第百三話 最初の誤り
「じゃ、町の方はよろしくね。お土産持ってくるから~」
「アンデッドの森の土産なんてマジでいらんから! どんだけ価値ある物があっても遺品だろうに……」
翌日の昼間、天音と神楽さんは準備を終えると『不死病の森』へと向かっていった。
二人とも特別不安な様子もなく、お供するコノハちゃんは“金色の獣”姿で頼もしくも『任せてくださいなのです!』と言っていた。
……ただ見送る俺としては少々複雑な気分でもある。
昨日の話でも現状の天音は本体じゃないから負傷する心配は無いし、神楽さんなどはアンデッドに対して無敵状態……物理攻撃ってヤツを持っていない俺が付いて行ったところで出来る事は限られてくる。
危険が無い……そう言う状況で足手まといと言われたワケでも無いけど、いわゆるモヤモヤした気分が拭えない。
緊張感のない言い方をすればボードゲームを仲間外れにされたような感じだろうか。
「明晰夢のゾンビゲームなら銃火器出し放題だけど、これはそう言うのじゃないからな……。かと言って俺がこの町に残ってもやる事なんてあるのかな?」
一瞬天音が気を使ってそんな事を言ったのかな~とか思わなくもなかったが、それだったら一緒に森に行っても良かったハズだ。
何しろ俺だって本体じゃない憑依体の『水人形』なんだから負傷の心配はない。
う~~~~~む……。
「…………考えても仕方が無いか」
俺はそう結論付けて彼女たちを見送ると、とりあえずスコルポノックの町を適当に歩き始めていた。
神楽さんを確保してからスズ姉がバイクで迎えに来るまでの間、唐突に暇になってしまったのだから今のところ全く目的が無い。
……まるっきり観光地で暇を持て余した感じである。
「仕方ない……取り合えず昼飯でも食うか……ちょっと早いけど」
まだ昼間では少し早い時間ではあるものの、俺はスコルポノックの酒場兼食堂である『竜炎亭』へと向かう事にする。
ちなみにこっちの金はさっき神楽さんからある程度受け取っている。
どうせ日本に持って帰れないから好きに使ってくれって事だったけど……。
「いらっしゃい、一人かい?」
「あ、はい」
目的の食堂に入ると如何にもおかみさんって感じのおばちゃんが威勢よく声を掛けて来た。
俺はさっそく『今日のおすすめ』のランチを注文して開いている席……カウンターの一番奥へと腰掛けた。
店内は結構広々としていて、所々テーブルにいかにも腕っぷしで生計を立てていそうな冒険者たちが武器を傍らに置いてジョッキを傾けている。
中身は、まあ酒だろう……昼間っから。
そんな事を考えているのはどうやら俺だけじゃ無かったようで、追加注文を持って行ったおばちゃんが呆れたように言う。
「なんだいアンタら、こんな昼間から……冒険者なら依頼の一つもこなしにギルド行く時間じゃ無いのかい?」
「あ~ん? 仕方ねーだろ……俺たちに見合った仕事がねーんだからよ」
結構強面なのにその様は気安い感じで、常連の顔見知りなのだろう。
特に気を悪くした様子もない厳つい男たちの言い分は当初『定職に付かないニートの言い訳』にも聞こえた。
しかしどうやらそう言う事では無いらしく、無精ひげの男が溜息を吐いて言う。
「俺らのレベルじゃあんまり上の依頼は受けられねぇし、かといってレベルを下げると今度は初心者共の仕事を奪う事になる……今の時期は俺らのような中途半端なヤツが受ける仕事が少なくてな~」
「森に行く護衛任務も今は自粛中だってギルドで言ってたし、やる事かねーんだよ……」
見た目が強面の荒くれ共に見えていたから、そんな事を言う彼らが少し意外であった。
冒険者たちも自分たちのテリトリーがあって、逸脱しないように気を配り合っている……何か仕事に対する意識と仁義のようなモノを感じてしまうな。
やっている事は昼から酒飲んでるだけだけど……。
「何でも良いけど、ツケは利かないからね」
「「「お、おう…………」」」
ジョッキを傾ける男たちはおばちゃんの宣言に揃って微妙な顔になった。
どうやら懐事情は芳しくないようですな……合唱。
ただ連中が言う『不死病の森』への探索自粛はギルドが天音たちが侵入する際に出した通達なのだ。
天音も神楽さんも“今回ばかりは人を守る余裕は無いかもしれない”とブロッケン氏に言ったから本日に限っては『不死病の森侵入禁止』になった事は余り知られていない。
森の浅い所で魔物狩りをしていたらしき彼らには弊害があったようだけど……。
しばらくするとさっきのオバちゃんが本日のおすすめランチ『ローストチキン定食』を持って来て、俺は異世界で一人“孤独のグルメ”と相成った次第。
