第九十五話 同郷の暗号
……気が付いた時俺がまず目にした光景は眼下に広がる街並み。
それはレンガ造りが主である中世っぽいと言うか、RPG雰囲気を醸し出していると言えば良いのか……そんな感じの町が眼下に見下ろせる丘の上に俺は立っていた。
どうやら『夢渡り』は成功したようだな。
確認ついでに自分の体を勢いよく叩いてみると、昨晩の夢と同じように何の感触もなく水面を叩いたように全身に波紋が広がって消えて行く。
準備しておくと言われていた『水人形』にしっかり憑依も出来ているようだ。
「……ユメジ、ここが目的の場所なの?」
「お?」
隣を見てみると一緒に『夢渡り』を使った天音もいて、その恰好は散々夢で見て来た異世界スタイルの衣装『無忘却の魔導士』のものだった。
今までの経験上『共有夢』併用での『夢渡り』も可能だろうとは思っていたから彼女が今ここにいるのと自体は特に驚きは無い。
しかし何というか……さっきまでよりもまた一段と貫禄があるように見えるような……。
「? どうかしたの」
「い、いや何でもない……」
思わず凝視してしまった事が妙に恥ずかしくなって俺は慌てて目を逸らす。
何かもう少しの間で変化する天音の一挙手一投足が気になってしょうがなくなるけど、今はその辺を気にしていていい状況ではないからな……。
俺たちは一応姉からこの世界についての基礎的知識は教えられている。
この世界は見た目は中世のヨーロッパ風の『剣と魔法の世界』らしく、国もあるし軍隊もある、そして魔物も冒険者も存在する正に“オタク”が想像しやすい世界なんだとか。
そんな世界でも昨夜天音が“溶かした”王城の主であるカルロス率いる『シャンガリア王国』はこれまた分かりやすく悪政を敷く国で、昨年東方の隣国『アスラル王国』を攻め滅ぼした危険な国。
そんな国に天音を含めた『三女神』が召喚されていた事に、今更ながらゾッとする。
本当に昨夜は“何事もなく穏便に終わって”良かったな~~と……。
そしてスズ姉から入った情報は大まかにはこんな感じである。
『昨夜天音ちゃんが召喚された王国『シャンガリア』の南方、隣国に当たる共和国『ミューストス』との国境付近に“約2か月前”の転移反応が見つかった』
この情報を元に俺と天音は速攻で指定された座標へと『夢渡り』で飛んで……現在は小高い丘の上から町を見下ろしている。
しかし何というか……町の規模的には昨晩のシャンガリア王国の城下町の方が遥かに大きいのに、向こうに比べて眼下の町は活気に満ちていて遠目で見ても人々の往来や喧騒が分かる程だ。
……逆に言えば王国の城下町が隣国の国境付近の町より活気がないという状況の方が問題なのだがな……。
「この付近で反応があったみたいだけど……果たしてどっちの反応だったのかしら?」
「二人同時に動いていてくれれば楽なんだが……」
「本当ね」
それが希望的観測である事は分かっているが……冗談めかしてそうは言うものの、何だかんだ親友たちの心配をしている事は天音の横顔で察せられた。
観測されたのは約2か月前、それは天音が召喚から帰って来てからの事。
つまりは現代日本でかれこれ5~6時間の間に、こっちの世界ではそんなに月日が経過していたという事で……その事実には幾らチート加護を二人が授かっていたとしても心配になってしまう。
「せいぜい5~6時間の間で2カ月って……時間経過がズレているって言っても計算がおかしくないか?」
「スズ姉も時間軸が不安定になっているって言っていたからね。早くなったり遅くなったり、一定には変化していないみたいだから……」
この状況を単純計算すれば一時間に2週間近くのロスが生じるというとんでもない計算が成り立つワケで……俺は軽く戦慄を覚える。
「……つまり早く見つけて連れて帰らないと俺達は二人の後輩になるという事に」
「……急ぎましょうか。私、今更二人を“神楽さん”とか“神威先輩”なんて言うのは嫌だからね」
そして俺たちは眼下に広がっていた町『スコルポノック』へと向かった。
その途中では特にトラブルもなく、町に入る時も俺たちは『冒険者』としてすんなり入る事が出来たのだった。
この世界にも俺のような
そして町中に入った俺たちがまず目についたのが、シャンガリアよりも遥かに活気のある街並みと、多種多様に往来する人間以外の種族だった。
