第八十五話 砕け散る主人公
……気が付くと俺が立っていたのはどこかの町の大通り。
RPG風な中世ヨーロッパと言うか……俗にいう所の異世界っぽい街並みというか……連なる家々の向こう、ここからだと丁度町の中央にそびえ立つ豪華絢爛な城が見える事でその雰囲気がより一層感じられる。
ただ……それよりも先に思いつく感想はただ一つだった。
「殺風景だな…………」
一応ちゃんとレンガ造りの家もあるし、看板があるところは多分様々な店だと予想されるんだが……どこも開いていないどころか肝心の人がほとんど見当たらない。
タンブルウィード……西部劇で転がっている枯草みたいなヤツがその代わりとばかりに道をコロコロ横切って行くのが何とも物悲しい。
突然消えた天音に話をした途端に切羽詰まった様子になったスズ姉の指示通りに、俺は157ページ目にあった魔法陣に触れたのだが……その結果こんな場所にいる。
……って事はコレは夢の一種何だろうか?
『夢の本』を使ってこの場にいる事を考えればそうとしか思えないのだが……自分がまるでRPGの冒険者のような戦いに向いた頑丈な服とマントという恰好である事に妙な“懐かしさ”を覚え、いつもの夢とはどこか違うように感じる。
「……ああ、これって夢葬の勇者の格好じゃん、そう言えば」
思わず呟いた言葉に自分で納得してしまった。
ただ……直感的にいつも見ていた『異世界の夢』とは違うという事も分かる。
いままで『夢葬の勇者』の夢を見る時は分類的に『過去夢』や『未来夢』などに近いもの……寝ている間に記録映画を見ているように自由意志で動けない、一言で言えば普通の夢のような見え方だった。
まるで過去に起こった事をリフレインするような…………いや異世界ってだけで過去起こった事とするのは無理があるのは分かるが、そんな感じの夢だったのだ。
正直夢の中の自分の行動がおおむね希望通りだったせいで自分の意志では無かった……と確証が持てないところもあるのだけど。
ところが今の俺の状況は自由意志で動ける毎度おなじみ『明晰夢』に近い。
というか『夢の本』の説明をそのまま信じるとするなら……。
「寝ている俺の意識だけが別世界に飛んだ……って事なのか?」
瞬時に中二病オタクの常識的シチュエーション『異世界召喚』が思い浮かぶ!!
剣と魔法の世界で冒険活劇! 誰しもあこがれるテンプレ展開!!
しかし俺が少しだけテンションを上げかけた瞬間、何故か分からないが『そんな良い物じゃない』と思ってしまい……急速に下がって行く。
「あ、あれ? 何だこの……楽しみにしていたテーマパークに実際に行ってみてガッカリしたみたいな感じは???」
「おいおいおい、そこの兄ちゃん……なかなか立派な服着てるけど他所者か~? ダメじゃないか~こんな国に来るなんてよ~」
「俺たちのシマに来たからには礼儀ってヤツを教えておかないとなあ~」
「!?」
そんな俺にニヤニヤ笑いで数人のガラの悪い男共、これでモヒカンでもしていたら世紀末的なアレの雑魚役で重宝しそうな悪人面がわき道から現れだした。
こ、これはもしかして召喚モノの度定番である“INNEN《いんねん》”ってヤツか!?
召喚冒頭に主人公が遭遇する最初の危機!
その瞬間に突如覚醒する主人公のチート能力!!
今この瞬間に召喚特典の能力が覚醒して俺の冒険の旅が……始まり…………?
そこまで考えてから、またまた自然とテンションが下がって行く??
心の奥底で『召喚特典なんかあるワケ無いだろ。期待すんな』と露骨に冷めた自分の声が聞えてくる……。
「な、なんだ? 自他共に認めるオタクタイプであるはずの俺が、何でド定番の異世界召喚って状況に全く高揚して来ないんだ!?」
「なにブツブツ言ってんだよ兄ちゃん……あんまり俺たちを無視しねーでくれるか~?」
しかしどうこう言ったところで今の状況は何も変わらない。
つまり世紀末的チンピラ数名に囲まれているっていうこのテンプレに最悪な状況は!
ここまでテンプレならチートの一つでもあれば良いのに!!
俺はそんな事を思いつつ何か武器になるモノでも無いのか全身をまさぐってみるけど、金属的な硬い感触どころか“触れた感触”も碌にしない……。
「あ……あれ?」
「てめえ……無視するなって言ってんだろうが!!」
そんな俺の行動にしびれを切らしたのか、世紀末的な男はいわゆるガンを付けながら俺ににじり寄り拳を放って来た。
「うお!?」
俺は咄嗟に顔を守ろうとして腕を上げた…………しかし……。
バシャン…………。
「……へ?」
まるで水に何かが落ちたような音がしたが、俺には痛みどころか衝撃すら全くなく、代わりに男の間抜けな声だけが漏れた。
そして俺を囲んでいた男の仲間たちが顔を青くして声を上げた。
「お、おいお前!? 何やってんだよ! 殺してどうする!?」
「やり過ぎだバカ野郎!!」
仲間たちの声に俺と自分の拳を交互に見ていた男は我に返ったのか、何故か腰を抜かして後ずさり始める。
「しししし知らねえよ!! いくら俺の拳がストロングでも“人間の上半身を吹っ飛ばすなんてできるワケねえ!!」
は? 上半身を吹っ飛ばす??
