第九十六話 ギルドの通過儀礼?

「金色の……?」

「獣使い《ビーストテイマー》……?」


 その名を聞いて俺たちは顔を見合わせて、目が点になった。

 そして思い浮かぶのはギャルっぽいユルフワ茶髪の秀才女子高生と、その娘の守護神であるオカッパ金髪の狐巫女。


「もしかして神楽さん?」

「……しか私も思いつかないけど」


 俺たちが何とも言えない表情でそう言うと、受付の猫耳少女は誇らしげに頷いて見せた。


「その通りですにゃ! 当ギルドで最強にして最年少の女性冒険者!! 彼女が一声で美しき金色の獣が圧倒的な力で蹂躙するあの雄々しき姿!! そして仕事を終えた獣の金色の体を優しく撫でる神々しき姿!! あの方は当ギルド、いえこの町にとって最高の冒険者であり皆が敬愛する英雄!! あの方がいらしてくれるからこそこの町の平和は保たれていて…………」


 そしてドンドンと興奮気味に語りだす猫耳少女の言葉にギルド内にいる冒険者連中もウンウンと同調したように頷いている。


「あのお姿を一目見た時……俺は初めて英雄を目の当たりにした気分だった……」

「私なんて死に際を助けていただいたのよ! あの強さ、美しさ……神と言っても足りないくらい……」

「ああお姉様…………」


 …………一体何をしたんだあの人は?

 スズ姉曰く、神楽さんも神威さんも“天音と同様に”何らかのチートが召喚された時点で成されているらしいけど……この周囲の英雄扱いを見ていると少々不安になって来るな。

 たったの2カ月でこれ程尊敬され称えられるのは普通ではあり得ない事だろうに。

 しかしまあ……それにしても……。


「ビーストテイマー神楽ね……フフ、カグちゃんカッコイイ……」


 天音の呟きに俺も思わず吹き出してしまった。

 何というか、その如何にも中二っぽい二つ名であるところとか……十中八九本人はその二つ名を聞いて微妙な顔になっているだろうな~って事を想像すると……。


「スキがありそうで実は無いのが神楽さんだからな~。こりゃいいネタが出来たかも……」

「そうなのよね~。仲間内でも揶揄われるのはいっつも私だから、これはいい機会かも」


 俺たちがそんな事を言い合っていると猫耳少女は納得したような顔で話しかけて来る。


「やっぱりそちらの故郷では変にゃのですかにゃ? 私らは尊敬を込めて呼んでるつもりにゃんですが、ご本人は微妙な顔をにゃさるんですにゃ。獣魔の狐っ娘は大喜びだったんですがにゃ~」


 そうでしょうとも……俺たちは予想通りの状況になっていた事に苦笑してしまう。

 そしておそらく一緒にいたコノハちゃんが『カッコイイ名前なのです!』と喜んでいただろう事も踏まえて。


「ではお二人とも……これからご案内あんにゃいいたしますので、こちらに……」



 そして猫耳少女が俺たちを奥の部屋へと案内しようとしたその時、何故か遠巻きに俺たちを見ていたガラの悪そうな男二人が怒鳴った。


「お、おいちょっと待てよニーナ!」

「俺たちが散々目通りを頼んでも聞かなかったクセに、どこのどいつかも分からないよそ者には会わせるって言うのかよ!!」

「そうだぜ! 俺たちが何度もパーティーに誘ってんのに全無視しといて、そいつらは連絡付けてやるってのか!?」


 不満タラタラにそんな事をがなり立てる二人、更に同調するように座ったままこっちを睨んでいる仲間と思しき数人の男女……コイツらも負けずにガラ悪いしケバイな……。

 猫耳少女にチラッと聞いてみると、どうやらこいつ等はそこそこ実績のあるCランクの冒険者たちだが素行が悪く、最近はランクも頭打ちのようで……。

 ようするに“パーティーに強者を入れて自分たちは楽に実績を挙げよう”という魂胆なんだろうと言うのが見え見えである。

 しかし恫喝にも似たそいつらの言葉に、一見気弱そうにも見えた猫耳少女は毅然として目を吊り上げて怒鳴り返した。


「うっさいにゃ! コレは姉御から直接ギルドが頼まれた指示に彼らが合格したのだから当然の処置にゃのにゃ!! てめえらが全く相手にされにゃいからって絡むんじゃねーのにゃ!!」


 しかし悲しいかな威勢は良いのに体格と言動のせいでどうしても迫力が……。

 天音もそんな彼女にホンワカしてるし、周囲を見てみると連中以外の冒険者たちも似たような目を彼女に向けているし……。

 しかしそんな無自覚な癒しは連中には通用しないらしくより興奮して叫び出す。


「んだと!? 俺らが信用に値しねーってのか!?」

「当たり前にゃ! 何回姉御はパーティー要請は受付にゃいって言えば済むにゃ!? この人たちは暗号の事だけじゃにゃく“会いに来た”って言ったのにゃ!! 決定的だったのは姉御に『戦いの要請をしなかった』って事にゃ!!」

