第百話 この冬公開、女子高生と子狐のサバイバルアクション

「アアアアアア…………」

「オオオオアアアア……」

「く……次から次へと、何なのよこの森は」


 大木で身を隠しつつ覗き込む先に蠢く人影、だが決して人間ではない。

 人見知りという事は絶対にない女子高生神楽百恵ではあったが、そんな彼女でも絶対にお近付きにはなりたくないと思わせるおぞましい存在に自然と湧き上がる恐怖に膝が震える。


「どうみても……ゾンビってヤツよね」


 神楽は現在自分が置かれている事態に困惑……と言うよりも納得が出来ずに思わずそんな事を呟いてしまった。 

 そもそも彼女はさっきまで日本の温泉地にあるホテルのスウィートルームにいたのだ。

 そして親友が女に、その幼馴染がいよいよヘタレ男子からおとこになろうとしている決定的瞬間をもう一人の悪友とニヨニヨしながらガッツリと覗いていたと言うのに……唐突に森の中、しかも大量のゾンビに囲まれているだなんて本当ならば思考が付いていけるワケも無い。


 当初真っ先に疑ったのは夢次による夢『明晰夢』だったのだが、一度経験していた事で想像しただけで何でも出来る明晰夢と違って“想像で武器を作り出せなかった”という事実から彼女は速攻でその可能性を除外した。

 そして、自分たちは夢次からこんな感じの夢で報復される事もないと確信を持っていた。


『どう考えても夢次アイツは結果的にイイ目にしかあってないものね……。悪態つきながらお酌してくれる姿しか浮かんで来ないわ…………バチでも当たったんだろうか?』


 見た目の割に信心深い彼女はそんな事を考えてしまう。

 しかしそんな考えも自分の肩に乗っている小さな神様を見ると速攻で切り捨てる。

 変な話、今回の策略には神様が同伴しているんだから……と。

 

