第九十話 昨夜の案件は未遂か? 成功か?

「んが?」


 窓から差し込む朝日で目覚めた俺はベッドの上にいた。

 見知らぬ天井、なんて名言があるけどまさにそんな感じ……目覚めた時にいつもの朝の風景じゃないとみょうな気分になるな。

 ……ってか、ここってどこだっけ?

 すっかり明るくなった外を見る限り朝なのは分かるけど、高台から見下ろすようなロケーションは一体…………。

 何となくボンヤリしたままの頭で昨夜の事を思い返してみる。

 ……俺は家族で温泉ホテルへ連休を使って旅行に来ていた。

 そんでもって……ホテルで神崎一家と遭遇して、三女神の二人と妹の暗躍のせいで色々あって……俺が思いのたけを告げようとした瞬間に天音が目の前で消えて……。


「あ!? そうだ天音が!!」


 俺はそこまで思い出した瞬間慌てて跳ね起きた。

 そうだった! 昨夜は天音が突然目の前からいなくなって、それからスズ姉から連絡があって、それから……。


「ふあ?」

「…………ん?」


 しかし俺の思考は横から……正確には“俺がいつの間にか寝ていたダブルベッドの横から”聞こえて来た艶めかしい声によって寸断された。

 その声は非常に聞きなれた、知っている女性の声で……視線を横に向けてみると、やはりそれは知っている女性であって……。

 そこにはバスローブに身を包んだ天音が可愛らしく寝息を立てている姿が……。

 何気に視線を上に向けると、昨夜彼女が着ていたナイトドレスがしっかりとハンガーに掛けてあって、彼女が寝る前にしっかりと着替えていた事が分かる。


「うん、しっかりと着替えないとシワになっちゃうからな…………」


 ……………………じゃねえよ!?

 何だこの状況は!? 俺は昨日天音に告白しようとした、それこそ色々な横やりと言うか援護みたいなのはあったけど、ロマンチックな状況で俺は彼女に想いを告げようとした。

 しかし、それは天音が突然姿を消して失敗に終わったんじゃないのか!?

 だがしかし……この状況は一体なんだ!?

 まるで昨日の告白が成功して、そのまま色々な物を飛び越えてしまったような感じではないか!?

 あ、あれ!? なんだか記憶が曖昧だけど!? 

 何だか天音が突然消えて、それから色々とあったと思ったんだけど、今現在俺たちがいるは間違いなく昨夜のスウィートルームだし……あの後で見た夢の内容と現在が繋がっているのかそうでないのかがいまいちハッキリしない……。

 な、なんか前にもこんな事があった気がするけど!?

 そう思ってチラリと天音の寝顔を覗き見ると、相変わらず気持ちよさそうに寝息を立てる天音の寝顔。

 可愛らしく胸を上下させて、綺麗な唇が無防備に目の前に迫っていて……。


 ゴクリ…………。


 じょ、状況は分からない……昨夜の失敗したと思われた告白の後、俺はいかにして天音とベッドインしていたと言うのだろうか!?

 ベッドイン……字面だけを見れば一線を越えてしまったみたいな語感しかないけど、二人そろって同じ寝床に寝ていて、今は朝……つまりは朝チュンって状況で……。

 バスローブで無防備に寝ている天音……そしてここは最上階のスウィート……隣の部屋に妹はいないし、両親たちは違う階の部屋だし……。


 イケる………………!


 そう思ってしまった俺は無意識なのか意識的なのか分からないけど、吸い寄せられるように天音の唇に顔を寄せて行く。

 心のどこかにブレーキを掛けようとする自分がどこかにいるんじゃないかとも思うが……ベタな感じに現れた俺の中の天使と悪魔が争うどころか協力し合ってブレーキを破壊してアクセルをベタ踏みしやがる!


