第百二話 失地回復、金色の獣使いへの最後の依頼
「ふむ、先に断っておくが私は“その事”について特別追及するつもりも利用するつもりもない事を明言しておく。君たちがカグラのお仲間であり迎えに来たという事も理解しているし、無論無理やり引き留めるつもりも欠片も無い。絶対に、間違いなく危害を加えるつもりも無いし、そもそもそんな事が出来ないという事を理解もしている…………なので」
そこで言葉を切ったギルマス・ブロッケンは笑顔のままで……一筋の冷や汗を流す。
気が付くと隣にいたはずの神楽さんとコノハちゃんも驚愕の表情で俺達から離れていた。
いや、正確には天音の傍から……。
「カグラの友人よ……その暴力的な魔力の高まりを押さえてはいただけないだろうか? 相対しているだけで気を失いそうなのだがね……」
「…………あら、それは失礼」
天音がそう言うとギルマスは笑顔のまま、しかしホッとしたように一息漏らした。
何というかこのエルフ、感情のすべてが笑顔で構成されているようにも思える。
しかし俺には今のやり取りで何が起こっていたのか見当も付かなかったのだが、同じようにホッとした様子の神楽さんが額の汗を拭いつつ口を開く。
「何なのそのアマッちの魔力は……召喚特典で私が貰った魔力よりも凄いじゃない?」
「さすがはカグラ、君の友人と言うべきだろうか? 人族よりも遥かに魔力の扱いには長けているエルフの私が魔力のみに圧倒されるなど」
「え……今何かあったの? 神楽さん」
何か置いて行かれている感じがして俺が思わず聞いてみると、神楽さんだけじゃなくギルマスもコノハちゃんも“え!?”って感じで振り返った。
「は!? もしかして今のに気が付かなかったの? アマッちからまるで火山が爆発する寸前じゃないかってくらいの莫大な魔力が放出されたって言うのに……」
『稲荷神の私も見た事ない力でしたです! お母様よりも遥かに……』
「……え? マジで??」
そんな事を言われても俺には全く何にも感じる事が無いんだが……。
そう言えば前回の城を溶解させた時も、さっきギルドの受付で荒くれ冒険者に絡まれた時にも似たような事があったが……こうなると何となく仲間外れと言うか疎外感を感じてしまうな。
特にこの場にいる同じ現代日本組である神楽さんには分かっているようだから尚更。
しかしそんな俺に天音はポンポンと背中を叩いて笑った。
「大丈夫よ、別に分からないからって何にも問題無いからそんなの。むしろ感じない、分からない方が良い事だってあるんだから」
「……そ~なん?」
「そうそう、たまに霊能力者とかで言う人がいるでしょ? 霊なんて見えない方が幸せなんだとかさ……」
そういう天音は笑顔であるのに……気のせいか俺には言い聞かせられているような必死さを感じてしまった。
まあ何というか……天音に脅威を感じる、みたいな感覚が自分に必要かと聞かれれば限りなく必要ないとは思うけど。
「だけどこの場において俺だけが達人の枠に入れていない未熟者というか、素人みたいな感じでいまいち納得が行かないんだけど……」
「言いたい事は分かるけど、そう言うジャンルじゃ無いんじゃない? この場合」
「そうそう、夢次には『夢の本』を使えるって重要な役割があるんだし……」
俺が素直にそんな事を宣うと天音と神楽さんは軽く噴き出して笑う。
彼女たちなりにフォローしてくれているようだが……個人的にはより複雑な気分になってしまう。
果たして魔力を感知も出来ない俺は戦闘などで役に立てるのだろうか……と。
だからこそ、ギルマスのブロッケン氏が今現在莫大な魔力を放出していた天音ではなく俺を警戒した目で見ている事には気が付けなかった。
「逆の意味でこっちの彼も得体が知れないな。あんな莫大な魔力、生物であるなら本能的に感知しないハズが無いのに一切気にかけないなど……一体……」
それから俺達は軽く自己紹介をし合って互いの素性と立場を情報交換する。
ブロッケン氏は元々はアスラル王国出身のエルフで、戦争の影響で亡命の末スコルポノックに辿り着いたんだそうだ。
何でもエルフは俺が知るオタク知識の通り魔力に長けた種族なのだが、魔力を人とは違う色で見分けるらしく、明らかにこの世界とは異なる魔力の色合いの神楽さんとコノハちゃんを初めて見た時から違う世界の訪問者、すなわち異世界人である事を見抜いていたんだとか。
彼はその事を知った上で、こっちの世界に放り出されて途方に暮れていた神楽さんたちをスカウトして、今に至るという事らしい。
まあ魔力の色がどうとか言われても俺には感知すら出来ないからピンと来ないけど。
しかし……そんな得体のしれない魔力を使う人を、よくまあスカウトしたものだと俺が言うとブロッケン氏はフッと息を吐き出して「使える強者を使わんでどうする」との事。
非常に合理的でご尤も……実を取る辺りが何と言うか冒険者って感じがする。
そして粗方の情報交換が終わるとブロッケン氏は一息ついて話を次へと進める。