さすが冒険者連中を相手にしているだけあって、値段の割に量も多く……味付けは濃いめだけど中々美味い……。
しかしモリモリ食いながらも俺は変な事が気になっていた。
現状俺と天音は意識を憑依体『水人形』に乗り移らせている状態で物理攻撃は一切通用せず、痛覚が無い状態なのだ。
なのに……今は普通に飯を食っているし、味覚もちゃんとある。
そうなると見えているから視覚はあるし、聞こえているから聴覚も……匂いだってしっかり感じているから今現在失っているのは『痛覚』のみって事になる。
「味覚が無かったら食堂に来る事も考えなかっただろうな~」
俺は誰に話すわけでもないのに、大きくナイフで切り分けたチキンを頬張りそんな事を呟いていた。
そんな事を考えていると、食堂内が微妙にざわめき始める。
「お、おお……何だあの女……ここいらじゃ見かけねーな」
「冒険者か? しかしあんなイイ女いたか?」
どうやら今食堂に入店した女性に対して冒険者連中が話しているらしく、中には露骨にヒュ~と口笛を吹く輩まで……現実にやるヤツがいるとは思わなかった。
俺も興味本位に入り口の方へ視線を向けると、そこには見事な紅い髪を短く切りそろえた紅い瞳の、世に言う“スタイル抜群な年上の女性”が立っていた。
スタイルに自信が無くては決して着る事が出来ない露出度高めな衣服は決して下品にならない程度に似合っていて、見るからに挑戦的な笑顔を振りまいていた。
「「「う、うおおおおおお…………」」」
「うん、まあ美人だな、スズ姉よりも大きいのは確実だろうし……日本なら確実にグラビアにスカウトだな~ありゃ……」
俺は残りのチキンを頬張りつつ入って来た年上美女にそんな事を思っていた。
しかしそう思って目を逸らした瞬間、俺は言いようのない感覚に襲われた。
「!? な……何だ……これは一体!?」
それは余りに突然の事で、本体ではない『水人形』のはずの俺にあり得ない程の“逆流”を起させる異常事態であった。
*
スコルポノックの街から『不死病の森』へと向かう美女二人に金色の獣、非常に目立つ連中なのだがその様を目撃した人は案外少なかった。
街では英雄として有名な『金色の獣使い』が堂々と歩いていて、何人かの気が付いた人が“あ!?”ってなるが、事前情報が無ければこんなもんだろう。
プライベートで芸能人が町中を歩いている……的な感じに。
本人たちもいたって普通、ちょっとそこまで買い物に行くような気やすさで楽し気に歩いていた。
「だけどちょ~っと意外だったかも。アマッちが夢次を置いて行くとか」
「あ~~う~ん……色々と理由はあるんだけどね~。ユメジって結構アンデッドが苦手なのよ」
「へ~そうなん? でも二人してあのゲームを明晰夢体験してるって言ってなかったっけ? 銃火器の乱用とか楽し気に話すからてっきり得意分野かと思ってたけど……」
「あ~~~そういうんじゃなくてね…………」
そんなただ聞いていても意味の分からない会話をしながら門を通過し『不死病の森』へと向かっていく二人と一匹。
物陰で聞き耳を立てていたフードの女性がそれを確認するとニヤリとほくそ笑んだ。
「アンデッドが苦手……ね。なるほど、確かにあの魔力ではそうなるでしょうけど」
フードの女性、フィジーは今の天音たちの会話と昨日まで一緒にいた男の姿を思い浮かべて納得する。
昨日から独自に監視していた使い魔の情報からも『金色の獣使い』の仲間らしき男には特筆するような魔力は感知できず、戦闘行為は武器などを使った物理攻撃であろう事を。
そもそもアンデッドは生物ではなく“動く死体”だから肉体的にダメージを与えても蓄積された“魔力”が消滅しない限り斬ろうが潰そうが行動不能にはならない。
魔力をかき消すのは魔力、つまりアンデッドは魔法使いや僧侶などの『魔法』を行使する人々でないと余り対峙したいとは思えないワリにあわない魔物なのだ。
魔力が感知できない……それだけでフィジーは『足手まといだから置いて行かれた』とターゲットの男を判断していた。
「ふふふ……これは思ったよりも簡単なお仕事になりそうかも……それに」
フィジーは嗜虐的な笑みを浮かべ天音たちが街を出たのを見計うと、ターゲットである仲間の男、すなわち天地夢次の追跡を始めた。
「見た限りじゃ、あの二人はまだ出来上がったカップルじゃない。女側はともかく男側はまた初心な奥手君……いいわね~ああいうの……」
出来上がりつつある淡い恋心、ピュアな想いを抱えて付かず離れずな関係の男女……そういう普通の人なら微笑ましく思える関係を己の女性としての色香と吸血鬼としての魔力を駆使して陥落させて破局させる……。
