第九十四話 天の音色に支配されし溺れる夢
さて、ファッションショーというものに対しては、俺を含めて多くの男性は偏見を持っているのではないかと思う。
それは別にそう言う世界を否定するとかそう言う事じゃ無く、自分達には無関係な別世界であると興味の範疇から除外してしまうという事である。
平たく言えば“自分には楽しめない世界”と決めつけて扉を閉ざしてしまうという事。
そして俺も例に漏れずそのように考えていたのだが……。
「コレはどうかな?」
「……………………」
まず最初に試着室から現れた天音が着ていたのはピンクのビキニ……その姿を前に俺は今までの意見を手首がねじ切れんばかりに翻す。
ファッションショー……スバラシイイイイ!!
ビキニのセクシーさとデザインの可愛らしさが見事に融合して、天音の魅力を数倍にも引き上げて……。
「…………」
「ちょ、ちょっと……何か言ってよ」
「…………」
な、何も言えね~~~!!
この奇跡的なシチュエーション、奇跡的な美の共演による今世紀最大の奇跡の瞬間に立ち会えたこの喜びに…………自分でも何を考えているのか分からなくなってきた……。
それから天音は何も言えずにいる俺を放置して、残り二つの水着も着て見せてくれた。
無論2つ目の黒のワンピースも、三つ目の南国風パレオ付きビキニも天音には非常に似合っていて……俺はその奇跡を目に焼き付ける作業に必死になるしか出来ず……ようやく絞り出せた言葉は……。
「……やっぱり撮影許可いただけませんか?」
「やっと何か言ったと思えばそれ!? このスケベ!!」
そう言われてからビシリとまた天音からデコピンを喰らってしまった。
しかしそのデコピンの痛みすら、今の俺にはスパイスのように感じる……水着の天音に笑いながらされるデコピン……いい……。
……分かっている……自分が今何かヤバい状態なのは……さっきからドンドン気持ちが悪くなって行っているのは自覚している……踏み込み過ぎている事も……。
しかし熱に浮かされていた俺の思考は、天音の次の言葉で完全に停止した。
「それで……どれが一番似合ってた? ユメジ的には」
「……え?」
天音による単独ファッションショーの素晴らしさに俺はすっかり忘れていたのだ。
このショーの審査員が自分であると言う事実を。
「ど……どれが一番……か……」
世の男性が女性にされて最も難しいとされる質問『どれが良い?』をまさか俺が問われる瞬間が訪れるとは夢にも思わなかった……。
こういう時の最適な回答は『女性が選ぼうとしている物を選ぶ』事……こういうのは女性側はどちらを選ぶのかは決まっていて、男性側に共感出来るかの確認を問いているとか聞いた事がある。
しかしだからと言ってこの場合に最悪なのは『外す』事では無いという。
少なくとも“自分に似合うかどうか”をしっかり吟味した上で意見を出したってだけでも、それは自分の事に興味を持って接しているという証明になるのだとか。
では何が最悪なのかと言えば意見を出さずに『どれでもいい』という事らしい。
『どれも似合う』『どっちも良い』、コレは悪変換されると女性には『どれでもいい』に聞こえてしまい、総称すると自分には興味を持っていないと思われる危険すらあるのだとか。
しかし俺は本気の本気で……頭を抱えてしまう。
可愛らしさとセクシーさを同時に醸し出すビキニ……。
セクシーさを前面に押し出しプロポーションを際立たせる黒のワンピ……。
異国風なデザインが可愛らしさを発揮させるパレオ付き…………。
くおおお!? いかん、似合わないのが無いいいい!!
その結果……俺が絞り出せたのは結局一番してはいけないと言われる意見で……。
「全部……似合う……どれも捨てがたい……」
「そんな苦渋の決断を要求したつもりは無いんだけどな~~」
しかし俺の不甲斐ない言葉に天音はクスっと笑うだけである。
どうやら俺が考えに考え抜いて尚、結論が出せない事をくみ取ってくれているようで…………く、そんな姿すら今の俺には……眩しい!!
「あ……そうだ、もう一着見て貰いたいのがあるんだけど……」
「うえ?」
思い出したように天音がそんな事を言うと、再び試着室のカーテンが閉じられた。
どうやら天音自身も選んでいたようであるな……だったらもう天音自身が決定した物が一番の正解なんじゃないか? と思ってしまった。
そして数分後……俺はカーテンを開けた天音の姿にもう何度目になるのか分からないが、魂を持って行かれる気分になった。
「う……えっと……そ、その水着は……」
「う~ん……あはは、さすがにコレはちょ~っと攻めすぎかな?」
それは俺が一度は手にして、一度は着ている天音の姿を見てみたいと思ったセクシー過ぎる水着であった。
胸を縦に覆う水着は首からヘソにかけてガッツリと開かれていて、当たり前だが天音の綺麗な首元、形の良い胸が下から見え隠れして、やたらと気にするクセにしっかり引き締まったお腹も、綺麗な脚線も惜しみなく露出されていて……エロいひたすらエロい!!
俺は思わず血の逆流と共に『コレ!!』と宣言しそうになった。
本音を言えば超似合う!
出来ればこのまま何時間でも愛でたいくらいに!!
このままお持ち帰りしたくらいに!!!
