第八十七話 付き合うと彼氏に染まるタイプ
「あちちち!?総員退避! 退避いいい!!」
「退避と言っても一体どこまでですか隊長!? すでに城外、敷地からも出ているのに体感温度はドンドン上がって……ぎゃあ!? アチチチチ!?」
「アチ!? 特注の金のネックレスが溶けて!!」
「最高級の氷の魔石に亀裂が!? く、もう役に立たん!!」
白い光が立ち上る場所へと向かってみると、大慌てで逆走してくる人々とすれ違う。
それは兵士らしき屈強な男たちであったり、身なりが良かったであろう貴族っぽい連中だったり、その奥方らしき女性だったり……。
城(?)に近付く為に俺は光の柱を真っすぐ目指したのだが、その間に幾つかの門と言うか仕切りのようなものがあって、何となくだがそれは階級ごとに居住区を分けているようであった。
そして逆走してくる連中の身なりを考えれば、多分この国では地位の高い連中なんだろうとは思うのだが……そんな奴らは身に着けている鎧だったりアクセサリーだったりを走りながら放り捨てて行くのだ。
あまりの温度に貴金属や鉄製の物は鉄板のようになって身に着けていられなくなったのだろうけど……。
そんな風に熱源から必死に逃げ惑う人々の中、俺だけは何も感じていなかった。
さっきの世紀末的なゴロツキに絡まれた時と同じように、熱さどころかちょっとした感触すらも感じない。
ただ、光の柱に近づくにつれて全身から蒸気が上がっている……まるで水が沸騰しているかのように。
……というかさっきから体中からボコボコと音が鳴っているんだけど。
「スライムって言うよりは水が人型になっているってだけなんだろうかね……何かドンドン沸騰して行っている気がする」
全身が沸騰しながら何の感覚も無く歩くという何とも特殊な夢……しかし本には『幽体離脱』に似ていると書いてあったから、やっぱりこれも現実の一つという事なのか?
ここがマジで異世界で、眠っている俺の意識だけがこの世界に飛んだんだとすれば……その事を知っていたスズ姉は一体何をしていて、そもそも何で天音がここにいるって確信持って言ってたんだろうか?
そして、今目の前で起こっている事は何なのだろう?
状況の移り変わりが余りに激しすぎて色々と考えている内に、俺は多分城壁があったんじゃないかな~と思う場所までたどり着いていた。
何故多分なのかと言えば……真っ赤に溶けた何かが敷地内を取り囲んでいて、その更に外側に数人の兵隊っぽい人たちと魔導士っぽい人たちが光るバリアのような物で身を守りながら必死の形相で光の柱を睨みつけていたから。
「貴様ら! しっかり防御結界を展開しているのか!? 全然熱を遮断できておらんではないか!!」
「これで精一杯です魔術師長殿!! 本来10人以上の上級魔導士が集まればドラゴンのブレスすら防げるのに……この火力はその比ではありません!!」
その中でも一番偉そうにしている男……アレがこの場では一番の責任者なのかな?
一番大きく強力そうなバリアの内側にいるのにバリアを維持している連中に対して文句を言っているのが、他人事でも不快にさせてくれる男だ。
「……国王陛下が昨晩は愛人宅にしけ込んでいて王宮にいなかったのがせめてもの救いか……ん?」
魔術師長(?)と呼ばれている男が何かに気が付いたようで光の柱を凝視したのに釣られて、俺もそっちの方へと視線を移してみると……ここよりも遥かに高温であるはずの光の中から……何かがゆっくりと現れた。
ゆっくりと……と言うよりもがき苦しみながら、助けを求めるように何かを掴もうとしている者や焼けた地面を這いずって来る者もいる。
それは全身を炎に焼かれ続ける人間だった。
「アアアアアアア!? 熱い熱い熱い!!」
「た、助けて……助けてくれえええ…………」
しかし奇妙な事もある。
全身を焼かれ、衣類は全て消失しているのに炎に巻かれる男たちは炭化して行く事もなく、燃え尽きる事も無くこの激しい炎の中“燃え続けて”いるのだ。
そして更に奇妙な事が起こる。
「あちちちち! 急ぐのだお前たち!!」
「は、はい! 皆さん兵士長さんの誘導に従って急いで!!」
「「「は、はいいいいい!!」
そんな風に避難誘導する兵士に従い脱出していくメイドたちの姿。
岩石すら溶解する千度オーバーの炎の中、衣類を“少しだけ”焦がして脱出していく連中もいるのだ。
その人々は熱いとは思っていても炎で焼かれているワケでは無かった。
焼かれてのたうつ者と脱出できる者……違いは明白であるがその理由が分からない。
「なんでだああああ!? 何でこの火は燃えない!? 燃え尽きないいいい!?」
「な、なんなのだ? 炎に巻かれる者とそうでない者がいる……これは一体?」
尚も燃え尽きず、延々と苦しみを終わらせない炎に焼かる男の叫びに、同じ事を魔術師長も疑問に思ったようで思わず呟いてしまう。
そして、それに答えたのは……俺の良く知っている声だった。
「地獄の業火は罪人を焼く炎、罪なき者を焼く事は無いだけ……あの兵士もメイドも人から殺したいくらいに恨まれていなかっただけの事」
阿鼻叫喚の状況、炎に巻かれてのたうち回る男たちを上空に浮かぶ4体の炎の化身を従えた女性が怪しく、そして炎を従えているのにも関わらずどこまでも冷たい瞳で見下ろしていた。
その姿に……俺は思わず何も感覚の無い体なのに、ブルリと体が震えた。
そこにいたのは紛れもなく……さっきまで俺の腕の中にいたナイトドレスを着た天音だったのだ。
しかし……その顔は俺が一度も見た事が無い憎悪に満ちたモノで……。
「私の獄炎は岩石をも溶解せしめる地獄の業火、それは罪人を焼く炎……死を齎さず己が背負う怨念を糧として魂を燃やし続ける終わりなき炎……」
「あああ!? 何でそんな……うがあああああ!?」
「熱い……痛い……た、助けてえええ!! あああああ……」
「摂氏千度を超える炎で酸欠になり、耐え難い乾きを味わい、終わる事無く全身を焼かれる感覚に苛まれて……それでも尚その炎で死ぬ事は無い」
のたうち回り、泣き叫ぶ奴らだが流した涙すら蒸発して行く……。
そして暴れる事すら億劫になりだしたのか、遂には『助け』ではなく『楽にしてくれ』と懇願しだす輩まで現れだす始末。
しかし天音は冷たく笑った。
「言ったでしょう? その炎は己が背負った罪や怨念を糧にする地獄の炎……恨まれている者がいればいる程、炎は燃え続けて決して消える事が無い……残念ね~ここにいる人たちは随分と色々な人に恨まれているようで……」
「「「「「アアアアアアアア…………!!」」」」」
尽きる事のない絶叫の中、天音はフンと鼻を鳴らして呟いた。
「私の特別な夜を邪魔しておいて…………死に逃げるなんて、許すと思わない事ね……」
その言葉に……俺は今度こそ腰が抜ける程の衝撃を受けた。
まさか天音が、あの天音がそんな事を口にするとは思ってもいなかったから……。
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