第八十一話 バイキングでもローストビーフは並ぶ物

 そして天地家、神崎家の両家揃ってホテルの食堂へと赴く事になったのだが……エレベーターで食堂へと到着してみると……意外と混雑していて二家族がいっぺんに座れるようなスペースが空いていなかった。


「ありゃ~少し来るのが遅かったかな?」

「ほんと……まとまって座れる席はなさそうね~」


 親父たちが食堂を眺めてそんな事を言っていると受付にいた女性、制服姿のホテルマンが申し訳なさそうに頭を下げていた。


「申し訳ございませんお客様。ただいま込み合っておりまして、別々で宜しければご案内出来そうなのですが、揃ってとなると少々お時間を頂く事になります」

「お~? なら別々ならすぐに入れるって事かい?」

「あ、はい。3~4人のスペースであればすぐにでも……」


 そんな彼女の言葉に神崎父おじさんは相変わらず爽やかな笑顔を浮かべた。


「それなら大人組と子供組で分かれて座ろう。ど~せ酒の飲めない年齢層が酔っぱらいの相手なんぞやってられないだろうしな~」

「それもそうですな~。今日は晩酌の相手がいて嬉しい限りですよ」


 そんな神崎父に同調する我が家の親父はもうすでに飲む気満々らしく、母たちにしても特に反対意見は無かったようで……俺たちの座席は両親たち4人と俺、天音、夢香の三人に分かれて座る事になった。

 夕食はバイキング方式……最近はビュッフェって言うんだっけか?

 いずれにしても取り放題の食べ放題……今の季節売りにしているローストビーフは順番に焼けた肉を切り分けているようで列ができているけど、とりあえずその辺は後でも良いか……。

 両親たちは4人スペースの中央付近に案内されたのに対して俺たちは窓際の席、意外と離れているけどその辺は問題ない。

 問題なのは今の状況の方と言うか何というか……。

 気を使ったつもりかローストビーフの列に並ぶ夢香は「二人とも先に食べてて? しばらくの間二人っきりのディナーって事で……」など余計な事を言っていた。

 マジで今そう言う事言うのは止めてくれんかね……。


「な、何かスマン……夢香が、っていうかうちの連中が……」

「う……いや、謝らなくて良いよ。間違いなくうちの両親もグルだからさ」


 互いに気まずい笑い方しか出来ず、食べ放題を良い事に俺たちは二人とも山盛り食い物をテーブルに広げていた。

 何というか自棄食いの心境……俺は炭水化物は白米、炊き込みご飯、カレーの米系からパスタにパンとかぶりまくりで組み合わせとかは何も考えていないし、天音も天音で目に付いた物は全て取って来たとばかりに肉料理や魚料理だけでなく既にデザート関係、ケーキやらアイスやらも持って来ている。


「「いただきます!!」」


 そして面と向かった俺たちは一心不乱に夕食に食らいつく……最近ど~も俺も天音も気分を一新しようとすると過食傾向になる気がする。

 あまり良くない事であるのは自分でも分かっているけど……。

 しかし不思議な事に『食う事』に集中していれば他の事を一旦忘れていつも通りに会話出来るのだから不思議なものだ。

 ホテルでの対面からテンパって冷静に話せなかった俺としてはその辺はありがたい。


「そう言えば、ここに来る途中の道の駅でスズ姉にあったぞ。ライダースーツで一時間前くらいに天音に会ったって言ってたけどな」

「んむ? え、スズ姉一時間もあそこにいたの? 私と会った時もすでに長居していたみたいだったけどね」


 食べ方も皿から掻っ込む俺よりもやっぱり上品な天音はパスタを飲み込んでから小首を傾げた。


「でもま……あそこも見るところは一杯あるからね。私がスズ姉に会ったのは屋外の炉端焼き屋の前だったけど、夢次君はどこであったの?」

「いや……俺が会ったのも、その炉端焼きやの前で……」

「……え~っと」


 俺の返答に天音が困ったように、呆れたように言葉を詰まらせた。

 って事はあの人、一時間以上もあの露店の前で食い続けていたって事になるのか?

 マジで喫茶店のメニューを研究するためって名目はどこに行ったのか……酒も飲まずによくもまあ……。


「私が会った時にもすでに結構食べた跡があったんだけど……」

「単純に俺はスズ姉の塩分過多が心配になってくるけどな……」


 炉端焼きの匂いは非常に良いけど、使っている塩と醤油の分量を考えれば一度の大量摂取は体に毒だろうにな……。

 俺は自分の目の前で消費されて行く大量の料理の事は棚に上げてそんな事を思った。

 しかし天音は別の事を思い出したようでフォークをピコピコ動かして言う。


「でも……何かあの露店の店員さん、スズ姉と知り合いっぽくて何か話しているみたいだったけど?」

「店員? 日本人離れした感じの?」


 思い返してみて脳裏に浮かぶのは海産物をトングで返している二人の女性……片方が碧眼で片方の小さい方が赤い目だったような……。

 俺がそう言うと天音は小さく頷いた。


「そうそう、何か真剣な顔で妙な事を話していたけど……何か感知妨害がどうとか攪乱が何だとか……何だと思う?」

「妨害に攪乱? 何か軍事用語っぽいけどスズ姉、サバゲーでもやってんのかな? もしかしてその店員さんが大学のサークル仲間とか?」

「いや……そうじゃないかも……」


 俺の想像に天音はニヤリとした笑みをして見せる。

 あ、この顔は……。


「……あるいはスズ姉は某国のスパイで、諜報活動中……露店の店員を装った仲間から指定と情報交換をしていた最中で」

「お、いいな。ライダースーツのバイクが良い感じなアクションを演出してくれるな」

「そう、そして機密情報に触れてしまったスズ姉は逃亡、カーチェイスの末に断崖絶壁から上空へ向かってダイブ!!」

「近日公開、スパイレディ・ミスズ…………君は劇場で真実を目撃する!」

「ぷ……」

「ふふふ……」


 天音が悪ふざけを始めるいつものサインに合わせて俺も冗談を織り交ぜる……そしてその掛け合いがうまく行き顔を見合わせた俺たちから自然と笑いが起こる。

 何て事のない、まるでガキみたいなやり取りだと言うのに、そんな天音とのやり取りが妙にうれしくなってしまう。

 幼馴染としての自然なやり取り……そう、こんな感じが良いのだ。

 一緒にいてゆっくりと笑えて心が温かくなるそんな時間が……。

 良く分からないけど最近の自分は妙な程、天音に対して落ち着きが無かった……だからこそいったん落ち着いてから週明けに……とか考えていた。

 だけど今みたいに穏やかな気持ちで天音と向き合える時であれば……それこそ今回の旅行中にでも。

 

「うふふふ……お楽しみですね~お兄ちゃん。ローストビーフ3人前持ってきましたよ~」


 こんな感じの横やりが無ければな~~~。

 俺はニヤニヤと笑いつつ自然な動きで天音の隣に座る夢香にジト目を向ける。

 しかし俺の視線に込めた想いを知ってか知らずか、夢香は何でもないかのように天音にニコニコしながら話しかけ始める。


「天音さんもどうですか? ここのローストビーフなかなかイケますよ」

「そう? それじゃあ……」


 そんな感じに話し始めた二人だが、当初は探り探りであっても何だかんだで話が盛り上がり始めた。

 元々天音も隣家の夢香とは仲良くしたかったみたいだけど、疎遠期間のせいで今まで話しにくかったらしく……夢香にとっては単なるとばっちりみたいな感じだったから。


「でも安心しましたよ、最近まで天音さんとお兄ちゃん仲が悪いのかって誤解してましたから……今日もさっきまで他所他所しかったですし」


 後半については完全にお前らのせいだっつーの……。

 俺は心の中で突っ込みを入れるが、天音はちょっと照れたように、バツが悪そうな感じに頬を掻いた。


「や……その辺は私が一方的に……」

「んな事はないだろ。それこそ俺に根性が足りなかったってだけで……」


 天音がまるで疎遠期間の事を自分が悪かったみたいな言い方をし始めた事が引っかかった俺は思わず言葉を挟んでしまう。

 だけど天音にはその事が気に入らなかったらしくてキッと睨んできた。


「それに関しては夢次君は何も悪く無いじゃない。私が一方的に距離を取っていただけで、それこそ君から話しかけてくれたから……」

「だから……その話しかけるってだけの事を俺がまごついていたのが原因であって……」


 しかしその事について天音が悪いって事にするのは俺としては気に入らない……喩え本人がどう思っていてもだ。

 不満そうにする天音の顔は可愛らしいけど、その辺については譲る気はないのだ。

 そんな俺たちのやり取りを夢香がひたすらニヤニヤしながら見ているとも知らず……。


「これなら……心置きなく攻めても問題ないか…………ふふふ」

「ん? 何か言ったか夢香……」

「ううん、なんでもないよ~。お兄ちゃんもローストビーフどう?」

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