「君らはこの町が一体どういう目的で設立されたかは、知っているかね?」
そう問われた俺たちは思わず顔を見合わせてしまう。
「……シャンガリアからの亡命者と戦争でのアスラルからの移民でまとまった、ミューストスの温情によって出来た町だ~とか聞いたけど……」
俺は少しためらったが、門番の熊獣人に教えられた言葉をそのまま口にする。
聞きようによっては不快にさせるんじゃないか? とか少し心配はあったのだがブロッケン氏は俺の言葉に特に表情も変えずに頷いた。
「ふむ、その通りだ。表向きはな」
そしてまたもや含みをもった事を言い出すギルマス。
しかし俺は最初に熊獣人に言われた“ある意味での温情”という言葉とブロッケン氏の言い様……そしてさっき目の当たりにした事件を含めて考えて、その意味を残念ながら予想する事が出来た。
「表向きは……か」
つまり“温情”と“表向き”以外の理由がある。
隣国からの戦災移民を保護……そう言えば聞こえは良いのだが、この町が面している場所は隣国のシャンガリアに面したアンデッドによる無法地帯の『不死病の森』だ。
俺の予想を肯定するようにブロッケン氏は自嘲気味に笑う。
「そう、この町は元々ミューストスにとっては余所者の町……『不死病の森』から万が一スタンピードなどが起こった際に初っ端で自国民に被害を出さないように壁として利用し被害を最小限にするには都合の良い“捨て駒の町”でもあるのだよ」
「捨て駒って……」
「…………」
「まあ実際に森から漏れ出したアンデッド共は町の兵士や冒険者に討伐されているのだから、ミューストスにとっては思惑通りに進んでいると見てよいだろうな」
さらりと自分たちの現状を自虐的に話すギルマスに俺達は何も言えなくなってしまう。
戦争と言う言葉自体に馴染みのない俺たち日本人にとってはミューストスの処遇に納得の行かないものも感じてしまうが、ブロッケン氏は特別不機嫌にもならずに淡々と続ける。
「なに私がミューストスの上層部であってもそうするであろうよ。我々にとっては壁だろうが何だろうがこの国は居場所の提供をしてくれているのだ。感謝はすれど文句などあろうはずもない」
何というかこの世界の命に関する比重の軽さも感じるけど、同時に命に対する覚悟の違いも見た気分だ。
恩義に応えるなら命ぐらい張ると言われたようなもんだからな……。
「そんな町であるからこそ聖属性の魔法を駆使する『金色の獣使い』の出現は正に救世主の降臨として迎い入れらたのだよ。多少私利私欲に利用しようとする輩もいた事は否めなかったがな」
「実は私とコノハちゃんの変装を提案してくれたのが、このブロッケン氏だったのよ。当初いつもの格好でこの町に来た時に呼び止められてね……」
魔力の色で神楽さんを異世界人であると見抜いた上で秘匿する為に変装を提案、更にギルドに都合が良いようにスカウトしつつ同時に彼女の能力を利用しようとする輩から守る……まさに利用するではなく利用し合う関係、WINWINの構図に持って行っている。
何かもう策謀という意味では脱帽だな。
「まあそんな環境であるからこそ、我が町スコルポノックでは『不死病の森』の存在が心底邪魔な想い病みでね。そしてあの森を元の大森林へと戻し故郷へと帰還する事は獣人族にとっては何十年も願い続けた悲願なのだよ……」
数十年前に突然現れるようになったアンデッドに故郷を追われてシャンガリアに救われた獣人たち。
しかしその後国王の代替わりで突如排除され国を追われてしまった彼らが、失地回復を望むのは当然だろうけど……しかし俺の脳裏には同時に疑問も浮かぶ。
「その気持ちは分からんでもないけどさ……そもそもどうすれば森が元に戻るって言うんだ?」
俺が思わず疑問を口にするとブロッケン氏は表情も変えずに答えてくれる。
「ご存じかは分からんが……あの森は数十年前に突然死者がアンデッドになり生者を襲うと言う状態になってしまったのだ。死に際のあまりの無念に魂が周囲の魔力に干渉してアンデッドになってしまう事例はあるにはあるが、それはあくまで偶発的なもので確実に起こる事では無い……となると」
「人為的……何者かが森全域に死者をアンデッド化させる類の“呪い”を仕掛けた……そう言う事なのかしら?」
そこまでブロッケン氏が言うと、天音がまるで知っている事のように冷静な顔でその答えを口にした。
俺は何でそんな事をしているのか少し疑問に思ったが、ブロッケン氏はむしろ感心したように頷く。
「その通りだ。無論数十年前に事件が起こった当初も同じ結論に至っていたのだが、当時の生存者は逃げる事に必死であったし、先代国王より二次被害防止の為にも立ち入り禁止が言い渡され、それ以来『不死病の森』は調査が出来なくなったのだ」
二次被害の防止……確かに事件当初の対応としては正解な気がするけど、それ以来調査が出来なくなった……というのが少々引っかかるような?
