第八十八話 断罪の鋏《バカップル》

「あ、天音……」

「……え?」


 俺は目のまえで繰り広げられる光景に体の震えが止まらず、4体の炎の化身と共に上空に浮かぶ彼女を見上げて……何とか声を絞り出した。

 そして俺が眼下にいる事に気が付いた天音はハッとした表情になって、みるみるさっきとは真逆に顔を青くしていく。


「え? なんで? ユメジ……君?」


 それはまるで見られたくなかったモノを見られてしまったとでも言うようで……そして情けなくも腰を抜かして座り込んでいる俺にショックを受けているようだった。

 途端に今まで周囲に恐怖を振りまいていた炎の化身が姿を消して、灼熱でいて冷酷な表情をしていた……今まで見た事もない憎悪の表情をしていた彼女がゆっくりと地上へと降りて来る。

 周囲で、特にさっきから喚き散らしていた魔術師長? とかってオッサンを中心にした連中は「ひい!?」と声を上げて後ずさって行く。

 それだけで……方法も理由も分からないけど、目の前に広がる地獄絵図が天音が怒りに任せて創り出したものである事は理解できてしまう。

 幼馴染が……天音が……ここまで冷酷に恐怖を振りまくなど、俺は今まで見た事もない彼女の姿に、ただただ体が震える……気を失いそうになる。

 燃え尽きない炎でのたうち叫ぶ奴ら……真っ赤に溶解して既に原型をなくしてしまった城の跡地……すべてが目の前の天音が怒りに任せて行った事なのだ。

 そして天音は俯いたまま……表情も分からないままで俺の前に降り立った。


「ゆ、ユメジ……君……あの……私……」

「あ、天音…………」


 そんな彼女を前にして……俺は未だに情けなくも立ち上がる事が出来ないでいた。


「か、確認してもいい? この火に包まれた光景は天音が怒りに任せてやったって事で……良いのか? 方法は分からないけど……」

「う……うん…………」


 天音はそう答えると、更に気まずそうに視線を下げてしまう。

 ちょうど俺たちが疎遠状態のときに天音がしていた表情と近い雰囲気を纏いながら。





 その理由は“俺には全く分からない”けど……。






「つまり…………天音は邪魔されて城を蒸発させるくらい、犯人を永遠に焼き続けるくらい怒るほど…………喜んでいてくれたって事なのか?」

「……………………へ?」

「そ、それ程までにさっきの事を特別だと、特別な夜だったと想っていてくれたって事で良いのか!?」


 俺がそう言うと、天音をきょとんとした顔で顔を上げた。

 正直俺だってあそこまで行けたなら成功率は高かったと自惚れたいところなのだけど……返事を貰えたワケじゃない。

 しかしあの優しい天音がこれ程怒りをまき散らすほどに喜んでいてくれたと言うのなら…………や、ヤバイ、コレってもしかしなくても……。

 ええい!! 感激のあまりに腰が抜けてしまって体の震えが止まらない!! 

 今すぐに天音に飛びつきたいところなのに!!

 俺が何とか足腰に折り合いを付けて立ち上がろうともがいていると、何故か天音は……安心したように笑った。


「あ……あは……そうだった。私の旦那はそういう男だった……」

「え? 何が?」

「な~んでもない。暴力的な所を見られちゃって、ちょっとでも引かれたのかとビビった私がバカみたいだな~ってさ……」


 腰に手をやり苦笑する天音……何だ、そんな事を気にしていたのか……。

 まあ確かに周辺は火炎地獄ではあるけど……冷酷に見下す天音の姿も何というか、見た事のない美しさと妖しさに満ちていて……。


「ひ、引くワケないじゃん! 俺はその……怒りに燃える天音もカッコイイし……アリだと思うし……」

「う、うえ!? 何言ってんのよ……」


 本当に何を言ってんだ俺……腰を抜かしていると言うのに物凄く臭いセリフが自然と漏れ出てしまった!

