第八十四話 消えた三女神
……ワケが分からない。
確かに今の今まで俺の腕の中に天音がいた事は、まだ手に残る温もりがハッキリと証明してくれている。
なのに……天音は突然、何の前触れもなく煙のように消えてしまった。
俺は真っ先にここが最上階のスウィートである事を思い出して慌ててベランダから下をのぞき込んだ。
いきなり姿を消したイコール、ベランダからの転落を疑ったからなのだが……。
やはりさすがは最高級スウィート……安全策も完璧で万が一の転落にも対応できるように転落防止柵や防止網などがしっかりと、しかもデザイン的に施されている。
「あ、天音~! どこ行ったんだ!?」
では一体どこに行ったのか……俺の体からさっきまでの熱が急速に、嫌な方向に醒めて行く感じがして思わず立ち眩みを起しそうになる。
最愛の人を最高の時に失う……まるで悲劇冒頭、お約束展開のような気分になりかけて、俺は慌てて頭を振って不吉な考えを振り払う。
「天音~~~中にいるのか~~~?」
転落……とかではないのなら部屋の中なのか?
俺はベランダから室内に戻るがさっきまでは圧倒されて喜んでいた広々とした部屋が……天音がいなくなっただけで一気に恐怖を煽る要因にしかならなくなる。
俺はゲストルームから繋がる隣の部屋、寝室へと続く扉を開いて中を覗き込む……が、やはりそこには天音の姿は見当たらない。
しかし……ドア付近に妙な物が落ちていた。
「……? コレって」
それはデジカメとスマフォ……俺はその代物に見覚えがあった。
デジカメの方はプロが使いそうな武骨なデザインの、さっきまで散々俺たちを撮影していたカメラマン……に扮していた神威さんが持っていた物。
そしてスマフォを確認してみると、待ち受けの画面にお母さんとツーショットで写る神楽さんの笑顔が……。
「これってあの二人の私物? 何でこんなところに……」
寝室を見渡してみると、俺が開いた扉とは違う場所にも出入り口があって、その先には俺たちがこの部屋に入って来たのとは違う出入り口に通じていた。
……それだけであの二人がとった行動に予想が付く。
おそらく出て行ったフリをしといて、気付かれないように回り込んで戻ってきて寝室から覗いていたのだろう。
二人の『撮影機材』に一抹の恥ずかしさを感じずにはいられなかったが……俺は何で二人の私物がこんな所に落ちているのかが気になった。
まるで……二人も突然煙のように消えてしまったように思えて……。
「神楽さん、神威さん!? いるんだろ、色々問い詰めたい事は今は置いとくから、取り合えず出てきてくれない!?」
しかし呼べども呼べども響くのは俺の声だけ…………今なら陰からプラカードを持って『大成功!』とか言われても許せる気分なのに……。
ヴ~……ヴ~……
「うおう!?」
そんな何かに取り残されたような気分に恐怖が募る俺だったが、急になり始めたスマフォの呼び出し音に心底ビクついてしまった。
恐る恐る確認してみると相手は『剣岳美鈴』……スズ姉からのモノだった。
『お、繋がった……夢次君、夜分遅くに悪いな。少し確認したい事があったんだが……』
「スズ姉……!? あの……いや……」
反射的に通話をタップしてしまった俺だったが、今起きた事について話そうとして一瞬言葉に詰まってしまう。
それはそうだろう……突然目の前で人が消えた何て説明のしようが……。
しかし俺のそんな戸惑いは無意味だった。
『どうしたそんなに慌てた声で、何か………………誰かが目の前からいなくなったか?』
「!? ど、どうしてそれを!?」
まさに説明のしようが無かった事を逆に向こうから指摘されて驚いてしまう。
という事は今突然起こった事をスズ姉は知っているという事になる!
「何か知ってんのスズ姉!? 今しがた正に天音が目の前で突然姿が消えて……」
『天音ちゃんが!? クソ……想定の最悪が起こっちまったか!! ええ、やりやがったようです……あの娘が……』
俺の言葉にハッとした様子のスズ姉だったが、何やら電話の向こうで誰かと話している。
何だか口調が業務的と言うか何時もとは違う、以前天音が夢魔に憑り殺され掛かった時に見せたその道のプロ的な雰囲気を感じるのだが……。
『夢次君、落ち着いて聞いて欲しいのだが天音ちゃんは…………ん? ちょっと待って……確か君は本日温泉に家族で宿泊の予定じゃ無かったか? 何でこんな深夜帯に天音ちゃんと一緒にいた?』
「あ…………」
こんな時だと言うのに妙な事に気が付くねーちゃんである。
しかしいくら何でも今日一日に起こった出来事はまとめて話すのは非常にハズイ。
家族、友人、挙句にホテル総出で俺たちをくっつけようとしていたとか説明するなど……どんな罰ゲームだ!