「「「「「「アアアア…………」」」」」」

「…………!?」


 散発的に聞こえてくるゾンビたちの雄たけびに神楽はビクッと体を震わせて、絶対に声が漏れないように口を手で塞いだ。

 あれらが何を基準に自分を探しているのか、そもそも音が聞こえているのかも分からないけど、それでも見つかる可能性があるならと……。


『な、何なのよもう……』


 そうこうしている内にもゾンビたちは当てもなく彷徨っているようでいて、ドンドンと数を増やして行く。

 まるでこの周辺に生き物がいる事を知っているかのように……。

 暗い森の中でこの周辺にいる生き物と言えば自分しかいない……確証も無いのにそれが事実である事は神楽にも分かってしまう。

 そしてそんなゾンビ共が一体何で自分の周辺に集まっているのか……現代日本人である彼女もその辺の基本知識は“残念ながら”持ち合わせていた。


 ゾンビは生きている人間を食い殺す…………。


 考えないようにしたくても浮かんでくる情報に神楽は正直泣きたくなった。

 自然と唇が、足が震え、腰を抜かしそうになる。

 絶対にしてはいけないのに半狂乱になって泣き叫びたい衝動に駆られる。

 しかしそんな弱気に負けそうになっている彼女の耳に……小さな相棒の声が聞える。


『も、モモちゃん、大変なのです……』


 それは稲荷神の子狐コノハなのだが、彼女はその小さな体を更に小さくさせて耳も尻尾も落としてカタカタ震えていた。


「……どうしたのよ、大変ってのは今更だけど……こんなゾンビに囲まれている状況じゃ」

『ち、違うのです……この状況も大変なのですが、それよりももっと大変な事が……ここ……日本じゃないのです……』

「…………は?」

『もっと言うと……地球ですらないのです……』


 神楽はコノハが涙声で言った言葉に意味を瞬時には理解できなかった。

 確かにさっきから目の前を徘徊しているゾンビ共の服装は日本の物ではないとは思っていたけど、それでも“地球ではない”と言われて理解出来るワケが無い。


「どういう事? この森は日本ではなく海外でもないって事?」


 神楽の質問にコノハは小さく首を振って否定する。


『地続きの、同じ星の元であれば必ずお母様と『神通力』で通話出来るのです……でも今は何度呼びかけても聞こえないのです……お母様の声が……』

「コノハちゃんの『神通力』でも……」

『ふ……ふええ……聞こえないのです……お母様の声が……』


 神楽は一度コノハに聞いた事があった。

 年月は百年以上生きている彼女だが、精神年齢は十代前半……たまには実家に帰っても良いんだよ? と。

 しかしコノハはそんな神楽に『いつでもお話出来るから大丈夫なのです』と答えていた。

 それは言ってしまえば上京したての子が親と電話していたようなもの……コノハにとっては心の支えになっていたはずなのだ。

 母の声が聞えなくなり震えるコノハ……その姿を目にした瞬間、神楽の震えがピタリと止まった。

 唇を噛んで気力を奮い立たせて……弱気を、恐怖の感情を吹き飛ばす。


『……怖がっている場合じゃない! 今この子には私しかいないんだから!!』


 神楽はゆっくりと息を吐き出して、震える子狐を優しく撫でてあげる。


『ふえ……モモちゃん?』

「心配ないって……大丈夫、私が付いてるから」

『モ、モモちゃん……』

「それにここがどこかは分からないけど、来れたっていうなら帰る事だって出来るってことじゃない? だから大丈夫だよ」


 そう言いつつ神楽は笑って見せる。

 無論その言葉に根拠など欠片も無い……しかしそれでも神楽はコノハに言い聞かせるようにして自分にこそ言い聞かせていた。


『今悲観的になっても解決には繋がらない。ならばウソでも思い込みでも自分たちは絶対に大丈夫だと思わなければ…………泣くのも悩むのも後で良い!!』


 神楽はこの場にコノハがいてくれた事に大いに感謝していた。

 突然アンデッドがひしめく森に放置されるとんでもない状況に自分が一人であったら絶対に取り乱していたと確信していたから。

 自分が守りたい存在がいる……それだけで奮い立つ事が出来る彼女は、やはり姉御肌満載であった。


「……しかし、それにしてもこの状況はどうしたもんかね?」


 神楽が再び向こうをのぞき込むと、やはり不気味な唸り声をあげるゾンビはどんどんと数を増やして行く。

 冷静さを取り戻したとはいえ突破口が思いつかず神楽が呟くと、それまで震えつつ首筋にヒシッとしがみ付くだけだったコノハが口を開いた。


『か、屍人かばねびとは生者ではないので切り離しても意味がないとお母様は言ってたのです。燃やすのが一番一般的な対処法と……』

「火葬か……確かにそれが一番手っ取り早いでしょうけど……」


 神楽は自分の手元に火器が全くない事をこの時だけは悔やんだ。

 見た目の割に彼女は酒やタバコなど若気の至り的な代物には一切手を出した事が無く、当然ライターなど持っているワケも無かった。


「……結構そういう粋がり方をする奴らが声かけて来る事多かったけど……無視してないで少しは付き合うべきだったかな?」

『だ、駄目なのです! そんな事したらちーちゃんが悲しむのです!!』

「わーかってるって……冗談冗談……」


 ……とは言え現状の自分には何も武器が無いという状況は全く変わらない。

 そう考えていた神楽が不意に足元を見てみると、太めの棒が落ちているのを見つけた。

 このくらいならばいざと言う時に武器として使えるかも……と神楽は思ってその棒を拾おうとする。

 しかしその行動をコノハは慌てて止めた。


『モモちゃんダメです!! それは棒きれなんかじゃ無いのです!!』

「え……?」


 拾おうとした棒きれ……だと思っていたモノ。