俺は青くなる連中の言っている意味が分からずに自分の体を改めて確認して……本当に自分の体……上から大体三分の一程度が無くなっている状態なのに気が付いた。
ただ……やはり今現在も俺にダメージどころか何も感覚は無く、削られた体からはみ出すように『俺』はそのまま連中を見つめていた。
重なった『俺』は夢で飛んだ精神体、体の方は『夢の本』にあった“仮の体”って事なんだろうか?
そして連中には精神体の『俺』は見えておらず仮の体だけ見えている?
しかし俺の考察がまとまるよりも早く、削れていた上半身が徐々に再生していく。
それは俺には水のコップに減った分を足されているようにも思えたのだが、目の前でその光景を見ていた男たちには違ったようで……途端に悲鳴が上がる。
「ひ、ひいいいい!? 何だコイツは!? さ、再生していくぞ気持ちわりい!!」
「もしかしてスライムかなんかなのか!? 魔物が国の内部に侵入しているっていうのかよ!?」
何だか良く分からない事を言って距離を取って行く世紀末的な男たち……俺は思わず連中に質問していた。
……頭部がまだ治りきらない状態で……まだ声帯が戻らないのかいまいち声がしっかり出てこない……。
「ズ……ズビまゼん…………ゴのくニッで……」
「ギャアアアアア!! しゃべったあああああ!?」
「やべえぞ! 人化出来るスライムは人を喰らい知能の高い特定危険魔獣!! とうとうそんなのが国内に侵入するまでに堕ちやがったのかこの国は!?」
「やっぱり国外逃亡の資金集めとか悠長な事言わずにトンズラするべきだったんだ!!」
「言ってる場合か! お、俺はまだ死にたくねえええええ!!」
しかし、男たちは質問に答えてくれる事もなく……なにやら口々に勝手な事を宣いながら逃げて行ってしまった。
そうこうしている内に俺の上半身は元の状態まで戻っていた。
「誰がスライムだ……と言いたいところだけど、これじゃあそう言われても無理ないよな。何なんだ? この体は……つーかこの夢は?」
今までも人外になる系の明晰夢は見た事があるけど、これはやはりいつもとは違う。
まるで『水そのもの』に憑依しているような……感触も何もない自分の状態はそれがしっくりくるような気がする。
水の塊だから攻撃は効かなかった……そんなところだろうか?
妙な違和感に首を傾げたくなるが、だが確かに今はそんな事をしている場合でもない。
スズ姉の指令通りに行動して今現在ここにいるっていう事は、つまり俺がいるここから遠くない場所に天音が確実にいるって事になるのだろうけど。
俺は大まかな説明だけで今ここにいるのだが、スズ姉からの連絡で言っていた言葉をもう一度思い出す。
『おそらく指輪が共鳴するから天音ちゃんにはすぐに会えるはずだ。目が覚めた場所がどこかは予想付かないけど、何かしらの異常事態が近辺で起こるはずだから、異常が起こった場所に急行してくれ! シャレ抜きで一分一秒を争うからな!!』
俺はその大雑把すぎる指示に思わず苦笑してしまう。
根本的にスズ姉はサッパリと豪快な人ではあるけど、この指示の出し方はさすがに……。
とにかく急かされていたからさっきは流れで従ってしまったけど、最低限度もう少し詳細をきくべきだったな~と今更ながらに思う。
「何かしらの異常事態って言われても……そんな分かりやすい事が……」
無いだろう…………そう言いかけて俺は口をつぐんだ。
いや……言葉を失った。
確かに異常事態が俺の目の前で起こった……いや、あれを異常事態の言葉でまとめて良いのかは疑問だが……。
異常はさっき見かけた街並みの殺風景さに全くそぐわない、豪華絢爛な石造りの城で起こっていた。
コレが火の手が上がったとか、攻撃で崩れたとかそんな事だったら異常事態という言葉で俺は納得できたんじゃないかと思うのだが。
俺は本当に……目の前で赤い光を発して造形を失っていく城を見て、そのまま口にした。
「城が……溶け崩れて行く!?」
岩石の融解する温度は圧力だの何だの、諸々の事情を抜きにしても最低で千度以上は必要だとか……何かの漫画で書いていたのを俺は不意に思い出していた。
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