第九十九話 女子会は男子にとっては試練の場

 そんな乙女同士のじゃれ合いを生暖かく眺めていると、下の方から何やら“てしてしてし”という音が聞こえてきて……何だろうと思っていると、突然金色のモフモフが天音に目掛けて飛びついて来た。


『お久しぶりなのです! 天音お姉ちゃん!!』

「コノハちゃん!! わあ~無事でよかった~~」


 それは言わずと知れた稲荷神にして神楽家の守護神、コノハちゃんであった。

 ただし今はオカッパ巫女でも、さっき見た巨大な金色の獣の姿でもなく俺たちにとっては一番なじみ深い子狐の姿。

 天音はそんなコノハちゃんを満面の笑みで抱きとめると、そのまま頬ずり……う~む、モフモフと天音……尊い…………。

 ぜひこの瞬間を写真に残したい……。

 しかし周囲を見回してみると、そんな小動物との戯れに“何事か?”と視線を寄越す輩もいるけど、すぐに興味を失って視線を戻している。

 という事は今のコノハちゃんは日本にいた時のように『見える人にしか見えていない』という事になる。

 しかしさっき『金色の獣』として現れた時には万人に認識されていたような……?

 色々な疑問もあるので、しばし互いの無事を喜びつつ情報交換と現状確認をしていく事になった。

 当然の事だけど神楽さんはこっちと日本の時間差何て知りようも無かったので、その事実を聞いた瞬間口にしていたお茶を吹き出してしまった。


「ええ!? まだ日本むこうでは数時間しか経ってないの!? こっちでは2か月も経過してるってのに……」

「あ~うん……俺たちは君らの策略にハマった翌日、朝食ビュッフェを堪能した後にここへとやって来たんだよ」

「ご飯の後は一緒にプールに行ってたんだけど……転移反応を見つけたって連絡があったから急いで会いに来たんだよ?」

「…………若干、物凄く気になる単語がちらほらあったけど、取り合えず今のところは置いとこうか……そうか、こっちの2か月が向こうの数時間足らず……か」


 神楽さんはそう言うと物憂げな顔になるものの、しばらくすると明らかにホッとした表情を浮かべた。


「だとすりゃ、私は今のところ家出少女にはなってないって事なのね? 正直2か月の間失踪していた言い訳をママに何て言おうか悩んでいたからさ~」

『ちーちゃんは心配性なのです……こっちに来てから私もお母様と連絡できなくなってしまいましたし……』


 対してコノハちゃんはテーブルの上で気落ちしたように「キューン」と耳と尻尾を落としてしまう。

 いつでもお母さんのサカキさんに連絡が取れた日本と違い今は『神通力』による通信も出来ないんだとか。

 何だかんだ彼女は年数では百歳以上でも精神年齢は十代前半……帰りたくても帰れない状況では母恋しくても仕方がないだろうな……。


「まあその辺は心配ないぞコノハちゃん。俺たちがここに来たのは君らの発見が主任務だからな! もうしばらくすればバイクのお姉様が迎えに来てくれるからよ……」

「ほ、本当なのです!?」

「ああ、正確にいつ来るかは分からないけどな」


 召喚魔法の不正連続使用の影響で時間軸がブレまくっているから“生身”のスズ姉が一体いつ迎えに来れるかは未知数。

 しかし間違いなく“むこう”でも神楽さんとコノハちゃんを俺達が発見した事は把握しているハズ……。

 何はともあれ来る事だけは確実なんだからな。

 俺がそう伝えるとコノハちゃんは顔を上げると一気に喜びを体全体で表して、今度は神楽さんに飛びついて行った。


「よ、良かったのです~。またお母様にお会いできるです~~~!」

「うんうん、良かった良かった……」


 泣きつくコノハちゃんを母のように抱きとめて宥める神楽さん……守護神はコノハちゃんなのにこれでは完全に立場が逆転しているような……。

 しかしまあ……この微笑ましい光景にチャチャを入れるのも無粋だろう。

 俺も天音もしばらくの間コノハちゃんが泣き止むのを待つ事にした。


                ・

                ・

                ・


 ひとしきり泣いてから落ち着いたようでコノハちゃんが「すみませんでしたです……」と恥ずかしそうに言った姿に、堪らなくなった天音が再び抱きしめてから俺たちは情報交換を再開する。