『『突撃じゃああああああ!!』』


 そうやら俺の中に葛藤は無かった……最早欲望に塗れた獣しか存在しない。

 少しなら……バレなければ……まだ寝てるし……そんな数々の言い訳と自己弁護に背中を押されて俺はゆっくりと天音の寝顔に顔を寄せて行き……。


 しかし、やはり悪い事は出来ない。

 俺の視界に見えるのが天音の顔だけになるくらいになった辺りで、唐突に天音の瞳がパッチリと開いたのだ。

 そして完全に目が合った俺は思考停止に陥ってしまう。


「……………………」

「……あ……その……コレは……」


 それから寝ぼけ眼だった瞳に徐々に意志の光が灯って行き……段々と怒ったような顔つきになって行く天音に、俺の背筋は凍り付く。

 今までに天音と“そういう事”をした事は2回あったけど、どちらもが俺からではなかった……最初は元気付ける為に彼女から、2回目は夢遊状態で操られて幻覚を見ていたからだった。

 しかし今のは違う……欲望に身を任せて俺から寝込みを襲おうとしていたワケで……冷や汗が止まらなくなる。

 ぐおおおお! 数分前の俺!! 何故我慢できなかった!!


「い、いやコレはその……気が付いたら一緒に寝ていて……何が何だから分からなくて」

「…………もう」


 チュ…………


 しかし……しどろもどろに何か言い訳しようと思っていた俺の口を……天音はそのまま軽く唇を重ねて塞いだ。

 それは……まるで何度もした同士のように……まるで慣れた事のように……当たり前の事かのように……。


「…………え?」

「寝たふりして、いつしてくれるのかな~って待ってたのに……躊躇し過ぎでしょ。このヘタレめ~」

「え? え?? ええ!?」


 あまりの事に俺の思考は追い付いてこない。

 代わりに唇の感触だけは確実に残っていて、実感として、体験として残っている。

 今まさに俺たちがしたのは伝説で語られる“おはようのキス”ってヤツでは!?

 そう自覚した瞬間に俺の頭は熱暴走で蒸気を発して爆発寸前に陥る。

 なななななな何だ今のは!?

 やっぱり昨日の告白の後で何か起こっているのか!?

 というよりも告白は成功したと言うのか!?

 その後でメロドラマやエロ漫画的な展開になった後とか!?


「は……はの……あああああ天音……その……」


 あまりの事にうまく言葉が出せないでいる俺のそんな反応を、天音は寝起きの着崩れたバスローブで、メチャクチャ色っぽい座り方でクスリと笑った。

 な、なんだその“年上のお姉さん的”な余裕のある瞳は…………?


「おはようユメジ、昨日はお疲れ様……」

「ききき昨日!? やっぱり昨日は何かあったの!?」


 昨日と言うよりも昨夜まで君付けだった天音が俺の事を呼び捨てになる昨日の出来事……その意味するところにピンクな妄想しか出来ない俺はますます頭を抱える事になった。


                 ・

                 ・

                 ・


「朝食もビュッフェ何だっけ? 楽しみね~」

「お……おう……」


 数十分後、俺たちは朝食の為に浴衣に着替えて一階ホールに向かっていた。

 そのエレベーターで向かう際に、天音はずっと俺と腕を組んでいて……最早色々と密着している部分が何とか気にする余裕すらない俺に対して天音は実にナチュラルに、気負いもなく、いつもの事とでも言うように澄ました顔をしている。

 途中の階で乗って来た、明らかに昨日何かありました的なカップルが女性の方はまだ夢見がちに男にくっついていて、男は“やり切った”とばかりのどや顔……。

 しかし普段の俺ならウザイとしか思わないのだが、不意に男の目が俺と会った時にまるで戦友かのように『やるじゃない!』って顔をされたのは……どう反応すれば良かったのやら……。


 そして俺は今更ながらに“家族旅行に来てるのに幼馴染と朝チュンした”というとんでもない状況である事に思い至った。

 そんな状況で、更に一緒にスウィートから腕を組んで降りて来る男女(若干女性リード)という組み合わせ……こんな所を見られたら、どう説明すればいいのやら……。

 しかしそんな俺を明らかに揶揄うような声が、エレベーターから降りた瞬間に掛かった。


「おやおやおや~? これはこれは……夕べはお楽しみでしたかな~?」

「んふふ~~~おはようお兄ちゃん……そして……天音お義姉様~~~」


 揶揄い成分100%の声を投げかけて来たのは、俺達も良く知る喫茶店の看板娘と妹の顔をしていて……。


「スズ姉……と夢香……」


 そのニヤニヤ顔に朝っぱらからめんどくさい事になる予感しかしない……。


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