まず門番すら熊の獣人だったし、八百屋で景気の良い声を上げているのは獅子の顔をしたオッサン。町中を元気に駆け回る子供たちは無論人間もいるけど、エルフもいるしケモミミ少年もいるし、失礼なのは分かるけど思わず目で追ってしまう。
俺が思わず立ち止まっていると熊獣人の門番が気を使って話しかけて来た。
「何だい君ら、別種族を見るのは初めてなのか?」
「え……ああ、すみません。俺たちの故郷には他種族があまりいなかったので……この町は随分と色々な種族が混在してますね~」
「お~元々この町はシャンガリア王国から逃げて来た連中が多いからな~。どうしても色々な種族が集まってしまうんだよ」
「シャンガリアから? 何でまた……」
予期せずに聞かれた不穏な国の名前に思わず聞き返してしまうが、熊門番は難しい顔になって説明してくれる。
「知らんのか? ここから北にある大森林を抜けたところにある王国なんだがな、あの国は数年前に国王が代替わりをしてから“人族第一主義”になっちまってな……当時酷い弾圧が起こったんだよ」
その説明だけで俺も天音も一瞬で理解できた。
別人種の差別……確かに人を人とも思ってなかったあの国だったらやらない方がおかしいくらいだ……。
「……つまりここの人たちは隣国から大森林を抜けて逃れて来た人たちが多いと?」
しかし俺が何気なく聞いてみると熊門番は首を横に振って見せる。
「いいや? そう思ったのは分かるけど、実際には少し違うな。シャンガリアで弾圧から逃れた連中は南の大森林は危険過ぎて……最初は東に逃げたんだからな」
「東って……それって……」
「ああ“それ”は知ってんだな。そう、あの国は逃れた別人種たちを受け入れた隣国『アスラル』に奇襲で攻め入って……滅ぼしやがった」
そう言うと熊門番は手にした槍をギリッと握りしめて苦々しい顔をする。
熊の顔も相まって中々迫力満点で、何というかそれだけで彼もその戦争に無関係では無かったのが察せられてしまう。
「この町スコルポノックはシャンガリア、アスラルから逃れて来た戦争移民がミューストスの……ある意味では温情で作られた町なのさ」
ある意味での温情……この時に熊門番が言っていた含みのある言葉の意味がいまいちよく分からなかったが、この町が活気があるのはイコールで戦争という悲惨な現実があるのだと思うと……何とも言えない気分になってしまう。
そして町中の大通りをしばらく行くと、俺たちは取り合えず目的地である“冒険者ギルド”へとたどり着いた。
冒険者ギルドという名前にちょっとテンションが上がる自分がいるけど、ここに来たのは別に依頼を受注するとか定番の異世界体験がしたいって事ではない。
「さて……ここで二人の情報があればいいけど」
「そうだな……」
天音の呟きに俺も同調する。
前回の夢渡りで真っ先に天音と合流できたのはスズ姉曰く奇跡的偶然があったからで、今回は漠然と“この辺に反応があった”としか分からず、二人がどこにいるとか詳細は全く分かっていない。
というワケで、俺たちはまず情報が集まりやすいと言うここに訪れたのだった。
建物は3階建てのちょっとした酒場のような作りで、扉を開けた瞬間に俺たちに向けられたのは分かりやすい値踏みするような視線だった。
その視線の先は基本的に美人な天音の方へと向いていて、時々俺の方にも向くけど明らかに馬鹿にしたように鼻で笑うガラの悪そうな男たちもチラホラ……。
変な話だがこんな状況に俺は『おお冒険者ギルドなんだ!』と実感していた。
そんな独特な雰囲気の中でギルドの受付に座っているのは打って変わって可愛らしい少女。にこやかな営業スマイルを浮かべているがその頭にはチョコンと猫耳があって、彼女も獣人である事が見て取れた。
俺はその容姿にハッとなって……天音の腕を掴む。
「天音……お持ち帰りは禁止だぞ」
「……わ、わかってる」
俺は素直に可愛いなとしか思わなったが、猫耳娘を見てからカワイイの大好きな天音の手がワキワキしているのを俺は見逃さなかった。
その手は明らかに『モフモフしたい……』と語っていて……俺は天音を自分の背後へと移動させる。
カワイイ、特にモフモフに天音はたまに暴走するからな……。
……そう言えばコノハちゃんは大丈夫なのだろうか?