 しかしそんな俺にこそ天音が引いてしまうんじゃないかと思いきや、彼女は驚いた顔になってポッと頬を染める……。

 それはさっきの冷酷に見下す美しさとは真逆で“さっき”スウィートルームで見た時に通ずる可愛らしさがある。

 喩え周囲が熱気に包まれ、城だった物が溶岩となっていても……消えない炎でさっきから全身を焼かれる連中が「「「アアアアアア!!」」」と叫びのたうつ状況でも……やっぱり天音は、俺の幼馴染はカワイイと再認識してしまう。

 ……とは言え折角の良いシーンなのにやっぱりうるさいもんはうるさい。


「少しは空気読んで黙ってくれないもんかな?」

「すでに彼らを焼いているのは“私”じゃないから、その辺は仕方が……あ……」

「ん?」

「動くな化け物め!! この男がどうなっても良いのか!?」


 天音が声を上げたその時、いつの間にか俺の喉元に刃物の切っ先が突きつけられていた。

 それは幾つもの槍であり、多分城の兵士と思われる屈強な男たちが俺の事を睨みつけて、更にその背後からは魔導士っぽい連中が手から赤やら青やら違う色の光を発しつつ構えている……俺に向かって……。


「え~っと?」

「……何のマネかしら? それは……」


 瞬間、再び天音の声のトーンが一段階落ちて瞳が冷酷なそれへと戻る……それだけで突きつけられた切っ先が揺れて連中がビビっているのが伝わってくる。

 しかしそんな中で魔術師長のオッサンは気温のせいか、それとも冷や汗なのか分からないが、大汗を流しながらも嫌らしく笑う。


「ふ、ふふふ……ははは! 素晴らしい……素晴らしい魔力だ!! コレほど強力な魔力を抱く君はさぞかし名の通った魔王なのだろうなああ!!」

「は?」


 何か見当違いな事を言って笑い始めるオッサンに天音は怪訝な顔を浮かべるが、彼は更に下卑た笑みを強めて、自らも抜いた短刀の刃を俺の喉笛に当てる。


「しかし……ワシは運が良いようだ。余りに強大な魔力で制御は不可能かと思っていた所だったのに、魔王の弱点が目の前にあるのだからな!! 良く分からんがこの男は大事な物なのだろう?」

「………………」


 その言葉で天音の瞳が更に冷たさを無くし、反比例して周囲の炎が彼女の炎に反応してより猛り始める。


「おおっと、動くで無いぞ! 動けばこの男がどうなるか、分かるだろう? 貴様と我らの力量にどれほど差があろうと、この男を瞬時に嬲り殺すことぐらいは造作もない事……」


 周囲の反応に魔術師長は確信を持ったらしい……オッサンは更に調子に乗って天音に命令を始めた。


「さあ跪け! このワシに隷属を誓うのだ!! ククク……まさかワシが魔王の魔力を手にする日が来るとは……コレでワシは更なる魔術の神秘を垣間見……」

「はあ…………獄炎爆陣ヘルフレア・バースト


 しかし、尚も言葉を続けるオッサンのセリフを遮って天音が何やら呪文(?)を口にした瞬間、天音自身も俺も、当然俺に武器やら魔法やらを突きつけていた連中も全てを巻き込む巨大な炎が出現した。


「「「「「「「ギャアアアアアアアアアア!!!!」」」」」」」


 その炎は城が蒸発した光よりも小規模のようだけど、俺の首元に向いていた武器が一瞬で燃え尽きるほどであり、そして人体に引火した炎は燃え尽きず火だるまになった連中は各々に転げまわり始める。

 しかし、当然と言うか天音と俺には一切引火することなく、涼しい顔で人体発火の中心で立っていた。

 俺の方は妙に水蒸気が全身から上がっているが、しばらくするとその蒸気は全て俺の体(?)へと戻ってくる。


「バ、バカなああああああ!! 自分ごと、自分のごと全てを巻き込むなど!!」


 天音は呆れたように、炎に包まれるローブを着ていた魔導士っぽい連中を見て呟く。


「貴方たちはさっきの私の話を聞いていなかったの? レベルや魔力が矮小であっても、仮にも魔導士でしょうに……私の炎は地獄の業火、背負う憎悪の数だけ罪人を焼き続ける断罪の炎……。貴方たちだけが燃えて私たちは燃えないのは、そう言う事よ」


 つまり俺も天音もこの炎の中でも引火するほど恨みを買った事が無いという事なのだろうか? まあ確かに、生きていれば無自覚に何らかの恨みを買う事はあっても殺したい程恨まれる事なんて滅多にないだろうし……。


「な……何だとおおおおお!? コレほどの力を行使する者が憎悪を背負っていないとでも言うのか!? 恨まれた事は無いとでもいう気か!? ふざけるなああああ!!」

「では貴方は……自らが殺めた人を全て、覚えているのですか?」

「アア!?」


 火だるまになった魔導士の一人が納得行かないとばかりに叫ぶ……が、天音は尚も冷酷な表情を変える事も無く見下す。


「地獄の炎は現世の憎悪を糧にする、特に自分の罪を認識していない愚劣な罪人はより激しく炎は燃え盛る……自分を焼き続けるその炎を良く見てみなさい。左腕にしがみ付いて放さない“その女性”に見覚えは無い?」

