第八十二話 ホテルカムイからの依頼
いつの間にか酒盛りを始めていた大人たちを食堂に残して、俺たちは満腹になった腹をさすりつつ食堂を後にした。
何だか談笑する母同士よりも飲みながらおじさんに慰められている親父の方が印象的だったが……。
「昔はお父さ~んって構ってくれてたんですけど、今となっては……」
「そんなもんですって、男親ってもんは……」
天音が一人娘であるおじさんの方が余裕をもってうちの親父を諭しているのが何とも……本来逆であるべきじゃね?
しかし多分会話の元凶であろう夢香はと言うと、そんな親父の体たらくに気付く様子もなく天音と一緒に笑っている……強く生きてくれ親父よ。
「このままお部屋に戻っても何ですから、みんなでゲーセンに行きましょうよ!」
「……そうだな、ホテルのゲーセンだったらそんなに沢山は無いだろうけど」
先導する夢香の発案に俺がそんな事を言うと、天音は俺の肩をたたいて「ちちち……」とワザとらしく人差し指を動かす。
「このホテルって神威家の経営で、そのお嬢様が贔屓にしてるとこなのよ? 一節ではあのカムちょんがプロデュースしたとか……」
「…………神威さんが?」
天音が意味深に言った言葉の意味を俺は数分後に理解する事になった。
そこは地下一階に作られた娯楽施設……なのだが……ホテルの一角に作られたゲームコーナーとは余りに規模が違っていた。
「何だここ……ラウ〇ド1か? 広すぎるだろいくら何でも……」
置かれたゲームの筐体はクレーンゲームからビデオゲームから大量に置かれている。
しかし最新機種とかそんな感じばかりではなく微妙に古いタイプの体感型ゲーム何かもあってある意味ゲームセンターの博物館と言ってもいいかもしれない。
……子供たちが楽しんでいるのはもとより、結構な年のオッサンたちがそこかしこで「なつかし~!」とか言いながらキャッキャとしているのが印象的であった。
「温泉ホテルでのゲームセンターはレトロである事が大切とか言ってたけど、そこを意識しすぎて集めたら多くなりすぎて地下駐車場を一個まるまる占拠しちゃったんだってさ」
「その意見には賛成だけど……ここまでやるか……」
天音は何でもないように言うけど、どうやら俺はまだまだ神威さんが金持ちのお嬢である認識が甘かったようだ……半端ねーな……。
そして同時にこの環境は非常にオタク心をくすぐってくれる……さすがは神威さん、その辺の気持ちを良く分かっている。
そしてビデオゲームの料金設定が全て『10円』…………これは……やるしか無いじゃないか!!
「よっしゃ天音、夢香、片っ端から勝負しよう! まずはあっちの対戦ゲームから行こうぜ!」
「ふふふ言うと思ってたよ、私たちも3人でここの来ると必ずここに来るからね~。私レースゲームは結構得意だよ?」
「お、言いおったな……受けて立とうじゃないか!」
「やれやれ……こういうとこは変わらん兄だな~」
何に対してなのか分からないが、妹が呆れたような顔で何やら呟いているのが妙に印象的であった。
……思えばこの辺から『おかしい』と思うべきだった。
基本的に毎晩の『明晰夢』でもゲームや対戦が大好きな俺たち二人が対戦に没頭して幾つものゲームを渡り歩いているうちに、ふとスマフォを見ると既に一時間は経過していていつの間にか夢香もフェードアウトしていた。
ラインも入っていて『先に部屋に戻るね~。アマ姉によろしく~』との事……。
ってアマ姉って……さっきまで『天音さん』だったのに、女子同士の距離の詰め方ってヤツなんだろうか……いつの間に。
気になって天音にその事について聞いてみると……何故か天音は照れたように人差し指を口元にあてて「乙女同士の秘密」と言われてしまった。
そう言われてしまうとそれ以上の追及は出来ないが……しかしズルいぞ妹よ……。
兄はこの娘と疎遠を解消するのにどれ程の年月をかけた事か……。
「すみません……少し宜しいでしょうか?」
妹に妙なジェラシーの思念を送っていると、俺たちの横から唐突に声を掛けて来る女性が現れた。
彼女は制服姿でおそらくホテルの従業員なんだろうけど、それ以上に特徴的なのは綺麗にまとめた金髪に、青い瞳に眼鏡をかけた日本人離れした外観……なのに話す日本語はイントネーションも綺麗でそっちの方に驚いてしまう。
思わずハーフかな? とか思ったりもする美女なのだが……明らかに年上のこの人、どこかで会った事があるような気も……?