俺が一番最近で天音がやらかした被害者狐巫女少女を思い出していると、受付の少女が元気よく話しかけて来た。
「冒険者ギルド“クレパス”へようこそですにゃ。本日はどのようにゃご用命ですかにゃ?」
その期待通りの猫言葉を聞いた瞬間、背後で見えないはずなのに天音の目がギラリと光った気がしたのだが……気のせいだと思う事にする。
「依頼ですかにゃ? それとも受注の方ですかにゃ?」
「う~ん、これは依頼の方になるのかな? 実は人探しをしていて……大体彼女と同じくらいの女性なんだけど……」
探し人という俺の言葉に特別驚いた様子もなく、猫耳少女は天音に視線を投げた。
「この方と同じくらい……十代後半ってくらいですかにゃ? 種族と職業は?」
種族って言われて思わず身構えてしまうが、ここは異世界なのだから聞かれて当然なのだろう。
実際目のまえにいるのも門番も、そしてさっきから好奇なのか敵対なのか分からないあらゆる視線を向けて来る輩の半分は様々な獣人だし……。
「俺達と同じ種族」と答えると猫耳少女は「では人族ですにゃ」と話して依頼書にスラスラと記入していく。
「職業は……正直今何をやっているのかは分からないんだよね。なにぶん最後に会ったのが二カ月前だから……」
「うにゅ? 探し人は定職じゃにゃいの? それじゃあ目星がつかないですにゃ……それで、お名前は?」
「え~っと、カグラ・モモエ、もしくはカムイ・アイリ。この名の女性に心当たりがあれば……」
ザワ…………
その瞬間、ギルド内部の空気が一変した。
さっきまでの剣呑な雰囲気ではなく明らかに緊張感のある、悪く言えばさっきまで五分五分だった敵視が十になったように。
咄嗟に天音も表情を引き締めて周囲を警戒し始める。
「……お客人、その名をどこで知ったにゃ?」
そしてさっきまでは営業スマイルの癒され猫耳少女だった受付嬢が途端に警戒した、油断なく人を見定めようとする顔に変化する。
俺はその変化に『こいつはプロだな……』と緊張すると共に思わず感心してしまう。
「友人よ。私たちは同じ学び舎で学んだ学友でね、ワケあって彼女たちとはぐれてしまったから捜索しているところなの」
天音がそう答えると、猫耳少女はしばらく警戒した瞳でジッと見つめてから口を開いた。
「……お魚くわえた」
「……は?」
唐突に言われた言葉の意味が分からず思わず間の抜けた声を漏らしてしまうが、猫耳少女は真剣な表情のまま続ける。
「その人については色々な事情でギルドでは情報を限っているのにゃ……」
「し、知っているのかその二人を! あるいはどちらかを!?」
「知っているなら教えて下さい! 私たちはどうしても会わないといけないのです!!」
その口振りでこの少女が、いやおそらく冒険者ギルドの関係者すべてが何らかの情報を持っている事を俺たちは確信した。
しかし色めき立つ俺達とは裏腹に彼女は冷静に言う。
「事情があると言ったにゃ……。でもその人から“もしも尋ね人が答えられたなら連絡をくれ”と言われている暗号があるのにゃ……。曰く、同郷なら知らないはずがないと」
その言葉にいつの間にかギルド内の冒険者たちが静まり返って俺たちを見ていた。
つまり今までもこのやり取りはあったという事なのだろうか?
「この暗号が続ける事が出来ねばアンタらは“あの方の友人”を詐称した証明になるという事にゃ…………“お魚くわえた”」
しかし俺たちは二人とも確信していた。
同郷、つまりは日本人なら知っているハズのその言葉で始まる暗号……というか歌詞。
俺達は顔を見合わせてコクリと頷く。
「「どら猫」」
ピクリ……猫耳少女の耳と尻尾がその瞬間ピンと立った。
そして冷や汗すら流して言葉を続ける。
「……裸足で」
「「駆けてく」」
「陽気な」
「「○○エさん」」
それは国民的アニメの主題歌。
少しくだらないというか茶目っ気を感じなくも無い暗号だが、日本人と言う事を限定するにこれ程分かりやすい暗号もない。
更に続いた暗号、と言うか歌詞を最後まで終えると猫耳少女は迷いなく続けた俺たちを目を丸くして見ていたが、しばらくして溜息を吐いた。
「凄いのにゃ……この暗号に答えられた者はいなかったのに。強力な冒険者は他の引き抜きや利用しようする輩が多いからこのような手段を取っていたのにゃが……どうやらお二人は本当に知り合いのようにゃ……」
そう言うと猫耳少女は居住まいを正してペコリと俺たちに一礼した。
「分かりましたにゃ。早速これから我がギルド最強の冒険者『金色の獣使い《ビーストテイマー》に連絡いたしますのにゃ」
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