閑話 不死病の森の暗黒

 冒険者ギルドに『金色の獣使い』が現れた。

 スコルポノック最強の冒険者なのにギルドが頑なにその正体を隠している為神出鬼没、しかし『不死病の森』に起因するアンデッドに襲われた時にはどこからともなく現れて颯爽と聖なる炎でアンデットを一層するヒーロー。

 すっかり日が落ちて本日の仕事を終えた労働者たちが集う酒場では、その話題で持ちきりであった。

 とりわけ注目されていたのが『金色の獣使いの仲間』であって、今まで己の獣魔以外につるまなかった者が誰かと一緒だったと言うのが信じられない者は多かった。


「信じられねえ……俺たちですら目通りも出来なかった姉御に仲間がいるなんてな」


 見るからに力自慢、斬るより重さで叩き潰す目的でつくられた巨大な剣を脇に置いた荒くれ男がワインを煽りつつそんな事を言う。

 実際に一月前まではスコルポノック随一の冒険者パーティーであったから、彼らにもカグラへの勧誘に応えて貰えなかった経緯があった。

 だからこそ多少の難癖を付けたい気分も、仲間たちには分からないでもない事。

 しかしそれ以外の“昼間ギルドにいた”仲間たちは苦笑しながら首を振った。


「バカ、お前は昼間町の外にいただろ? だから知らないだろうけど……俺たちのパーティーなんぞ足元にも及ばねえぞ……あれは……」

「ああ……レベルが違う……なんてもんじゃねぇ……」

「…………お前らがそんな事を言うのか?」


 そんな事を公然という仲間の言葉にギョッとする荒くれ男。

 目の前の仲間たちはこの町でも指折りの魔導士、当然プライドだって高く簡単に人を褒める事は無いと言うのに……。

 唯一最初から敗北を口にしたのが『金色の獣使い』カグラだけだったのに……。


「まさかその仲間は姉御並につええ……とか?」

「いや……実力の程は分からねえ。ただ女の方、魔力の容量は姉御よりも遥かに上だったのは分かる。並大抵の魔導士じゃあり得ねぇオーラを放ってやがった」

「マジかよ……あの姉御よりもか……。そりゃ~俺たちなんかお呼びじゃねぇな…………良かったぜ俺、昼間にギルドいなくて」


 見た目の割にしっかりと自分の実力を分かっている男は仲間たちの発言に正しい判断をする。

 触らぬ神にたたりなし……と。

 しかし当然だが男は今の話題で出てこなかった方の話題が無かった事が気になった。


「じゃあその仲間、男の方はどうだったんだ?」


 ジョッキを煽りつつ聞くが、仲間たちは揃って首を傾げる。


「どう……なんだろ? 強いと思うか?」

「さあ……でも女の方に比べれば魔力とかは大した事無かった気がするけど……」

「そうなのか?」

「ああ……姉御の仲間って言われてもピンと来ないと言うか、そもそも冒険者としてやっていける感じはしなかったけどな体格だって並みだったし……」


 仲間たちの客観的な評価に荒くれ男も首をひねる……一般人並でしかないのなら戦いを生業にしていないという事になり……。


「もしかして姉御のおと…………」

「!? や、止めろ!! それ以上言うんじゃない!!」

「うととか……って何だ何だ!?」


 何ゆえか仲間たちが慌てて発言を止めに掛かる。

 しかし気にかけたNGワードとは違っていたようで、仲間たちは揃って胸を撫でおろした。


「な、何だ弟って言おうとしたのか……俺はてっきり……」

「何となくお前らの反応で言っちゃならねえ言葉は察しが付いたが……今この場にはいないんだろ? そこまで気にしなくても良いんじゃね?」

「念の為だ…………万が一もう一度あの女魔導士に聞かれたらと思うと……」


 昼間ギルドにいた組の男共が揃って震えだし、荒くれ男は言いようのない不安を覚える。


「俺はその辺を探るつもりで軽くその話題を振ってみたんだが……睨まれただけで死ぬかと思ったぞ……」

「強さの程は分からねえが、少なくとも今日『金色の獣使い』と一緒にいた二人の男女が連れ合いだってのは間違いねぇよ。絶対にちょっかい掛けちゃいけない類のな……」


 その顔には品の無いタイプの冒険者特有の下世話な雰囲気は一切感じられない。

 絶対に間違えてはいけない仲間たちからの忠告として深く胸に刻み込む……。

 見た目の割に決して自惚れない冒険者パーティー……彼らのような連中は長生きするのである……この世界では。


 そんな話題で盛り上がっているテーブルの後、彼らの会話に聞き耳を立てていたローブをまとった人物が一人いた事には誰もが気に留めていなかった。


「ふ~ん、つまり頼りない男が仲間にいるのね……『金色の獣使い』には……」


                *


 夜の暗闇よりも更に深い闇に閉ざされた大森林。

 数十年前からアンデッドしかいなくなってしまった森をかつての名で呼ぶものはなく、恐怖と哀惜を込めて『不死病の森』と呼ばれる場所……。

 どんな命知らずの冒険者であっても夜に立ち入る事は絶対にない。

 入るとすれば自殺志願かただの愚か者か、さもなければ途轍もない不幸に見舞われた異邦人であるとか……。

 そんな不吉な森なのだが、生者がいない夜は意外にも静寂に包まれている。

 生きている者が近づけばたちどころに襲い掛かるゾンビやスケルトンといったアンデッドたちではあるが、周囲に生きている者がいないのであれば何もせず立ち尽くすのみで静かなもの……呼吸すらしていないのだから。


