第九十八話 変身ヒーローのリアルな気持ち(笑)

 アンデッドが『不死病の森』から発生すること自体はスコルポノックではよくある事態なのだが、警報を聞いて武装を整え町から出た警備兵や冒険者たちは目の前に広がる光景に一様に呻いた。


「何だよあの数は……」

「推定五十……じゃなかったのかよ!?」


 町から『不死病の森』までは数キロに及ぶ草原と街道が広がっているのだが、その数キロ先に蠢く黒くおぞましい影は50では利かない事は遠目でも明らかだった。

 

「百……二百!? 今まであんな大量に発生する事は無かったのに……一体何があったんだ!?」

「原因など今はどうでも良い! 魔法を使える者は砲撃準備、聖魔法を使える者は浄化と回復の用意を!! 前線近接戦闘の者は負傷に気を付けろ!!」


 そんな中でおそらく冒険者ではなく町を守っている警備兵の隊長クラスである男が即席の部隊として冒険者たちへと指示を飛ばす。

 その事に特に不満を言う冒険者もいない……それは誰もがこの場で自分たちのやる事、やれる事を理解した行動であった。

 その中には怖気づいて町の中に引き返す輩もいる。

 だが……踏みとどまる連中は落ち着いて武器を構える者も、震えながら魔物の群れを睨みつける者も一様に覚悟を決める……敵を倒す覚悟、負傷する覚悟、死ぬかもしれない事を理解して尚戦う覚悟……命を懸ける覚悟を。



 しかしそんな悲壮な覚悟をする戦士たちの前で、絶望の光景は一気に塗り替えられた。

 おぞましく蠢くアンデッドたちが神々しく猛る白き炎に包まれ消えて行く光景に……。



「……え?」

「な…………なんだ? 何が起こって!?」


 押し寄せる絶望が一気に消し去られ浄化していく……その光景に見覚えのない者たちは呆然とするしか無かったのだが、冒険者たちの中にはその光景に見覚えのある者も少なくなく……気が付いた者たちは絶望、驚愕から即立ち直り、一瞬にして跡形も無くなった草原に降り立つ金色の獣を目にして確信に満ちた声を上げた。


「金色の獣使い《ビーストテイマー》…………」

「あ、姉御だ……来てくれたんだ! カグラの姉御だあああああ!!」

「「「「「「おおおおおおおおお!!!!!」」」」」」


 絶望的な戦いを前に降り立った救世主を前に喝采を上げだす冒険者たちを前に、金色の獣から降り立った銀髪の女性は一緒に乗せていた虎獣人を大地に優しく下ろすと、騒がしい中においても冷静でよく通る声を声を上げる。

 

「誰か、回復魔法の使い手を! 私らはアンデッドの攻撃での瘴気を『浄化』は出来るけど負傷の回復は出来ないからな……」

「お兄ちゃん!!」

「あ、アニキ!!」


 そうすると冒険者たちの集団から二人の男女が駆け寄って来た。

 それはアンデッドを前に冒険者仲間で兄である者を見捨てなければいけなかった二人で、無事に助け出された虎獣人を前にして号泣する。

 そして妹の獣人は回復魔法の使い手のようで、慌てて回復魔法を負傷だらけの兄へと施し……全身の負傷がゆっくりと回復して行く。


「う、うう……お、お前ら……」

「喋らなくていい! ジッとしていて!!」

「良かった……良かったよおおアニキいいいいい」

「あ~ったく、泣くんじゃねえ……。別れ際の決断が出来る男なら、あれなら妹を任せられると思ってたのによ~……、これ、じゃあ……まだまだだな~」


 冗談めかしてそんな事を言う彼、それを見届けた白銀の巫女姿の女性は「もう大丈夫だろう……」と口にすると再びフワリと金色の獣に横向きに座り、獣の美しい毛並みを優雅に撫でる。