だがこの水着はダメだ! こんな水着を着ていたら…………。
「い、いや……そ、その水着はないだろ」
「え~そうかな?」
「うん……さすがに天音には似合わないって言うか……」
俺は自分の心情とは裏腹に、奥歯を噛み締めて真逆の意見を絞り出した。
本当ならば言うべきではないのかもしれない、それこそ似合わないなどと明らかに不快な事を言うのもウソを言うのも良くない事かもしれない……。
しかし……俺はどうしても嫌だった。
もしかしたら天音を嫌な気分にさせるかも……と思わなくも無かったが、この水着を似合うと言うのはどうしても……。
「え~? でもユメジ、これを手に取って見てたよね?」
く!? やはり見られていたか!!
この水着を着て見せた事から何となくは思っていたけど……確かに着ているところが見てみたいとは思ったけれども!!
「い、いや……でも実際に見てみたらそれ程じゃ無かったというか……」
そして俺は尚も心情とは反対の意見を口から絞り出す。
だが天音はそんな俺にまたもやクスリと笑うと、そっと耳に顔を寄せて囁いた。
「大丈夫よ……こんなの見せるのはユメジだけだから……」
「……え?」
「他の人に見せたりしないから安心なさい」
天音はそれだけ言うと、悪戯が成功したとばかりに踵を返して背中も相当大胆な水着を見せつけつつ、試着室のカーテンを閉めた。
……もしかして……見透かされた?
俺が今の水着を見て思った事の全てを……。
この水着を着た天音を見てみたいとは思いつつ、この水着を着ているセクシーな天音を他の誰にも見せたくないという……気色の悪い独占欲まで……。
俺はもっとしっかり見ておくんだったと思いつつも……天音に言われた言葉の意味を理解するにつれて……顔が熱くなって行く。
な、なんか凄く恥ずかしい気持ちだ……何なんだろうか、このやられた感は……。
俺の気持ちを見透かした上で俺だけに見せてくれたと言うのなら……俺はなんかもう腰から崩れるようにヘナヘナとその場に座りこんでしまった。
「や、ヤバイ……なんかもう……勝てる気がしない……何だ同い年なのに、このお姉さんに翻弄されている感は!?」
最終的に選ばれたのは3番目の南国風パレオ付き……三つの中で俺が最もカワイイと思ったが、セクシーとは感じなかったタイプであった辺り、完全に俺の独占欲を含めた思考すら先読みされているような気になり……最早完全敗北である。
そしてそこから流れるようにカムイ温泉ホテルに常設されている温水プールまで行く事になったワケだが……最早俺は宙を浮いていた。
南国風の水着に身を包んだ天音が終始俺の腕に身を寄せてくるのだ。
……水着で! あの布地の向こうには何も無いのに!! 当然俺も海パンだからさっきから剥き身の肌と肌が触れあっていると言うのに!!!
何かも地に足が付いていない、浮足立っているという日本語の表現がこれ程実感できる瞬間は無いのではないか!?
天音が……あの幼馴染だけど一時期は疎遠状態であった天音が、今まさに俺の隣にまるで恋人のようにいるのだ。
去年の夏までは、毎年海開き、プール開きの報を聞くたびに何度となく妄想していた幻想が今まさに……。
やっぱりこれは夢なんじゃないのか!?
それとも俺は何らかの事件に巻き込まれて今は危篤状態、いわゆる臨死体験をしていて死に際に走馬灯の如き幻覚を見ている真っ最中なのでは!?
「はぐ……」
「うお!? ……え?」
そんな益体も無い事を考えていると、唐突に俺の二の腕の辺りに痛みとも言えないような軽い刺激が……。
見てみると天音が軽く噛みついている……いわゆる甘噛みって感じに……。
その行動の意味が分からずに戸惑う俺に、天音はそのまま上目使いになって言う。
「も~、しっかりしてよね~。浮かれてくれるのは嬉しいけど、こういう時は男がエスコートしてくれるもんじゃないの?」
「う!?」
……訂正する……多分俺は今日これから殺されるんだ。
やはり昨日の夜に何かがあったのだ。
なにも無ければここまで天音が積極的に、まるで俺の隣が当たり前の居場所のように、俺の事を……かかか彼氏かのように振舞うワケが無い!
性癖から感情に至るまで全て全てを把握されて……誘導されているだろう事は分かっていると言うのに……そんな事すら全てが愛おしくてたまらなくなる。
衝動的に俺は上目遣いの天音の“顎”を捕まえてしまっていた……。
いわゆる“顎クイ”ってヤツだが、こんなもん壁ドンと同じく自分には全く関係のない妄想上の産物と思っていたのに……。
自分の行動に俺自身が一番驚いていた。
現在は人目のあるプールサイドだと言うのに……自分は一体何をしているのかと。
エスコートとはこういう事では無いのに、この行動が一体何の前段階なのか知らないワケではないと言うのに……。
「……あ……」
「……ん」
しかし天音はそんな俺の衝動的な、一方的な行動に……ただ目を閉じるだけで答える。
それがオタクなヘタレ男子である俺であっても、OKのサインである事は理解できていて…………昼間だと言うのに、人前だと言うのに、俺はそのまま、最早悶死寸前の状態で天音の唇に顔を寄せて……。
その瞬間だった……連絡待ちでプールサイドに持ち込んだスマフォが鳴り響いたのは。
「…………………」
「…………………」
件名は勿論『剣岳美鈴』……スズ姉からの連絡で、それは予想通りであったけど……なんだろうかこの“どこかで見てたんじゃないか”ってくらいのタイミングの良さは……。
そして一瞬にして熱に浮かされていた頭が急激に覚醒……途端に恥ずかしさがこみあげて来て、それを誤魔化すように俺はスマフォを手に取る。
「ちぇ~もうちょっとだったのにな~」
密着体制から離れた天音がそんな事を言うのを、俺は聞かないフリをするので精一杯であった。
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