そして自らが上であると示した時、彼女は自らの自尊心を満たすのだ。
「私の虜になり篭絡された男を見せつけられて絶望する女……愛情が深ければ深いほどその絶望の表情は……堪らないわぁ~」
自分の魅力と魔力に絶対の自信を持っている彼女は、そんな未来を夢想して更に笑みを強めて行く。
そして男に尾行させていた使い魔からの報告で、フィジーはスコルポノックで唯一の酒場兼食堂の『竜炎亭』へと訪れていた。
どうやらターゲットは早めの昼食にするつもりらしい……そう聞いたフィジーはさり気なく“話し相手が欲しい冒険者”という体で男に近寄る算段を立てていた。
彼女は自分の美貌と肢体に絶対の自信を持っていて、事実今まで何度も同じ方法で近付いた冒険者たちは色々な意味で餌食になって来た。
そして彼女が『竜炎亭』の扉を開いて入店した時、客である冒険者たちの男を中心にした反応に気分を良くする。
「お、おお……何だあの女……ここいらじゃ見かけねーな」
「冒険者か? しかしあんなイイ女いたか?」
まずは吸血鬼としての魔力ではなく女のとしての魅力で興味を引かせる……自分の期待通りの反応に自分の思惑に絶対の自信を持ったフィジーだった。
「……え?」
しかし他の冒険者たちが分かりやすく性的な視線で自分に注目していると言うのに、肝心なターゲットの男が自分を見ていなかった。
いや、正確には見てはいた……ただ性的な視線ではなく、まるで『野菜の品定めでもしているような鑑定の目付き』で……。
そして数分で興味を無くしたのかアッサリとランチに戻って行った。
「な!?」
その反応は色香に自信を持っていたフィジーにとっては屈辱的な出来事だった。
しかし苛立ちを押さえて彼女は以前にもこんな事があったのを思い出す。
男の冒険者は自分のような美貌と肢体を持った女を好む連中が多いけど、たまにこういう色気を好まない輩もいるのだ。
そして……先ほど街を出た『ターゲットの女』を思い浮かべると余り激しい露出はしていなかった。
つまりこの男にとって自分はタイプじゃ無かったという事なのだ……と。
「…………仕方が無い、方針を変えましょう」
フィジーはそう呟くと今まで抑えていた『魔力』を湧き上がる本能と共に開放する。
それはまるで霧の如く食堂全体を包み込んで行き、魔力に包まれた人々は客も店員も、男も女も関係なく瞬時に目の焦点が合わなくなり、虚ろな表情に変わっていく。
「「「お、おおおおお…………」」」
まるで半分眠っているかのようになって行く連中は揃って顔を紅潮させてフィジーの事をまるで崇拝する神を崇めるような目を向けて来た。
それは吸血鬼のフェロモン……その魔力に当てられた者は夢遊病のように魅了されて術者に従ってしまう。
そして喩え“生き血を寄越せ”と命令されても喜んで首筋を差し出してしまう程強力な魅了魔法なのだ。
血液が逆流して最愛の人のように惚れさせ、神の如く崇拝させてしまう。
「……う!?」
食堂全体を包み込んだ魔力なのだから当然ターゲットの夢次も例外ではなく、フェロモンが食堂を包み込んだ時点で顔色を変えた。
『フフフ……これでこの男は私の虜、決して逃れる事の出来ない私にのみ従う奴隷』
しかしフィジーが自信満々に夢次に近付こうとした矢先、ターゲットの男は顔色を変えて立ち上がった。
……ただ他の連中とは違って顔面を真っ青にして。
「く、くっせえ!? 何だこの気色の悪い臭いは!?」
「…………は?」
フィジーは一瞬ターゲットが何を言っているのか分からなかった。
しかし顔を青くして涙目にすらなっている男は別に虚言を吐いているワケじゃ無さそうで、本当に気分が悪いようだった。
「卒業式の体育館に籠った化粧臭さなんか問題じゃねぇぞコレ!? 便所の悪臭と芳香剤が混じった臭いでもまだマシかも……」
「べ、便所の臭い!?」
「うう……ヤバイ……昼飯食った後なのに吐き気が……。オバちゃん悪い、勘定ここに置いとくから…………何なんだよこの悪臭は」
気分が悪そうにするターゲットは慌てた様子で自分の横を素通りして退店して行った。
ターゲットの男が唐突にそんな事を言い出した原因が自分の発した『吸血鬼のフェロモン』以外に無い事はフィジーにも理解できて……彼女はショックのあまりに仕掛けていた魅了を解いてしまった。
その瞬間に魅了状態から正気に戻って行く客たちをしり目に、フィジーはショックのあまりしばらくその場に立ち尽くしてしまった。
「悪臭……私の魅了が……吸血鬼のフェロモンが……」
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