 そんなアンデッドたちが立ち尽くす森の中を、ついさっきまで町の酒場で聞き耳を立てていたローブの女性が何事もなく素通りして行く。

 まるで同類かのように……。

 常人であれば昼間でも迷う大森林の暗闇の中を迷いなく、足早に歩む女性はまるで宙に浮いているようにも見えてしまう。

 そして女性が歩みを止めた場所……そこには森の中にあるのは余りにも不自然な屋敷がそびえ立っていた。

 それは森林の中に立てたというよりも“森林の中から出て来た”と言われても納得してしまいそうに周囲の木々と同化し絡み合っていて……不気味さに拍車をかけている。

 ローブの女性はそんな不気味な屋敷の中へと入って行く。

 中は外観に比べれば立派な造りで、貴族の館と言われてもそん色ない広さの玄関ホールになっていた。

 しかしどんな高貴な造りでも、そこに現れた家主の存在が全てを不気味に塗り替えてしまう。

 闇が蠢き、形を成す……そこには黒くボロボロなローブに身を包んだ骸骨が空洞化した眼下に紅い光を灯らせて立っていた。

 ローブの女性はその骸骨に跪く。


「ただいま戻りましたゾル・ビデム様……」

『首尾はどうだ……フィジー。かの金色はこちらに攻め込む気でおるのか?』


 表情など作れないハズなのに、その骸骨はまるで笑ったかのように下顎をカタカタ鳴らしてどこから出しているのか分からないくぐもった声で話す。

 

「はい……先ほど魅了による尋問を行い冒険者ギルドの職員からも情報は得られました。奴らは“我々がワザワザ見逃した冒険者の情報”から呪いの発生源であるここへと討伐目的で来るつもりです……愚かな事に」


 ローブの女性、フィジーはそう報告するとニヤリと笑い特徴的な牙を口元からのぞかせた。


「呪術王エルダーリッチであるゾル様に通常のアンデッドと同様な聖属性の魔術など効果が無いと言うのに……どうやら『金色の獣使い』は自分が優位と考え違いをしているようですね……」

『ふふふ……まあ良いではないか。吾輩にとっては実に十数年ぶりの新しい玩具が向こうから来てくれたのだからな。あれ程の輝きを持った僧侶……どこまで呪術に耐えられるか、闇の魔力に支配出来たらどうなるのか……考えただけで……くくく……』


 エルダーリッチ呪術王ゾル・ビデム……彼は元々は人間だった。

 高い知識を持った魔術師だった彼は自らの研究を続ける為に不死性を求めて呪いに手を出し、自らをアンデッドとする事で意図的に“死なない体”を手に入れたのだ。

 そして元々アンデッドや呪いを生み出す狂気じみた研究を繰り返していた男だったのに、アンデッド化した事で最低限度の人間性も失われ、研究はただただ狂気の探求心を満たす為に行われるようになった。

 そして不幸にも実験場に選ばれてしまったのが、かつては獣人たちが平和に暮らしていた大森林だった事は言うまでもない。



 死者が全てアンデッド化する事が出来るなら、最強の軍隊になるんじゃないか……。



 この一言に森を実験場にする事を国王に無断で許可を出した、人間至上主義の王族がいた事は世の中的には余り知られていない。

 そして、その王族と呪術王は『今も』繋がっているという事も……。


「ああしかしゾル様、お耳に入れておきたい事も……実は金色にも仲間がいるようで、その仲間が相当な魔力を持つ魔導士であるとか……」

『ほおう……あヤツに仲間が……魔力が高いなら使い様はいくらでもあるなぁ』


 しかしそこまで言うと呪術王は少し考え込むように上を向いた。


『高い魔力を持つ魔導士であるなら……どうせなら無傷で捕らえたいものだな。それこそアンデッドで魔法を使える存在は貴重だからな……お前のように……』

「光栄にございます……」

『それに最近は……本国の方からも何故か連絡が途絶えて新鮮なモルモットが来ておらんからな……実験体は丁重に扱いたいのう……』


 何故本国シャンガリアから連絡が無いのか……理由が『城が高熱で溶かされてそれどころじゃない』なんて事は森にこもりっきりで外の情報を知らない骸骨はそんな事を呟く。


「それについてはお任せ下さい。どうやらその金色の仲間は弱点を抱えているようで……そちらを上手く使えれば極上の実験体が2体無傷で手に入る事でしょう」

『ほう、それは誠かフィジー!』


 主の骸骨が狂喜する姿にフィジーは自信満々の顔で宣言する。


「我名はフィジー、呪術王ゾル・ビデムが一の忠臣にして最強の吸血鬼ヴァンパイア。脆弱な人間、とりわけ男を操り意のままにするなど造作も無い事……必ずや」

                

               ・

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               ・


 同じ時刻に酒場で同じ人物の話を聞いていた者たち。

 その者たちの明暗を分けたのは決して『腕っぷし』ではないという事を、この時は誰も知らなかった。

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