「え、えあ!? アアアアアアア!!?」

「私は彼女に貴方が何をしたのか知らない、知りたくもない。しかし最早その炎はその少女が貴方を許すその時まで、決して消える事はないわ……」


 言われて炎を苦しみとは違う『恐怖』からの声を上げ始める男……俺もよ~く炎を見てみると……火だるまで転げまわる連中を焼き続ける炎にはチラチラと人の顔が見える。

 それは少女だったり男だったり老人だったり統一性は一切ないが、皆一様に『絶対に許さない』という憎悪の瞳で炎を猛らせている。


「ミ、ミシリアアアアア!? ち、違う!! あれは俺の仕業じゃない!! お前の婚約者を殺したのは俺では……グワアアアアアアアア!?」

「やめてくれええええ!! お前を奴隷落ちにしたのは私ではあああ!!」

「待ってくれ兄者あああああ! 暗殺したのは親父であって俺ではないいいいい!!」

「許してくれ!! 許してくれ!! ゆるして…………」


 いつしか炎に包まれる連中から口々に己を焼く何者かに、言い訳なのか謝罪なのか……様々な声が辺りから聞こえ始める。

 その中には自分を正当化しようとする言葉もあるけど、多分そいつは己の罪を認めない限りは炎が消える事は無いんだろう。

 嘘吐きは閻魔様に舌を抜かれる……日本人にとってはなじみ深い躾の言葉を俺は不意に思い出していた。


「フワハハハハ!! す、素晴らしい……スバラシイゾオオオオオオオ!!」


 しかしそんな中で、唯一違う反応をする男が一人だけいた。

 それは魔術師長のオッサンで、全身を誰よりも巨大な炎で焼かれ、誰よりも憎悪に満ちた人々の顔を無数に炎に浮かべて、既に着ていた服や持っていた短剣も燃え尽きても立ち上がり、そして楽し気に笑っているのだ。

 

「我が肉体は度重なる研鑽と研究の果てに最強の魔力耐性を身に着けていた、そして人体実験を繰り返し肉体も精神も、何も痛痒を感じないように改造されていたのだ! なのにこの炎は熱い! 焼かれ続けていると言うのに終わりのない苦痛!! 我が魔導研究でも知り得なかった魔法の可能性……スバラシイぞおおおおお!!」

「うげ……」


 まるで自分が知らなかった事であれば苦痛であっても至上の喜びとばかりに、他人であろうと自分であろうと問題ないと言うかのように炎に包まれ高笑いするオッサン。

 その姿は他の誰よりも、ある意味灼熱地獄となっているこの状況よりも異様に映る。


「さあ魔王よ! もっとだ……もっと見せてくれ! ワシに与えてくれ! 更なる苦痛を! 魔術の高みを!! 魔導の深淵の世界をおおお!!」

「あ~サイコなマッド野郎か……たま~にいるのよね~こんな自分の知識欲を満たすためなら人の命どころか自分の命すら蔑ろに出来る変人が……こういう輩の断罪は私は苦手なのよね~」


 心底嫌な物を見る目で天音は眉を顰める。

 それは俺も同様で……怖いというよりも気持ち悪い。

  多分このオッサンは手足をもがれようと、筆舌に尽くしがたい拷問であろうとも嬉々として受け入れるのだろう……そう思うと己の罪で焼かれ続け地面を転がっている連中よりも、同じ人間には思えない。

 しかし最早関わりたくないと思っていると、天音は俺の方を見た。


「こう言うヤツを断罪して後悔させるのは、ユメジ……君じゃないと」

「…………は? こんな何をしても人の心何か理解できないだろう変人に? 一体どうやって??」


 もしかして以前学校で使った事のある『未来夢』とか明晰夢の『深層感情の起床』の事を言っているんだろうか?

 確かに普通であれば自分の行動に対する“後悔の前倒し”のように罪悪感と反省を植え付ける事が出来る。

 元々忘れていた正義感や罪悪感があったなら“思い出させる”事も出来るだろう。

 だろうけど……俺には目の前の変人にあの手の夢でどうこう出来る気は全くしなかった。

 あれは新藤さんも斎藤も、どんなに我を失っていても“人として最低限度の心”があったから成功した断罪……目の前の変人にそんな人の心があるとは到底思えなかった。


「こういうヤツ等が最も嫌う事は何だと思う?」

「え? それって……?」


 しかし戸惑う俺に天音は一言、重要なヒントをくれた。

 人差し指を口元にあてて……ニヤリとわらって重要なヒントを…………。


「退屈」


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