第九十二話 世界を渡る方法の考察

「それじゃ、少し真面目な話でもしようか」


 朝食をあらかた終えた俺たちは食後のコーヒーでまったりとしながらテーブルに座っていた。

 ちなみに夢香は食事を終えると早々に部屋に戻って行ってしまった。

 去り際に「みんなはごゆっくり~、私はこれからかくさ……じゃなくてやる事があるから」と何やら不穏な事を口走っていた気もするが……。

 その為今現在テーブルにいるのは俺、天音、スズ姉の三人のみ。

 スズ姉はコーヒーを一口含んで「ちょっと焦げ臭い……」と顔をしかめた。

 どうやらドリンクバーのコーヒーはプロの舌には合わないらしい……俺は気にせず飲んでしまうが。


「では夢次君は……昨日起こった出来事をどこまで理解しているのかな?」

「うえ? そうなぁ~……」


 説明を期待していたのに質問をされるとは思っていなかった俺は少し当てが外れた気分だったが、問われて昨夜の出来事をもう一度思い出してみる。

 昨日の事って言うのがスウィートルームでのあれこれを指している、そして俺が思い出そうとしても思い出せない『現実』の事を聞いているのではないのは分かるが……。


「目の前から天音が突然消えて……それからスズ姉の指示通りに『夢の本』の157ページを使って異世界っぽい夢を見て……そこで天音に会った……くらいかな?」


 何とか言葉にしようと思っても、本当に曖昧でふわっふわした感じにしか説明できないけど、俺が記憶している事なんて精々この程度だ。

 あの夢が一体何なのか、あの夢での俺と天音が一体何だったのか、なんて分かりようもなく説明のしようがない。

 ……しかしスズ姉は気を悪くした様子もなく頷いて見せた。


「うん、ほぼ間違ってないよ。率直にそのまま言うとふざけているように聞こえるかもしれないけど、取り合えず聞いてくれる? 君たちは昨夜異世界に行ってたんだよ」

「…………」

「…………」


 その言葉を聞いた俺は不思議な事に“何バカなこと言ってんの?”って呆れも、逆に“ウソだろ!? マジで!?”なんて驚きも感じていなかった。

 あったのは何故か『ああやっぱり』という圧倒的な納得……チラリと天音を見ると、彼女も同じ事を思っているのか表情に感情的な変化は無く……フラットなままだ。

 そして話すスズ姉自身も、そんな俺たちの反応を予想していたのか一つ息を吐く。


「結構素っ頓狂な事を言っていると思うんだけど……ある程度は理解していたって事かな?」

「いや……さすがに事情のすべてを理解はしてないけど、昨夜の話を考えればそういう結論になるのかな~って……スズ姉の説明も“世界を飛ぶ”とか言ってたし……」

「さすがは現代っ子はその手の物語に順応が早いね~」


 スズ姉はそう言って笑うが、俺は若干の違和感が拭えないままでいた。

 そうなんだよな……異世界とかそんな事を言われて何で俺も天音もすんなり“それしかない”と受け入れているのか。

 元々『夢の本』何て非科学的な代物を持っていたからって“あって当然”とすら思う程異世界の存在を自分が信じている程純真だったか? と疑問にすら思ってしまう。

 ……『異世界の夢』にかこつけて、夢の中で散々天音を食い物にしていた不純度100%な事を考えると……な~。

 そんな事を考えてる間にスズ姉は焦げ臭いと称したコーヒーをグイっと飲み干して、覚悟を決めたように……むしろ何かを諦めたかのように話し始めた。


「正確には夢次君は『夢の本』で精神だけ向こうに飛んでもらって、ある人が作ってくれた人型、『水人形ウォーターゴーレム』に憑依して貰ってたのさ」

「ウォーターごーれむ?」

「水が人型を取っていて、傷ついたり破損しても自動的に周囲から水分を吸収して元に戻るタイプの人形って言えば分かるかな?」

「あ……ああ、あれはそう言う事だったんだ」


 昨夜の俺はチンピラに殴られても高温で蒸発しても痛みを一切感じる事無くスライムの如く元に戻って行くという……まるで体感ゲームでもしているような感覚だった。

 確かに『夢渡り』の項目にあった条件に“仮の肉体”が必要とは記されていたけど……しかしそうなると実際にその水人形を用意してくれたある人てのは……。

 俺は『夢渡り』の使用条件にある者の許可って辺りを思い出して、思わず息を飲んだ。

 スズ姉の言うある人って…………まさか……。

 しかし俺の戸惑いを他所にスズ姉の説明は続く。


「そして天音ちゃんの方は夢次君らにはお馴染みの『異世界召喚』ってヤツで強制的に向こうに飛ばされたのよ。ちょ~ど君らがクライマックスに入ろうって矢先にね……」

「…………」


 ク、クライマックス言うなし……直で言われるよりも何かハズい……。

 しかしまあ……これで天音が突然消えた理由も分かった。

 昨夜のうちに連絡がきた途端にスズ姉が慌てていた理由も。


「つまりスズ姉は“ある人”から頼まれて異世界召喚に巻き込まれた被害者を見つける仕事をしていた……って事?」