シャンガリアにとっても『不死病の森』は危険因子じゃないのか?
保護した獣人たちの気持ちも考えれば何も調査しなかったと言うのは当時は普通に優秀だったシャンガリア国王の対応としては疑問があるような?
しかし俺の疑問を他所にブロッケン氏は話を続ける。
「しかし獣人たちにとってはやはり大森林はどうしても取り返したい故郷。我らエルフ族にとっては安住の地を脅かす『不死病の森』は邪魔な存在である。我らは時をかけてあの森の調査を続けていたのだ。多大な犠牲を払い続けて……な」
多大な犠牲、その言葉にさっき神楽さんが救った虎獣人の事を思い出した。
あの時彼女が救わなかったらあの獣人は確実に向こうのお仲間になっていたんだろうな……そう思うとゾッとする。
映画なんかで親しかった者がゾンビとして向かって来る……そんな状況を想像してしまうと……な。
「しかし、このような事を言えば不敬であるかもしれんが、その犠牲は無駄では無かった……そして、遂に待ち望んだ情報が手に入ったその日に『金色の獣使い』を迎えに強者が現れた事が……神の思し召しのように思えてならん」
そう言うとブロッケン氏はその場で深々と頭を下げる。
「金色の獣使いカグラ殿と獣魔コノハ殿、そしてお仲間のお二人にスコルポノック冒険者ギルドより最後の依頼をしたい。我らの仲間が命がけで掴んだ情報を元に数十年前にあの大森林に穢れた呪いを施した諸悪の根源、呪術王『エルダーリッチ』の討伐をお願いしたいのだ!!」
俺たちはそう言われても事前に神楽さんからある程度聞いていたから、依頼内容には別に驚きは無かったが……何というかブロッケン氏の気迫と言うか本気度合いの方に驚いてしまった
その目はさっきまでの笑顔とは違い真剣そのもので土下座すらしかねない、望むのであれば自分の首でも差し出すんじゃないかってくらいに感じられる。
失地回復、安住の地を得る……それ以上の何かがあるんじゃないかってくらいに……。
しかしまあ……事前に聞いていた内容からの結論は変わる事は無い。
俺は一応スズ姉がお迎えに来たらそのまま帰るんでも良いんじゃね? と提案はしてみたものの、神楽さんの意志は固まっていたようで……俺は早々に説得を断念するしか無かったワケで……。
神楽さんが俺達を確認するように見て来たので、俺も天音も黙って頷いた。
「承りましたスコルポノック・ギルド長ブロッケン殿、『金色の獣使い』の名に懸けて……最後の依頼『不死病の森の解呪』、完遂してご覧にいれましょう」
・
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「金色の獣使いの名に懸けて……か、中々芝居がかってんじゃん神楽さんも」
「ああ言うのはノリが大事じゃない? 君らが言う所の中二臭い言葉はこういう時じゃないと言えないし、言える時なら全力で言わないとさ」
『モモちゃんカッコイイのです!』
何やらこの二カ月で神楽さんもコノハちゃんもそれなりに異世界生活を楽しんでいた節が見受けられるな。
……変にトラウマイベントとかあったらどうしようかとも思っていたけど。
あの後依頼受諾した俺たちは再び食堂へと戻って作戦会議をする事になった。
受諾した俺たちに「感謝する」と静かに言ったギルド長からは相変わらず重苦しい覚悟を感じずにはいられなかったが……。
『不死病の森』は神楽さんがこの世界に飛ばされた当初いた場所で、聞いている限りでは四方八方アンデッドの巣窟、生き物が踏み込んだ時点で襲われる危険地帯との事だ。
ただ俺はその辺については自分と天音の事はそれほど心配していない。むしろ心配なのは……。
「まあ俺も天音も憑依体の水人形だから、そんなに危険は無さそうだしスズ姉のお迎えがあるまでは付き合っても良いけど……そうなると生身の神楽さんは危険なんじゃないの?」
そう俺たちは攻撃を喰らっても何も影響のない水人形、ぶっちゃけ無敵状態でゲームをしているようなものだから危険と言える危険は余りない。
しかし神楽さんはコノハちゃんとの連携で“アンデッドキラー状態”とはいえ生身の肉体、負傷する危険は十分にある。
しかし俺の意見を天音は軽い口調で否定する。
「大丈夫でしょ……今のカグちゃんはコノハちゃんと一緒にいれば。むしろ契約の繋がりで神格化しているから、今のカグちゃんには近づいただけでもアンデッドなんか消え去ってしまうでしょうね。言うなれば私とユメジは幽霊状態、カグちゃんは無敵状態ってところかな?」
「へ~そうなんだ……」
俺が感心して二人を見ると神楽さんの頭に乗ったコノハちゃんが得意げにふんぞり返って転げ落ちていた……何をやってんだか。
「だから、森に討伐に行くのは私とカグちゃんとコノハちゃんの三人。その間ユメジにはこの町を守っていて欲しいんだけど……良い?」
「……は?」
そんなコノハちゃんに和んでいた俺だったが、天音が次に言った言葉に少々耳を疑ってしまった。
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