しかし、スズ姉は何故か切羽詰まった様子で言った。
『詳しく教えてくれ! 何だか物凄い嫌な予感がする!!』
良く分からない剣幕のスズ姉に、俺は結局今日の出来事を話さざるを得なくなった。
……振り返るとやっぱりハズイ……特にモデルを引き受けて以降の部分など、顔から火が出るような恥ずかしさが……。
『……つまり君は家族や友人たちによるサプライズ的なお節介を経て、ロマンチックなスウィートで彼女に告白……その後色々する寸前だった……と?』
「ちが!? いや、その……」
あまりにも直接的な表現のスズ姉に俺は違うと明言出来なかった。
もしもあの後、上手く行ったならそんな流れを期待していなかったか? と言われれば無いとは言い切れない……。
いや、嘘だ…………期待していたと言い切る……。
しかし俺の心情とは裏腹に……話を聞いたスズ姉の反応は予想とはまるで違った。
いつもなら俺たちのこんな話を聞いたなら全力で、嬉々として揶揄ってくるはずなのに……聞えて来た声は何かに怯えるように震えていた。
『…………157ページだ』
「へ?」
『157ページ!! 『夢の本』の157ページ目を開いて、そこに載ってる魔法陣の中央に“左手の薬指”が来るように手を乗せるんだ!! それで対の指輪を持つアマネの元へ飛べるハズだ!!』
「ゆ、夢の本…………え? 指輪って??」
俺は何故スズ姉が慌てているのか全く分からなかったが、余りに余裕のない指示にこんな時でも持参していた『夢の本』の157ページを開いてみた。
そこは旅行前には白紙だった部分のはずだったが、今はもう白紙では無く違う夢の項目が浮かび上がっていた。
夢操作『最上級編』 夢渡り
夢で次元を超えて世界を渡る。
幽体離脱に近く渡った後もあくまで本体は寝ている世界にある。
例によって起きれば元の世界に戻るが渡った世界で『仮の肉体』があれば憑依する事も可能。
*前任者も使用していない『神々の了承』が無くては使えない夢。
『説明している時間が惜しい! とにかく君は先に飛んでくれ。速攻で私も追いかけるから!!』
*
既に店は閉まって暗闇に閉ざされた道の駅。
そんな外灯くらいしか灯の無い場所でスズ姉は弟分との通話を終えると“ギリッ”と奥歯を噛み締めた。
「……想定よりもずっとヤバい事になったよアイシア様、イーリス様」
彼女の呟きに小柄で赤髪の女神イーリスは視線を下げて項垂れる。
「お話は聞えたっす……申し訳ないです、連中とうとう夢次さんの直接の関係者まで……私たちにはまだ召喚の魔力が感知されていないと言うのに……」
自らの不甲斐なさに放っておくと土下座までしかねない程恐縮する彼女ではあったが、その辺の事はどうしようもないとスズ姉は割り切っていた。
「私が駆け付けた時に既に一週間も経過していた事と同じでしょう。反応する魔力が小さすぎて感知が遅れてしまうんですよ……しかしこの状況は相当ヤバイですね」
真剣な表情で眉を顰めるスズ姉にイーリスも同調して頷いた。
「そ、そうっすよ! あんな狂王が統治する国に天音さんが攫われてしまうなど、一体どんな目にあわされるか!! こうなれば私自ら…………あれ?」
純粋に天音の安否を心配する女神イーリスは神である自分が地上に与える危険性を分かった上で、それでもコレは自らの責任であると決断しようとしていた。
すなわち自らが“かの世界”へと降り立ち一人の少女を救い出す決断を。
しかし何故かスズ姉と先輩であるアイシアは顔を見合わせて、何やら違う事を恐れているようであった。
「み、美鈴さん? さっき聞こえましたが……何やら告白寸前で召喚されたとか??」
「言いました……そのままだったら私は弟分と妹分に先を越されて、明日には両家の婚約パーティーを冷やかしにホテルを直撃していたでしょうが……」
二人のタイプの違う美女が、同じような冷や汗と青い顔で「は、は、は……」と乾いた笑いを漏らす様はある種の恐怖を誘う。
「……持ってどの程度だと思います?」
「何とも言い難いです……無作為な不正術式の乱用の影響でこっちと向こうの時間軸がズレてしまってますから……一時間で城、一日で町、三日で国が焦土と化すかも……」
「……でしょうね。最低限やむにやまれぬ事情でもあるならまだしも……あの国の召喚理由は単に“手駒の補給”ですからね……」
「一体……何の話をしてるんっすか? お二人とも」
二人の様子に言い知れぬ恐怖を覚えたイーリスは思わず聞いてしまった。
そして思った……聞かなきゃ良かったと……。
「魔法に関しては魔王すら凌駕した側近の魔導士をタイマンで下した『無忘却の魔導士』……そんなヤツの逢瀬を、しかも一番良いところで邪魔したんだぞ……あの連中は」
「あの二人はハサミだと言ったでしょう? 噛み合わさっていないハサミは剥き身の刃……一秒でも早く対の
半笑いで頬を引く付かせる二人の言葉には……一つとして笑いどころは無かった。
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