「プラス連れ去られた被害者を元の世界に戻す役もね。昨夜のうちにこっちに天音ちゃんを連れ戻したのは私よ?」


 思わず天音の方を向くと彼女は静かにコクリと頷いた。


「私がユメジと再会してから一時間後くらいかな? 真っ赤なバイクでスズ姉が虚空から現れたのは……バヒュ~ンって」

「え? それじゃスズ姉は生身でそのまま向こうの世界? に飛べるって事なのか?」

「そ、愛車のバイクでね」

「それなら俺も直接行く事も出来たんじゃないの? ワザワザ別の方法で行かなくてもニケツでさ~」


 愛車のバイクで異世界転移……何気に某タイムスリップ映画を思い出すような設定だけど、俺は別の事が気になった。

 何となく手間を考えれば一緒にした方が良かったんじゃないか? くらいだが。

 そんな俺の質問にスズ姉は苦笑して見せる。


「ま、そう考えるのも分かるけど、君にあの『夢渡り』で向こうに飛んでもらったのは幾つかの理由があるんだよ」

「理由?」

「ああ、一つ目は君自身の危険性を少なくするため……。突然異世界にすっ飛ばされてあ荒くれものにでも囲まれたら“今の”君じゃ咄嗟に対処出来ないでしょうし……」

「…………あ」


 言われて俺は転移しょっぱなからチンピラに囲まれた事を思い出した。

 確かにあの時は仮の肉体だったから何事も無かったけど、もしも生身だと思うと……咄嗟に対処できた自信は無いな。

 ……多少チンピラの連中にトラウマを植え付けた気もするけど。


「二つ目は他の二人と違って君が天音ちゃんを追尾出来る確証があったからだな。……こっちの方はむしろイレギュラー要素だったんだが、怪我の功名と言うか……」

「追尾できる確証? もしかして本の魔法陣に“薬指を乗せろ”ってヤツ?」


 俺は昨夜スズ姉からあった指令で良く分からなかった下りを思い出して、何となく左手の薬指を凝視してしまう。 

 しかしそんな事をしていたら唐突に天音が俺の左手を両手で包み込んで来た。

 

「ま、まあ良いじゃなの。ユメジはどこにいても私の事を見つけてくれるんだって事なんだから……そうでしょ?」

「うえ!? あ、天音…………お、おお、当然!」


 そんな事を至近距離で、しかも極上の笑顔で言われてしまっては……そうとしか答える事が出来ない。

 一瞬左手に何かあったように思ったのだが……気のせいのようだ。

 今の俺には左手に天音の体温が感じられる事の方が重要であるし……。


「はいはい、イチャイチャは後にして……続けるよ」

「い、イチャイチャって…………」


 スズ姉の若干呆れの混じった言葉に、俺は慌てて手を引っ込めた。

 い、イチャイチャ…………そんな風に見えるのか? やはり……。


「そして三つ目……コレが重要なんだけど、実は私は夢次君が『夢渡り』をした数分後に感知された召喚場所に速攻で飛んでるのよ」

「え? 速攻で? でも確かスズ姉が到着したのって……」


 スズ姉の言葉に俺はおかしな事に気が付く。

 さっき天音は言っていた……俺たちが再会してから“一時間後”と。

 

「もしかして……生身で向こうの世界に渡るのはタイムラグがあるって事?」


 どうやら俺の見解は正解だったようでスズ姉は大きく頷いて見せた。


「本来異世界召喚なんて繰り返すべきではないのに、乱発したせいで時空間に乱れが生じて向こうの時間が加速しているのよ……具体的に言うと……」


 それからスズ姉は“その世界”について詳細を語りだした。

 元凶になったシャンガリア王国のバカ王が国のマッドサイエンティストを使って戦争で疲弊した戦力増強を図ったという流れ……ってかあのオッサン……そんなに偉いヤツだったのか~とちょっと驚いた。

 そしてスズ姉は“ある人”に頼まれて、連中の尻ぬぐいをさせられている真っ最中……という事らしい。


「魔法陣の適当な簡略化のせいで次元の歪みが広がっててね……生身で転移するにはどうしてもタイムラグが出来ちゃう……即時対応が急務だと、タイムラグなしで精神のみを飛ばす裏技を使える君に先に行ってもらうしかなくてね……」

「それはまあ……分かる」


 天音の危機的状況だったと言うのに、もしも速攻で助けに行けなかったと考えると……気が気ではないものな。

 現に天音は向こうの連中に囲まれていたようだし……燃えてたけど。


「確かに間一髪の状況だったみたいだし……天音に怪我が無くて本当に良かった」

「本当ね~。ユメジがすぐに助けに来てくれなかったらどうなってか分からないもの……ありがとね……」


 何気に照れ臭い事をサラリと言って微笑む天音…………ほ、本当に今日はどうしたというのだろうか??

 しかしそんな可愛らしく男の自尊心をくすぐる天音をスズ姉はジト目で見ながら小さく呟いた。


「本当に間一髪だったよ……見積もりが甘かった何てもんじゃない。一日あればシャンガリア王国はマジで消えてただろうな……」


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