 それが土に埋もれた枯れ木に見える“人間の腕”であると神楽が気が付いた時と、彼女の足がその腕に掴まれた瞬間は残念ながら同時だった。


「あ、ああ、あああああ………………」

「うわあああああああ!!」


 そして彼女の足を掴んだままボコボコと地中から這い出して来るゾンビ……さすがにコレには彼女も悲鳴を我慢する事が出来なかった。


「クソ! コノ! 放せええ!!」


 掴むゾンビの力は強く、慌てて彼女が反対の足で蹴り付け踏みつぶしてもなお放さない。


「ア、ア、アアアアウウウウ…………」

「あああああもうしつこい!!」


 そして何とか神楽がゾンビの手を引きはがす事が出来たと思った時には、既にすでに四方八方をゾンビに囲まれていた。

 自分が思わず上げてしまった声で集まって来たのは明らかで……神楽は思わず舌打ちをしてゆっくりと囲みを狭めるように近づいて来るゾンビたちを睨みつけた。


「ああああ…………」

「うえええええ」

「オオオオオオオオ…………」

「……ウザイ」


 しかしそんな絶体絶命な事態になっても、彼女の心に湧き上がる感情にもはや恐怖は無かった。

 一度でも心を決めたら、信念を突き通す……そんな彼女に湧き上がるのはついこの前、自分にちょっかい掛けて来た同級生の男子に感じたのと同じ感情。

 すなわち怒りのみだった。

 そして怒りに任せた彼女が自分を害そうと近寄るゾンビに思ったのは逃走手段ではなく、攻撃をする事……。





『私に炎が出せるなら……焼き払ってやるのに!!』





『フワ!? …………アアアア!!』


 そう反撃手段を模索する事しか考えていなかった……その時だった。

 突然今まで肩で震えているだけだったコノハが毛を逆立てて輝き始めたかと思うと、感情のこもっていない機械的な言葉をつむぎ始めた。


『魂の契りより……稲荷神……壱ノ儀…………』

「……え?」

『狐火の舞!!』


 そしてコノハの言葉と共にまるでゾンビから自分たちを守るように出現した白く神々しい無数の火の玉……それらが一斉に囲んでいたゾンビたちに向かって放たれた。


「「「「「アアアアア!!!」」」」」


 そして一瞬で白い炎に包まれたゾンビたちは音もなく燃え上がり、一切周辺の木々に燃え移る事も無く白い炎の中に“掻き消えて”行く……。

 最後にゾンビたちが叫んだ唸り声は断末魔と言うよりはまるで悪しき呪いが解かれたかのようにも見え、何の感情も無く自分たちに襲い掛かって来ていたゾンビたちが喜んでいるようにも思えた。

 そしてあれ程絶望的に自分たちを囲んでいたゾンビの群れが一瞬にして消え去ると、唐突に耳が痛くなるような静寂に包まれる。

 そん中、神楽とコノハは互いを見つめ合った。


「す……凄いじゃないコノハちゃん!! 貴女ってこんなに強かったんだ!!」

『凄いのですモモちゃん!! 稲荷神の御業を使える何て!!』

「え?」

『え?』


 助かった喜びで互いに抱き着いて互いにたたえ合う二人……だが二人の言葉はどこまでもかみ合っていない。

 どちらも、どちらが活躍したと思っている辺りが。

 抱き上げたままどちらも目を丸くして見つめ合う女子高生と子狐という、実にシュールな光景がしばらく続く事になってしまった。


                *


「……とまあこんな感じで私たちはあの森から生きて脱出する事が出来たってワケ。使い方は知っているけど『神通力』がまだ少ないコノハちゃんと、魔法とかの知識も技術もないのに“何でか”膨大な魔力を持っていた私が協力し合う事で私たちは冒険者としてこの2カ月を過ごしていたのよ」

「な~るほど……つまりコノハちゃんが“スマフォ”でカグちゃんが“電池”って事なんだね!」

「言い方!!」


 そんな掛け合いをして笑いあう女性陣だが、大変な目に遭っていたのは変わらない。

 神楽さんは自分に起こった出来事を軽い感じで説明してくれたが……中々に綱渡りな感じだったみたいだ。

 突然現れた場所が通常攻撃で死なないアンデッドの巣窟何て……仮にその時アンデッドに相対する存在の神であるコノハちゃんがいなかったら、神楽さんの召喚特典のチートが『膨大な魔力』じゃなかったらと思うと……ゾッとする話である。


「それからとにかく森の脱出を目指して侵入した旅人とか冒険者とかに道を聞こうとしてたら、高確率でアンデッドに襲われている時に出くわして……何度か助けている内に」

「金色の獣使いが爆誕したワケだ」


 天音が笑いながら言うと神楽さんは少しムッとするも、諦めたような息を吐いた。


「途中からど~も連中の間で英雄視というか神格化が進んでいる感じがしてきてね……素性をそのままバラすとマズイ気がして来て……。ほら、その手の連中て付きまとわれるとしつこいじゃない?」

「あ~だから銀髪の巫女衣装を……」


 俺たちは再会時に彼女がワザワザ変装していた理由も腑に落ちる。

 やな話だが神楽さんは一度自分に好意(?)を持った輩に付きまとわれた挙句に危害まで加えられそうになった経験を持っている。

 目立つ事への対処は当然の判断だろう。


「しかし……銀髪の巫女と金色の稲荷神って……設定が強すぎない?」


「……ま、私もどうせ誰も知り合いいないし~ってはっちゃけていた部分が無いとは言わないけど……さ」

『モモちゃん私とお揃いなのです!!』


 俺が何気なくそう言うと、神楽さんはちょっとだけ顔を赤らめて目を逸らした。

 なるほど、それがしてみたかったのか……確か双子コスプレ、姉妹コスプレだったか?

 確かに巫女服は日本でやるのは難しいだろうな……色々な意味でも。




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