「はい、何でしょうか?」
「失礼ですが……もしかして神崎天音様と天地夢次様で間違いないでしょうか?」
「「え?」」
いきなりそんな事を言われて面食らった俺たちだったが、同時に頷いたのを確認して彼女はホッとした表情を浮かべた。
「良かった……お嬢様から聞いていた姿そのままでしたので、もしかしたらと思いまして……私、当ホテルで広報を主に務めさせていただいております稲荷野と申します。突然お声がけして失礼したしました」
「あ、いえいえ……そんなご丁寧に……」
何と思いっきり日本人風な苗字で、年上の大人に畏まられるとこっちが恐縮してしまう。
俺も天音も釣られてペコペコと頭を下げてしまう辺り……ああ日本人……。
「お嬢様って……もしかして神威さんの事でしょうか?」
「はい、愛梨お嬢様から今回はいつもの友人神崎様とご一緒に幼馴染の天地様も同行しているはずだと聞き及んでおりますので……」
このホテルのつながりでお嬢様と言えばそれしか浮かばない……案の定俺の質問に稲荷野さんは首を縦に振り肯定……しかし彼女の話はここからが本題のようだった。
「それでその……実はお嬢様のご友人であるお二人に折り言ってお願いしたい事がございまして……」
「お願い……ですか?」
「はい……実はお二人に当ホテルの主要施設紹介のモデルをしていただきたいのですよ。無論最大限のお礼は用意させていただきますので……」
「モデル? 俺たちが??」
あまりにも突然な申し出に俺も天音も瞳が点になってしまった。
それから詳しく話を聞いてみると……このホテルもシーズン中は客の集まりは良いけどそれ以外だと結構伸び悩んでいて、最近だと式場とかを利用する人も少なくスウィートなど高級な部屋を取る客も少なくなっているのだとか。
そこで宣伝の為にも他の温泉ホテルとは違うキャッチコピーで宣伝する為の被写体が欲しいのだとか何とか……。
「温泉イコール癒しの空間……それは間違いではないのですが、もっとこう……若者にも来ていただく為のコンセプトが欲しいのですよ」
「はあ……まあ確かに私たちもカムちょんの計らいが無ければこのホテルに来る事は無かったかもしれませんね。“楽しむ”というよりは“ゆっくり”ってイメージですから」
熱心に説明する稲荷野さんに天音も同調して頷いている。
……確かに温泉となると一定の年を重ねた人たちが癒しを求める場所、余り若者のイメージが無いのは仕方が無い事ではある。
そんな場所に“楽しい”という宣伝効果を狙いたいと……。
「言いたい事は分からなくないですが…………天音はともかく俺は余りモデルには相応しくないと思うけど?」
率直に天音に比べて凡人顔の自分は被写体に向いていないと思っている俺がそんな事を言うと稲荷野さんは苦笑を浮かべて首を振る。
「いえいえ、そんな事はございません。先ほども申しましたが我々が望むのは“楽しそうな雰囲気”です。お二人のように実に楽し気に浴衣で当ホテルを満喫して下さるカップルであればこれ以上の被写体はいないと言えます」
それから「それに天地様も十分イケメンじゃありませんか」などとフォローを入れてくれた稲荷野さんであったが、俺はそんな事よりも余りに自然に言われてしまった言葉が引っかかってしまった。
か、かかカップルとか……他人から見られるとそう見えるのか!?
「ん~~どうする夢次君? 私は別に協力してあげても良いと思うけど……カムちょんにはいつもお世話になってるし……」
しかし天音は稲荷野さんの言葉を聞き流したのか、いつも通りな感じで俺に聞いてくる。
天音にとっては何でもない事なのだろうか?
「いやまあ……天音が良いなら俺は別に構わないけど……本職みたくポーズとか言われても無理ですよ?」
「あ、それは私も……」
「大丈夫です! むしろお二人には可能な限り自然体でいて欲しいのですよ! 撮影はなるべく邪魔にならないように行いますので!! 良かった~了承して頂いて……」
俺たちの了承を得た稲荷野さんは表情を輝かせて捲し立てる……まるで何かのミッションに成功したと言わんばかりに。
「それではお二人共、衣装室へご同行願います。コンセプトは『一夜の冒険、背伸びする二人、今宵少年は男に少女は女に』ですので…………」
…………ん? 今何か物凄い事が聞こえたような気が……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます