閑話 炉端焼き屋の苦悩

 そろそろ日が沈んで東から夜の闇が覆い始める時刻、さる道の駅では屋外に設置していた露店の店じまいを始めていた。

 割烹着を着て閉店作業に勤しむ二人の顔立ちは日本人離れしていて、背が高い方は鮮やかな青い髪、低い方が燃えるような赤い髪で対照的なのに二人とも良い笑顔である。


「先輩……忙しいけどお客さんが喜んでくれる仕事ってイイっすね……」

「そうよね~決して賃金が高いってワケじゃ無くても直接挨拶出来る距離って良い物よ」

「本職でも……それが出来れば気が楽なんすけど……」

「それは……私も何度も思い悩んだわ……」


 異世界の管理者、女神であるアイシアとイーリスは今回特例でこの地に留まる事になり、どうせならと日雇いのアルバイトに入ってみたのだが……世界管理という仕事と炉端焼き屋の仕事のギャップを感じていた。

 どちらの仕事にも一長一短はあるのだが、それでも漏れ出る溜息を止める事は誰にも出来ない。

 しかし自らの本職に悩む二人の目の前、今の時間ではほとんど車の止まっていない空間の一部に歪みが生じた。

 そして『ボッ!』と一瞬空気を切り裂くような音と共に空間の歪みから一台の赤いバイクが姿を現した。

 それは日中に天音や夢次と遭遇したスズ姉の赤いバイクなのは間違いないのだが、その有様は昼間とは違い、赤い車体は所々黒くスス汚れていて、シートの一部には矢が突き立っていた。

 そして乗っている本人、スズ姉も黒いライダースーツの所々が破けてあちこちに焦げ跡があり、一部は未だに煙を上げている。

 そんな状態の彼女はバイクから降り立つと煩わしそうにヘルメットを脱ぐのだが、そのメットすら黒くスス汚れているのが余計に痛々しい。


「はあ…………ふう~間一髪だったな」

「どうされたのですかリーンベ……いや美鈴さん! まさか戦闘があったのですか!?」


 明らかに何かあったと言わんばかりのスズ姉に二人の女神は慌てて駆け寄った。

 しかし彼女は溜息を一つ吐いて、バイクの後部座席に荷物のように積んでいる一人の男子を視線で示した。

 年のころは夢次たちと同じ高校生、彼もまたあちこち焦げたり傷が付いたりしていて命からがら逃れて来たのがありありであった。


「私は問題ない、あちこち焦げたりしたけど体に傷は付いてないから……そっちの少年を頼みます。なにしろ一週間は向こうで逃げ回っていたようですからね」


 それから彼女は気絶する少年を地面にゆっくりと下ろしてやった。


「幸いなのか、彼は異世界召喚系の物語に理解があったみたいで連中の扱いや自分の境遇に疑問を持てたようです。そのせいで連中に追い回される羽目になったようですが……」

「一週間ですって!?」

「そんな……だって我々が感知した魔力反応はついさっきのものだったのに、幾ら向こうとこっちで時間軸にズレがあるからって……」

「まさか彼らは女神である我々の魔力探知すら掻い潜り妨害できるような召喚術を確立しつつあるという事なのですか!? 一週間も探知が遅れるなど……」


 スズ姉の言葉に二人の女神は驚きを隠す事が出来なかった。

 人間が魔力で神を出し抜く手段を確立しつつある……それは大地を、海を、空を、星すら管理する神々にとって驚くべき、いやあり得ないと言えるような現象と言える。

 しかしスズ姉は呆れたように鼻を鳴らして言う。


「いえ、むしろ逆です。何度か奴らの召喚魔法陣を視ましたが、本職剣士だった私が分かる程雑な魔法陣を組んでましたから」

「雑っすか?」

「はい……座標や人物特定、条件の設定など、多分魔法術式の重要性を理解していない連中が手当たり次第に最小の魔力で単純な条件設定で召喚を乱発しだしているんですよ」


 曲りなりにも前世での知識のあるスズ姉は自ら魔力を行使できなくてもある程度の魔法術式を視る事は出来、同時に原因も看破していた。

 召喚魔法にはあらゆる術式が組まれていて、同時に術式には個別に違う役割があり各々が魔力によって発動している。

 つまり他の術式を省いて行けばその都度使う魔力は少なくて済むようになる。

 古代魔法の術式を完全に解読していない輩は『低燃費』という面だけを考えて、ただ『召喚』という現象のみを重要視した召喚魔法を使い出している……。

 スズ姉の見解に二人の女神は今度こそ顔面を蒼白に変える。


「バカなんすか奴らは!? タダでさえ危険な召喚術式から『安全装置』である条件制限を取っ払ってしまったって言うんっすか!?」

「確かにそれだと魔力が弱くて感知するのが遅くなってしまうでしょうけど……下手をすれば何を呼び出すか分からないという事ではないですか……」

 

 異界からの召喚魔法陣は本来は神界でのみ使用できる古代言語の魔法陣で、当然だが理解するには古代文字を解読する必要がある。

 その魔術式の内容が『意思疎通が可能』『生物である』『最低限度の倫理観を持つ』『繋いだ出入り口を任意に閉じる』などある意味最も大切なフィルターを取っ払い『力あるモノ』という一点のみで乱発されたらどういう事になるか……。

 下手をすると世界滅ぼす魔物を引き込むかもしれないし、大地を焦土と化す兵器を召喚してしまうかもしれない危険があるという事なのだ。

 そんな事を自分の担当世界で起こされている事実にイーリスは苦渋の表情で頭を抱える。


「……いくら神託しても従わない愚か者共とは思っていましたが、ここまでとは……。これだから遊び半分に『異世界召喚魔法』を残された世界は……」

「本来なら地上に存在しないはずの異界召喚魔法陣をよりにもよって“あの国”に放置されていた事が大問題だったワケですが……」


 現在は職務放棄で更迭中の前任管理者がやらかした尻ぬぐい……イーリスの苦悩は以前アイシアも経験したモノで、分かるがゆえに彼女が何を決断しようとしているかも手に取るように分かる。

 神の力は強大、だから直接地上へ干渉する事はなるべく控えなくてはいけない……何故なら強大であるがゆえに甚大な影響を世界に与えてしまうから。

 しかしそれでも“世界そのものが消える”という最悪が起こるとするならば……。

 したくもない決断を強いようとする愚かな人間たちにアイリスは怒りすら感じていた。

 

「変な話ですが今のところユメジとアマネの周囲っていう道筋があったおかげであの世界は助かっている状態です……言いたかないですが、その辺は『向こうとの道筋』を残したサキュバスの置き土産のお陰ですね」


 スズ姉は腰に手をやり今回の被害者である気絶した眼鏡の男子、工藤を見下ろして何度目から分からない溜息を吐いた。


「とりあえずこの子の記憶改竄お願いしますよ。タイミング悪くゲーム開始の時間に召喚されたみたいですから、その辺の絶望感は味わいそうですが……」

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