 もっとも俺側から言える事は『異世界召喚』『時間差があるが帰還の手段はある』『召喚された“三女神”にはチートが与えられる』、この程度だけど。

 だが神楽さんはそんな下手すれば冗談にしか聞こえない話を真剣な顔でフムフムと頷いて聞いていた。


「つまり……今の私たちはカムちょんが良く言っていたような異世界召喚の物語? みたいな状況って事よね? ここから『不死病の森』の先の隣国『シャンガリア』の勝手な召喚に巻き込まれて……」

「その通りだけど……カグちゃん、何か理解速いのね?」


 似たような事を天音も思ったのか、テーブルの上でコノハちゃんをモフモフしながらそんな事を聞く。


「いくら何でも2カ月の期間があったもの……さすがに今の状況が冗談で済まない事は分かるわよ」


 神楽さんはそう言って頬を掻きつつ苦笑する。

 何というか彼女は状況の理解も受け入れも早いし、状況への柔軟な適応力も高い。

 実質的に三女神の中で最も頼りになる、リーダー格は彼女だとは薄々思っていたけど……さすがは姉御、冒険者たちの評価に偽りはないな。

 何だかんだでしっかり者の次女……『運命の三女神』栄えある現在の女神は彼女で決まりだな。

 となるとやっぱり末の妹はやらかす神威さんのものという事に……。

 俺はそんなどうでも良い事を考えてしまう。


「それで、カグちゃんは今どういう状況になってんの? 何かすっかりヒーローしているみたいだったけど……金色の獣使い~って」

「そうっすよ、さすがですね姉御!」


 そして俺は天音の言葉に乗っかって不用意な言葉を漏らすと、不意に神楽さんはニッコリと笑った……めっちゃ含みのある怖い笑顔で……。


「夢次? それ以上その名で私を呼ぶなら、これから昨夜のホテルでの出来事を事細かに詳細をじっくりと聞き出す女子会を始めても良いと思うけど?」

「!? 畏まりました神楽さん! 小生は二度と呼ばないであります!! やはり人の嫌がる事をしないのはコミュニケーションの基本ですからね!!」

「……よろし」


 アッサリと返される痛烈なカウンターに俺は思わず敬礼で返してしまう。

 く……どうしてもこういう事に対して主導権を掴む事は出来ない……。

 しかし俺が少々悔しい想いでいると、天音は涼しい顔で言う。


「あら……私は別に話しても良いけど? 昨夜の出来事……」

「お、マジ? じゃあやっぱり女子会を優先しようか? でもアマッちから話しても良いって事はコレはただ事じゃないね……」


 まさかのそっち側!? 俺は自分と同じ位置であると思っていた天音が“俺をからかう側”で話し始めた事に慌ててしまう!

 昨夜の出来事と言われても俺は詳細の記憶が何も残っていないのだから、何を言われても否定も肯定も出来ない……つまり勝負にならん!!


「すみませんでした! これからの事を真面目にお話ししましょうお二人とも!!」


 俺の全面降伏に女子二人は“ヤレヤレ”と矛先を収めてくれた。

 やはり女性に対して下手な事を言うものではない……俺はしっかりと心に刻み付ける。



 そしてそれから神楽さんはゆっくりと語り始める。

 自分たちが召喚されてから起こった二か月間の苦難の日々を……。


「この町がシャンガリアとアスラルの戦争から逃げて来た移民で出来上がってるのは知ってるよね? この町がアンデッドの巣窟『不死病の森』の近くにある事も……」


 頷いた俺たちにを見て神楽さんはテーブルで伏せていたコノハちゃんを抱き寄せる。


「私とコノハちゃんは2カ月前、突然その『不死病の森』の中に転移したのよ。しかもキッチリとゾンビの群れに囲まれている状況でね……まったく、どこの海外ドラマかって気分だったわ」



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