「な……んだそりゃ!?」


 おっと……どうやらもう一つの条件もあったみたいだが、俺たちは無意識にクリアしていたようである。

 何の事は無い、自分を戦いに利用しようと考える輩は最初から門前払いしていたと。

 つまり必須条件は『心配して来た日本人』に限定していたって事か……。

 なんかもう用意周到というか、緊急事態に対する対応力が半端ないと言うか……。

 天音も腕組みして感心したように「さすがカグちゃん」と頷いているし。

 しかしそれでも納得が行かないのか、ガラの悪い輩共のターゲットが今度は俺たちに移行したみたいで……唐突に俺達にいわゆるガンたれを始めた。


「おうおうおう! てめえらは本当に同郷なのか!? あの人の知り合いの割には大して強そうにも見えねーしよう……」

「……そっちのねーちゃんは、まあダチって言ってもその面なら分かるがな。よう、おめーは一体姉御の何なんだってんだよ。まさかそんな貧相な体や魔力で姉御のダチを気取ろうってんじゃねーだろうな……」


 こういう輩はとにかく因縁を付けないと気が済まない人種なんだろうか?

 言っている内容が物凄い“自分たちを棚上げにした”言葉である事に気が付いていないのか……。

 俺が天音と目を合わせて呆れたように息を吐くと益々声を荒げ始める。


「てめえ! そもそも知り合いを男が名乗るのが気に入らねえ!! 大方同郷って言って会いに来て姉御にモーションでもかけるつもりで……」

「んだと!? おめえみたいなひ弱そうな男に姉御の相手が務まるワケねー!」

「……は?」


 そして言うに事欠いてとんでもない邪推までし始める始末……こいつらは本当にテンプレ通りなガラの悪さである……聞いていて気分が悪くなるな。

 幼馴染の親友の安否を心配するのは普通の事だろうに、男だろうと女だろうと……。

 しかし……そんな失礼な邪推にいち早く反応したのは俺では無かった。


「どうせ心配面で近寄って良い仲になろうと…………ひ!?」




「…………今、なんと言いました?」




 にっこりと笑いつつ天音がガラの悪い男共に視線を向けただけで、男共は腰を抜かしてへたり込んだ。

 同様に今まで周囲で見ていた冒険者たちは青い顔になって絶句しているし……一体どうしたと言うのだろうか?

 そうしていると天音がゆっくりと連中に近づき……腰を抜かした男たちは涙目になってガチガチと震え始める。


「は、は……はひ!? う、ああああ……!?」

「ねえ? 私、良く聞こえなかったんだけど……誰が誰にモーション掛けるとか言ったの? ねえ? 一体誰が?」

「ひ、ひいいいい!? はわ、はわ……!?」


 そして怯え切った男は何とか天音の接近を逃れようと、腰を抜かしたまま床を這いずる。

 その様は檻の中で猛獣に追い詰められているかのようで……さっきまでの威勢はどこに行ったのか……。

 俺が周囲の反応の意味が“全く”分からずにいると、耳を伏せて怯えまくった表情を浮かべた猫耳少女が意を決したかのような声を上げた。


「お、お客人、申し訳ございませんにゃ!! 連中の暴言にお怒りはご尤もですがにゃ、それでもギルド所属の冒険者にゃ! 命ばかりは勘弁して欲しいのにゃ!!」


 その言葉を聞いて猫耳少女の方を天音が向いた瞬間、怯え切っていたガラの悪い冒険者たちは一様に気を失ってしまった。

 そしてギルド内部に広がるホッとしたような雰囲気……なんなんだ?

 しかしこの状況を理解できていないのは俺だけのようで……天音は淡々と話す。


「別に私は何もしないわよ? ただちょっと……まるで事実に反する不快な事を言われた気がしたものですから……」

「……連中の意見に同調する気もにゃいけど、さすがは姉御の友人ですのにゃ。隠ぺいしていた魔力を開放しただけで…………」

「最初から攻撃する気は無かったけど?」


 魔力の開放? 今天音はそんな事をやっていたのか?

 俺にはただ天音がにこやかに振り返っただけに見えたのに……どうもこの世界の連中は分かるのに俺には『魔力』? ってヤツを感知する事が出来ないのだろうか?

 しかし周囲の状況について行けず、平然とした顔で天音の隣にいる俺の姿に周囲の冒険者たちは変な解釈をし始めた。


「い、今の魔力は『金色の獣使い』よりもすさまじかったんじゃ…………俺は巻き添えで殺されるかと思ったぜ……」

「あのあり得ない魔力を前に平然としている隣の男も一体何なんだよ……あんな“何も感じていない”くらいの態度は……」

「もしかして……あの男の方も同程度の魔力を持っているって事!? よ、良かった……変な因縁付けなくて……」


 後で知った事だけど、この時ギルド内部で顔を青くしていた連中は、天音が開放した魔力を前にまるで噴火する火山の中心にいるような、巨大なドラゴンを前にしたような恐怖を味わっていたんだとか……。

 残念ながら俺には全く分からなかったんだけど……。



カンカンカンカンカン…………



 しかしそんな定番な冒険者ギルドの先例っぽいやり取りがようやく終わったと思った矢先に、町中にけたたましい鐘の音が響き渡った。

 それは誰の耳にも緊急事態を告げるものである事は明白で…………おそらく緊急放送の類であろうアナウンス? が並行して聞こえて来た。


『大森林よりモンスター出現! モンスター出現! 兵士、冒険者各位は至急戦闘準備をお願いいたします!! 数は約50、全てアンデットと思われます!!』


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