第九十三話 待機時間の有効活用
あらかたの説明を終えたスズ姉は、今度はスィーツ系統を片っ端から持って来ていた。
……どうでも良いけどこの人、昨日の炉端焼きと言い良く食うな……見事なプロポーションを維持できているのが信じられないくらいに。
「ここのホテル、朝食なのに食後のデザートも豊富なのね。全品制覇するまでは終われないわ!」
「前から思ってたけど、スズ姉って結構大食い?」
「知らなかった? スズ姉、女子同士で食べに行った時とか凄いよ。ビュッフェだったら確実に元取るし、大食いチャレンジも失敗したの見た事無いし……何で太らないのかしら」
俺が何気なくそう聞くと、答えはスズ姉ではなく隣の天音から聞こえて来た。
若干恨みがましい声色を含ませて……。
嬉々として山盛りのスウィーツを頬張りながら「食べ方にメリハリ付けて、しっかり動けば良いだけよ?」と軽く言うスズ姉に天音は更にジットリとした視線を向けるが……。
そう言う天音だって別に太っているワケではないし、むしろ俺好みのスタイルで………ああ、いやいやその辺はまあ置いておこう。
「それよりもスズ姉、そっちの世界に強制召喚されたっていう後二人の事はどうするんだ? こんなのんびりと構えていていいのか?」
俺は現状で一番の大事である案件、神楽さんと神威さんが未だに向こうに連れ去られたままである事が気になった。
……召喚に巻き込まれた理由が『俺と天音の近くにいた力のある者』という条件だった事で、昨晩の光景を連中が隣りの部屋から覗いていた事は最早確定的で、多少微妙な気分ではあるのだが……心配は心配だ。
何しろ向こうの世界はファンタジーと言えば聞こえが良いけど、昨晩の件を鑑みれば無法地帯と言っても全く過言ではない。
非武装の日本人女子高生が頬りだされたなんて、危険極まりない状況だろう。
しかし現状では『お迎え係』のスズ姉は慌てる様子もなく次々と皿を空にしていく……早えなオイ……。
「心配しなくても今回の強制召喚は緊急も緊急だからね、召喚された瞬間に最低限度身を守れるくらいの加護を自動的に与えられるようになってるから……多分捜索の間は身の安全は保障されると思うよ」
「加護……だって?」
俺が聞き返すとスズ姉はフォークを目の前でピコピコ動かして見せた。
「本当だったらそこまでするのは稀なんだけど、あの世界の『管理者』は生真面目でね……他世界の住人を犠牲にするわけには行かないって……ね。夢次君に分かりやすく言えば……ほら、なんて~の? 召喚と同時にチートを貰える……ってヤツかな?」
「チ……チートだと……?」
「本来世界のバランスを容易に崩しかねないからそう言う事はしないもんなんだけど……今回は場合が場合だから……」
よくよく最近は異世界物の物語はあるけど、大抵は下手に強力な力や行き過ぎた技術を提供すると世界のあらゆるバランスが崩れて大事になってしまうって内容は多い。
しかしそれを警戒して普通は施さない加護? を強制的に召喚された連中に付与するって言うのだから、その管理者って責任感と慈悲深さを持った人なんだろうな……。
にしても……。
「うらやましい……」
「ほんとね~~」
何だろう……この妙に納得いかない気分は……。
まるで一般入試を死に物狂いで合格したのに、推薦で先に合格したヤツを目の当たりにしたような……変に納得行かない感じ。
自分がした苦労を他人がしていないのは納得行かない……そんな狭量な気分と言うか。
しかし似たような同調をする天音に俺は首を傾げる。
「……ん? 何で天音が同調するんだ? 天音だって昨晩は召喚された時に加護を授かったから魔法が使えたんだろ? 巨大な城を溶解させるような凄まじいヤツをさ~」
「え? ……あ!?」
「いや、アマネのは加護とかじゃ……」
「そ、そうなのよ! いや~私もビックリしたわ、強制的に連れて来られたと思って怒りに任せてあんな魔法が使えたんだもんね~~。前一緒に見た夢と同じ魔法が使えたもんだから本当にビックリだったわ!!」
俺の言葉にスズ姉が何かを言おうとしたが、ハッとした表情になった天音が慌ててスズ姉の話をぶった切った。
……何だよそのあからさまに“何か隠してます”的な反応は。
しかし俺の疑わしい視線を完全に無視した天音は、突然俺の手を引いて立ち上がった。
「じゃあスズ姉、捜索で二人が見つかったら連絡くれるんでしょ? 今日私たちは温泉地から出る事は無いから見つかり次第お願い!」
「ん……分かった。向こうから連絡があったら即知らせるから、その時は指定したところに『夢渡り』を使って二人とも飛んでくれ。管理者からは2体の水人形を用意して貰っておくから」
「そう……それじゃあ、また後でね」
スズ姉からそんな約束を取り付けた天音は、そのまま俺の手を強引に引っ張って食堂を出て行こうとする。
さすがの俺もここまで強引な話の切り方には違和感を覚えた。
「ちょ、ちょっと待てよ天音! 何だよ、何か聞かれたくない事でもあんのか?」
「ねえユメジ……今日はこれからどうしようか? 状況も状況だし、あんまり今日は色々動けなそうだしさ」
「おい、聞かれたくないんだったら別に俺は……」
あんまりにも強引すぎる珍しい天音の態度に、俺は疑念を抱きつつもそう言おうと思ったのだが……またもや天音が強引に人の話をぶった切る。
「じゃあホテルから出ない方向で……プール行かない?」
「だから………………プール?」
「そ……カムイ温泉ホテルは温水プールがあるの。女3人で来た時は必ずそこでも遊ぶんだけどね」
しかし強引に会話を切られたと言うのに、その切り方は見事なもので……一瞬にして俺の脳裏に水着に着替えた天音の姿が浮かび上がる……。
夢の中では……まあ色々あったけど、現実では小学生以来……疎遠前に見たっきりの天音の水着姿……。
そして一瞬にして思考がそっちに持って行かれた俺の耳元に天音は口を寄せて、小さく囁いた。
「……今なら……水着は君が選んでくれても……いいよ?」
「え!!?」
「どんなのでも…………着てあげる……」
「……………………………………マジで?」
「マジで……」
その瞬間、俺は何も考えられなくなった。
いや考えてはいた…………どんな水着が天音には似合うのか、その重要な案件にだけ全身全霊を注ぐ事だけを……。
そしてまたもや自然と俺と腕を組んで体を寄せて来る天音……。
ふ、ふおおおおお!? た、たまらん!! な、何なんだろう今日の天音は!? やっぱり昨日俺達の間に何かあったのだろうか?
