

 その瞬間、カッと青白い光が本からあふれ出し、平原全体を包み込んで行く……。

 元々一般人並しか持っていない俺の魔力ではあるが『寝貯め』が出来るのが唯一の利点。

 普段は小出しに使うものだが平原全体のアンデッドたちには『半年分』は必要だろう。


「「「「「「あああああ……あああ……あ……」」」」」」

「「「「ひゃ……ヒヤアアアアアアア!?」」」」

「「「…… ……」」」


 青白い光を浴びてしまったアンデッドたちは途端に今まで上げていたうめき声を止めて、のろのろと続けていた前進も止めてしまう。

 まるで“自分がもう終わっている”という事を思い出したかのように……。

 そう……もう終わっているのだ。

 魔力や呪いで肉体を守っているヴァンパイアなどと違い、魔力で無理や動かされていた類のゾンビやスケルトンなどのアンデッドは意識が戻るだけで……ただの遺体へと戻ってしまう。

 そして悲しい現実が彼らを襲う…………遺体は……動けないのだ。


 パシーーーーーーン…………


 そして物音一つしなくなった平原に『夢の本』を閉じた音だけが虚しく響き……俺はそのまま“御遺体”に背を向ける。


「止めは……遺族に任せる。せいぜい看取ってもらうが良いよ……」


 そして力を失った御遺体は立っている事は叶わず、そのまま重力に負けて次々に平原に倒れ伏していく。

 疲れ果ててようやく休めるかのように……。


「……あ……りが……と…………」


 どの方が漏らした言葉かは分からないが、不意にそんな言葉が俺の耳に届いた。

 もう一度自分たちを終わらせたヤツに礼なんていらない……貴重な最後の瞬間、言うべき言葉は他にもあるだろうに。


 だから苦手だと言うのだ……アンデッドは……。


 俺は『不死病の森』を睨みつけ、絶対にここまでの展開を予想した上で俺の事を街に残して行った“自分の嫁”を想い……溜息が漏れた。

 多分俺が『天地夢次』の時、どこかで『夢の本』を盗み見ていたんだろうな……そして俺が『ユメジ』の記憶を一時的に戻す事も想定して……あの悪女め。


「……ったく、全部終わったら目一杯お仕置きしてやる」


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