 その姿は屈強な警備兵たちも、粗暴な冒険者たちも魅了させる光景で……彼らは口々に賛辞の言葉を上げ始める。


「うおおおおお! 流石スコルポノック最強の冒険者!!」

「金色の獣使いの呼び名に一切の偽りなし!!」

「きゃああああお姉様ああああ!!」

「頼むうううぜひ俺たちのパーティーに!!」

「ぜひ獣に命じて俺を足蹴にして下さい!!」


 ここ数カ月ですっかりこの町の英雄となってしまった銀髪の女性は、実はこの状況にクールな顔でスルーしている体で……実は相当に困っていた。

 彼女は約2か月前にこの町に突然“放り出されて”身を守る為に自衛手段としてアンデッドを討伐していただけのつもりだったのだが……気が付けばこの状況である。


「ありがとうございますううう!!」

「カグラの姉御……貴女は恩人です……本当に本当にありがとうございます!!」

「いいさ……彼を助けたのは私ではなくこの子なのだから……」


 さっき死に際を助けた冒険者の仲間たちに至っては最早崇拝レベルの感謝の言葉でひれ伏して来る。

 銀髪の巫女は金色の獣を撫でつつ、心の内でそっと溜息を吐いた。

 危機的状況を助ける事については別に問題無い……だが必要以上に英雄視されてもてはやされると言うのも、彼女としては性に合わない事だったのだ。


「姉御おおお! こっち向いてくれえええ!!」

「一杯奢らせてええええ!!」

「お姉様アア! 結婚してえええ!!

「さすがカグちゃん! カッコイイよおおおお!!」

「成績学年一位の実力は伊達じゃねえ!!」


 そして尚も続く自分への称賛の言葉に、銀髪の巫女がそろそろお暇しようとした瞬間、称賛の声の中に妙なものが混じっている事に気が付いた。

 巫女が恐る恐る冒険者たちの群衆の中に視線を向けて……彼女がとある二人の冒険者を見つけた瞬間にギョッとした目になった事に気が付いた者は、向けられた二人だけだったが……。


「千里さんも娘の成長を喜んでいるよおおおお!!」

「コノハちゃん! 私もモフモフさせてええええ!!」


 そしてほとんどの群衆が畏敬の念で自分を見ている中で、唯一“面白いものを見れた”とばかりにニヤニヤと見ている男女が、明らかにからかい目的の言葉を浴びせている事実に白銀の巫女は真っ赤になって冷や汗をダラダラと流し始める。


『ああ! モモちゃん!! あれってお姉ちゃ……』

「シ! 今は黙ってて!!」


 金色の獣が何かを口走りそうになった瞬間慌てて止めた彼女は、そのまま獣に命じ再びフワリと虚空へと浮かび上がる。

 そして歓声が響く中、スコルポノックの東の山へと一筋の光を残して飛び去って行った。

 それはまるで悪を退治して称賛を求めない変身ヒーローの如く……。


               *


「いや~実に良いモノを見ましたね~夢次さん」

「そうですね~天音さん。なんたってスコルポノックの英雄、金色の獣使いをこの目にする事が出来たのですからな~」


 俺たちは色々と拝見した後で冒険者ギルドから『酒場の一番奥のテーブル』に行くように指示されて……現在は二人そろって注文した料理に手を付けつつ、さっきの話題に花を咲かせていた。

 酒場内にいる連中の話題も“スコルポノックの英雄”についてが多く、口々に彼女を称える言葉で賑わっている。

 だというのに誰もが気が付いていない……まあ当然の事か。

 自分たちのそばを『ゆるふわ茶髪の町娘』が通りがかった所で、彼女が自分たちの英雄と同一人物であるなど気が付けるはずもないのだから……。

 その彼女……神楽さんは俺たちを見つけると瞬間喜んだ顔になるものの、さっきの『金色の獣使い』の姿を見られたという事からか、複雑そうな顔を紅潮させて行く。


「…………オッス」


 そして気まずそうに俺たちへと絞り出した一言……これだけで彼女の心境を理解できた俺たちは笑顔で頷きあうと再会の言葉を言う。


「お久しぶりです姉御!!」

「元気でしたか姉御!!」

「心配しましたぜ姉御!!」

「お怪我はありませんですか姉御!!」

「……分かった……ケンカ売ってるのね、格安で買うわよ!」 

「あははは、ゴメンゴメン! 無事で良かったよ姉御~」

「暗に止めてって言ってんのが分かんない!?」


 俺は恥ずかしさで顔を真っ赤にさせるというレアな神楽さんを抱き着いて宥めるという天音という、もっとレアな光景に……内心彼女が無事であった事に心底ホッとしていたのだった。

 冗談を言い合っていても彼女たちが互いを心底心配していた事は、それだけで察する事が出来る。


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