それともやっぱりこれも夢なのだろうか!?
たった一言で色々と持って行かれてフワッフワとした足取りで歩きだした俺を、スズ姉は残りのスウィーツを制覇すべく立ち上がって、呆れたように呟いた。
「色仕掛けとは……わっるい嫁だな~~。旦那もチョロ過ぎだけど……」
*
女性の買い物に付き合う行為は男性側には仕事でのストレスと同等の負担を強いる事にになる……そんな事をテレビでどっかの教授が言っていた。
まあ確かに女性オンリーの空間に男が自分だけって居た堪れなさは分からないでもないけども……現在の俺はそんな常識に反してテンション爆上げ状態であった。
あれから俺たちが訪れたのは貸衣裳部屋、どうやら昨日のモデルの話は神威さんの計らいで本日も継続中のようで……俺は予想以上に大量に準備されている水着をどれでも選んで良いと言われて……今まさに女性水着の選択に没頭していた。
「ワンピース、ビキニ、パレオ付き……く……悩む……どれも似合いそうだ……」
キモイ? 知った事か!!
天音がどれでも着てくれるって言ったんだぞ!?
外聞など気にしている場合じゃねえ!!
女物の水着を手にチラリと天音を見ては戻しての作業を繰り返し……この超難問に立ち向かう俺に、彼女からは苦笑交じりに更なるご無体な制限がもたらされる。
「どれでも良いって言ったけど、三つくらいにしてよね? あれもこれもじゃさすがに……あ、このビキニかわいい」
「む……そう……か……」
ハッキリ言えば天音はわがままボディってワケでもなく、どちらかと言えばスラリとしたプロポーションであり、ぶっちゃけサイズの心配が少なくここにある水着のどれもが許容範囲である。
そして私見だが天音は“カワイイ”も“セクシー”もどちらもイケるオールラウンダーであり……それは長所なのだが、今回に限っては短所にもなりうる。
ハッキリ言えばどれでも似合うからこそ、選択が大変に難しいのだ!
くう……今彼女が手にしたピンクのビキニも確かに良い!! 絶対に似合う!!
「う~~む……しかし三つ……三つか……ん?」
俺が選択するのは三つ……かと言って実際のプールで着用するのは一つ……そんな究極の選択に悩まされている俺の目に留まった一つの水着。
いまいち形状が分からずに手に取ってみたのだが……俺は思わず吹き出してしまった。
「ぶふ!? な、何だよこのエロい水着は!?」
「どうしたの? 気になったのあった?」
「い、いや!? 何でもないよ~」
俺は天音の声に慌てて手にした水着を元に戻す。
な、何だあの水着……一体何て言う種類なんだろうか? ワンピースなのかビキニなのか? 首から下にかけて縦に胸を隠す形状だけど、その中心は首から胸の谷間からヘソにかけてガッパリと開いている……絶対に泳ぎには向いていない魅せる為の水着。
あらゆる自信を持った女性しか着ないような……。
ゴクリ……俺はしばらくその水着を天音が着たところを想像して…………そっと自分の候補から除外した。
「な、何でも着てくれるって言ってたけど……さすがにな~」
ぶっちゃけ見たい……この水着を着た天音を見てみたい……しかし……な。
・
・
・
「ユメジ決まった~?」
「あ、ああ何とか……」
数十分後……俺は悩みに悩んだ末に三つの精鋭を選び出していた。
ここに至るまで落選したモノたちが決して劣っていたワケではない……。
今に至っても自分の選択が正しかったのか…………自信はない。
しかし俺はやり切った……ここまで難しい選択は今までの人生においても無かったかもしれないが……俺はやり切ったんだ!
妙な達成感と共に選び抜いた
しかし『天音はどれを選んでくれるのかな?』とか思いながら部屋を出ようとすると、天音が信じられない事を口にした。
「じゃあ今から着てみるから、見てくれる?」
「…………え?」
「え? じゃないよ~。君が着て欲しい水着を選ぶのに君が見てくれなきゃ始まらないじゃない?」
「え? え?」
「ほら行きましょう試着室。ファッションショーをするよ~」
強引に腕を掴む天音の顔は何やら意地悪く微笑んでいて……まるで俺の心情を全て見透かしているようにも思える。
それこそ何年も連れ添ったかの如く、全て着ている天音を見てみたいとか考えていた事さえも……。
「……しゃ、写真撮影もありでありますか!? そのファッションショー!」
「ば~か、見るだけに決まってるでしょ」
……そう言って舌を出す天音にデコピンされてしまった。
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